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夏の全国高等学校野球選手権大会始まる

久し振りの野球シリーズがやってきました。試合と運営の話を、交互にお送りしようと思っています。

本日は、飛騨GFドームで夏の全国高等学校野球選手権大会の初日。

「出場校すべてを並べた開会式はやらない」と高野連と話し合ったが、どうしても「選手宣誓は外せない」というので、1回戦1試合目の出場校から、代表選手が選手宣誓を行うことになった。


 今年の大会は女子選手がチームに入っても良いと言うことで、各チーム1,2名女子選手が登録されている。しかし、全国大会に駒を進めた中では、レギュラーの女子選手がいるチームは、岐阜分校以外なかった。主催者としては、話題の岐阜分校チームを前面に押し出したいのだろう。

厳正なる抽選のはずなのに、1回戦1試合目に岐阜分校の試合が組み込まれているのは、何らかの意図が感じられる。そして2校のうち、1人を決める抽選で、マリーネ水野は当りを引き当ててしまった。


「マリーネキャプテン、選手宣誓の練習はした?」

「うん。R学園の主将と一緒に宣誓したかったんだけれど、相手が嫌がってさ。結局抽選」

「まあ、うちら、嫌われているしね」


 確かに、女子だけのチームと戦って、男子チームが負けると恥だという考えからか、岐阜分校には、SNSを通じて数多くのバッシングが来ている。


 まず、一番多いのは、AI審判で岐阜分校に有利に判定しているのではないかというものだ。ただし、AI審判が導入されたのは南関東州で、中部関西州では審判も潤沢だったので、一切導入されていない。


 次に多いのが、ドーピング疑惑だ。女子なのに体が大きすぎるとか、足が速すぎるというバッシングだ。確かに、マリーネ水野の190cm90kgという体格は大きいし、5人のピッチャーの平均身長も180cmなので、大きく思われるかも知れないが、チーム全体の平均身長は175cmで他の男子野球チームより大きいということはない。勿論、三津のように平均身長を下げている選手がいるが。

それよりも、桔梗学園で栄養士や医療スタッフ、運動トレーナーによって、食事やトレーニングを完全管理されているので、体格がよいのである。

それに加えて、適度な休息や短く効率的な練習も、怪我の予防に貢献している。そもそも日本の高校野球は、長時間練習が当たり前で、効率的ではない。

岐阜分校では、球拾いやグランド整備や声出しなどという無駄なものに時間を割かないのだから、高校の2年半の練習で差がつくのは当然である。


 最後のバッシングは、選手の中に妊婦がいることだ。彼ら曰く「ふしだら」な上、マニキュア、髪染め、アクセサリー、カラーコンタクト・・・、いわゆる普通の女の子と同じ格好をしているのが、野球坊主たちの不興を買うらしい。



「さて、1回戦は『でかい女は女じゃない』という文句を言っている男の口を塞ごうか」


いやいや、マリーネさん。選手宣誓は練習しているのか?



 ドローンで野球場に乗り付けた岐阜分校は、多くのフラッシュに出迎えられ、球場入りした。


「復興祈願、夏の全国高等学校野球選手権大会を開催します。第1試合の出場校が入場します」

AIによるアナウンスが、会場に響いた。

「桔梗学園岐阜分校とR学園の選手の入場です。皆さん盛大な拍手でお迎え下さい」


レフト側R学園の応援席は、規定いっぱいの応援団が着席していて、ほぼ満席だった。

応援団にブラスバンド、チアガールもすべて揃っている。

その反面、ライト側岐阜分校の応援団は、実にひっそりしていた。マリーネの夫を初めとする農園の関係者や、野球が大好きな桔梗村の人々は勿論、新しく桔梗村に入った牛腸兄弟や医者達も、無料のドローンが出るというので冷やかし半分にやってきた。


「人生、1度は『甲子園』で母校の応援したいよね」

「でも、かち割り氷も、ビールもないみたいだよ」

牛腸兄弟は、折角、入村したので権利は充分行使しようと、やってきたのだ。


AIアナウンスが、選手がグランドに並んだ直後、「次に選手宣誓を行います。桔梗学園岐阜分校野球部主将 マリーネ水野さん」と告げた。


 マリーネ水野は、ライト席の家族に手を振ってから、マイクに向かった。

「宣誓。昨年相次いで日本を襲った地震、津波、そして噴火によって、私達が目指していた『甲子園野球場』を使うことは出来なくなりましたが、1年ぶりにここ『飛騨GF(グリーンフィールド)ドーム』で、この大会が開催されたことに感謝します。今年初めて女子にも門戸が開かれた大会で、私が女子のみのチームの主将として、この場に立てたことにも感謝します。

天災の多い日本で、皆さんに生きる希望を与えるのはスポーツです。私達は、皆さんに勇気と生きる希望を与えられるよう、全力でプレーすることを誓います」


 マリーネの宣誓に、マリーネの家族が大騒ぎしている。宣誓後、マリーネの投げキッスを苦々しい顔で見ていたR学園の主将は、整列の時に、マリーネの顔が一転して厳しい顔になったことに気がつかなかった。


 

 R学園の監督が、ベンチに戻った選手に活を入れた。

「あんなチャラチャラしたチームに1点でもやるな。まあ、男子チームの富山分校あの程度だからな。ただし、1回に必ず1点を入れてきて、それを守り切るというのが岐阜分校の定石(じょうせき)だ。1回から気を引き締めろよ」


R学園のマネージャーが、小さい声で監督に報告した。

「監督、スターティングメンバーが予選と全く違います」

「はあ?投手は誰だ?」

袴田明日華(はかまだあすか)って、小さな女の子です」

「じゃあ、予選で出ていた投手は?」

「みんな外野にいます」

「ふん。打たせて取る作戦か?気にせず、どんどんホームランを量産させろ」



 袴田明日華は、今大会初めてのマウンドだった。キャッチャーは狼谷三津(かみやみつ)。姓が変わったので、2年前自分たちが対戦した桔梗高校の山田兄弟の妹だとは誰も気がつかない。


「明日華、真ん中に気にせず、どんどん投げ込んでいこう」

「作戦とはいえ、バッティングピッチャーの気分だね」


明日華としては全力のストレートを、まっすぐ投げ込んできた。R学園の選手は気持ちよくそれを打ち上げた。R学園のベンチは楽しそうに手を振り回した。

「行けー。ホームランだ」

しかし、打球はゆっくりと走って行ったレフト、佐曽利虹華(さそりにじか)のグラブに収まった。

「あー。惜しい。意外と伸びなかったな。次はもう少し力を入れて打て」

監督の声に背中を押された2番目のバッターも、流し気味に打ったが、ライトのマリーネが、軽々と片手でキャッチした。3番目も同様に外野のミットに収まり、3アウトでR学園の攻撃が終わった。


 裏の攻撃の1番手は三津だった。背の低い三津のストライクゾーンは、非常に狭く、R学園2番手のピッチャーの初球は、ボールカウントにされた。


(全く、だから女子とやるのは嫌なんだよ。ピッチャーの玉は遅いし、ストライクゾーンは狭いし、だからって内角攻めして女の子の体に当てたりしたら、ブーイングだしな。少し外に逃げる球にするか)


ピッチャーの心の声が聞こえたように、三津は逃げていく球に手を出した。打球は計ったように、低い弾道を描き、そのまま、スタンドに飛び込んだ。


 ホームランを打っても三津は、喜んだ様子も見せず、ジョギングのように、軽く1周を回って帰って来た。監督の雲雀(ひばり)からご褒美の飴を貰って、虹華に見せびらかして、ベンチに座った。

観客席の通路で、柊が小さくガッツポーズをした。


 R学園は、三津のホームランで、球場のサイズが大きいことに気がつくチャンスを失ってしまった。

そして、次の虹華の高く打ち上げたホームランで、R学園に動揺が広がった。

「1点しか取らないんじゃないのか?」

「あんなところまで運ぶパワーがあるのか」


 そして、バックスクリーンに運ぶマリーネ水野の特大ホームランは、R学園の2番手ピッチャーの心をズタズタにしてしまった。家族に投げキッスをして、ダイアモンドを回るマリーネは、ご丁寧にピッチャーにまで、ウインクをして行った。それは他のチームメイトには見えなかったが、彼に大きなダメージを与えた。


 2回の表の岐阜分校のピッチャーは、予選で1回も出なかった選手だった。ただし、本来エースだったピッチャーなので、球の切れは抜群だった。それまで起用がなかったのは、育児休業が開けたばかりで、様子を見ていたからだ。身長はさほど高くはないが、長い手から繰り出されるサイドスローは、手元で伸びたり、浮き上がったり、高校生の手に負えるものではなかった。


 結局、岐阜分校とR学園の試合は、13対0の得点差で、2時間も立たないうちに終了してしまった。華やかなチアガールも、ブラスバンドもR学園に勇気を与えることが出来なかった。



「あの女の子達、強いね」

牛腸永劫(ごちょうえいご)は、恒久(こうく)に同意を求めた。

「強いだけじゃないよ。この球場、バンテリンドームナゴヤ並みにでかいよ。なかなかホームランが出ないはずだ」

「いや、岐阜分校はホームラン量産していただろう?」


恒久は、永劫に双眼鏡を渡した。

「見て見ろよ。ユニホームが桔梗色だし切り替えがついているから細見えするけれど、あの子達の広背筋(こうはいきん)や上腕三頭筋、大臀筋(だいでんきん)を見てみろよ。すごい筋肉だぞ」

「医者は見るところが違うな。筋肉量がすべてか?」

「いや、あの先頭バッターの女の子は、大きい選手と違って、打ち上げなかったろう?どう振り抜けば、ホームランになるか、練習を重ねたんじゃないか?」


 桔梗村から来た応援団を誘導していた柊は、ここでもこっそり頷いていた。


 岐阜分校野球部は、囲み取材も受けず、粛々とドローンに乗って球場を後にした。

たった一人、取材対応のため残った雲雀監督は、「勝因は?」と尋ねられて、「ホームランを打った子に飴をあげると約束したこと」と、とぼけた返答をしていた。

「この後は反省会ですか?」

「選手は、午後からOFFです」

「次の対戦相手の試合は見ないんですか?」

「休養の方が大切ですよね」

「予選とメンバーを替えましたが、2回戦はこのままですか?」

「ひ・み・つ」


 雲雀はこの後、次の対戦相手のデータを再確認して、オーダーを考える。多分、次の対戦相手は九州の強豪K学院だ。左右のタイプの違うピッチャーが揃っている。打線もつながりがいい。次回はホームランを量産できる試合ではない。三津に球種を予測させて、ヒットを足で得点につなげていく。

 ピッチャーは、育休明けのもう一人の選手を使う。スライダーとスイーパーを使い分けることが出来る、器用な選手だ。

先発にマリーネは使わない。選手達はもう既にミーティングで、決勝までの起用についても話してある。


 ただ、相手は高校生だ。いくつかの不確定要素も頭に入れなければならない。

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