高木碧羽デビュー戦
施設名、駅名など全く架空のものです。また、中日ドラゴンズさんのお名前を借りていますが、実際の球団の話ではありませんのでご理解下さい。
高木碧羽、身長185cm。2028年、高校2年生でロサンゼルスオリンピック女子バスケットボール代表選手に選出。大会に出場も、試合中鼻骨を骨折して、帰国。
鰐淵直樹は、岐阜駅前のコーヒーチェーン店で、ウィキペディアを使って高木碧羽のデータを確認していた。
「遅くなりました。中日ドラゴンズ広報の鰐淵様ですか?」
そこには、20歳前の妙齢の女性ではなく、30代後半のバリキャリといった感じの女性が立っていた。
「え?鰐淵ですが・・・(高木さんと待ち合わせしていたのですが)」
鰐淵は後半の言葉を飲み込んだ。その気持ちを察して、三川はすぐ言葉を継いだ。
「失礼しました。私、高木の上司に当たる三川と申します。高木は今、ロータリーに車を待たせてあって、そこにおります」
そう言うと、サッと鰐淵の伝票を持つと、コーヒーの支払いを済ませて、車まで鰐淵を案内した。後部座席のドアを開け、鰐淵を入れると、自分は助手席に座った。
「碧羽さん、お待たせ。行きますよ。鰐淵様、今日はこちらでお泊まりですか?」
「駅前にホテルを取りました」
「そうですか、では、『アゴラ飛騨』でのお話まで詰めることが出来ますね」
碧羽は今回、中日ドラゴンズとの交渉の窓口を仰せつかったが、今まで、桔梗学園の交渉の場に立ち会ったことがないので、今回だけ、三川と一緒に交渉させて貰うことになったのだ。車は自動運転なので、全身全霊で、三川と鰐淵の話に耳を傾けた。
「車の中で失礼します。名刺交換はデジタルで宜しいですか?」
鰐淵が差し出したスマホに三川は、自分と碧羽の名刺データを送った。
鰐淵は名刺データを見て、三川が今話題のKKGの責任者という重職に就いていることに驚いた。
「三川様は、KKGの責任者でいらっしゃるんですね」
「はい。普段は余り外に出ないのですが、今回は飛騨GFドーム野球場のこけら落しに、夏の全国高校野球選手権大会を開催していただくことになりました。そこでその全体窓口を仰せつかったので、のこのこ出て参りました。本来その役をしなければならない、桔梗学園岐阜分校の代表者は、女子野球チームの監督として多忙なので、選手権大会の運営が出来ないんですよ」
「そうですね。岐阜分校チームは全員女子のチームで、州予選を勝ち抜きましたよね。今回お目にかかれるのを楽しみにしています」
運転席で、碧羽が指で×を作った。
「ああ、残念ながら今日はOFFの日で、選手は完全休養ですね」
鰐淵は、自分が来るのだから、休みでも時間を融通するべきだと思った。
「時間外労働はさせられないので、また、次回お時間を作りましょう」
三川は鰐淵の言いたいことは百も承知の上で、言い切った。
「時間外労働って、選手は高校生ですよね」
「まあ、年齢的にはそうですが、彼女たちは仕事として野球をやっていますので、労働者ですね。それに、家族と過ごす時間も必要ですから」
広報に着く前は鰐淵もプロの野球選手だったので、「家族も大切に」とはよく球団側に言われていたが、高校時代は、盆と正月以外は野球漬けの生活が普通だった。
「さて、着きました。飛騨GFドームへ、ようこそ」
深い森の中を通って、見えてきたのは、飛騨杉をふんだんに使った国内最大の木造野球場だった。誰もが、球場の前では深呼吸をしたくなるような佇まいだった。
「すごいですね。まるで美術館のようですね」
「そうですね。コンサート会場にも使う予定ですので、森に融け込むデザインにしました」
打合せ会場は、ゲームがよく見える球場内のレストランだった。
「いやー。いいレストランですね。ビール片手に野球を見たら最高でしょうね」
碧羽が硬い表情で答えた。
「すいません。高校野球の間は、酒類の持ち込み、販売は禁止ということを、高野連にお願いしています。酒類や食品の持ち込みをされると、ゴミの片付けに多くの人員が必要ですよね」
「えー?ビールの売り子はいないんですか?甲子園名物ですよね」
「残念ながら、飛騨GFドームは、サイズは『甲子園球場』並みですが、運営スタッフは県営球場並みですので・・・」
「あの・・・KKGは、九十九カンパニーという企業がバックについているんですよね。九十九カンパニーはノースエクスプレスという鉄道事業も始めましたよね」
「『九十九カンパニー』は、『桔梗学園』という学校の卒業生の働く場所として作った非上場企業なので、阪神電鉄さんのような運営は出来ません」
鰐淵は「高木碧羽」についてではなく、「桔梗学園」についてウィキペディアで調べるべきだった。
碧羽がベンディングマシンで、コーヒーを持ってきたのをきっかけに、三川は打合せに入った。球場内レストランの営業スタッフが、まだいないので、今日は飲み物しか出せないのだ。
「さて、本題に入りましょう。今日は鰐淵様から夏の全国高等学校野球選手権大会後も、中日ドラゴンズの試合に足を運んでいただくための、ご提案をいただけるということで、楽しみにしておりました」
「はい。社から企画書を送付したのでご覧いただいたかと思いますが、今のお話だと、観客もあまり入れない、飲食で出たゴミの処理が難しい等とおっしゃったので、すりあわせが必要だと思います」
「そうですね。まず、観客を今まで通り入れるには、足と宿の確保も難しいですね」
「遠方からの観客は難しくても、日帰りで見に来られる観客だけでも入れませんか?」
碧羽がタブレットを操作して、データを探す。
「日帰りだと、車の利用でしょうか?一応駐車場は、野球場で50台、アゴラ飛騨で150台は停まれるキャパがあります。また、一番近い駅『飛騨駅』ですが、ここまで徒歩20分の距離です」
「大型バスは停まれますか?」
「大型バスだったら、この1/3の台数ですね。ただ、特に第1試合は朝のラッシュにぶつかりますので、細い道が多いこの辺りでは、交通渋滞を引き起こします」
鰐淵は暫く考えた。
「ところで、観客以前に、選手の宿泊や輸送計画は、どうなっていますか?」
これも、碧羽が答えた。
「現在、アゴラ飛騨の体育館への宿泊希望が多いです。男子は大体育館、女子には中体育館で宿泊できる用意は出来ています。大体育館には、まだ避難者が使った簡易ベッドもあります」
「体育館への宿泊ですか?飛騨のホテルへの宿泊希望はないのですか?」
「一部の強豪校が宿泊するようです。また、初出場の高校は寄付金も集まったようなので、富山に泊ってノースエクスプレスでこちらに向かうという手段を取るところもあります。本社運営のノースエクスプレスは、今回監督や選手のみ乗車できるようにしましたので、午後の試合なら間に合います」
鰐淵は、体育館宿泊にやはり納得がいかないようだった。
「なんか、体育館に泊めるって言うのは、抵抗感があるな」
三川が、2杯目のコーヒーをセルフで持ってきて、話に再度加わった。
「鰐淵様、今回の道州制の導入で、各高校が代表になるまでどのくらい費用が増えたか、ご存知ですよね。うちの系列校の富山分校は、3回戦で敗退しましたが、1回戦西東京市、2回戦長野市、3回戦富山市と毎回違う県の球場で試合をしました。移動と宿泊でかかった費用は膨大です。
3回戦の対戦相手のR学園さんに宿泊について伺ったら、『系列の寺の宿坊に泊めて貰っている』とおっしゃっていました。
それに、今までは学校単位で寄付金を集めることが出来ましたが、合同チームの場合はなかなか寄付金は集まりません」
「そうでしたね。私の地元は東北で、今まで通り、県予選から始まったので失念していました」
「また、高野連さんは、昨年震災の影響で、『甲子園』などでの入場料収入が全く入らなかったので、今年は、参加校の宿泊料金を全額補助できないそうです」
鰐淵は改めて、高校野球の取り巻く環境の厳しさを実感した。
「すいません。体育館で宿泊させていただくだけでも、有り難いのですね。
ところで、審判の要請がプロ野球の方にも来ましたが、審判や役員も体育館で宿泊ですか?」
「後で『アゴラ飛騨』をご覧に入れますが、あそこは1泊2万円の価格設定のホテルなので、10泊で1名20万ですよね」
「選手の宿泊費を削って、そんなホテルには泊れないですよ。でも、飛騨市のホテルも1泊8,000円からですよね」
「そこで、高野連には、こちらもまだ部屋の清掃スタッフもいないということで、10日間リネンなどの交換なし、アメニティなしで、1泊10,000円で宿泊をご提案しています」
「食事はどうなりますか?」
「『アゴラ飛騨』で開業予定のレストランさん数社にお願いして、宿泊校には弁当を、役員審判には、朝夕のバイキングをお願いしてあります。昼食は、野球場で食品提供をお願いしてあります」
鰐淵は営業も経験しているので、手順は頭に入っている。
「選手、監督、役員、審判の数や、弁当の注文などは、大会申し込みの時に取ってありますよね。そうすると、観客も予約制にしないと困りますね」
「はい。入場券は1試合ごとに上限を決めて予約販売にしてあります。その中に、応援団やブラスバンドなども入っていますので」
鰐淵の心の中に黒い感情が湧き上がってきた。
「岐阜分校さんの分も、入場数は同数ですか?」
三川と、碧羽が顔を見合わせた。
「それは、うちが、ホームだから数が多いかという話なのですか?うちの監督は『決勝までは応援はいらない』って言っていましたけれどね」
「流石、決勝まで進む気十分ですよね」
「まあ、それもありますが、応援するくらいなら、会場のスタッフを充実させて欲しいという気持ちなのでしょうね。うちだって、新しい野球場の『こけら落し』というご褒美がなければ、この仕事を受けるメリット全くありません。ほとんど手弁当ですからね」
昼時間も近くなったので、3人はレストランを出て、アゴラ飛騨まで歩いて向かった。
「うー。碧羽ちゃん。鰐淵様と一緒に先に行って頂戴。私は直接レストランに向かうわ。引きこもり生活が長くて、20分なんて歩けない」
「はい。誰かにドローン出して貰いましょう」
現役を引退して、10kgは太った鰐淵も歩きたくなかったが、碧羽の前で格好つけたかったので、黙って歩くことにした。
碧羽はレストラン前で、デジタルサイネージの点検をしていた四十物李都に声をかけた。
「百合さんを、ドローンで、アゴラ飛騨の中央レストランに連れて行ける人いる?」
「妊婦の碧羽さんが歩くのに、百合さんはショートカットですか?しょうがないですね。僕が連れて行きます。美鹿ちゃん、後は、ゲートの確認とパンフレットの販売機のチェックなんだけれど」
「大丈夫、ゲートの確認はやったことがあるから、私一人で出来ます。戻ったら、一応李都君がチェックしてね」
「一人で大丈夫じゃない?」
「ダブルチェックが大切だから」
鰐淵は、こっそり碧羽の腹を確認した。そう言われれば、少しふっくらしているような?
碧羽は視線を感じて、鰐淵の顔を見返した。
「まだ、4ヶ月なんで、そんなに目立たないですよ。私は悪阻が軽いみたいなので、歩いても平気です」
鰐淵は焦って話題をすり替えた。セクハラと思われるような行動を取ってはいけない。
「いや、あの子供達もスタッフですか?」
「はい。2人とも小学4年生です。あの女の子は、もう既に柔道の全国大会3大会で、この仕事をしていますので、ベテランですね」
「あの男の子は初めてですか?」
「今回は、柔道大会とは比較にならない規模なので、彼がプログラムを書き換えて回っているみたいです」
鰐淵は、スタッフといってイメージしていた姿の大幅修正を余儀なくされた。
驚く鰐淵に全く気づいていない碧羽は、先ほどの会話で気になったいた話題を蒸し返した。
「ところで歩きながらで申し訳ないのですが、プロ野球の審判さんは、高校野球の審判のお手伝いに来られるのでしょうか?」
「いやー。日当3,000円程度のボランティアでしょ?交通費や宿泊費を全額負担して貰ってもね。今、試合が少ないから、勘が鈍らないために来るボランティアの人はいるかもしれないけれど」
「そうですか」
「どうして、審判の心配をしているんですか?」
「いいえ、KKGがAI審判システムを地方大会で使ったらしいので、それを使わないのかな?と思っただけで・・・」
「ああ、南関東州ではAI審判システムを使ったみたいですね」
「柔道大会でも、列車の遅延で大会の午前中いっぱい審判が揃わなかったらしいのですが、柔道のAI審判システムで乗り切ったみたいですよ」
「飛騨GFドームでも、野球のAI審判システムを使えるのですか?」
「勿論、『想定外は、前持っての想定が甘い』って、三川さんはいつも言っていますから、準備はしてあります」
三川と一緒だと少し頼りない感じがしたが、こうやって何気なくPRをしてくるところなど、それなりの訓練をしているのだと鰐淵は思った。
野球場とホテルの間には、広大な駐車場が広がっていた。
「150台が駐車できるスペースはここですね。アスファルト舗装ではないんですね」
「はい。震災で出た瓦礫を丸く形成して、漉き込んであります。水も浸透しますし、タイヤも傷めません。あそこに作動しているのは、誘導ロボットです。夜間は、道路の上に矢印が点灯しますので、それに沿って走ればいいのですが」
「ですが?」
「まあ、近くに停めたい人も多くて、ロボットの言うことを聞くかどうかは、わかりませんね」
「誘導員は・・・・置けないんですよね」
スタッフが足りない話を、さっきから聞かされていた鰐淵は、言い淀んでしまった。
「そうですね。でも、人の目があると日本人は、あまり悪いことはしません。
ああ、三川がもうレストランに着いているようです」
ドローンの窓から、李都が碧羽に手を振っていた。
それを見ていた鰐淵は、碧羽に向き直った。
「さっきあの子は小学校4年生だって言いましたよね」
「小型ドローンはタッチパネルなので、桔梗学園では小学生から操縦できますね。それに、ここはすべて九十九カンパニーの私有地なので、免許などいりませんから」
アゴラ飛騨の中央レストランは、かなり広い敷地にゆったりと座席が配置されていた。その中を回転寿司のようなレールに、料理が乗って移動して来た。レールは透明なチューブのようなもので覆われており、桔梗バンドをかざすと、中から注文したものが机に押し出されてきた。
バンドに注目している鰐淵に、碧羽は微笑んだ。
「大会当日は、電子チケットや入場スタンプをかざすと、こうやって料理が取り出せます」
「碧羽は何を頼んだの?」
「私は、関西風の厚焼き卵サンドです。毎日違うものを頼んで、感想を入力しないといけないんですよ。ああ、鰐淵様も後で、感想をお伺いします」
鰐淵は周囲を見回すと、学生や白衣を着た研究者風の女性など、様々な人が食事を楽しんでいた
「ああ、鰐淵様、野球部員が何人かいましたが、ご紹介しましょうか?」
碧羽がすっと立って、子供を抱いている色黒で大柄な女性を呼んできた。
「こちら現在キャプテンのマリーネ水野です。マリーネ、こちら中日ドラゴンズの広報部の鰐淵様です」
「初めまして、マリーネです。この子、去年産まれた私の子、ケント水野です。このレストランの野菜は、私の彼氏が卸しているの。新鮮でどれも美味しいヨ」
マリーネは碧羽よりも背が高く、胸も横幅も立派だった。
「初めまして、鰐淵直樹です。確か、水野さんは、ピッチャーでしたね」
「はい。ピッチャーがいっぱいいるので、ピッチャーとしての登板は少ないです。よく覚えてくれていましたね。嬉しいです」
「岐阜分校は本当に、守備がいいですよね。予選大会はすべて1点差で勝ち上がってきましたよね」
「はい。中部関西州は強豪校が多くて一番の激戦州です。代表3校の中に選ばれて光栄です」
「いやいや、その激戦州の中の優勝校ですから、胸を張って下さい。今日の練習はお休みですか?」
「はい。今日は1日ケントと遊ぶ日です」
1年生の時から、キャプテンのマリーネは、外部の人との受け答えも上手である。
「外国籍の人もいるんですね?」
「いいえ、マリーネは結婚して日本国籍も持っています。ただ、マリーネの出身国では15歳で結婚が許されているので、高校1年生の時に結婚して、赤ちゃんも産みました」
「選手の中には、他にも結婚している人がいるんですか?」
「さあ、私は岐阜分校の所属ではないので、詳しいことは分かりません。でも、男性の野球選手に結婚していますか?お子さんいますか?って、最初の会話であまり聞きませんよね」
「そうですね。でも、女子ばかりの野球チームは、色々な意味で注目されていますよね」
食事も終わりそうなので、三川が碧羽に目配せした。
「では、ドラゴンズさんの企画書をこちらで精査した結果、こちらからの回答をお伝えしたいと思います。
まず、大会7日目、休養日に中日ドラゴンズさんの『ファン感謝デー』の企画は、素晴らしいと思います。是非、開催して下さい。ただ、その日はこちらの運営スタッフは、完全休養日なので、運営、清掃、警備など、すべてドラゴンズさんの方でお願いします。
続いて、『甲子園』の報道は今までは朝日新聞とNHKさんが行っていたけれども、そこに中日新聞さんも加わって良いかという件ですが、高野連さんに確認を取って貰いました。飛騨GFドームを使う大会に限り、報道しても良いとのことです。
ただ、今回、球場側としては、一般客の方に一眼レフなどのカメラの持ち込みを禁止する予定ですので、報道関係者も、女子選手の映像や写真を、性的視線から撮ることはなさらないでいただきたい」
「ああ、それで岐阜分校のユニホームは、中が透けない濃い色なんですね」
「それもあります。ロッカールームも男女別になっておりますし、ミーティングもロッカールームで行わないように、別途ミーティング室を用意しています。男女が一緒にプレーする初めての大会なので、そこはしっかり線引きをしたいと思います」
「中日ドラゴンズグッズの販売は、どうでしょうか」
「はい。会場の東西南北4ヶ所の売店に商品を置いていただくようお願いします。ただ、そこには、会場内で使用するリサイクル食器の回収場所を置きたいのですが、どうですか?」
「ああ、別にいいのではないでしょうか」
「出来れば、毎日ドラゴンズの選手に来ていただき、回収の呼びかけに協力いただきたいのですが、それはどうでしょうか?回収場に食器を持ってきていただけたら、選手とこういうふうに握手が出来るとか、ファンとの交流の場になればいいと思います」
にっこり笑って、碧羽は鰐淵の手を握った。
(はめられた)
鰐淵は、碧羽の作戦に見事に嵌まったことに気がついたが、もう後戻りは出来ない。
「回収方法を説明するKKGのスタッフも1人ずつ置きますので、握手だけしていただければ幸いです。そのスタッフは、リサイクル食器の開発をしたメンバーなので、もしかしたら、そこで販売するかも知れませんが、気にしないで下さい。因みに、この食堂でも使っています」
鰐淵は、軽くて高級感もある藍色の模様がついた食器を、改めて見返した。
「いいと思いませんか?ドラゴンズブルーです」
白地に桔梗唐草の縁模様がついた食器は、リサイクル用とは思えない。
「実は、ドラゴンズさんが試合で使う時は、1枚につきデポジット料金500円をつけて食品提供をするつもりなんです。そして、返却の機械に入れると500円が返ってくる。そういう仕組みにする予定なのですが、この大会では、デジタルの支払いがまだ浸透していないので、持ち帰られてもしょうがないなって思って、このシステムにしました」
「そこで、ドラゴンズの選手という『人の目』をつけようという訳ですね。それだったら、食器を返却したら、アンケートを書いて貰って、試合観戦券が当たるとかいうのもいいですね」
碧羽は口を両手で覆って、目を見開いた。
「素敵です。では、アンケートや観戦券は、ドラゴンズさんの方で用意して下さい。お願いします」
(はめられた)
「最後に、観客については、決勝だけは制限をつけないでいいと思います。勿論、予約をして入場券を購入して貰いますが、うちも満員になった時にはどうなるか、見てみたいですし、翌日撤収の日もあります。その日1日は、警察と交渉して、会場までの交通誘導もお願いしようと思っています」
「決勝は、岐阜分校が出る予定ですよね?」
鰐淵は軽い気持ちで言った。
「はい。その日は球場の半分は、うちの関係者で埋めようかと・・・。まあ、チアガールもブラスバンドもありませんけれど。
その後、子供達も含めて全員で、ホテルや球場の後片付けするので、ご褒美がないと困りますよね」
鰐淵はその夜、岐阜のホテルで1日を振り返った。
「食器回収だけじゃなく、駐車場にも人を出して欲しいって話じゃなかったかな?実際、シーズンが始まったら、駐車場の管理は、球団がやるんだよね。選手にも協力を依頼しなきゃならんな」
ビールを数本飲んで休んだ鰐淵は不思議な夢を見た。
岐阜分校の女子選手が優勝旗を持って、紙吹雪を浴びて満面の笑顔で跳ねている夢だった。




