飛騨グリーンフォレストドーム
前回の甲子園の引率は鞠斗でしたし、岐阜分校への手伝いはファーストチルドレンがヘルプに来ました。あれから2年もたちました。
桔梗村を津波が襲った日、日本海沿岸にもそれなりの津波被害があった。桔梗学園の分校のある海岸線は、防潮堤がすべて配置されていたので、大きな被害がなかったが、それ以外の場所には思わぬ被害がもたらされた。
夏の全国高校野球選手権の会場として予定していた「秋田こまち球場」にも津波が押し寄せ、グランドと球場地下に大きな被害がもたらされた。周辺のホテルにも多大な被害が出た。
高等学校野球連盟は、至急代替地を探したが、全国からの球児や応援を受け入れられる球場はそうそうなかった。
そこで白羽に矢が立ったのは、桔梗学園岐阜分校の「飛騨グリーンフォレストドーム(飛騨GFドーム)」だった。2029年に完成した開閉型ドーム球場で、飛騨杉をふんだんに使った国内最大の木造スタジアムだ。
「飛騨GFドーム」は震災以前から建設されていたが、震災直前に完成し、三重県や和歌山県の多くの一時避難者を受け入れた。隣接地の、三重県のホテルヴィソンを思わせるような、広大な商業リゾート施設「アゴラ飛騨」も避難者を受け入れた。
避難者の定住先が決まり、一時避難所としての利用が終わった今年の夏から、本格的に開業の準備を開始する予定だったので、関係者としては、今年の夏の大会受け入れに諸手を挙げて賛成するわけがなかった。
「百合おばちゃん。お願いしますよ。私一人では本当に無理です。毎日お忙しいのはよく分かっていますが、今回ばかりはお手上げです。手伝って下さい」
岐阜分校の米納津雲雀は、「分校の責任者」であり、卒業生や引退した選手の受け皿として「飛騨GFドーム」と「アゴラ飛騨」を建設したが、今年の夏は女子だけのチームで、全国高等学校野球選手権大会」を制覇することに全力を注いでいたのだ。とても大会運営など出来ない。
「雲雀ちゃん、私に手伝ってって言うけれど、KKGの職員は理系オタクの集まりだから、ほとんど大会運営には回せないよ。大会運営に詳しいスタッフを貸して貰わないと困るね」
「大会運営って言うけれど、桔梗学園本校は柔道大会運営はしてきたけれど、野球大会の運営経験は皆無なんですよね。かといって、野球部の選手を使うわけにはいかないし・・・。みんな選手として出場する気で練習しているし・・・」
「私が、高校生の野球大会を知らないんだから、高野連との間の通訳が出来て、且つ、女子選手に配慮できる子はいないかな」
「ああ、一人思いついたけれど。その子もベンチには入れたいんだけれど」
「悪いけれど、野球関係の人材を数人。大会運営に詳しい人材を数人は寄越してくれないと、代わりに運営は出来ないよ」
2日後、岐阜分校の会議室に、4人の人間が呼ばれた。
「初めまして、忙しいところ呼び出しをしてすいません。私、KKGの責任者三川百合と申します」
柊は会ったことがなかったが、その名前を知っていた。陸洋海の妻になった三川杏の母親だ。「仕事人間で、出来の悪い子供に冷たい」と杏は思っていたようだが、第一印象では、さほど冷たそうな印象は抱かなかった。
「皆さんは、今年の夏の全国高等学校野球選手権大会の会場がどこか知っていますか?」
三津が答えた。
「秋田こまち球場です」
柊は、それを聞いて、話の筋が分かった。
「でも、先日の津波で使えなくなったんですね」
「狼谷柊君ですね。流石に話が早い。そうなると、どういうことが起こるか分かりますか?」
「はい。岐阜分校の『飛騨GFドーム』を使いたいという打診が来たんですね」
「正解。岐阜分校はこの大会が潰れるのも困るので、条件づきでこの話を受けました。ただ、米納津代表は監督業で忙しいので、私が代わりに大会運営をすることになりました」
三津が安堵のため息をついた。
「ただし、私は高校野球はおろか、野球も見たことがないので、補助が出来る人を米納津監督に4名推薦して貰った」
柊が、そっと三津の顔を見た。三津は必死に平静を装っていた。
「さて、甲子園で開催していた時は参加チームは49校で、18日間。その間に2日間の休養日が挟まれていたね。ただし、酷暑のため、昼間の暑い時間が外され、ナイターも行われていた。雨天順延もあり、この日程で収まらないこともあった。
しかし、今回は7つの州から各3チーム、合計21チームで、使うのはドーム球場。天候や暑さの心配はいらない。
球場の貸出は11日間のみとした。その間、1日の完全休養日を入れること。前後の2日は大会準備と会場復旧の日だ。
この条件を受けて、高野連は次の運営案を出してきた。
1 開会式は行わない。
2 1試合は2時間。時間までに終わらなければ、くじで勝敗を決める。
3 1日4試合を行い。3回戦がすべて終わった翌日に1日のみ休日を挟み、その日も含めて、大会を9日間で終わらせる。
以上の3つの運営案だ」
そこまで話して、三川百合は一息ついた。
「ここまでで何か質問はあるか?」
榎田涼が手を挙げた。
「この条件は、高野連が飲んだんですね」
「野球場は、11日しか貸せないと言ったら納得した。本当はプロ野球からホームで使いたいという打診があって、交渉の末、10日ほど予定を後ろに下げて貰ったんだ。こっちだって、今まで避難所として使っていて、州からの補助金なんて微々たるものだったんだから、早く野球場を稼働して、収入を得たいんだ。高野連からは文句は言わせない」
次の質問は、榎田春佳だった。
「宿泊はどこにしますか」
「そこが悩みの種だ。そこが決まらないと、役員や観客、応援団の受入数も決められない」
柊がタブレットで地図を見ながら、話し出した。
「『アゴラ飛騨』は使えますか?」
「まだ、ホテルスタッフの募集が始まっていないので、使えるとしたら、避難者を受け入れていた大体育館くらいかな?」
「大体育館のキャパはどのくらいですか?」
「まだ、避難者が使った簡易ベッドが200台くらいは残っているけれど」
三津が口を挟んだ。
「男女一緒に寝るわけには行きませんよね」
「そうだね。避難者に開放はしていなかったけれど、中体育館もある。ただ、簡易ベッドはない」
「三川さん。KKGに風太が開発した『みんなが身体が痛くならないマット』がまだあるんじゃないんですか?」
「あー。エアーを入れるロングマットね。あるある。簡易ベッドより遥かに寝心地がいいやつ」
柊が少し考えて口を挟んだ。
「優勝を狙うチームは、避難所は使いたくないですよね。避難所に宿泊したいチームは、1泊1,000円程度にして、後は岐阜、富山、鳥取周辺のホテルを選べるようにしませんか。
各地区にもお金を落として貰いましょう。そこからの選手の移動には、ノースエクスプレスを使いましょう。勿論、運賃は毎回払って貰います。
選手の宿泊が決まった後に、空いたホテルに、応援団の予約を入れさせればいいじゃないですか?
バスで応援に来るチームの駐車場は、アゴラ飛騨のを使いましょう」
三津が柊に質問をした。
「柊、役員の宿泊場所はどうするの?」
「ん~。アゴラ飛騨のホテル棟を解放したらどうかな。ただし、スタッフもほとんどいないので、アメニティなし、シーツ交換、清掃なしで、通常料金の半額で提供するってどうかな。嫌なら、選手と同じ体育館を使って貰う。その辺の手配と料金の支払いは高野連に任せようよ。選手や役員の宿泊費って、高野連が払うんだろう?」
春佳が小さな声で「『柊』だって、熱いなー」と呟いた。
涼が、柊の意見に賛成した。
「悪くないと思う。昔の国体なんかでも、寺の宿坊に泊まったこともあるし、バスを改造したホテルの時もあったから、宿泊については文句を言わないと思うよ。避難者の人のことを考えたら、大会を開けるだけ感謝して欲しい。ついでに言えば、最終日に清掃もして帰ってくれると嬉しいな」
「いいな。涼。TVカメラ入れて、清掃の様子を映して美談にすれば、役員だって、きっと張り切ってやるよ」
三川百合は、活発な話し合いをする青年達に目を細めた。
「三川代表。アゴラ飛騨や飛騨GFドームに入る予定のレストランのスタッフと交渉して、食事の提供も考えるといいかもしれないですね。厨房の方はできあがっているんですよね?」
涼が、それについてもコメントを入れた。
「食事の希望についても前持って、高野連にとりまとめさせよう。救護の手配もね」
全国大会に参加した経験がある涼の視点は、的を射ている。
最後に三川が、分担を支持した。
「では、今日の4人の分担を一応決めさせて貰っていいかな。高野連との交渉と会計は、狼谷柊君と三津さんが行って下さい。ただし、三津さんは試合にも出るので、柊君のサポートやアドバイスで入ってください。表に顔を出さないように。
アゴラ飛騨との交渉は榎田春佳さん、その他のホテルとの交渉は榎田涼君でお願いします」
会議後、三津は安堵の涙を流した。その涙を見て、三川は三津に謝った。
「最初に話せば良かったね。『どうしても、野球を知っている人を』っていったら、雲雀ちゃんが推薦してくれたんだけれど、『ベンチに入れる予定だから、アドバイザーとして使って欲しい』って釘を刺されていたんだ。運営スタッフになったので、『試合に出られない』って思っちゃった?」
三川に慰められても三津の涙は、止まらなかった。
「準備作業中は、2人で泊れるように、雲雀ちゃんが白風庵の2階を貸してくれるって、彼氏にしっかり慰めて貰いなさい」
「春佳、俺たちも白風庵に泊まりたいよな」
「嫌だ。お兄ちゃんと一緒に寝るなんて・・・」
榎田兄妹はそれぞれ男子寮、女子寮の部屋を借りることになった。