入学3日目の朝
やっと3日目ですが、次回は体育祭の概要が分かります。ちょっと硬い文章になる予定ですが、お付き合いください。
今朝は昨日とは打って変わった晴天。
圭の大声で紅羽と舞子が目を覚ました。
「早く起きて、今朝の朝ご飯は晴崇の手伝いはないって」
「手伝わないって、何を畑から取ってきたら分からない」
舞子が、顔にかかった天然パーマの髪を掻き上げながら聞いた。
「この写真って、冷蔵庫の中身を写した写真じゃないかな」
圭が『タブちゃん』に送られてきた写真を指さして言った。
『タブちゃん』の画面には、晴崇からのメールが届いていた。
「急な用事が入りそうです。明日は3人で朝食を用意してください。野菜は何を取ってもいいです。朝食は学園長と皆さんの分で、4人前作ってください。冷蔵庫の中身は写真の通りです。今日はご飯の仕込み(豆ご飯)をしておきましたが、明日からはそれも皆さんでしてください。朝、6時には薫風庵は開けてあります」
「何時のメールなの」紅羽が歯ブラシを口に突っ込みながら、「タブちゃん」の画面をのぞき込んだ。「わぁ、夜7時。見落とした」
舞子が深呼吸しながら、メモをし出した。
「トマトとタマネギのサラダ。お豆ご飯には、冷蔵庫のジャコを入れて。ささみがあるから、茹でて梅肉で和える」
「味噌汁は?」圭が聞く
「じゃがいもにする」
「空豆やアスパラは畑にあったでしょ?」紅羽も確認する
「お豆ご飯に空豆じゃ、豆が重なる」
紅羽は料理が得意な舞子に、先に薫風庵のに行って貰うように畑行きの立候補をした。
「私が畑に行って、タマネギとジャガイモ取ってくる。トマトはハウスかな?」
「トマトは冷蔵庫に冷やしてあった。タマネギとジャガイモは明日の分も含めて、多めに。時間があったら昼食分のサラダも作るから。あー、キュウリも近くにあったら、2,3本切ってきて。圭、悪いけど、紅羽と一緒に行って、畑に何があるか、明日以降のために確認してきて」
「『タブちゃん』に畑の地図があるよ」
「ううん。畑の日当たりなんかで、生育が違うから、明日以降、使える野菜を見てきて欲しいって意味で言ったんだ」
「了解」
3人は仕事の分担が終わると、それぞれの仕事に走り出した。圭は紅羽の駆け足にはついて行けないので、先に紅羽を走らせて、自分のペースで畑に向かった。
「折角、唇のピアス取ったのに」意外と真面目な圭であった。
「おはようございます」舞子が元気に、薫風庵の勝手口を開けた。
真子学園長が、白湯が入った湯飲みを片手に台所に入ってきて、
「おはよう。早かったのね。御免ね。いつもは3日くらい晴崇が家事指導するんだけど、昨夜、村から出動要請が出て、朝早く、蹴斗と2人で出かけて行ったの」
「何の出動要請なんですか」
「最近、藤ヶ山に出没していた猪が、罠にかかったんですって」
「村の猟友会は高齢化で、人数も減っていますからね」
「ん?桔梗学園から20人以上猟友会に入っているのよ。あの2人は、まだ猟銃免許が持てないから、力仕事に連れて行っただけ。まだ、山には猪が数匹いるから、うちから2名ほどハンター付けて出かけていったわ」
話を聞きながら舞子は手際よく、ささみを茹でて、トマトを切る。
「捕まった猪はどこに持って行くのですか」
「村の食肉加工場。蹴斗と晴崇は、加工の見学もするって言ってた」
「九十九農園の脇の『瀧食肉加工場』ですか?昔、家の寺の脇に、熊が出た時、うちの祖父が退治して、瀧さんに来て貰いました」
「瀧のおじいちゃん、腰悪くしてね。今は引き取りには来てもらえないのよ。でも、持ち込めば、息子さんが解体してくれるのよ」
「それで、桔梗学園が運搬を引き受けているんですね」
「まあ、檻を持ち上げる機械がついた特殊車両付き、獣医師付きで、学園から出動するけどね」
話が盛り上がったところで、紅羽がジャガイモなどを持ってきた。
「紅羽ジャガイモ洗って、皮むいて」
そう言って、舞子はタマネギのスライスを軽く、湯通しして、トマトの上にのせ、冷蔵庫で冷やした。
舞子は、ジャガイモを二つの鍋で、茹でだした。ジャガイモサラダも作るつもりだ。
圭が薫風庵についた時には、食卓に予定の料理を並べている最中だった。
「6人分作ったの?」圭が聞くと、舞子が「晴崇が帰ってきて、昼食の用意をしなくてもいいように。ジャガイモサラダも作っておいたし。誰も食べなければ、明日朝食べればいいから」と、キュウリの塩もみとジャガイモのサラダに、ハムを小さく切って混ぜているところだった。
「手を合わせて、いただきます」真子の号令で、昨日より早く朝食が始まった。
朝食での話題は、猟の話から、体育祭の話に移っていった。
「体育祭はいつ行われるんですか?」紅羽が学園長に尋ねた。
「6月の最終土曜日ね。在校生1人につき、2人招待できるらしいわ」
「らしいって。学園長は知らないんですか?」
「『食堂会議』で決まったことは、違法であるとか、学園の経営方針に大きく外れない限り、そのまま承認されるから、オブザーバー的立場で話しているかもね」
ジャガイモの味噌汁を飲んで一息つきながら、真子は次の言葉を続けた。
「決まっていることは、随時、『タブちゃん』にアップされるから見てね。次の食堂会議では、『種目や展示品の提案』が行われるかな。今年は、小学生高学年が小学生高学年の種目を決め、中学生が小学生高学年の種目を決め、高校生は中学生の種目を決めることになっているみたい」
「高校生の種目は誰が決めるのですか」圭が豆ご飯に、ジャコを振りかけながら聞いた。
「自分たちで勝手に決めるみたい。今回、体育祭委員長に立候補した子が、中学生なので、高校生は好きに決めてくださいって丸投げしたみたい。笑。
委員長が越生五月ちゃんという中学2年生で、副委員長が駒澤賀来人君という高校1年生らしいけど」
圭が「あー」っと、言った。
「知っている子?」舞子が聞いた。
「ドローンレース部の部長」
「うちらもなんかしたいな。お客さんで参加するのも何だし」
紅羽が、豆ご飯のおかわりをしながら口を挟んだ。
「委員長にメール出して詳しいこと聞いたら。ここにある『タブちゃん』使っていいわよ」と舞子学園長は壁に設置してある『タブちゃん』を指した。
「うぇ~。獣くさい」「マコちゃん、風呂貸して」
と晴崇と蹴斗の2人が、縁側から奥に入って行った。奥に風呂があるんだろう。
「ハル、お土産は?」真子が席を立って、縁側の奥に進みながら晴崇に声をかけた。
「勝手口にクーラーボックスが置いてある。マーは触らないで。俺がやるから」晴崇の声がする。
「お土産って、猪の肉ですか?」戻ってきた真子に、舞子が聞いた。
「大丈夫よ。みんなにはジビエ料理を作れとは言わないから。飯酒盃獣医師は、ハンターだけでなく、ジビエ料理研究家という面もあるの」
「猪は、私たちの口には入らないという訳ですね」舞子が恨めしそうに聞いた。
「妊婦さんには匂いがきつくて無理だと思うよ。生の山菜と同じく、食中毒の可能性があるものは、今は食べない方がいいかな」
食後の片付けが終わった頃、髪を拭きながら、上半身裸の蹴斗と晴崇が帰ってきた。
「わ。まだ女性がいたんだ。御免、こんな格好で」
蹴斗があわてて、奥にTシャツを取りに戻った。裸の男子を見慣れている運動系女性陣は、「別に気にしなくていいのに」と小声で言った。
「マーのことは、蹴斗は女にカウントしてないみたいだね」
晴崇が真子の前の麦茶を、勝手にとって一口飲んで言った。上を着る気はないらしい。
薫風庵の仕事を終えて、帰る前に紅羽は思い出したように蹴斗と晴崇に聞いた。
「あのー。高校生は文化祭に何をやるんですか」
「高校1,2年は、『人捜しゲーム』するって言ってたかな?」
聞かれた晴崇は、「なんか、来客から条件に合う人を探すとか言ってた。ドローンゲーム部は勧誘も兼ねて、デモンストレーションするって言ってたろう?」と蹴斗に聞き返した。
「あれは賀来人が一人で盛り上がっていたやつね。新入部員はゲームに参加すればいいみたいだけど。紅羽は何かやりたい?妹の碧羽さん呼ぶでしょ?バスケのゲームしようよ」
「紅羽は妊婦だよ」晴崇が口を挟む。
「体に触れなきゃいいじゃん。ルール次第だよ」蹴斗が答える。
学習時間が近づいたので、紅羽の返事を待たずに、「やろうよ。昼時、食堂で待ってるね。相談しよう」と蹴斗は話をまとめてしまった。
薫風庵から坂を下りながら、舞子と紅羽2人はそれぞれに体育祭のことを考えていた。そして圭だけは晴崇のことを考えていた。
「ピアスのこと、気づいてもらえなかったな。真子学園長と晴崇は一緒に住んでいるのかな。でも、苗字違うな。『ハル』『マー』って呼び合っていたよね。蹴斗とは関係が違うような気がする」
圭は、晴崇と真子の関係が気になってしょうがなかったが、本人達に直接聞いてはいけないような気がして考え込んでしまった。