旧桔梗高校跡地
遂に桔梗村再建の話し合いが始まりました。C大学の学園都市以上の広がりが生まれそうですね。震災の後の復興についての話は、都市を作り上げるゲームのような楽しみがあります。読む方にとって楽しめるような人間模様も織り交ぜたいと思っています。
由梨から、旧桔梗高校跡地の話し合いを早めにするように連絡を受けた晴崇は、早速、関係者を薫風庵に集めた。
大町から琉に流れた旧桔梗高校跡地についての情報は、C大学が正式に把握する前に、桔梗学園サイドで利用法を決めて、動かなければならないからだ。
以前から、C大学からは、工学部の男子学生も受け入れて欲しいと希望が出されていた。
桔梗高校が利用できれば、必ずC大学は、男子学生の受け入れを打診してくるはずで、こちらもしっかりとした利用計画を示して、その希望を却下したいのだ。
京も一雄について富山分校に行ったので、薫風庵の奥にある「もっと秘密の部屋」に入るメンバーも大幅に変更されている。
美規、晴崇、舞子に加えて、新たに、狼谷柊、深海由梨、板垣啓子が加わった。今日は初めての6人での会議だ。開口一番、恵子が口を開いた。
「なんで、私のような棺桶に片足突っ込んでいるのが、呼ばれたのかね」
舞子が答えた。
「もう既に、セキュリティーに携わっているので、学園内の秘密をご存知ですよね。白萩地区の皆さんの様子も教えていただきたいので、こちらに加えさせていただきました」
美規が、机の上にウエッジウッドの電子カタログを広げた。
「新しいメンバーの皆さんは、好きなマグカップをどれか一つを選んで下さい」
由梨が、中学2年らしい好奇心で真っ先にカタログを見始めた。
「美規さん、どうしてウエッジウッド縛りなの?」
「真子学園長がウエッジウッドのカップが好きで、みんな出張土産に探して買ってくるようになったら、すごい数のコレクションになったの。その中から選んでいたからだね。のみの市で買ったものもあるから、廃盤のものもあるし、金継ぎしたものまであるの。舞子が選んだのは2024年日本限定エリアマグだったよね」
舞子がニヤニヤしながら、「東京マグ 桜」を、少し持ち上げて見せた。
「あー。いいなぁ。私も他の年ので良いから、『東京マグ』がいいなぁ。柊君は決まっているの?」
柊は、真っ白でツリーが真ん中に描いてあるシンプルなマグカップを指さして見せた。
「ウインターホワイトマグカップだね。名前が『柊』だもんな。相変わらず、上品な趣味だ」
晴崇が柊の意図をくんで、茶化した。
啓子はカタログを指でスライドしながら何かを捜していたが、あるものを探し当てて、指さした。
「あったよ。『ピーターラビットマグ』。懐かしいね。小さい頃、よく圭に読んでやった本だ。圭は、最初、兎パイのくだりを怖がっていたけれど、結局、何度も読んでやったもんだ」
「へー。圭の小さい頃の話、本人はほとんどしないから・・・そんなことがあったんですね」
「私が言ったなんて、圭に言わないでよ、すぐ怒るから。まあ、小さい頃のことで忘れているかも知れないしね」
晴崇の話に微笑みながら、そう言うと、啓子は3Dのカタログのカップを指で動かして、
「あら、飲み口を金継ぎしてある。刻印も古いものだね。私にぴったりだ」
「じゃあ、明日までに在庫から引っ張り出してきますね。今日は来客用の白いカップでごめんなさい」
美規は、母美子のカップでゆっくり紅茶を飲みながら、話を楽しんでいた。
啓子は、まだカタログを指でもてあそびながら、質問を続けた。
「では、桔梗村からはこの話し合いには、誰も呼ばないのかぃ?」
舞子は、逆に質問を返した。
「恵子さんは、桔梗村からは誰を呼ぶべきだと思いますか」
「えぇ?大町君とか」
柊がそれに難色を示した。
「それだったら、琉のほうがいいと思いますよ。大町さんは、『桔梗村の人間はすべて桔梗学園に受け入れて欲しい』という考えですよね。それはセキュリティ的にも経済的にも受け入れられません」
司会の舞子が、そこで話し合いの内容を整理した。
「では、既に九十九カンパニー内で募集が終わってとりまとめた、桔梗高校跡地の利用方法案を確認します。
1つ目の意見は、現在東城寺で行われている村役場を置くこと。
2つ目は、保健所や警察署、医療施設、食品販売をする店舗などを校舎内に入れること。
3つ目は、保育園の施設を作ること。
4つ目は、KKGの研究施設を入れること。
などと、多くの意見が出ました」
晴崇が手を挙げた。
「C大学は男子学生の受け入れを希望しているが、治安の面で今は受け入れられない」
柊もそれに同意した。自分が大学生なので、コンパの後の騒ぎ等を考えると、女子ばかりのこの地に男子学生が大量に入ってくるのは受け入れがたかった。
舞子も司会ながら自分の意見を出してきた。
「村役場機能の移転は、喫緊の課題です。今の状態は、『特定郵便局』のようで、父のところに権力が集中しているように外部に取られかねません」
由梨がホットミルクを飲みながら、首をかしげた。
「役場の仕事って、出生届も婚姻届も、税の徴収もすべてDX化しましたよね」
柊が、由梨に説明をした。
「桔梗村って、大学の敷地だけじゃなくて、桔梗駅の向こう、高速道路辺りまで広がっているんだけれど、その広さのゴミ処理、道路整備、火事や警察事案なんかも、一応『村』の公共サービスだよね。村に『公務員』が出来ることで、一括して税金を払っている村民の公僕として片付けなければならないんだ」
「面倒くさっ。自分でやれば良いのに。江戸時代以前はどうしていたんだろう」
「将軍や藩主から命令されてやるか、村人総出で互助的に行っていたか、だろうな」
「そっかぁ。人数が少ない桔梗学園村は、学園長が最終判断をして、みんなが互助的に総出で片付けるから、公務員はいらないんだ」
「桔梗村村長は、前村長に死後、うちの父に代行して貰っていたからね。だいたい、選挙するにも、議員のなり手がいなくて、以前の桔梗村は崩壊状態だったからね」
啓子が、深くため息をついた。
「何をいくらで誰にやって貰うかまで、村人全体で話し合いをしていたら、物事は何も動かないよね」
話し合いが長引くことを嫌う美規が、そこで啓子に意見をした。
「啓子さん。質問は良いですが、発展性のない話は止めましょう。ここは不満を言う会議ではありません。
まず、旧桔梗高校に入れたいものを、可能な限りすべて入れればいいじゃないですか。
1つは、今、東城寺が担っている仕事ですね。真子学園長の子供の瑛君が、こちらに帰りたがっていますので、西願神社の西山英嗣君と一緒に、取りあえず出来そうな仕事からやって貰いましょう。瑛君は元桔梗村の警察官。英嗣君は消防官でしたよね。同級生で仲も良いので美味く話合いが出来そうです。
DX関係は、由梨ちゃんがシステムをたまに見てあげて下さい」
「はい。それに加えて、保育園も作る方向で検討して下さい。今、C大学生が3名、九十九農園のアルバイトに来てくれているんですが、出産後の子供を預かって貰えないと困ります。それから、碧羽さんも藍深さんも今、妊娠しているので、その子も一緒に預かると良いですね」
舞子もそれに賛成した。
「美規さん、昔、五十嵐義塾やハンバーガー店があったところ、土地がまだありましたよね。義塾も老朽化しているので、取り壊して保育園の施設を作りませんか?
あそこは桔梗学園の保育施設からも近く、白萩地区にも旧桔梗高校からも近い場所です。
道路を挟んだ向こう側には東城寺のある桔梗ヶ山があるので、そこの一角を森の幼稚園にしてもいいと思います」
美規にピシャッと言われた啓子は、ここでは発展的意見を持ち出した。
「白萩地区の高齢者で、手の空いているものにも、見守りをして貰えば良いね。
最近、若槻ひなたさんが、里山村で役場の職員をしていた娘さんと、同居したいと言っていたんだけれど、その子も40過ぎで独身なので、何か仕事があれば嬉しいね」
晴崇が、「里山村」という言葉に反応した。
「舞子、俺たちが修学旅行に行った時、里山村に泊まらなかったか?」
「あー。嫁が来ない村?思い出した。若槻って事務の人がいたね」
「それならばその人には、村役場の事務の仕事を任せるのはどうですか?人物を確認してからですけれど」
「美規さん、もう一人事務の人を思い出した。最後に桔梗高校の学校事務をしていた佐伯さん。あの人、親戚を頼って、避難していったけれど、確か、40歳過ぎで独身だったと思う。あの人は、学校に来る前は、県の土木事務所にいた人だったと思う」
柊は、桔梗高校が甲子園に行った時に、佐伯事務員にかなり世話になったのでよく覚えていた。応援席でも応援団への配慮など出来る人だったので記憶に残っていたのだ。
「じゃあ、柊君、その人に連絡を取ってください。事務方が2人いれば、瑛君と英嗣君は外回りに専念できますよね」
美規は、そこで立ち上がって、珈琲を入れ直した。
「ところで、保育園の建設は、古田円さん、大町信之さん、猪又純さんが中心に行うということで良いですか?由梨さん?」
「あれ?猪又純さんの話はしましたか?」
「C大学の建築コースなので、希望しているかと思ったのですが、違います?」
柊は舞子に聞きながら、冷蔵庫から適当な菓子を出して、堆朱の菓子盆に入れて、みんなの前に並べた。
「柊ってさ、春佳がお茶を入れ替えようとしたのは止めたくせに、自分はマメだね」
「自分が食べたいから出しただけで、春佳には女の子は『お茶くみ』するっていう発想をもって欲しくないから、止めただけだよ」
最近、ノースエクスプレスが通った関係で、新潟駅周辺には、昔からの和菓子屋が出店するようになった。今、柊が口にしているのは、「さわ山」の葛饅頭で、啓子も「さわ山」の大福に、目を細めて齧り付いていた。カップの中は煎茶に変わっていた。
葛饅頭を食べ終わった柊は、話題を変えた。
「『2つ目の保健所や警察署、医療施設、食品販売をする店舗』について、『保健所』や『医療施設』って言うのは、氷河さんが東城寺でなく、桔梗高校跡地で予防接種をするだけじゃ駄目なんだだろう?啓子さん、何か、こんな医療サービスが欲しいというのはありますか?」
「燕市や新潟市に行かなくても、せめて診療所のようなものがあるといいね。いわゆるかかりつけの医者。その他には、やっぱり欲しいのは産婦人科と歯医者かな。歯が丈夫じゃないと、長生きできないからね」
「募集をかけてみる?子持ちの女医限定で」
柊が、氷高について思い出した。
「氷河先生の弟で、外科医の小畑氷高君が、『氷河さんの産休代理で桔梗学園に来たい』って言っていたんだけれど、男性なんだよね」
イケメン大好きな由梨が、すぐさま反応した。
「スキーコーチの、氷高先生だよね。格好いい人だよね。美鹿琵琶チャンネルで、見てもカッコよかんったもんな」
「そこ?」
「柊君も格好良かったけれど、見慣れていないイケメンは目の保養だよ」
「玲に知らせてやりたいな、その言葉」
舞子が柊に質問をした。
「柊、氷高君は今は医者として働いていないの?」
「いや、自分の父親が経営している北海道医療センターで、働いているはずだけれど」
「それなのに、産休代理に来られるの?それに、外科なんでしょ?かかりつけ医師だったら、内科が良くない?まあ、兎に角、女医の募集を掛ける前に、柊が、直接氷高君に意図を聞いてくれないか?単なる思いつきならすぐ、女医の募集を掛けてもらおう」
氷高君にも何か、思うところはありそうである。
会議は1時間しかしないという美規の方針に添って、この日の話し合いは終了した。各人は、そこまでの自分の調査や問合せの課題を済ませてから、1週間後、会議を再開することになった。