案ずるより産むが易し
色々、悩むより行動した方が良いと言うことですね。次回は、旧桔梗高校跡地について。
碧羽の母、高木美恵子に付き添って貰い、5人は産婦人科の診察を終えた。支払いは、古田円が立て替えてくれた。それぞれがエコー写真を一枚ずつ貰った。
手足ももうはっきり分かる写真を見て、忍は泣き出してしまった。
「生きているんだよ。どうしてこんな子を堕ろすとか言えるのかな?」
「待っている間に、ネットで桔梗村への転入届出しましたよね。桔梗村の役場は、今は東城寺内にあります。帰りに「母子手帳」を貰って帰りましょう。今日、産婦人科で受け取った『妊娠届出書』と交換です。ついでに『妊産婦医療費助成』の申請も出来ます」
古田円の言葉に高木美恵子が反応した。
「ありがとうございます。何から何まで。それで医療費は通帳に振り込まれるのですか?」
「碧羽さんと藍深さんの分は、桔梗バンドに振り込まれるので、次回から、このバンドで支払いしてください。C大学のみなさんは、こちらのバンドを着けてください」
そう言うと、ピンク色のバンドを円は取りだした。
「ここにお金を振り込むので、これで支払いできます。今回私が立て替えた分は、差し引いて振り込みますので、個人的に診察代の返却は結構です」
「円さんは、村役場の職員ですか」
猪又純が尋ねると、円は少し膨らみかけた腹を突き出して答えた。
「私も先日、同じ手続きをしました。桔梗村の村役場は、ほとんどの手続きがDX化されていますが、母子手帳を渡すなどの一部の業務は、村長の東城寺悠山住職のご一家が行っています。母子手帳はデジタルでも交付していますが、エコー写真を貼ったり出来る紙の手帳も欲しいですものね。アプリの母子手帳もダウンロードしておいてください。予防注射のお知らせなどが届きますよ」
「予防注射はどこで出来ますか。桔梗村の保健所も流されましたよね」
高木美恵子の質問に、円が答える。
「氷河さんが来たので、これも東城寺で出来ます」
「氷河さんって、外科の先生ですよね」
「村で行う検診には、場合によっては桔梗学園の小児科や内科の先生もアルバイトで来てくれますし、歯科検診などは近場の歯科医どこでも、村の無料券を出せば、タダで見てくれます。ただし、治療が入ると有料ですけれど」
「昔と変わって、前もって払わなくなったんですね」
美恵子は、娘達の子育てと比較して、隔世の感を抱いた。
「そうですよね。出産費用も50万以上のお金を用意するのが大変ですよね」
永遠がため息をついた。
「出産って、そんなにお金がかかるんですかぁ。うちの親なんてぇ、不妊治療の末、四つ子を授かったので、多分大変だったろうなぁ」
「えー。兄弟が多いって聞いていたけれど、永遠って四つ子なの?」
「うちの親ってさぁ、30歳で結婚したけれど、10年間ずっと不妊治療し続けたんだよねぇ。それで、『これが最後』と決めて、体外受精した卵を4つすべて体に戻したら、・・・四つ子になったわけぇ」
高木美恵子は、流石に経験者だけあって、すぐに状況を理解した。
「じゃあ、お母様は妊娠期間ほとんどベッドの上に・・・」
「はい。40歳過ぎの出産ですし」
「入学も受験も、修学旅行もすべて同時で大変だったでしょう?」
「大変だったと思いますぅ。違う学校だと大変なので、全員で同じ国立大学の付属小に入って、エスカレーターで高校まで進学しましたがぁ、流石に大学は能力や興味の差があって、別々の国立大学に進学しました」
学部も部活動も同じ純は、永遠のことを我が事のように心配している。
「永遠のお母さん、永遠の妊娠知ったらなんて言うかな」
「『私の出産にお金の心配はいらないよ』って先に言うさぁ。そうしたら喜んでくれると思うんだぁ。
まずは、帰ったら教授と、産休や育休の交渉しないとねぇ。留年したら、奨学金も受けられなくなるからぁ」
ドローンの中にいるほとんどの人は、震災で家計状況が苦しい。そんな中、藍深だけがドローン上空からの景色をのんびりとスケッチしていた。美恵子は娘の幼なじみの藍深についても、娘同様に心配している。
「藍深ちゃんは、お家の人に妊娠の話はした?」
「まあ、しなくてもいいかな?お金に困ってはいないし、家の家族も何しているか、私に知らせてこないし。碧羽ちゃんは、家の親が私に興味ないって知っているでしょ?」
高木美恵子は、のほほんとした藍深が心配でしょうがなかった。
「藍深ちゃん、お金の心配がないってどういうこと?」
「柊さんが、桔梗学園のHPに、私の絵を売るコーナーを作ってくれて、そこで絵をNFTアートにして売ってくれているんです。売上の7割は私の収入だから、出産費用くらいは出ます」
「藍深ちゃんの絵って、1枚いくらなの?」
「オークションで売っているんで、よくわからないです」
柊はここまで藍深に尽くしていたのに・・・。
東城寺ですべての手続きを終えたC大学3人娘は、他の人と別れ、早速、教授のところに行って、産休と育休の交渉をしてきた。交渉は意外とすんなりいったので、3人はやっと寮となっているコンテナに戻った。
「あー。疲れた。忍は出血はもう治まった?今日は一日安静だって」
3人は、もともと同じコンテナに3人で、シェアハウスをしていたので、夕日の差し込む部屋で、今後の話し合いを始めた。忍もベッドに寝転がりながら、話に参加していた。
園芸学部の伊勢亀忍は、出身が四国の宇和島だったが、今回の津波で村ごと流されてしまったので、家族で三条市の親戚の家に世話になっていた。他の親戚も数軒一緒に避難して来たが、年寄り達はやることがないので、毎日、様々なことに目を光らせている。
忍が、捧三条市長の息子との間の子供を妊娠しているなどと知れたら、家族も捧家もタダでは済まない。だから、いくら教授に強制されても、忍は妊娠について家族に話すことなどは出来なかった。
「私、絶対に親に妊娠の話は出来ないんだ。だから、この村の中でバイト先を捜さないとね。明朝、九十九農園に行って、バイトできないか聞いてみるつもり」
工学部の牛腸永遠は、小柄で目のクリっとした可愛い学生だった。少し舌足らずなしゃべり方も男性の気を引くようで、女子の少ない工学部では、「天使」と言われもてはやされていた。しかし、大学では流体力学コースのエースで、兎に角、速さを追求する執念は、誰にも負けなかった。
「うちは親に話す前に、兄弟に話さないといけないと思うの。家は、四つ子って言ったよねぇ。
長男の恒久はT大で医学、次男の永劫はT科学大でゲームの研究をしている。長女の久遠は、T芸術大学に行っていて、最後が私。一応末っ子ってカテゴリーで、上の3人は私をやたらと可愛がるんだよね。数時間しか出生時間が違わないくせにぃ」
「みんな、優秀なんだね」
「まあ、親も大学教授だからね。それでも親からの仕送りは0だと考えて、行動したいといけないね。ドローンパイロットは募集してないかなぁ?整備でも良いんだけれど」
「円さんの彼氏は、ドローンの整備しているんだよね。円さんに相談したら?さっき、メルアド聞いていたじゃない」
3人目の猪又純は、最も行動力がある学生だ。それは、父子家庭で小さい頃から家事一切を行っていたことに関係があるかも知れない。C大学工学部の建築コースに所属していて、新桔梗村の住宅の建設にも、N女子大の学生より熱心に参加していた。彼女は同じ建築コースの直江兼新という大学生と付き合っていて、今回、その青年との子供を妊娠してしまったのだ。もう既に、兼新には生理が止まった話をしていたが、男子学生がいるキャンパスは、山形にあって来ることは出来ない。
「直江君は、良いお父さんになりそうだね。キャンパスが一緒なら、夫婦で子育てできるのにね」
「私のところも上杉先輩が、こっちに来たがっているのぉ」
「ちょっと待った。初耳。永遠は上杉先輩と付き合っていたの?」
「いや、付き合い始めたばっかりぃ」
「それで妊娠したの?どこが良かったの?バスケット部には格好いい先輩がいっぱいいたのに」
「上杉先輩は格好いいよ。私、ガードじゃない?やっぱり目はガードポジションに行くから、上杉先輩の3ポイントシュートとカッティングは、最高だよ」
「でも、背が低い。それに引き換え、兼新はポイントガードだから、外でも中でも活躍していて、格好良いじゃない」
忍が、パンと手を叩いた。
「はいはい。彼氏についての自慢はそのくらいにして、純は仕事はどうするのか教えて」
「そうだったね。建築コースの私としましては、保育所を作りたいと考えているんだよね。だって、このコンテナに3人の子供と一緒に住むって、厳しくない?せめて、昼は保育士さんを頼むにしても、もう少し広いスペースが欲しいよね」
「実はあるんだなぁ。新桔梗村作る手伝いしていた時、元桔梗高校の大町さんていう用務員さんと知り合ったんだ。
その人がね、夏にN女子大学が移転するから、あそこの土地の使い方の検討に入っているんだって」
「もう決まっているんじゃない?でも、決まっていないなら、グランドを整備して、保育園を作りたいよね」
2年生ながら、バスケット部の主務を任されている伊勢亀忍は、いわゆる学級委員長タイプで、真面目でこつこつ仕事をこなすタイプだ。少しネガティブ思考ではあるが、自分では慎重なのだと思っている。
「じゃあ、その大町さんに接触して、旧桔梗高校跡地がこれからどうなるかという情報を得てきてくれるかな?」
「アイアイサー。じゃなかったマム」
翌朝、3人はまず九十九農園に出向いた。
「すいませーん。誰かいますか?」
人の気配のする苺ハウスに声を掛けると、奥から綺麗な顔立ちの青年が出てきた。
「はい?農家レストランはまだ、開店していませんよ」
「あのー。そうではなくて、九十九農園さんでアルバイトしたいと思ってきたんですが、代表の方とお話しできないでしょうか」
「はい。お名前を伺っても良いですか」
「C大学園芸学部1年の伊勢亀忍と、同じく工学部1年の猪又純と牛腸永遠です」
ハウスの奥から、もう一人少女が出てきた。
「玲君?お客さん?」
「なんか、バイト希望者みたい」
「へー。有り難いじゃない。珠子さんに声を掛けてくるね」
そういうと、深海由梨はダッシュで、九十九農園に向かった。
「妹さんですか?」
玲は少し顔を赤らめて、それを否定した。
九十九珠子は、開店準備に忙しかったが、由梨が替わってくれるというので、来客の対応をすることになった。実は山田一雄が4月から夏の大会まで、富山分校に行ってしまっているので、今は猫の手も借りたい状態なのだ。
「それで、3人とも大学で学ぶ傍ら、家でバイトしたいと・・・」
伊勢亀忍は、誤解は早めに正そうと、珠子の言葉を遮った。
「お話の途中、すいません。先にこちらの事情を話しても宜しいでしょうか。私達、現在妊娠4ヶ月で、大学に通いながら出産して子育てをしたいと考えています。出産までの費用は、村から補助をいただけると伺いましたが、出産後、保育士さんを雇うお金がないので、アルバイトをしようと考えました。
私は園芸学部なので、ここでずっとアルバイトをさせていただきたいのですが、工学部の二人は、専門が流体力学と建築なので、将来的にはそれを生かしたアルバイトが出来れば良いと思っています」
「なるほどね。まず、家は妊婦でも出来る仕事を割り振るし、悪阻の時は休んで貰っても良いし、出産で休みが入っても構わないわ。春は仕事が多くて、アルバイトは大歓迎です。
勿論、1日延べにして3時間以上働いてくれれば、3食出しますよ」
3人の女子大生の顔は輝いた。
「本当ですか?家からの仕送りも震災の後なくなって困っていたんです」
「伊勢亀さんのお宅は農家さんなの?」
「家は、震災の前は、宇和島で蜜柑と米を作っていましたし、親戚も野菜を作っていたので、食費には困らなかったのですが、今、家と田畑が津波で流されて、三条市の親戚の家に避難しているんで、仕送りがなくなって困っていたんです」
「あら、じゃあ田植えもしたことあるのね?」
「米関係の機械はすべて操縦できます」
「最高だわ。無人の機械でも、基本操作を知っている人の方が操縦は上手いのよね」
「珠子さん、朝の準備終わりました」
そう言って、深海由梨が珠子の横にどかっと座った。
3人は、微妙な顔をして由梨に微笑んだ。
「初めまして、深海由梨です。流体力学と建築関係の仕事については私の方が詳しいのでお話しします」
「由梨ちゃんは、中学2年生だけれどKKGの研究員でもあるのよ。
因みにさっき会った大神玲君は高校2年生だけれど、基本的に家の従業員として一日働いているから、分からないことがあったら何でも聞いてね」
中学生がKKGで働いていることに、忍と純は不思議な顔をしたが、永遠は自分の兄弟に飛び級をした者がいるので、ごく当たり前にその話を受け入れた。
「まず、牛腸永遠さんが流体力学の専門なんですね。どのような分野でそれを生かそうと考えていますか」
永遠はすぐさま答えた。
「飛行機やロケット、新幹線、車など、乗り物が興味の中心です。ドローンにも興味があります」
「正直ですね。桔梗学園の小学生でもドローンは動かせますが、現在大型ドローンのパイロットが不足しています。永遠さんは車の免許は持っていますか?」
「いえ、教習所代がないので・・・」
「直接、試験所に行けば、さほどお金はかかりません。筆記試験合格アプリもありますし、教習所のコース練習は、桔梗村でもできます。なるべく早く免許を取って下さると助かります」
そういうと、由梨は、タブレットで免許のとり方を、教えられそうな人のスケジュールを確認した。
「ああ、明日の夕方、琉君が空いていますね。3人で一括して説明して貰ってください。琉君は、玲の兄です」
由梨がテキパキと、問題を片付けていくのを、3人は呆気に取られて見ていた。いつの間にか、珠子は厨房に戻って行っていた。
「それから、建築関係の仕事ですか?現在、進行中の仕事はないですね」
純は、地雷かも知れないと思ったが、敢えて質問してみた。
「あの、夏にN女子大学が移転するって聞いたのですが、旧桔梗高校跡地はどうなるんですか?」
由梨が上目遣いに、純を探った。
「その情報は、C大学の皆さんが知っているんですか?」
「私が聞いたのは、元桔梗高校の技術員だった大町さんという人からです」
由梨は、タブレットに向かいながら、暫く考えていた。
「純さんはその話を他の誰かにしましたか?」
「この3人では共有しました。私は、生まれた子供を預ける保育園が欲しいと思ったので、もし、校庭の隅にでも作れればいいなぁ・・・と」
純は、由梨の顔色をうかがいながら、言葉を選んで慎重に話を続けた。
「保育園の運営はどうするのですか?」
「そこまで、大それた話ではなく、桔梗学園から保育士さんをお願いしても、私達のコンテナハウスで預かって貰うのは、狭いかなっと思って・・・」
「保育士の当てはあるんですか?」
「桔梗学園から派遣は出来ないのですか?古田円さんは、大学に行っている間、預けるくらいなら、私達のアルバイトで稼いだ金でもお願いが出来るって・・・・」
「円ちゃんたら・・・。シスターコーポレーションという会社がナニーを派遣していますが、保育士派遣の例は聞いたことがありませんね。問合せをした後、担当を確認しますので、この件は少し待って下さい。
最後に、桔梗高校跡地の使い方については、現在、九十九カンパニー全体で意見を集約しています。結論が出た時に猪又さんの希望が入れられたら、情報をお知らせします。
最後にアルバイトの話をまとめますが、当面は3人で、朝6:00~8:00と夕方16:00~18:00に九十九農園で働いていただくのはいかがですか」
3人は、テキパキ話を進める由梨に圧倒されて、首をコクコク縦に振ることしか出来なかった。そこへ、美味しそうな味噌汁の匂いがした。
珠子が3人分の朝定食を持ってきたのだ。
「え?注文はしていませんが・・・」
「いやあね、3食付きって言ったじゃない。仕事は明日の朝6:00にここに来て頂戴。お昼もここで食べて良いわよ。待っているわ」
「あっ、ありがとうございます」
「悪阻のある子は言ってね。ご飯の匂いが駄目な人もいるから」
そこへ、玲が苺がいっぱい入った箱を持ってレストランに入ってきた。
「由梨、苺はこのくらいでいい?」
「玲君、ありがとう。あの3人が明日からバイトに来てくれるって」
さっきとは打って変わった由梨の話しぶりに、3人は唖然とした。
それを見て、珠子が3人に小声で話しかけた。
「仲良しでしょ?由梨ちゃんが玲君に夢中なの。普段はクールなんだけれどね。この農園は、将来は玲君と由梨ちゃんに継いで貰うの。経営は由梨ちゃんに一任するつもり。
由梨ちゃんは、従業員のことは、大切にしてくれるから、保育園のことは多分、大丈夫よ。
みんなは、不安がいっぱいかも知れないけれど、『案ずるより産むが易し』って言うでしょ?」
3人は翌日夕方、琉に会ったが、そこで、琉と、大町と古田円との関係を知った。
なんと九十九農園に行っただけで、自分たちが連絡をつけたい人がすべて繋がったことを知った。