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5人の妊婦

英語教師をしていた夏目漱石が、「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという都市伝説?があります。三津ちゃんの告白は、柊君には届かなかったようですね。

 噂の出所は、N女子大学の、とある学生だった。その名前は蝶名林心愛(ちょうなばやしここあ)。桔梗学園に来た時に、友人が遅刻したのでドローンの出発を止めようとした女子学生だ。

 12月のクリスマスマーケットの時に、心愛(ここあ)は、同じ高校出身のC大学の伊勢亀忍(いせがめしのぶ)のグループにその話を広げたのだった。


「忍、久し振り」

「ああ、心愛も元気そうだね。帰省したら高校の同窓会に出るでしょ?」

「勿論、久し振りに彼氏に会わなくちゃ。女子ばっかりだと息が詰まりそう」

「そうだね。今回の同窓会は、スノボ旅行も兼ねるんでしょ?楽しみだな。修学旅行みたい、幹事の(ささげ)君は流石だね」

「忍は捧君一筋だね。お泊まりがあるんだから、迫っちゃえば?」

「心愛みたいに積極的じゃないよ」

「いやだぁ。日本の将来のために積極的になってもいいんじゃない?桔梗学園が隣りにあるんだから、出産も保育園もタダだよ」


その話には、伊勢亀忍とテーブルを囲んでいたC大学の牛腸永遠(ごちょうとわ)猪又純(いのまたじゅん)も食い付いてきた。

「蝶名林さん、その話は本当なの?」


「本当よ。うちの大学の佐藤教授がそう言っていたわ。少子化の日本では、『妊婦は国の宝』だからって、ほら、柔道の東城寺舞子も妊娠したら彼氏と一緒に桔梗学園に入って、試合のバックアップもすべて桔梗学園がしてくれたんでしょ?いいなあ。私も彼氏に協力して貰おうかと考えているの」

「心愛、協力って・・・」

「1人じゃ妊娠できないじゃない?」


 4人が話すテーブルの脇を、折悪(おりあ)しく(?)舞子がクリスマスマーケットで買い込んだ菓子の袋を抱えて通った。

蝶名林心愛は、「舞子さぁん」と声を掛けた。

舞子はファンに声を掛けられたと思い、にっこり会釈を返した。

「心愛は、東城寺選手と知り合いなの?」

「うん、ちょっと」


このやりとりが、心愛の嘘に信憑性を持たせてしまった。世の中には、意識せずに嘘を吐き、話しているうちに、それが真実だと思い込んでしまう人種がいる。蝶名林心愛は、そういう人種だった。




 1ヶ月近い帰省期間は、外部と隔絶されていた大学にいた女子学生達にとっては、パラダイスだった。蝶名林心愛と伊勢亀忍は、高校の同窓会に行き、他大学に進学した男子学生と積極的に交流した。

 猪又純と牛腸永遠は、C大学工学部の男子学生と久しぶりに会い、何度か飲み会を重ねるうちに羽目(はめ)を外してしまった。万が一妊娠しても、桔梗学園で出産して、子供も預けて今まで通り学生生活を送れるという情報が、彼女たちの心のハードルを下げてしまったのだ。


 それでも女子学生達は、自分の生理が止まり、検査薬で妊娠が分かると、(にわか)に焦りだした。



「やっぱり教授に相談して、桔梗学園で出産できるか、聞いてみよう」

誰よりも早く、友人達に妊娠をカミングアウトした猪又純は、行動も早かった。これを機会にKKGへの就職の道も開けるのではないかという、淡い期待もあった。


「万が一、心愛の話が嘘だったら、どうするの?」

伊勢亀忍は、高校時代も何度か彼女に煮え湯(にえゆ)を飲まされてきたことを思い出した。


「蝶名林さんって、嘘つきなの?」

工学部の先輩にかなり強引に迫られ妊娠してしまった牛腸永遠は、自分の置かれた現実にまだ目を向けられずにいた。


「心愛って、嘘と現実の境が分かっていないんだよね」

忍の言葉に、純は少し(いら)ついたがすぐ、気持ちを切り替えた。

兎に角(とにかく)、教授に相談しよう」




 その翌日、教授達が桔梗学園から持ってきた情報は、絶望的な内容だった。かつ、噂の出所と言われたN女子大の佐藤教授からは「名誉毀損(きそん)」だと、厳しい叱責を受けた。


佐藤教授は、蝶名林心愛という学生がトラブルメーカーだと言うことは良く知っていたが、彼女自身は妊娠の兆候もないので、ここはC大学の問題ということで誤魔化してしまおうと心に決めた。

N女子大学の目白キャンパスの復旧はかなり進んでいるので、夏にはこの地を去るというのも、佐藤教授の口を堅くした原因だった。


 C大学の加藤教授と伊藤教授は、3人の女子学生を前に、今後の進路について話を進めようとした。

「みなさん。そろそろ妊娠4ヶ月に入りますよね。勿論、親御さんと産婦人科に行ったんですよね」

「いいえ」

3人は揃って首を振った。親と同居していれば、子供の不調は気がつくはずだが、子供だけではなかなか行動に移すことは出来なかったのだ。


「皆さんは、親御さんが新潟県内の方ばかりなので、すぐ帰省して、先ずは自宅近くの産婦人科で受診して下さい」


「それは、休学しろというお話なのでしょうか?」

(うつむ)いていた猪又純は、上目遣いで工学部の伊藤教授を見つめた。

「いいえ、親御さんと相談して下さい。ただ、出産するにしても、親御さんの(そば)でないと困りますよね」

「うちは、父子家庭なので、自宅では産めません。父は県庁の仕事でほとんど自宅に戻りませんから」

「まあ、お祖母様とか親戚の方はおいでにならないの?」

「親戚が、子供の世話をしてくれる家ばかりではありません」


「猪又さんはそういう特殊な事情でしょうけれど、牛腸(ごちょう)さんや伊勢亀(いせがめ)さんは里帰り出産なさるんでしょ?」


牛腸永遠は、顔を(おお)って小さい声で答えた。

「休学したら、奨学金が取り消しになるんですよね。うちは兄弟が多いので、私が休学したらみんなに迷惑を掛けます」


伊勢亀忍は顔をしっかり上げて答えた。

「うちは田舎なので、未婚の出産なんか出来ません。親に言ったら『今すぐ堕ろせ』って言われます」

「そうね。でも今まだ、22週たってないでしょ?」

忍は伊藤教授の言葉を聞いて、頭に血が上った。

「合法であっても、体がほぼ完成した胎児を殺すなんて。教授はそんなこと出来ますか」


(しばら)く部屋には沈黙が広がった。

伊藤教授は静かに最後通告をした。

「まずは、親御さんに報告しなさい」



 3人は、それぞれに親に妊娠を言えない事情を抱えていた。何も言わず、3人は藤が浜に向かって歩き出した。

 浜辺は5月の風が吹いて気持ちよかった。

「海に入っちゃおうか?」

「駄目だよ。体を冷やしちゃ」

「ふっ。ちゃんと自分の体をいたわっている。もう私達はお母さんなんだね」

「そうだよ。3人で協力して子供育てない?」

「出来るかな?」


 3人が波打ち際に沿って歩いていると、風が人の話し声を運んできた。声の主は浜茶屋の上で話し合っているようだった。

「高木先生に相談したほうがいいよ」

藍深(あいみ)ちゃん。お姉ちゃんに続き、私まで未婚で妊娠したら、うちの母さん悲しむよ」

「そんなことないよ。紅羽(くれは)ちゃんの妊娠の時、先生は何も怒らなかったよね。きっと味方になってくれるよ」


C大学の3人は、この浜茶屋から聞こえる話に、罪悪感を覚えつつも聞き耳を立ててしまった。

「高木先生って誰だろう?」

猪又純は声をひそめて、2人に聞いた。

「話の流れだと、高木先生の娘って人が、妊娠したんじゃない?」

「ちょっと待って、高木ってオリンピックのバスケ代表、高木姉妹のことじゃない?」

学部が違う3人は、C大学のバスケット部のチームメイトだ。

「高木紅羽って、妊娠して代表を辞退したんだよね。じゃあ、上にいるのは妹の碧羽(あおば)選手?」



そんな話をしていると、上から2人の女性が下りてきて、3人と鉢合わせしてしまった。気まずい雰囲気を最初に破ったのは、屈託のない藍深だった。

「すいません。この上には上がれませんよ」

浜茶屋は、桔梗バンドがないと上がれない仕様になっていた。


 背の高い碧羽が上から見下ろす視線は、かなりきついものだった。

「あなた達、誰?どうしてここにいるの?」


碧羽は、自分の秘密を赤の他人にきかれたのではないかと、今にも噛みつかんという勢いだった。

「あのC大学の学生です。海を見に来ただけなんですが、話し声が聞こえて・・・」

牛腸永遠(ごちょうとわ)がしどろもどろの言い訳をした。

「ごめんなさい。何も聞いていません」

そう言うと、伊勢亀忍は(きびす)を返して足早に砂浜を駆けだそうとしたが、砂に足を取られて、顔面から転んでしまった。顔面がついたのは、両手でお腹をかばおうとしたからである。


「忍、大丈夫?顔が砂まみれ」

藍深も一緒になって、忍の服を払ったが、払い終わっても、お腹を押さえている忍に、藍深は声を掛けた。

「お腹が痛いんですか?」

動体視力のいい藍深は、忍が腹を(かば)って顔面を突いた一部始終を見ていた。

「もしかして・・・」


立ち上がった忍の太腿(ふともも)から(すね)に掛けて、細い血液が伝い下りていた。

「忍ちゃん、血が・・・」


そこからの藍深の行動は早かった。すぐさま柊に連絡をつけて、ドローンを浜辺に派遣して貰った。



 (くがはるたか)産婦人科医師を連れて、浜辺にやってきた柊は、不機嫌な表情を苦労して隠した。

(昨日、面倒な話が来たと思ったら、もう今日にはトラブルがやってきた)


「柊さん、この人のお友達も一緒に乗せて良いですか?」

「君たちC大学の人?」

「はい。お願いします」

(全く、なし崩しかよ)


「おい、碧羽(あおば)藍深(あいみ)藍深(あいみ)も乗るのか?」

「乗りかかった船ですから」


 柊は、暗い碧羽の表情と、異常に明るい藍深の表情を見比べて、何か嫌な予感がした。


 保健室に忍達を届けると、柊は今日当直の児島医師を廊下に呼び出し、昨日N女子大学とC大学の教授が来て、要求していったこと。それに対する美規(みのり)の返事について、手短かに話した。

「だから、処置が終わったら、家で面倒をみず、(つばめ)市辺りの産婦人科に運んだほうがいいと思うんです」

「じゃあ、柊君その移送もお願いしたいから、廊下で待っていてね」

柊は、深いため息をついた。


 30分も待っていると、児島医師がドアを開けて、柊に声を掛けた。

「悪いんだけれど、高木美恵子先生を呼んできてくれる?」

(産婦人科に移送するのに、男の自分1人では不都合だからかな?)


 高木先生が到着して、再び1時間ほど待たされて、柊はやっと保健室に呼び入れられた。

陸医師が、柊に一部始終を説明した。

「結論から言うと、ここにいる5名の方はすべて妊娠しています。そして所属が桔梗学園ではないので、紹介状を書くから、燕市の産婦人科に移送してください。

みなさん、今日は切迫流産の方がいるので、ドローンで運びますが、次回からは、ノースエクスプレスを予約して、外部の産婦人科に通院してください」


 柊は碧羽だけでなく、藍深も妊婦という情報を処理することが出来なかった。

「藍深ちゃんも妊娠しているの?」

小さい声で(つぶや)く柊に、藍深はあっけらかんと答えた。

「まだ、2ヶ月くらいだったから、結果が出たら柊さんに報告しようと思っていました。私、三津(みつ)ちゃんと姉妹になるんです。絵は今まで通り描けるし、子育てには一雄兄さんも協力してくれるはずなので、心配は掛けません」


 |柊は今の話の流れで、藍深の相手が山田雄太だと気がついた。実際は、三津も一雄も、雄太と藍深の関係を知らないのだが、柊は周囲の人がすべて自分を(だま)していたと、呆然とした。


「すいません。お待たせしました。ドローンを出します」

保健室のドアを勢いよく開けたのは、古田円(こだまどか)だった。児島医師が柊の様子を見て、ドローンを他の人に操縦させようと考えたのだ。


 ぞろぞろと出て行く女性達の後ろ姿を見送って、ドアが閉められた時、柊は大きく息を吸った。

陸医師も付き添いで出発したので、児島医師と柊が保健室に残された。


児島医師は出来立てのブラック珈琲を柊に渡した。

「疲れたかな」

「ありがとうございます」

ドローンの低いエンジン音が遠くに聞こえた。


柊は外に向かって独りごちた。

図々(ずうずう)しいんだよ」

「何が?」

「いや、何でもありません」

柊が次に口を開くのを、児島医師は辛抱強く待った。


「僕は何に怒っているんでしょう?」

「2つの気持ちが混じっているかな?」

「C大学の連中は、このまま、ここに出入りをするんでしょうか」

「どうだろう?桔梗村に住所変更をしてあれば、妊産婦検診代と出産費用は村から補助が出るね。燕市でも新潟市でも産婦人科を見つけて通院すればいいんじゃない?」


「出産後は保育園をどうするんでしょう?」

「3人とも親の手助けは期待できないんですって、だからシスターコーポレーションから保育士を派遣すればいいと思うよ?」

「保育士ですか?」

「そうナニーは高額だけれど、授業を受けている間だけ面倒見て貰うくらいなら、バイト代くらいで払えるんじゃない?」


「あの子達にKKGでバイトさせるんですか?」

「まさか、あそこは機密事項が多いから誰でも働けるわけじゃないわ。そうね、九十九(つくも)農園で働かせて貰うか、桔梗村内で畑作ったり花壇の管理をしたり、自分たちで仕事を創出できればいいんじゃない。まあ、子育ては、たまに白萩地区のお祖母ちゃん達に手伝って貰っても良いし」

「そうですか。どさくさに紛れて、桔梗学園の内部に入らなければいいです」


「柊君は、外部の人が桔梗学園に入るのは嫌かな?」

「今まで、外部からの人を簡単に入れないシステムで、桔梗学園の安全が保たれていましたよね。

中の人を傷つけた人は桔梗学園から出て貰ったし・・・」


「では、藍深ちゃんが柊君を傷つけたから、桔梗学園から追い出すかい?」


柊は児島医師に返す言葉がなかった。


「他人は、自分の思うとおりになんか動かない。人は傷つけ合う生き物なんだ。何の行動をしなくても、存在するだけで傷つけてしまうことすらある。家族に傷つけられることだってあるでしょ。

 桔梗学園の本来の目的は何だったんだろう。妊娠出産で、やる気のある人や能力がある人の道を狭められないように援助することだよね。君たちの後、新入生も入ってきていないし、未成年でなくても、大学生でも受け入れるべきじゃないかな」

「でも、そんなこと言ったら、桔梗学園に入るために妊娠する人が激増ですよ」

「そうだね。例えコントロールできない状態になっても、もう、君なら制御できるんじゃないかな。桔梗学園ももう少し門戸を開いても良いと思うよ」



 児島医師は、引き出しからチョコレートを取り出し、柊に勧めた。

「柊君の怒りの原因の2つ目は、藍深ちゃんの妊娠かな?」

児島医師は、こちらが柊を苦しめている最大の原因だと分かっていた。C大学の学生に対する不満より、こちらの方が大きい。しかし、柊の心に積もっている不満や怒りは、一枚ずつ()がしていかなければならない。


柊は泣きそうな顔を隠すように、(うつむ)いた。


「なんで、山田雄太が相手なんですか?」

「ああ、相手のこと?幼なじみなんだってね。五十沢(いかざわ)家と山田家は」

「僕が知らない長い歴史があったって訳ですね」


「三津ちゃんや一雄君が、2人の関係について、柊君に教えなかったことが嫌だった?」

「いや、あの時はイラッとしましたが、多分、一雄は知らなかったと思います。三津は今、岐阜分校にいるし、知ったとしても、僕には話さないと思います」

「何故そう思うの?」

「女の友情の方が大切だからじゃないですか」

児島医師は、柊のこういうところが鈍いとは思ったが、あえてそれに触れなかった。


「では、藍深ちゃんに、屈託なく妊娠の報告をされたことが嫌だった?」

「そうですね。自分が、その程度にしか思われていなかったことがショックだったのかも知れません」

「柊君は、藍深ちゃんに自分の気持ちを伝えたことはある?」

「言葉では、伝えてないかも知れません」

「それは態度では示していたってことだよね。藍深ちゃんって、生駒篤(いこまあつし)君があそこまで積極的に迫っても気づかない人だよ」


「山田雄太は言葉にしたってことですか?」

「そうだね。彼は富山分校で練習するにしても、楽天の2軍に入れたとしても、藍深ちゃんとは離れることは決まっていたよね。彼女をつなぎ止めるはっきりとした言葉を伝えたんじゃないかな?」

「僕より彼の方が勇気があったというわけですね」


「まあ、藍深ちゃんの場合は、家族が欲しかったんじゃないかな?山田家の一員になれることが嬉しかったとは思わないかな?彼女の両親はお兄さんと一緒に福岡に行ったのに、藍深ちゃんはここに1人で残ったよね。心細かったんじゃないかな」


柊は、藍深の「三津ちゃんと姉妹になる」とか「子育てには一雄兄さんも協力してくれる」という言葉を思い出した。


「結婚は家族を作ることだからね」

柊は、保健室を出た後も、児島医師のこの言葉が頭から離れなかった。自分の家族のことを考えると、どこか胸が苦しくなった。



 夕方、梢を連れて男子寮に戻ると、生駒篤がしょんぼりと柊を待っていた。

柊はあまり人と話したくない気分だったが、篤の顔を見ていると放っておけない気がして、篤の隣に座った。4月に一雄が富山分校に行ったので、男子寮には、この2人の他には琉と賀来人がいるだけだった。


「柊さん、藍深ちゃんのこと聞きましたか?野球部の連中は本当に手が早いんだから、汚いよ」

「野球部の()()って」

「藍深ちゃんの相手は、山田雄太でしょ?碧羽さんの相手は佐藤颯太(そうた)らしいですよ」

柊もそこまでは聞いていなかった。

「琉さんに聞いたんですけれど、最初は佐藤颯太が、碧羽さんに告白したらしいんです。それを聞いて、奥手(おくて)の山田雄太も動いたらしいんです。

なんで妊娠までさせるかな?颯太なんて、この間まで笑万と付き合っていたでしょ?節操がないよ」


琉が不満そうな顔をした。

「妊娠させるのが、節操がないっていうのはおかしいんじゃないか?そもそも、女性に負担を掛けるから、様々な条件がクリアできるまで、妊娠しないようにしていた。そのため、日本は少子化が進んだんだろう?桔梗学園はそんな条件を考えなくても良い場所なんだから、・・・・」

賀来人がにやっと笑った。

「つまり、(まどか)さんはご懐妊なさったと・・・」

「えー、まあそう言うことだ。俺も父になるんだ。親父とお袋なんて、『初孫が生まれる』って大はしゃぎだ」


柊は笑顔を作った。

「琉、おめでとう」


元気のない柊に、賀来人(かくと)が尋ねた。

「柊君、三津ちゃんは岐阜分校に行く前に、何か言いに来なかった?」

「え?ああ、そう言えば来たな。『メルアドを交換させてくれ』って言いに来たから、交換したけれど」

「それ以外は何か言われなかった?」

琉も篤も、柊の顔を、好奇心いっぱいの目で(のぞ)き込んだ


「なんか言っていたな。『大会が終わったら、本校に戻るから、それまで岐阜分校のことを毎日報告します。だから、柊さんのことも、どんな些細なことでも教えてください』とか、言っていたかな?まあ、帰って浦島太郎になりたくないのかなと思ったから、一応週に1回くらい、学園の様子は送っているけれど」


琉は自分の前に座っている梢の頭を撫でた。

「梢ちゃんのお兄ちゃんは阿呆ですね。『柊さんことを教えてくれ』って言われているのに、学園のことをメールしているんだよ」

賀来人も呆れていた。

「毎日メールをくれる女の子に、週1回しか返さないなんて、よく愛想(あいそ)を尽かされませんね」


ここまで言われても、きょとんとしている柊に、最後に篤がはっきりと事実を説明した。

「柊君。三津ちゃんは柊君のことが好きなんですよ。『9月には帰るから、それまで他の人を好きにならないで』って、言ったの分かりますか?なんとも思っていない男に、毎日メールを送る女の子なんていないですよ」


「佐藤颯太だったら、そんなこと言われたら、すぐ女の子をメールで自分の部屋に呼び出すよな」

琉の佐藤颯太への評価はかなり低いようだ。


「いや、嘘だろう?『好き』なんて言ってないし」

琉は根気よく柊に説明した。

「『月が綺麗ですね』と言われたら、柊は『外は寒いから家に入りましょう』と答えるか?日本人だぞ。三津ちゃんだぞ。やっと絞り出した言葉に、お前は気づかなかったで、済ますのか?」


賀来人は琉にも好奇心の目を向けた。

「じゃあ、琉さんの告白の言葉は何ですか?」

「え?円さんから『今晩、ドローンの夜間飛行の練習に付き合ってくれない』って言われた。

月が綺麗な夜だったな・・・」


「そこが、柊さんと琉さんの違いですね」

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