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それもセクハラです

実業団の試合や、産業別の試合って、豪華な選手が出場しているのに観客が少ないんです。でも、チームで盛り上がっているのを見ると、高校生の球技大会の楽しさを思い出します。

 富山分校の面々は、目標にしていた柔道の全国大会が終わっても、非常に忙しかった。

それは、6月の実業団の大会の準備や練習があるだけでなく、前回の大会での試合運営システムへの反響も大きく、その対応にも忙殺されていたからだ。そこで、興味がある個人や団体を使って、実業団の大会を運営することにした。前日の畳敷きから参加して貰うので、参加者には1泊富山分校に宿泊して貰うことになった。


「オユンは無理しちゃ駄目だよ。初産(ういざん)なんだし、悪阻(つわり)が来たら、動けないからね」

「舞子には本当に悪いことしマシタ。私の代わりに団体戦に出て貰うなんて、申し訳ナイ」

「えー。お陰で、堂々と富山分校に滞在して、涼の練習見られるんだもん。嬉しいよぉ。それに、森川さんと奈良さんとチームを組めるなんて、最高だ」

美鹿(みか)ちゃんも出すんでショ?」

「まあ、出すなら先鋒でね」

「小学生を実業団に出すなんて、ルールの盲点を突きましたネ」

「だって、年齢制限がないんだもん。でもまだ、猪熊(いくま)は出せないな」

「そうですね。男子の場合は穴熊選手くらいの力がないと、高校生では大人の試合に出せませんからね」

「まあ、猪熊には会場係として頑張って貰うわ。最近、説明も上手になってきたしね」


そう言いながら、舞子は涼の練習を横目で見ていた。怪我をしてから初めての実戦だったので、舞子はかなり心配していたのだ。女子の場合は体重の軽い順から出すと言うルールがあるが、男子はどこのポジションも体重無差別である。舞子は全日本に出でるような重量級と涼が当たることを恐れていた。

しかし、涼の方はもしそういう人と当たったら、無理しないと決めていたので、さほど悩んでいなかった。

「子供が出来ると、守りにまわるよな」


 震災の後、試合の機会がまだ少ないので、今回の実業団の大会には、世界選手権の代表選手クラスもエントリーしてきている。当然その選手目当てに、今までの実業団の試合と違って、多くの観客が来ることが予想されている。前回の大会では東北州知事は、天皇のご臨席と言うことで、端っこで静かにしていたが、今回は南関東州知事、大池蘭子(おおいけらんこ)や厚生労働大臣もやってくる。

柊は今回は裏方に徹して、舞子を前面に出そうと思っていたが、オユンの妊娠で舞子が試合に出るのでそうも行かなかった。


ただ、今回は岐阜分校に行って野球に集中していた山田兄妹(きょうだい)や佐藤颯太(そうた)なども手伝いに来てくれるというので、少し気が楽だった。また、主管は全日本実業柔道連盟と富山県柔道連盟なので、試合場係と審判システムの運用だけというのも良かった。

「仕事とはいえ、こう大きな大会が続くと疲れる」

柊はかなり疲労がたまっているようだ。



 5月に入って早々、主管の全日本実業柔道連盟と富山県柔道連盟の代表者との会議が開かれた。開会前に柊は、一応企業の代表として、立本瑶子(たちもとようこ)富山県柔道連盟会長と、全日本実業柔道連盟会長の大堀氏に名刺を持っていったが、最初から強烈な一撃を食らった。


立本会長から開口一番、「KKGの代表はあなたなの?」ときつい言い方で聞かれたのだ。

柊はゆったりとした笑みを浮かべながらも、心中穏やかではなかった。

「申し訳ありません。東城寺は急遽選手として出場することになりましたので、私が代わりに参りました。KKG総務の狼谷柊(かみやしゅう)と申します」


そこへ持ってきて、大堀会長からも好奇心たっぷりの顔で挨拶を貰ったのだ。

「あの『狼谷柊』君ですか。高貴な物腰ですね」

多分、SNSで(またた)く間に広がった「恋子内親王のお相手候補」の噂のことを当てこすったのだろう。全日本柔道選手権大会で、衆人環視の中、天皇皇后両陛下や恋子内親王と話をしていた写真は、既に世界中に拡散している。

 柊は仮面を(かぶ)ったまま、ゆったりとした笑顔を外さなかった。


「先日の大会では、朝日化成(あさひかせい)所属の佐藤選手の優勝、おめでとうございます」

大堀会長は朝日化成の社長でもあったが、この発言は彼の不満を引き出した。

「いやぁ、それでも高校生に世界選手権の代表を取られて、代表には選ばれなかったからね。東城寺選手のように、代表に選ばれても辞退する人の気が知れないよ」

この言葉は、「代表を続けるためには子供を堕ろすべきだった」との意味にも捉えられた。


柊は大きく深呼吸をして、怒りを我慢をしていたが、この発言は立本会長の逆鱗(げきりん)に触れた。

「大堀会長!それはかなりのセクハラですね。大池州知事に聞かれたらなんと言われるか分かりませんから、お言葉に気をつけてください。狼谷さん、大変失礼しました」


この発言の後、立本会長の柊への態度は、かなり軟化した。立本会長は、女子が主体の実業団の出身でもあったので、今の発言は許せなかったのであろう。流石、元オリンピック金メダリストである。柔道界は、選手としての戦績がものをいう世界である。例え、大企業の会長であっても、こと柔道に関しては、金メダリストに反論することは出来ないのだ。


 会議は昼食を挟んで4時間にも及んだ。昼食時には柊は立本会長と並んで食事を取ることになった。

「狼谷さんはスポーツをされるのですか?」

「私は、バドミントンを少々」

柊は、様々な観点から、スキーが出来ることは口にしなかった。

「それでも、柔道のルールに詳しいのですね」

「東城寺が皇后盃の試合に出た時に、T大学の柔道部のマネージャーとして大会運営に携わっていましたので、そこで大会運営とルールを覚えました」


「まあ、T大学の柔道部なの」

「正確には今は柔道部ではありません。震災の後、大学を休学したまま、復学していませんので」

「復学は何時(いつ)するの?」

「そのまま退学して、留学しようかと一時は考えていました」

立本会長は、なかなか聞き上手だった。そして、大堀会長は体の随まで、セクハラ体質だった。


「ほー、残念だね。狼谷は卒業すれば私の後輩になったのに。留学はイギリスのO大学かな?」

O大学は、恋子内親王の留学先と噂されている大学である。

「そこは候補にも挙がっていません。少し準備の必要な大学を考えているので、来年の秋にでもチャレンジしようと考えています」

柊は世界最難関のM大学を、留学先の候補に入れていたが、それを話すほど、彼らに気を許しているわけではない。


 午後の会議では、試合の組み合わせをしたが、2人の会長はコンピュータの組み合わせ結果を、自チームの有利な組み合わせに少し変えてしまった。

(ああ、ここでも人為(じんい)が入るんだな)

柊は、舞子達から柔道の業界体質について、多少レクチャーを受けていたので、それを見て見ぬ振りをした。そして、柊の視線に気づいた会長達は、こっそりKKGが、第一シードの下に来ていた組み合わせを動かしてくれた。

(別に動かさなくてもいいのに・・・。まあ、美鹿の出番が出来たので良しとしよう)




 疲れる会議が終わって、組み合わせを富山分校に持っていくと、選手達が駆け寄ってきた。

一番最初に組み合わせを受け取った剛太は、満面の笑みを浮かべた。

「よくやった。柊、これで、決勝まで行けるぞ」

「そうかぁ。良かったな」


 富山分校は初出場なので、男子は3部、女子は2部に出場する。全日本クラスを擁して一番下のカテゴリーにいるのは、申し訳ないような気がするが、今回は、試合経験が積みたい強豪選手を含むチームも一番下のリーグにいるので、簡単には優勝できない。


「舞子はこの組み合わせはどう思う?」

「S海上もオオマツも自衛隊も、2部にも2軍チームを送り込んできているから、結構厳しいよ。ただ、1回戦だけは地元のクラブチームだから、美鹿ちゃん出せるね。今までは、先鋒が57kg以下、中堅が70kg以下、大将が無差別だったけれど、今大会は選手がいないので、体重の区切りがなくて、体重の軽い順に出すことになっているからね」

大会パンフレットの原稿をめくりながら、柊はKKGの参加者名簿の体重を確認した。

「美鹿ちゃんって小学校4年になったんだろう?へー。60kgかぁ、森川さんは65kg、奈良さんは70kgのオリンピックチャンピオンだけれど、今は75kgなんだ。そして舞子は・・・」


柊の背中をどつきながら、舞子はパンフレットを取り上げた。

「おい、印刷原稿なんだから大切にしろよ」

「柔道は無差別の試合以外、基本、減量して試合に出るの。それから、美鹿ちゃんに体重のこと聞かないでね」

「なんで?」

「あー。本当に柊は野暮天(やぼてん)なんだから」

「柔道選手は、体重明らかにしているんだから、別に体重の話をしてもいいんじゃないか?涼や剛太は、普通に話しているだろう?」


そこにいる全員から、冷たい視線を浴びても柊は、どうして体重の話をしていけないか分からなかった。


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