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全日本女子柔道選手権大会

今から○○十年前、初めて長岡の花火を見ました。その時、友人が新潟銘菓「浪花屋の柿の種」の缶!を持ってきてくれて、食べたんですが、ピーナッツが全く入っていなくて、びっくりしました。


「どうして、こういう展開になったのか。仕事がどんどん増えていくよー」

舞子は生まれたばかりの桂樹(けいじゅ)を、ベビーバスケットに入れて、涼と一緒に事務仕事に忙殺されていた。


「本当に。大体、何で男子の大会もこちらで開かなければならないんだよ。俺たちは「女子」の大会を私的に開こうとしていたんだろう?」

涼は頭に手ぬぐいで鉢巻をして、プログラムの最終確認をしていた。


「なんで東北州知事が、全柔連の会長とここに乗り込んでくるかね?」

「まず、蒲郡和歌子(がまごおりわかこ)州知事が、『スポーツ州構想』の手始めとして、この大会を利用したいのよね。そして、T大柔道部OBである現全柔連会長、村中氏が男子の大会を今まで通り開催するには人手がなくて、なんと狼谷柊(かみやしゅう)にOBパワーを使って接触してきた。まあ、会長は元製鉄会社の副社長なので、そのコネクションは美味しいけれど。なんかねーーーー」


舞子は、むずかりだした桂樹を抱き上げながら、文句を続けた。


「だからってさ、こっちが用意した会場をそのまま使うって、どういうこと?女子が男子の前座じゃない」

「そうだよね。こっちが押さえていた28日日曜日の次が、昭和の日だからって勝手だよな」


「その上、もっと面倒くさいことに、女子大会には恋子様、男子大会には天皇ご夫妻のご臨席ときたもんだ。頭が痛い。その部屋も用意しろって?」

「もっともっと面倒くさいのは、AI審判システムのテストを女子大会でしたかったのに、クレームがついたこと」

「まあ、当初、審判員が集まらないということで考えたのに、審判員は全柔連が出すからって」


そこへ差し入れを持って、狼谷柊が入ってきた。

「声がでかいよ。廊下の外まで聞こえてるぞ」

舞子は授乳期間中なので、甘い差し入れに目がなかった。

「なにこれ、餅なのにバターの香りがする。『金のバターもち』?なるほどね。マタギの保存食だったの?うわ、カロリー高そう」

「1個で止めればいいだろう。文句言うな」

柊はそう言いながら大会パンフレットの表紙を見て、眉を寄せた。

「パンフの2稿が上がった?なにこれ、2つの大会が同じパンフに載っているの?」

「うん。経費削減だって。1稿出来た後、無理矢理、男子の大会をねじ込んできたんだよ」


「金は出るんだよな?」

「さあ?勝手に世界大会の選考大会にされたから、全柔連からも金が来るんじゃない?もしくは、売上はすべてうちが貰うか・・・・」

「パンフレットは誰が売るの?」

「私がサインをつけて売ろうか?」

「柊、もう舞子は限界が来ている。相手にするな」




 舞子達の獅子奮迅(ししふんじん)の活躍で、2,030年4月28日「全日本女子柔道大会」は無事幕を開けた。


桔梗学園は、今回は富山分校に避難してきた選手のバックアップに回った。女子は元自衛隊員だった森川洋子、奈良渚、それにオヨン。翌日男子の大会は森川弘晃(ひろあき)と富山分校の九十九剛太(つくもごうた)が出場する。


 秋田県立体育館は、道州制により「東北州立秋田体育館」に代わった。大会前日は、ノースエクスプレスをすべて客車にし、各分校から選手、応援、観客、役員を運んだ。選手は秋田分校で受け入れ、分校と体育館の間は、シャトルバスを運行させた。


廣井(ひろい)監督。久し振りです」

体育館入り口では、舞子と美鹿と冬月がパンフレット販売をしていた。

「いやー。ふゆ君大きくなったね。ありがと。おばちゃんにくれるの?」

「廣井監督。後で、次男の桂樹も連れて行きますね」


T大学の女子部の監督廣井の後には、先年度の決勝審判をした天尾慈子(やすこ)審判員が待っていた。

「あれ?天尾先生、どうしたんですか?」

「AI審判システムをどうしても見たくて。それに午後からは雄物川沿いで花火も上げるんで、1日早く来ちゃった」

「花火は娘さんが上げるんですよね」


天尾審判員の本業は花火師だった。

「うん。娘の代に替わったんだけれど、まだ、心配でね。復興祈願と東北州が出来たことを祝って上げるんだ。ミスは許されないからね」

「花火上げるんだ。いいな」


「ほい。桟敷のチケット4人分」

「え?いいんですか?」

「無理矢理、1日前のノースエクスプレスに乗せて貰ったからね」

「じゃあ、有り難くいただきます」


美鹿(みか)ちゃんも行く?」

舞子は、隣でパンフレット販売していた美鹿の、羨ましそうな顔に気がついて声を掛けた。

「ふゆ君とけい君は?」

「小さい子は花火の音を怖がるから連れて行けないんだ」

「ありがとうございます」



 桔梗バンドから(しゅう)の声が入ってきた。

「舞子、全柔連の高羽って役員が、『恋子内親王が到着したから挨拶に来い』って言っているんだけれど」

「だったら、全柔連から役員出して欲しいわ。受付まだ混んでいるから、『後で行く』って言っておいて」

「了解」

美鹿が舞子に声を掛けた。

「あのパンフレットの販売は、私一人でも大丈夫です」

「まあね、お金も新桔梗バンドでピッてやればいいんし、美鹿なら大丈夫だと思うんだけれど、入り口の受付は涼と悠太郎兄さんでしょ?本来なら私達4人でやっている仕事は、大学生10人分の仕事なのよ。急な問い合わせの対応もしなければならないじゃない?」


「そうですね。私も小学生であんまり役に立っていないし」

「そう言うことじゃないんだな」

そんな話をしているうちに、舞子が不安視していたことが起こってしまった。


「道州制反対」

「仙台が州都なわけあるか」

「女性天皇反対」


結構な数のデモ隊がプラカードを持って、行進をしてきた。何故か、右翼の街宣車まで、「女性天皇反対」と拡声器で怒鳴っている。


柊が、警備も担当している賀来人(かくと)に無線で連絡を入れた。

途端に、体育館の周辺に張り巡らされたバリアが強化され、拡声器の声がほとんど聞こえなくなった。

「舞子さん、バリアの外にまだ、お客さんがいますよ」

「大丈夫。チケットがあれば、バリアの中に入れるから」

「ああ、怖かった」

「分かったでしょ?小学生の美鹿ちゃん一人でここに置けない理由が」

「はい。でも開会式が始まる30分前には受け付け終了ですよね」

「そうね。『入場時間厳守』って書いてあるし、選手はもうすべて入場しているので大丈夫よ」


のんびりと禁煙区域で一服していた観客が、その後数名入場できなかったが、「そんなの関係ねー」とばかり大会終了まで、入退場口が開くことはなかった。 


 今回の「全日本女子柔道選手権」はまだ、道州制が導入される前に地区予選が行われていたので、北海道2、東北4、北信越4、関東2、東海2、近畿2、中国・四国4、九州4の8ブロックで予選が行われ、24名の代表選手が選ばれた。

推薦選手は1位だった舞子が出ないので、2位だった長崎美仁(みにー)が選ばれた。

昨年は「東京」という枠があったが、避難先の地区から出ると言うことで、関東枠に組み込まれた。


 試合数は24試合、1試合4分で延長戦はない。判定はAIが行う。

会場では恋子内親王のご臨席のもと、賑々(にぎにぎ)しい開会式が普通なら行われるはずだったが、本来桔梗学園の私的大会なので、あっさり開会式が行われた。入場行進もなかった。

勿論、全柔連会長の挨拶もなかった。


 「ただ今より、桔梗学園主催『全日本女子柔道選手権』を開催します」

舞子の開式宣言に続いて、恋子内親王の紹介。その後すぐに、第1試合が始まった。


「お久しぶりです、恋子内親王様、ご挨拶が遅くなりました。今日はごゆっくり観戦ください」

舞子は通り一遍の挨拶を今日の主賓、恋子内親王にした。恋子は舞子の周辺を誰かを捜すような視線を泳がせていたが、舞子は気づかぬふりをして、そそくさと観客席に上がって行った。

観客席では、五月(さつき)冬月(ふゆつき)桂樹(けいじゅ)の面倒を見ていてくれた。会場には、子供が遊べるコーナーや授乳コーナーを特別に設置していて、子連れのOGなどに感謝されていた。



 試合会場は4試合場。畳は一面薄いクリーム色の畳が敷かれ、場外の緑色を映像で映し出している。場外に出ると、ブザーが鳴る仕組みだ。「始め」の声は、各会場の正面のマイクから聞こえてくる。判定は体育館上方にある1試合場4台のカメラが総合して行う。掲示と技の判定は試合場脇のディスプレーに表示されるが、どの位置に座っている観客も観客席のディスプレーで試合結果をリアルタイムで確認できる。


 舞子は桔梗学園席に戻る前に、天尾審判員を見つけた。

「天尾先生、どうですか?AI審判の精度は?」

「いいね。人間の審判だと上空から見て判断は出来ないよね?判定も早いし。掲示板の位置もいい。どの観客席からも見らっれるのは画期的だね」

「ありがとうございます。明日登場する九十九剛太(つくもごうた)の力作のシステムです。是非、明日お声がけください」


 話をしているうちに、3回戦の試合が終わり、ベスト4が残った。

「え?ちょっと、試合場が2つになった」

「ええ、畳交換する人員がいないので、試合場は映像で場外を映し出しているだけなんです」

「どこから映しているの?選手の影も出来ないわよね」

「何カ所からも映像を投射しているので、影は出来ません。少ない人数で会場を回すための工夫です」


後ろから涼の声がした。

「舞子。オユンと奈良さんの試合だよ」

「あ。すいません。うちのチームの子が出るんで応援に行きます」




 もう一つの会場では、森川洋子が熊本成美との試合が始まっていた。

「やっぱ、うちは練習が十分出来ているから、みんなベスト4に残ったね」


 準決勝は、壮絶な試合だった。

第1試合は、投げ技のオユンと寝技の奈良。会場はオリンピックチャンピオンの奈良の勝利を信じていたが、立ち上がり際に鋭く体落としに入ったオユンの技が「技有」となり、オユンの優勢で試合が終わった。


第2試合場は、ますます重量アップした熊本と、森川洋子の試合だった。森川はベテランとはいえ、低い背負は健在で、運動不足の熊本は何度も顔面から畳にたたきつけられた。最後は、熊本の腰に両手で抱きつき、低い大内刈りで、場外際まで追い込んで「一本」を取った。


「あのー。お話良いでしょうか」

後ろから、全柔連の高羽(たかば)が声を掛けてきた。舞子がこれ以上ないほど嫌そうな顔で振り返った。

「ああ、全柔連の高羽さん。何かご用でしょうか。私この後、表彰式のプレゼンターなので、下に降りないと・・・」

「じゃあ、表彰式の後・・・」

「夜の花火を見に行くのですが・・・」

「明日は、会場においでにならないのでしょうか?」

「いいえ?男子の応援には来ますが」


突然、高羽は深々と頭を下げた。

「すいません。明日の大会のスタッフが足りないんです。桔梗学園から明日の大会運営をお手伝いいただけないでしょうか」

「いやー。何か勘違いをしていませんか?スタッフって、小中学生も含めて10人もいませんよ?」

「え?じゃあ、畳はどうやって敷いたんですか?」

「昨日、女子選手に敷いて貰いました。大会後の撤収も、女子選手と観客にお手伝いいただくことになっています」

「畳は今日上げてしまうのですか?」

「はい。この会場は午前しか借りていませんので」

「畳を敷きっぱなしには出来ませんか?」

「それは、体育館の担当の方に聞いてもらわないと」

「じゃあ、聞いてきます」

「あーあ、行っちゃった」

舞子は、桔梗バンドに口を当て、柊を呼び出した。


「柊の予想どおり、全柔連が明日も手伝ってくれって言ってきた」

「やっぱりな。花火大会の警備があるんで、この周辺で学生アルバイトは募集しても集まらないと思ったんだよな」

「この会場は午後は、借りる人いるの?」

「いないらしいよ。州知事に直訴したら畳敷きっぱなしでもいけるんじゃないか?役所は花火大会で忙しくて、連絡がつかないと思うな」

「オッケー、大会後、試合会場に全員集合でーす」

「はいはい。ボス」


そう言いながら、舞子は表彰式の準備のために、試合場に下りていった。


舞子が下りると、そこでは決勝が今まさに始まらんとしていた。


決勝のカードは、オユンと森川洋子との対決だった。会場からは九十九剛太と森川弘晃が声を枯らして応援していた。審判がAIなので、「応援が五月蠅(うるさ)い」とか、「コーチ席からアドバイスするな」とか面倒くさいことは言わない。相手を誹謗中傷するような応援には、警告ランプがつくが、選手を励ます応援は許可されているのだ。


熊本選手を倒した抱きつき大内刈に対し、オユンは上手く体を反転して、内股で「有効」を奪った。大陸育ちのオユンの足腰は簡単なことでは崩れないのだ。

それでも、森川はこれで引退を考えているだけあって、すさまじい執念を見せた。低い背負いに対して腰を落として受けるオユンの脇からするっと、バックにつき、オユンの腕を背後から狙った。


「オユン!関節技を狙っている!脇を締めろ」

「洋子、そのまま返して仰向けにしろ」

オユンは返されまいと、我慢したが、自衛隊仕込みの寝技はしつこかった。しかし、オユンは返されても、身体を捻りながら腕を守った。


「待て」

AI審判が冷たく宣言する。

洋子が畳を叩いて悔しがった。残り時間は後1分。


「オユン、油断するな突っ込んでくるぞ」

「洋子、深呼吸。後1分あるぞ」


「始め」の合図と同時に洋子は、オユンの懐に飛び込んだ。震災後、弘晃と二人で磨いてきた高い位置からの背負い投げを放ったのだ。オユンの体は大きく宙を舞い、オユンは身体を一瞬捻ろうとするが、そのまま仰向けで畳を叩き綺麗な受け身を取った。


「一本、それまで」

洋子がオユンの腕を取って、引き起こした。

「わざと受け身を取ったでしょ?」


オユンは、優しく微笑んで、立ち上がった。


二人の暑苦しい大男達は、抱き合って泣き出した。

「いい試合だったよ」

「洋子ぉー。やったー」



 会場には、秋田分校の陸洋海(くがひろみ)の母、陸産婦人科医も来ていた。試合後、すぐ、オユンのところに近づいていって、耳打ちをした。

「今日分校に帰ったら、診察させてね。もしかしたら、妊娠しているかも知れないから」

「流石、産婦人科の先生には誤魔化せませんネ。昨日投げ込みの時、なんか違和感があったんで、もしかしたらと思って、腹から落ちるのを避けたみたいデス。舞子さんも、受け身の違和感には気をつけろって行っていまシタ」



 表彰式は、本人のたっての希望で、恋子内親王がプレゼンターになった。

内親王からメダルを掛けて貰った森川洋子は、賞品のプレゼンター舞子に目を移した。


マイクを持った舞子は、洋子に向かって、質問した。

「賞品は2つの中から選んでください。1つはあなたの誕生石で作ったアクセサリー。ネックレスでもピアスでも何でもいいです。もう1つは2名分の海外旅行です。桔梗学園のドローンを使ってご希望の海外にお送りします」

観客席で弘晃が「自分を旅行に連れて行って」とひたすらアピールをしていたが、洋子は迷うことなくアクセサリーを選んだ。


「私は、この大会で柔道を引退します。太い指とも潰れた耳ともさようならです。耳介血腫(じかいけっしゅ)の形成手術が終わったら、ピアスを開けますので、私の誕生石ペリドットのピアスをお願いします」


 会場から割れんばかりの拍手が起こった。自衛隊で練習していた洋子は、耳が潰れていわゆる「餃子耳(耳介血腫)」になっても、今まで練習を休んで通院することが出来なかった、引退してやっと、膨れ上がった耳を治して、ピアスをしてお洒落をしたいと思ったのだ。女子柔道選手共通の悩みなので、温かい拍手を受けることが出来たのだ。



大会終了の挨拶をするため、舞子がマイクを持った。


「女子選手の皆さん。災害が続く中、これほど多くの方が、柔道を続けてこられたことに感謝します。本来、この大会は全日本柔道連盟が主催するはずなのですが、あの状況では柔道大会が出来るかどうか分からず、皆さんのモチベーションを保つため、今回は桔梗学園が主催してこの大会を開催しました。ですから、このような豪華賞品は次回は期待しないでください」


会場から笑いが起こった。


「また、今大会の開催において、選手の皆様に会場作りにも協力いただきありがとうございました。この後、再度、畳上げをしていただく予定だったのですが、明日の男子の大会後、男子が片付けをしてくださるそうです」


高羽は目を見開いた。(そこまでの話はしていない)

舞子は高羽にちらっと視線を送って、試合場脇に並んでいる桔梗学園スタッフの方に掌を指しだした。


「さて、今大会のスタッフを最後に紹介します。

若い順から、受付、パンフレット販売、須山美鹿小学4年。大会会場の掲示、AI審判プログラムの調整、操作をしてくれた深海由梨(ふかみゆうり)中学2年。駒澤賀来人(こまざわかくと)高校3年。

大会の畳敷きマシンの操作をしてくれた須山猪熊(すやまいくま)高校3年。会場の機器のセッテイングをしてくれた我が兄東城寺悠太郎と夫榎田涼(えのきだりょう)。そして、私と共に総務をやってくれたT大学休学中、狼谷柊。それと私東城寺舞子以上8名で大会を運営しました。その他、桔梗学園秋田分校から医師の派遣をいただきました。


 このように少ない人数でも大会運営が出来る最新機器に興味がある方は、玄関前のブースにあるデジタルサイネージにQRコードがありますので、それを読み取り、お問い合わせください。

2ヶ月後、6月の実業団団体柔道大会の後援を桔梗学園がしております。会場は南関東州富山総合体育館です。皆様会場でお目にかかりましょう。

最後に、今大会ゴミ箱を設置しておりません。是非ゴミのお持ち帰りをお願いします。本日会場借用時間は12時までです。ノースエクスプレスまでのシャトルバスは、体育館前に既に待機しております。皆様、ご無事でお帰りください」


 盛大な拍手を送られ、舞子の挨拶が終わった。その足で、舞子達、8人は畳の上で、全日本柔道連盟の総務高羽を囲んで、車座になった。


「話し合い時間は、30分です。高羽さん。観客、選手がはけたら、我々トイレ掃除に行きますから」

「え?そんなことは体育館のスタッフが・・・」

「体育館を借りる時、清掃すべて行うというと安く借りられるんです。道州制になって、公務員も少なくなりましたからね。今日はほとんどの公務員は、花火大会に行っていますよ」


高羽は、大きくため息をついた。


「では、お時間のないところすいません。私の不手際で、大会スタッフに大学生を使おうとしたのですが、近隣の大学の柔道部すべてに断られて・・・」


柊が、タブレットに何やらチェックしながら質問を始めた。

「学生バイトにさせるのは、会場作りと警備と受付、弁当の搬入、ゴミの回収、清掃、そして会場撤収だったのでしょうか」

「よくご存知で、それに今回、試合場係の先生方が、秋田新幹線の予約が取れなくて来られなくなったんです」

畳みかけるように、柊が質問を続ける。

「秋田新幹線は花火のため全席予約になっていますからね。でも、奥羽本線などを使ってここに来られるのではないですか?」


「それが、今日は既に乗車制限が掛かって、明日の朝まで乗られないと言うことで、試合開始までに間に合わないんです」

涼が質問を続けた。

「それじゃ、観客や選手も来られませんよね」

「はい。でも選手のほとんどは前日入りしてきています」

「全柔連会長はどう言ってきているのですか?」

「『試合は定時に始める』の一点張りで」

「はあん。自分は前日入りしてきているんだ」

「多分そうだと思います」


「舞子、1試合場の試合場係なら、俺と舞子と、義兄さんと猪熊で出来るんじゃないか?」

「いやいや、その前に畳を組み替えるのも我々がするの?コンピューター接続のタイマーは、この体育館にあるんですか?」

「それも、試合場係が持ってくることになっていて、まだ届いていないんです」

「高羽さん、審判員は来ていますか。天尾審判員はお見かけしましたが・・・」

「天尾審判員は今、花火会場においでで・・・」


舞子が、断固とした口長で、柊に話しかけた。

「選手が来ているんなら、試合は開始してあげたいね。今日と同じ形でしか我々は手伝えないですがそれでいいですか?」


「審判員が揃ったら、人間の審判でいいですか?」

「その時は、タイマーも来るんですよね。でも設置している時間はありますか?こっちは途中ではプログラムを書き換えられませんよ。明日使うのも、これからルール変更分を、この2人がプログラム変更するんですから」


深海由梨がタブレットに何やら書き込み始めていた。

「試合時間以外も替わるんですか?」

舞子が男子大会の要項を、涼と確認し始めた。

「試合時間は5分、決勝は6分。コーチの発生にはペナルティ、後、他には・・・」

「今直しているんですか?」

「プログラムを書き換えたら会場で走るか確認しないと駄目ですからね」

由梨は高羽を見ずに答えた。

「と言うことで、審判が来ようが会場係が来ようが、始まったらそのままのシステムで、試合をします」

「では、来た先生方は?」

「柔道着チェックや、警備に順次回してください。それと選手に会場撤収の協力もお願いしてください」

「協力してくれなかったら?」

「そんな人、いるんですか。女子選手はみんな気持ちよく畳を敷いただけでなく、その後、地域の子供達と1時間、乱取りまでしてくれましたよ」


「まあ、観客が掃除をしないで帰るのは想像できるな」

悠太郎が肩をすくめた。自分の大学時代の仲間を思い浮かべているのだろう。


「まあ、いいです。畳敷きは僕一人でも出来る仕事ですから」

猪熊が膝を抱えながら言った。

「でも、時間が掛かるでしょ?そこは諦めないの。『ならぬものはならぬ』」


高羽は小さい声でつぶやいた。

「お弁当はどうやって配りましょう?」

「『配らない』!取りに来させる」

「あのぉ、参与が、家族分持っていったりするんです」

舞子の顔が紅潮した。

「はあ?お偉いさんの子守までは出来ませんよ。出来るのは、名簿にあった人に弁当を配ることだけです。高羽さん、明日の集合は何時?」


「すいません。朝、7時で」

「了解。プログラム組んで、会場をセッティングしたら、各自解散。その担当じゃない者はトイレ掃除に行くよ」

舞子に連れられて、トイレに向かう前に美鹿は、高羽ににっこり微笑みかけた。

「大変ですね。高羽さん。明日、一緒に頑張りましょう」


 最近、娘から口もきいて貰えない高羽は、目に大粒の涙を浮かべて、美鹿の後ろ姿を見つめていた。

「まじ、天使」


 高羽の前では怒った振りをしていた舞子は、トイレ掃除が終わると、涼と猪熊、美鹿を連れて、花火を見に行った。


花火は、復興祈願と言うことで大変な賑わいだった。

明日の大変さなどどこ行く風と、須山兄妹(きょうだい)は花火を楽しそうに見ていた。

「天尾審判員は、雄物川の川岸のどこかで、娘さんの勇姿を見ているんだろうね」

「玉屋ぁ、鍵屋ぁ~」

「おーい。猪熊、玉屋はもう廃業しているぞ!」


新潟から持ってきた「柿の種」を囓りながら舞子は涼に話しかけた。

「さっき、陸産婦人科医師から電話があったんだ」

「ん?(あん)産気(さんけ)づいたか?」

「違う。オユンちゃん、妊娠していたって」

「まじ?試合中に気がついたの?」

「前日になんか違和感があったみたい」

「あー。それで最後の投げは綺麗な受け身取ったんだな。いや、その状態で2位ってすごいね」

「うん、明日はパパになった剛太に優勝して貰わないとね」

「そういうプレッシャー掛けないの!!」

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