四十九日
退屈は話になりそうでしたが、この先の話の関係で、是非挿入させなければならない話でした。
静かな東城寺の境内に、悠山と悠太郎の唱える読経が広がる。
今日は、五十嵐真子と珊瑚美子の四十九日の法事が行われている。
法事のために集まったのは、真子の息子瑛の家族、娘志野の家族。それに美子の娘、美規。
真子の妹、九十九珠子夫妻。その娘那由、孫剛太とオユンの夫妻。
読経も一段落して、五十嵐一族が寛いでいる客間に、住職の悠山が入ってきた。
「いやぁ、皆さん遠路はるばるお疲れ様でした。志野さん一家は修学旅行隊のドローンに乗ってこちらに来たと伺いましたが、真悟君は怖がりませんでしたか?」
「悠山さん。お気遣いありがとうございます。桔梗学園のお子さん達がたくさん乗っていたので、楽しく過ごせました。娘の伊予の面倒まで見て貰って、快適でした」
「瑛君は、2月1日に開通した鉄道で、秋田からいらしたと伺いましたが」
「はい。『ノースエクスプレス出羽の風』に乗ってきました。今までは乗り換え3回くらいして、合計5時間かかったじゃないですか。それが3時間ですからね」
「瑛伯父さん、いいな。『出羽の風』に乗ったんだ」
最近、鉄道にめっきり興味がある志野の息子、真悟が食い付いてきた。
「兄ちゃん、『出羽の風』は新潟駅で乗り換えでしょ?」
「そう、新潟駅は2025年に高架にしたから、復旧が早かったよね。そこからなんと、『ノースエクスプレス越の風』に乗り換えたんだ」
「真悟君、俺たちも『越の風』に乗ってきたよ」
「しかし、桔梗学園もすごいヨネ。自分たちの分校のあるところだけに停まる私鉄って、考えつかないワ」
富山から、ノースエクスプレス越の風に乗ってきた剛太とオユンも、新開通の鉄道の話がしたかったようだ。
美規がぼそっと口を挟んできた。
「北海道分校は、繋がっていないけれど・・・」
青函トンネルを私鉄を通すわけに行かなかったので、北海道分校まではいつもどおりドローンで行き来しているのだ。
「いやぁ。美規ちゃん、島根分校まで繋がっている時点ですごい」
「そうだヨネ。ノースエクスプレスは日本海側だけ、通っているんダ。大阪に出ずにまっすぐ繋がっていることが、すごいデス」
「おばちゃん。どうしてそれがすごいの?」
「おばちゃんじゃなくて、『オユン』デス。ほら、タブレット見テ」
「なんか、線路の形、足がいっぱいあるゲジゲジみたい」
「そう、太平洋側の路線はまっすぐ繋がっているのに、日本海側へはそこから枝分かれしているんデス。
だから、今までは隣の県に行くのに、東京や大阪など大都市に行ってから向かう方が早かっタ」
「おばちゃん、分かった。地震で東京や大阪に行けなくなったから、日本海側だけをまっすぐつないだんだね」
「おばちゃんじゃないですガ、合っていマス」
四十九日に家族が集まる時使ったのは、「ノースエクスプレス」という桔梗学園用の私鉄だ。
一番北の路線は秋田分校から新潟駅までの「出羽の風」、真ん中の路線は新潟駅から桔梗学園を経由して、富山分校をつなぐ「越の風」、一番南の路線は富山分校と「出雲の風」だ。
現在は一日3本ずつ、ピストン運転をしている。
特徴的なのは、基本的にノースエクスプレスは貨物列車なのだ。ただし、1両だけ客車を連結している。
そして、線路の回りは潮風、雪風、酷暑、放射能、降灰、暴風雨から列車を守るためのバリアでチューブ状に覆われている。つまり天候や災害による遅延がないのだ。
「ねえ、斎君がつけてる桔梗バンド格好いい」
真悟は、従兄弟の斎が腕に、ピンク色の細いバンドをしているのを目聡く見つけた。
「いいだろう?鴇色なんだ。乗車チケット代わりなんだぜ」
「瑛兄ちゃん。そのバンドはノースエクスプレスのどれに乗っても同じバンドなの?」
瑛は、富山から来た剛太のバンドと自分のバンドを見比べて、首をかしげた。
「同じに見えるけれど。美規ちゃん、路線によってバンドは違うの?」
蜜柑の3こ目に手を伸ばそうとしていた美規は、みんなの視線を浴びて固まってしまった。
「さあ、詳しくは晴崇に聞けば分かるけれど、少なくとも、始発の駅でつけられたバンドが、降車駅で外れるだけだから、そんなにデータは入っていないと思うけれど」
瑛の息子の斎は、美規に質問を続けた。
「美規ちゃん。僕たちは改札出ても、バンドは外れなかったよ」
「往復で乗るからじゃない」
「あーね」
父の瑛も質問があったようだ。
「美規ちゃん、すれ違った客車には、多くのお客さんが乗っていたけれど、一般の人も乗れるの?」
「桔梗学園関係者が乗っていない場合は、席を売り出しているから、乗ろうと思えば乗れるよ」
「いくらでチケット売っているの?」
「秋田―新潟で1席10,000円かな?当日朝、ネットで売り出すけれど、5分で売り切れるって話だ」
「たっか(高い)」
「いや、今、交通手段がないから、これでも良心的だと思うね。そもそも桔梗学園の分校間の物資輸送用に、ドローン以外も必要だから開通させたってだけで、社会貢献のための路線じゃないから」
「駅はすべて分校なのに、どうして新潟駅には停めるようにしたの?」
「新潟の津波浸水跡地に、桔梗学園がクローバードームを作るから、その作業用にKKGの子達が何人も現地に行くから、停めるようにしたんだ」
悠山も新潟の話だと、興味が湧いたようだ。
「名前は『クローバードーム』に決まったのか?」
「未定だけれど、四つのドームが並ぶ姿が、四つ葉のクローバーに見えるって意見があったから」
スポーツ大好き瑛と剛太も食い付いてきた。
「美規ちゃん、もともと新潟にはサッカーと野球の球場があったじゃない。あと2つは何を作るの?」
「みんなは何がいい?」
「武道場だな」
剛太は主張する。
「代々木体育館みたいにバレーやバスケが出来る体育館も欲しいね」
瑛も目を輝かせる。
「あとはプールがいいな」
今まで黙っていた瑛の娘耀も、小学生ながら強い希望があるようだ。
「スケートパークは作らないのか?」
悠山が、流行のスケートボードを想定して質問した。
美規が、4つ目の蜜柑を剥きながら、その皮を使って答えた。
「4つのドームは普段は、子供達の部活動の場所でもあるからね。学校体育で行う種目に絞ったんだ。
1つ目の野球場は西武ライオンズが『本拠地として使いたい』って言ってきているので、ライオンズのチームカラーに因んで、ブルードームという名前にする予定。
2つ目のオレンジドームは、当然アルビレックスのサッカーと陸上用のグランドにする。選手獲得にはもう動き出しているんだ」
ジャイアントスワンは最上階まで津波で浸水したので、開閉式ドームに作り替えることにしたのだ。
そもそも、新潟という雪国でドームでないことに無理があったのだ。
「3つ目はシーグリーンドーム。プールは、水泳に力を入れている新潟医療福祉大学と共同で、学校の水泳授業も含めて、活用する予定。
最後の体育館は、ホワイトドーム。3階建てにして、1階は車椅子バスケとバドミントン専用のコートを作る予定。球技場は2階。柔道場は3階に作ることになっている」
ちょうどお茶菓子を持って入ってきた氷河が、ピースマークをして話題に入ってきた。
「車椅子はフロアを傷つけるって、なかなか練習場所がなかったの。移動が厳しい選手用に、障がい者用宿泊棟も近くに作るんだよ。障がいのある人も合宿できるといいよね」
「まあ、ざっと今の計画はこんなところかな?4つのドームはそれぞれ空中回廊で繋がっていて、回廊の真ん中には広場を作って、食事できるスペースにする。ドームの周辺には宿泊棟、学習棟なども作って・・・」
いつも寡黙な美規が、熱意をこめて話している姿を、一族は微笑ましいことだと見守っている。
「美規ちゃん。新潟駅南口は、そうやって発展するけれど、海側の万代口方向はどうなるのかな?」
「そこは新潟市長の権限ですよね。聞いた話では、駅から万代橋までの間は、IT産業と半導体工場が入って、企業城下町みたいになるとか。その中の1つはKKGですので、女性が働きやすい場所になるでしょう。昼休みや終業後はショッピングやお茶が楽しめるし、女性専用のマンションがいくつか建つみたいですし、保育施設も充実させるみたい」
部屋の隅で、氷河と仲良く話していた悠太郎も話題に加わった。
「俺もその話聞いた。『雪ヶ丘シティ』って名前になるんだろ?車や自転車の乗り入れ禁止で、『パンプキンライン』って新都市交通が、シティの中を循環するらしい」
「悠太郎さん、何で『パンプキン』なの?『スノーライン』の方が『雪ヶ丘』に似合うのに」
「俺も見たことないんだけれど、昔、新潟交通に電車線があって、そこで走っていた電車が深緑にオレンジの『かぼちゃ電車』って愛称で呼ばれていたらしいんだ。それに対するオマージュかな? 」
悠山が懐かしそうな顔をした。
「白山前から燕駅まで走っていた『電鉄』だよなあ。2000年にはもう走っていなかった。中ノ口川に昔走っていた河川蒸気の代替として敷設されたんだ」
「『河川蒸気』ってお菓子だよね」
真悟が嬉しそうに、机にお茶請けとして置かれていた菜菓亭の『河川蒸気』という菓子を持ち上げて見せた。
「そうだね。今じゃ菓子の名前の方が有名だな。でも、街を作るにも、何でも新しくするんじゃなくて、どこか懐かしい要素も入れて欲しいよね」
今年、喜寿を迎える悠山は、写真の中の真子と美子に問いかけた。
ノスタルジーに浸って悠山の口数が減ったところを見計らって、志野がもう一つの質問を美規にぶつけた。
「美規ちゃん。信濃川と日本海に囲まれた『新潟島』は将来的にどうなるの?」
「まずは塩分に強い植物を植えるけれど、将来的に市は森にしたいらしい」
「花畑とか、家庭菜園じゃなくて?」
「花畑はシーズンごとに花卉を植え替えなきゃならないし、家庭菜園は車で乗り付けなければならないよね。それでは、環境負荷が大きいじゃない?
ただ1日そこでぼーっとしたり、子供が一日守を駆け回ったり出来る森にしたいらしい」
「金儲けに走らない、将来に対する投資だね。市長もやるね」
「トイレとか水飲み場は?」
「森林の管理は、農業系の学生に実習を兼ねてやって貰うって」
「サウナや別荘も欲しいな」
「志野ちゃん。そんなものを作ったら、ゴミ処理で苦労しそうだよ。そんな希望が出てくるなら、桔梗学園で買い上げて、女性が昼寝していても安全な森にしちゃおうかな」
志野の夫の、悟が異議を唱えた。
「桔梗学園って、男性が肩身が狭いですよね」
「それ以外の場所は、すべて女性の肩身が狭いから、このくらいいいんじゃない?」
父親軍団は、それ以上二の句が継げなかった。
寺に夕方の日が低く差し込んできた。
「積もる話はありますが、今日はこれでお開きにしましょうか?瑛さん、志野さんは今日はお泊まりに?」
「いいえ、復路のノースエクスプレスの時間が迫っていますので、五十嵐家は帰ります」
「住職、今日はありがとうございました。うちは今晩は白萩地区に泊めて貰って、明朝、ドローンで帰ります」
薫風庵には、加須恵子がいるので、志野一家を泊めることは出来ないのだ。
「今日は母さんの話をほとんどしなかったけれど、なんか、どこかで生きているような気がして・・・」
志野と瑛は、残念ながら真子の死に目には会えなかった。
あの日、子供達を自分の元に呼び寄せて、危険な目に遭わせたくなかったからだ。
死に顔も、お骨も目の前にしていない家族は、どうしても死の現実を捉えきることは出来ない。
しかし、美規には、母の美子はどこかで生きているという確信があった。
「母さんと何時か会える時まで、頑張るしかないか」