氷高の思い
物語に出てくる人名や企業団体名等は、すべて架空のものです。
「で?氷高がこれから1ヶ月間、小学生のスキーコーチをすることになったわけ?」
「氷魚姉ちゃん、笑い事じゃないよ。確かに『冬の間、北海道分校にいたらいいじゃん』と言ったのは、俺だけれど。そんなに簡単に小学生を5人も置いていく?引率の先生生びっくりしていたじゃん」
桔梗学園の子供達が、2日目のスキーで寝静まった頃、氷高の下宿しているマンションに氷魚と氷河がやってきて、いつもの通り、弟をいじりたおしている。
「姉ちゃん、あの引率の先生いなくても良かったと思わない?」
「氷河もそう思う?榎田先生達だっけ?一生懸命整列点呼しようとしていたけれど、誰一人言うこと聞かなかった」
「というより、桔梗学園って、そういう集団行動の訓練ってしたことないの?」
氷高の質問に姉2人は首をかしげた。
「そもそも点呼って、桔梗バンドがあればいらなくない?」
「自分の判断で、てんでに行動するよね。あの琳って子の行動力って、小学生と思えないんだけれど?」
氷高は今日のやりとりを姉たちに説明した。
「冬の間、北海道分校にいたらいいじゃん」
氷高の答えにすぐさま琳が質問を返してきた。
「じゃあ、どのくらいいたら、柊君みたいに滑れる?」
「この斜面だったら、1ヶ月毎日滑っていたら、下りられるよ」
琳は少し考えて、実に可愛らしい笑顔で氷高に微笑んだ。
「分かった。兄ちゃんは1ヶ月教えてくれる?」
「えー。俺だって、大学あるから、週末にしか来られないよ。何本も滑っているうちに、身につくって」
「じゃあ、週末には教えてね。1ヶ月でいいんだね」
氷高は、「やられた」と思った。
氷魚は、その続きを教えてくれた。
「琳君はね。その後、バスの中で一緒に残る人を募ったんだって。
そうしたら、5人が残ることになって、その後が傑作なの。
『一宿一飯の恩』とか言って、北海道分校で何の仕事が出来るか、全員で考え始めたらしいの。
あんたのところにも毎週講師料を現物で持っていく相談していたよ」
「可愛くねえな」
「受け取り方は人それぞれだけれど、その日の夕飯時には、もう食堂でプレゼンテーションをぶち上げたの」
「なんじゃそりゃ?」
「桔梗学園は、基本、小遣いも行事予定もないので、金が必要な時や何かみんなを巻き込む行事がしたい時は、食堂で賛同者や募金者を募るプレゼンをするの。小学生でもよくするわ」
「北海道分校では、子供も小さいし、まだ本格的なの見たことないけれど。本校のレベルの高さにみんな驚いていたわ」
「悠太郎さんも言ってたわ。妹の舞子さんが『全日本女子柔道選手権2連覇果たしたい』ってプレゼンした時は、KKGから、すごいサポートスタッフが集まったって」
「産後すぐ、試合に出て優勝したって試合?」
「それだけじゃないの。すぐに海外から練習パートナーも呼んできたのよ」
「まあ、それで李都君が帰りのバスで、パワーポイントでプレゼン資料作り上げて、私達に、自分たちを1ヶ月預かることが如何に有益か、琳君がぶち上げたの」
「そうそう小学1年生の琵琶君も自分の出来ることを、しっかり話せていて、私もう涙が止まらなくて」
氷魚は妊娠してから、涙腺が壊れてしまったようだ。
「私は紅一点の美鹿ちゃんの話がグッときたな。
『桔梗学園には優秀な先輩がたくさんいます。でも、いつも指示されて動くばかりで、全然成長出来ていない気がします。私は桔梗小学校の児童だけれど、北海道分校で、先輩の力を借りず1ヶ月過ごすことで、一回り成長できると思います。私に成長の機会を与えて下さい』だってよ。
柊君なんか、目頭を押さえていたよ」
氷河の思い入れたっぷりの美鹿の真似を見て、氷高は肩をすくめた。
「美鹿ちゃんって、柊君のこと好きだったんじゃないか?いつもチラチラ見ていたぞ。それなのに、柊は妹扱いなんだな」
「ああ、柊君のファンの子、多いよね」
「氷河だって、ちょっといいと思ったでしょ?」
「まあね。でもさ、この年になると、悠太郎さんみたいにぐいぐい来られると、『こんなに情熱的に迫られるのは、もうはないか』と思うんだ」
「お義兄さん可愛そう」
「だってさ、柊君20歳だよ」
「うちの匠海も同じ年です」
「まあ、そうだけれど、ぐいぐい来たでしょ?」
「そうね。『結婚とは、したいと思った時に近くにいる人とするものである』」
「氷魚姉ちゃん、それ誰の言葉?」
「わ・た・し」
「ところで、氷高の、恋子ちゃんへの思いはどうなったの?学習院幼稚舎からの片思いでしょ?」
氷高はうかつにも姉2人が、そろって自宅に来た真意に、今の今まで気がつかなかった。
もう2人の視線は、自分にロックオンされている。嫌な汗が出てくる。
氷魚が好奇心と言うより、心配そうな顔で話し出した。
「私達は、氷高が叔父さんに政治的に利用されてないか心配しているの」
氷高は顔を上げた。
小畑家本家の小畑朔太は東京で麦穂会という医療法人を経営していた。姉弟の父で次男の継太は、当時外務次官だった黒州家から嫁を貰い、分家として、第二麦穂会北海道医療センターを北海道に作るため、移住してきたのだ。
ところが、長女は親の反対を押し切り獣医の道に進み、次女は医者にはなったが生まれつき障がいがあった。そして最後に待望の男子として生まれた氷高が、今、跡取りとして医者になるべく勉強しているわけだ。大学は北海道大学医学部だが、卒業後は父の補佐として、北海道医療センターで働くことが、ほぼ決まっている。
そして、ここで言う「叔父」とは、小畑姉弟の母方の叔父「黒州三郎外務大臣」のことだ。
「恋子ちゃんが、昨日スキーに来ているって、叔父さんから教えて貰ったでしょう?」
氷魚の推測は的確だった。3日前、急に叔父から電話があって、「知り合いからいい酒を貰ったから送る」という話のついでに、「氷高の幼なじみの『恋子内親王』がテイネスキー場で、スキーデートするらしい。しかし、その相手というやつが、金持ちのボンボンで、大してスキーが上手くないくせに、スキー場に行くから不安だ」という話をさらっとして、電話を切った。
そう言われれば、不安になるもので、あの日、氷高が恋子内親王の周りをうろうろしていたのは確かだった。
「氷高はご学友候補だったけれど、恋子ちゃんが、『男のご学友は嫌だ』って言って、外されたのよね」
姉の意見は半分は合っているが、半分は間違っている。氷高はそう思っている。
(俺は優秀じゃなかったから、外され頼んだ)
「何言っているんだよ。大体中学に上がる時には俺たち、こっちに来たじゃないか」
「でも、恋子ちゃん、スキー場であんたに気づいたでしょ?」
「いや、柊とは面識があったみたいだけれど、俺は別の子を救助していたし、多分気づかなかったと思うよ。そもそも20年近く会っていなかったのに、分かるわけないだろう」
氷河が部屋の本棚から、氷高のアルバムを引き出してきた。
「可愛かったよね。あの頃の氷高。白くて、ぽちゃぽちゃして。今は雪焼けしていて、全く別人だよ」
氷高は氷河からアルバムを奪い取った。
「俺の黒歴史をひっくり返すな」
「柊君も、桔梗学園に入った頃は太ってたんだって」
「え?」
「舞子ちゃんから聞いたんだけれど、生まれたばかりの梢ちゃんを置いて、お母さんが海外に行っちゃったの。それで、1人で毎日育児に追われていて、髪もボサボサ、無精髭も生えていて、ジャンクフードばっかり食べていて、ひどい状態だったんだって」
「想像も出来ないよね」
「父親とか家族とかは?」
「お父さん造幣局で、弟さんは勉強ばっかりしていて、手伝ってくれなかったんだって」
「柊君の勉強は?」
「高校2年の終わりには、高校生の分はすべて終わっていたって」
「そうそう、一応ストレートでT大学受かっているもんね。頭はいいんじゃない?」
「そういう男の方が、恋子には向いているんじゃないか?」
氷魚と氷河は顔を見合わせた。
「未練があるくせに、自信がない。そんなだから、叔父さんのいいように利用されるんだよ」
「ちょっと待ってよ。姉ちゃん。叔父さんは俺をどう利用しようと思っているの?」
「分からないけれど、三郎叔父さんって、次の総理大臣を狙っているでしょ?恋子ちゃんを女性天皇にしようと考えているんじゃないかな?」
「氷魚姉ちゃん。女性天皇にすることと、俺を利用することの関係が分からない」
「女性天皇の夫って『皇配』っていうじゃない?日本の男で、それが上手に務められる人っているかな?」
「エリザベス女王の、フィリップ殿下に当たる人?フィリップ殿下はそもそもギリシャの王族の出だよ」
「あら、よく調べてあるわね。可能性として考えたことあるのかな」
図星だった。
「じゃあ、叔父さんが、女性天皇に拘る理由は?」
「日本の女性からの支持を取り付けたいんじゃない?対立候補は長尾財務大臣だから」
「牛島防衛大臣は?」
「多分、2人立ったら、女性票が割れるね」
「加須総理代行の目は?」
「やったことは正しかったけれど、手順を踏んでいなかったって、野党の餌食になるから国政が滞るから、彼女は次の総理には出来ないね」
「氷魚姉ちゃんって、政治に興味があったんだ」
「ファミリーを守るために必要な知識で武装しないといけないからね。『お上』に頼ってばかりでは、日本は沈没しちゃうから」
「ひゅー。氷魚姉ちゃん、格好いい。でもね、東城寺も実は桔梗学園を裏で支えているんだよ」
「氷河は、家業に手を出さなくていいから、嫁入りするんじゃないの?」
「ええ、お寺の家業の方はね」