舞子と涼の自由時間
短い話になってしまいました。前のエピソードとくっつけても良かったですね。
紅羽達が体育館で盛り上がっている頃、舞子と涼は武道場にいた。運動施設管理者、三川は舞子を前に、涼にしたのと同じ説明を3倍のテンションで繰り返した。
説明が終わった後、舞子は涼に「組み手やっていい」と聞いた。
「投げてもいいよ」
「御免ね、私だけ投げて」
それに答えることなく、「さあ来い」とばかりに、柔道着を着た涼が両手を広げた。手首についている桔梗バンドは少し邪魔だったが、2人は組み手争いを続ける内にそれを忘れていた。舞子の柔道は、足技が中心で普通の選手は、立っていられないと思うほど、細かく絶え間なく足技が繰り出される。少しでも相手がぐらつくと、舞子はすっと相手の懐に入り、大技に入るのだ。それは天性のものであり、男子の涼であっても、あっという間に畳にたたきつけられるのだ。
10分続くと舞子の額にうっすらと汗が光るようになる。今日の健康管理当番、陸医師は手元のタブレットを見るが、舞子の心拍数はまだ続けられると示していた。それでも念のため陸医師は、2人の組み手争いを止めた。組み手争いと言っても組んだら舞子は瞬時に投げてしまうので、乱取りと変わらない強度だったから。
陸医師自身も高校まで空手、大学以降はボクシングをしていたので、格闘技の激しさは身をもって知っているが、柔道はそこに相手の重さも加わる。未知の世界だ。
「舞子さん、どう体の調子は?」
「涼が重くなったんで、少し今までと調子が違うかな。組み手も久し振りなんで、柔道着をつかんでもすぐ切られてしまいます」
「俺さぁ、昨日風呂で量ったら75キロあった。もう60キロ級には戻れないな。舞子は逆に軽くなったんじゃねぇ?95キロくらいまで減ってない?」
柔道では5キロ減るだけで、今まで軽く受けていた技に飛ばされてしまうのだ。嬉しくもあり悩ましい問題だ。
「陸先生、妊娠すると10キロぐらい太るんですよね」
「まあ、20キロ太る人もいるけれど、人それぞれですね。赤ちゃんと羊水以外はほとんど脂肪と言ってもいいかな。だから、出産後すぐ増えた分が減るわけでもないし、膨れていたお腹がしぼむわけでもない。子宮は1ヶ月くらいかけて小さくなるけれど、子宮の中の胎盤が剥がれたところからの出血は結構続くね。またもし、帝王切開をすると、子宮とお腹の2カ所を10センチ以上切るから、この傷もなかなか治らないね」
「先生、12月頃出産したら、4月に試合に出られますか?」
「う~ん。私は出産1ヶ月後にウオーキングから初めて、3ヶ月後はシャドーボクシングがやっとだったかな?何より、出産前後2ヶ月くらい筋肉トレーニングしないと、筋肉落ちてだるだるになるんだよ。それを戻すのが大変だし、一回開いた骨盤の周囲の筋肉と腱が緩んでいるからね。大丈夫とは言えない。重量を支えている膝や腰に大けがする可能性もあるよね」
舞子は医者が「絶対不可能だ」と言わないのをいいことに、試合に出る方策を考え始めた。