スノーランド
「情けは人のためならず、巡り巡って自分のため」って言いますよね。
北海道分校の朝食会場は、いつにも増して賑やかだった。昨日、牧場を満喫した子供達は、北海道分校の研究員や子供達と仲良くなり、あそこでもここでもグループを作って、会話が弾けている。
「よう、柊、昨日は大活躍だって?」
夕べは、義理の妹や弟と楽しい夕食を取って、ご機嫌の陸匠海が柊に挨拶をしてきた。
「あー。俺の話をおかずに夕飯食ったのか?」
「氷河が、コスプレ大会のビデオも持ってきてくれたし、氷高からも話を聞いたし、・・・」
「コスプレ大会のビデオなんて、誰が作ったんだよ。当日みんな見ていて投票したじゃないか」
「いやー。氷河に悠太郎さんがプロポーズした記念として四十物李都が、ビデオを作ってくれたんだ。今回の宿泊の御礼にって」
「あの野郎・・、絶対、賀来人や篤の入れ知恵だ」
「俺たちも、毎月イベントって見習いたいな」
「牧場があるんだから、いろんなことをできるじゃないか」
「そうだな。さて、今日は『スノーランド』だろう?中学生は、そこだけで楽しめるか?スキー体験もしなくていいのか?」
「そこまで考えていなかったな。午前楽しんだら、梢なんかは昼寝するだろうから、午後まで考えていなかったな」
「氷高が明日、午後から補助に行ってくれるらしいよ」
「助かるなぁ」
「女子バレー部からの数人、ヘルプに行ってくれるらしい」
「『情けは人のためならず』っていうし、巡ってくるな-」
ここで、匠海は声をひそめた。
「実はさ、あそこ東郷グループ系列なんだ。昨日のお詫びと、口止めってことで、朝、専務さんが来て、今日は有料ラウンジ1日貸してくれるそうだ。昼食も出してくれるらしい。俺たちにも、年間リフトのタダ券置いていった」
ということで、北海道分校2日目は、贅沢な雪遊びの1日となった。松子、啓子、ひなたの3人組は、昨日牧場で子供達と過ごして疲れたようで、スキー場近くの「ていね温泉」に行ってしまった。
梓は今日一日、柊と一緒にいられることが嬉しいらしく、琥珀に三つ編みに結わいて貰った髪を揺らして、雪遊びをしていた。風太や琳達アクティブなことが好きな子達は、スノーチューブに乗って大はしゃぎしている。
「柊さん、この可愛い子が妹さんですか?」
「ああ、大和さん。夕べは遅かったんじゃないですか。よく眠れましたか?」
「はい、夕べ、愛羅さんの手術が終わって、夜のうちに、桔梗学園のドローンで、ご両親が来たので、私も寮でゆっくり休めました。本当に、柊さんと氷高さんには感謝してもしきれないです」
「いいえ、大和さんが毅然としていたからですよ。お疲れ様です」
大和はもう少し、柊と話したかったようだが、柊は梢と遊ぶのに忙しかったようで、後ろ髪引かれながら、立ち去った。
それを見て、琥珀と玻璃がささやきあった。
「柊さんって、本当に冷たいね。というか、女心が分からないのかな?」
「いいじゃない?三津ちゃんに、『今日も女の人に無関心だった』って連絡しよう」
こんなところに、三津のスパイがいるとは・・・。
そして、美鹿も大和が肩を落として、去って行くのを見てほっとしていた。
柊が想像していたとおり、昼食後は低学年はかなり疲れて、レストハウスで討ち死にした。松子達も温泉から帰ってきてくれたので、昼寝をしている子供達を有料レストハウスに置いて、中学生達は、午後はスキー教室に出かけた。
氷高やバレー部にマンツーマンで教えて貰って、賀来人や篤、玻璃や琥珀はかなり上達したので、1本初心者コースを滑ることにした。
「うわー、リフト怖いよ」
怖がる玻璃は、中々リフトに乗れないでいると、柊がやってきて、腕を取って一緒にリフトに乗ってくれた。
「行くよ。せーの。ほら、板の先を上げて。もう少し深く座って」
「うわー。高い。落ちそう・・・」
「落ちないよ。ほら周りを見てご覧。綺麗だろう?」
「柊君って、意外と優しいんだね」
「『意外と』は余計だね。下りる時も手伝って欲しいんだろう?」
「はい。お願いします」
リフト降り場の坂は、凍っていて、初心者には怖い場所だ。柊がまた腕を取って、一緒に下りてくれた。
下りるとすぐに柊が、「さあ、滑るよ」という。
玻璃は琥珀と違って、慎重なタイプなので、なかなか滑り出せない。すると柊が前に回って、アドバイスをくれた。
「足をハの字にしてご覧。さっき習ったボーゲンだよ。僕の後ろで『右』って言ったら、右膝をこうやって内側に倒す。『左』って言ったら、左膝だ。さあ、行くよ。『右』」
柊の背中を見ながら、言うとおりに膝を内側に倒すと、左右に進行方向が変る。元々運動神経が良い玻璃なので、コツを覚えるのは早かった。
「じゃあ、今度は、一人でやってみよう」
「えー!!」
「行かないで。柊さん。柊様。お兄様」
「じゃあね」と言って、柊は10mくらい先まで滑って行ってしまった。
もうそこから、玻璃は必死で、コースを下りていった。
玻璃は気がついていないが、危険なボーダーなどから、玻璃を守りながら、柊は伴走をしていてくれた。
コースの一番下まで着くと、玻璃は盛大に転んでしまった。
「あー。ここまで転ばなかったのに」
「さっきまでは前を向いていたけれど、今は下を向いたから、転んだんだよ。さあ、琥珀はもう2本目に行ったよ。頑張れ、今度は手助けしないから一人でリフトに乗ってみよう」
2本目は本当に、柊は手を貸さなかったが、そばに乗ってくれているだけで、玻璃は安心して、リフトに乗ることが出来た。
柊は玻璃が下りていくのを、ぼんやりと見ていたが、途中から、ボーダーが突っ込むのを見つけ、大至急で下りていった。玻璃の横に併走して、抱きかかえ、ボーダーを先に行かせた。
「危ないよ」
ボーダーはスピードをコントロールできず、別のボーダーとぶつかり、二人ともゲレンデの下まで転がり落ちていった。
「やっぱり、スキーヤーとボーダーは違うゲレンデがいいな」
玻璃は、自分を守ってくれた柊を見上げた。
(三津ちゃんの気持ち、分かったかも)
「ん?重くなったか?良かったな」
「柊君の馬鹿!」
柊としては、「琉の妹が、桔梗学園に来て、しっかり食事を取れて良かった」という気持ちからだったが、女性に言う言葉ではなかったようだ。
ゲレンデの一番下で、氷高と話している柊に、2人組の女性が話しかけてきた。
「すいません。写真撮ってくれませんか?」
氷高が柊の背中を押したので、しょうがなく柊が、シャッターを押してやる。
「ありがとうございます。もう一枚、一緒に撮りませんか?」
柊は氷高が断った理由が分かった。
「いえ、結構です。僕は写真が嫌いなもんで・・・」
そう言って、カメラを女性2人組に渡して、氷高のところに戻った。
「あれが、新しいナンパの手口か?」
「結構古い手口だよ。写真を一緒に撮ったら、『送るから名前と住所教えて』って言うんだ」
「あー。梢、起きてきたのか?」
美鹿が、まだ寝ぼけている梢を抱いて連れてきた。梢を抱いている柊を見て、さっきの2人組が「子連れじゃない」と聞こえよがしに言って、離れていった。
玻璃と琥珀が、美鹿に親指を立て、「グッジョブ」と示した。
柊が女性に縁がないのには、数々の要因があるようだ。
「柊君、6kmコース、昨日のリベンジする?」
「いや、いいや。また、何かを引き寄せそうな気がするから。今度、遊びに来た時に行くわ。梢も起きてきたし・・・」
見ると梢が、何かをして欲しそうに「あー。あー」と手を広げている。
「梢?抱っこ?」
「たーう(ちがう)」
「氷高君、これ何して欲しいんだと思う?」
「抱っこして滑って欲しいとか・・・」
「しょうがないな」
柊は抱っこひもをリュックから取り出し、梢を前向きに抱きかかえた。
「梢、1回だからな。みんなやりたいって言うから、端っこで目立たないようにやるぞ」
「うー。うー」
梢は期待で目をワクワクさせていた。柊はみんなにバレないように、抱っこひもに括られた梓を、スキーウエアの中に入れてジッパーを閉めると何食わぬ顔をして、リフトに乗って行ってしまった。
「うえー。コース一本滑るんかい」
呆れた氷高の声は柊には届かなかった。
リフトでは、梓は足をバタバタさせて、嬉しそうだった。
足元から上がる冷気が寒くないかと心配したが、梢の体温が思いのほか温かかったので、柊も、うっかり眠りそうになったくらいだ。
「梢、下りるぞ。少し滑ったら止まるな」
「きゃー、きゃー」
梢は止まると不満そうな声を「ぶー、ぶー」と上げるので、柊は、にやっと笑った。
「では、高速で下りるよ。変なボーダーに突っ込まれたくないからな。いいか。梢。GO」
そういうと、柊はそれでも緩やかなカービングターンを描きながら、下りてきたが、最後は、軽くジャンプをして、最後は直滑降で下り、氷高の前で盛大な雪煙を上げて、止まった。
男の子は、どうしても最後はいい格好をしてしまうようだ。
「やるね」
「俺も、親に負ぶって貰って、滑っていたらしいからな。遺伝か?じゃあ、こいつのおむつを替えてくるよ」
柊がいなくなった場所に、小学生のギャング軍団が集結した。
「あれ?お兄ちゃん。柊君は?」
「おむつ替えに行ったよ」
「じゃあ、お兄ちゃんでいいや。僕たちにもさっきのやって欲しい」
「残念だな。3歳までしか、おんぶ紐では滑れないんだよ」
「梢、ずり~い」
「君たち、小学生だろう?すぐ上手くなるよ。そうしたら、ヘルメット被って、ガンガン下りて来られるよ」
「無理だ。明日帰るんだもん」
「冬の間、北海道分校にいたらいいじゃん」
この後、北海道分校の陸匠海は、1ヶ月間、冬季留学生を受け入れることになる。
特に、ウオールクライミングの後、集中するものがなくモヤモヤしていた琳は、リーダーとして、留学生グループをとりまとめた。
朝の農場の仕事は、風太の真骨頂で、素晴らしい戦力になった。
李都は朝は学校のシステム改善、夜はパソコン教室の講師を買って出た。
桔梗小学校の子供達は、親の許可が出なかったため残らなかったが、美鹿は小学1年生の琵琶の面倒を見ると言うことで、残ることが許可された。柊のいない北海道分校に何故、美鹿が残ろうと思ったのかは不明だが、美鹿なりに考えることがあったのだろう。
1ヶ月後、雪焼けした5人組は、立派なスキーヤーになって、本校に帰って行った。
その後、1ヶ月のスキー留学が恒例行事になった。
次回は氷高君について、深掘りします。