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コスプレ大会 その4「制服」

コロナで多くの高校生が、体育祭も文化祭もなくなって、「俺たちの青春を返せ」って言っていました。

そんな悔しさを思い出すと、なんか描きながら涙が出てきました。

 話の流れが分からない加須恵子(かぞけいこ)が、美規に尋ねた。

美規(みのり)さん。何故結婚式が行われているの?」

「話せば長いのですが、あの王子様役やっていた大町という人は、長い間幼なじみの理子(りこ)さんを、顕現教(けんげんきょう)に奪われていたんです」

「あー。あの顕現教?」

「そう。あの」


 加須恵子はそれ以上聞かなかった。顕現教というカルト教団に多くの女性が拉致されていたという話は知っていた。ただ、政府関係者の多くが献金を貰っていたため、事件化することに圧力が掛かっていたのだ。石頭総理も献金を受け取っていた一人だった。

加須も官房長時代、その黒い噂を聞いたことはあった。しかし、それを表沙汰にすることは、自分の政治生命を失うことだった。


 3つ目のパフォーマーは桔梗高校のチームだった。

コスプレ大会から(さかのぼ)ること、3週間。高校生チームは仲間を集めるところから話し合っていた。


このチームのリーダーは、高木碧羽(あおば)と山田雄太だった。


「無理だよ。桔梗学園は映像も衣装も化粧も、プロが着いているんだぜ。相手にならないよ」

「全く、雄太は、石橋を叩いても渡らない男だよ。やる前から弱音を吐くなんて」

「じゃあ、あいつらに勝つ方法はあるのか?」

「ダンスパフォーマンスとかどう?桔梗学園は音楽の授業とかダンスの授業とかないはずね。体育祭でパフォーマンスをしたこともないと思う」

「柊さんや琉さんはあるよ」

「もう。負けた時の言い訳考えないの。弱音を吐かないの。雄太と颯太、猪熊(いくま)の男3人に、私、三津、明日華、春佳、藍深(あいみ)の8人で出来るダンスパフォーマンスを考えようよ」

「男が少ないよ。桔梗学園から呼んでもいいじゃないか。生駒篤(いこまあつし)や、賀来人(かくと)も頼めないか?」

「賀来人を入れると五月(さつき)も来るかな?」



 五月は桔梗高校のグループから誘われたが、今ひとつ気が乗らなかった。既に保育施設で働いているので、どうも彼らが子供っぽいような気がして、なるべく付き合わないようにしていた。修学旅行の時も、保育施設の当番が回らなくて、参加しなかったため、余計彼らと触れ合う気になれなかった。賀来人は、そんな五月の気持ちを理解して、今回のコスプレクループに五月を誘った。


 パフォーマンスの話し合いの時も、五月は少し離れた場所に席を取った。

「じゃあ、まずどんな衣装がいいか希望を聞きます」

賀来人がすっと手を挙げ、司会の碧羽が指名した。

「制服がいいと思います。ただし、桔梗高校の制服そのままでなく、セーラー服や学ランも含めてもいいし、昔の女学生の袴姿も有りだと思います」

「色々な時代の制服ってことかな?」

「まあ、それぞれが自由な制服を着て、制服って(くくり)りでチーム感を出したらいいと思ったので、時代ごとの制服には(こだわ)りません。勿論、魔法学校の制服も有りだと思います」


賀来人は、五月のハリーポッターの制服が着たいという希望も、さりげなく混ぜた。


「はい。他に希望はありますか?春佳さんどうぞ」

「桔梗高校の制服をそのまま着るのは駄目ですか?」

「コスプレにはならないですよね。男女入れ替えならいいし、リメイクも有りだと思いますが・・・」

猪熊が恐る恐る手を挙げた。

「ボンタンや(ちょう)ランも有りですか?」

五月が盛大に「?」マークを出しているので、春佳がタブレットに不良学生の学ランを出して、五月に見せに行った。


「ボンタンって、足場を組む人が穿くような太腿(ふともも)が太くて、(すね)が細いズボン。ああ、そう。猿袴(さっぱかま)(もも)が異常に太い感じのパンツ。長ランは学ランの裾が長いやつ。短いのは短ラン」


「まあ、好きなのを着てもいいし、2人ずつ組んで着てもいいし、曲に会わせた服でもいいね」

明日華が手を挙げた。

「曲は1曲ですか?いくつか組み合わせますか?」

「私、『群青(ぐんじょう)』って曲が好きなんですが、『ブルーピリオド』って芸大受験のTVアニメの曲」

「徹夜明けの渋谷の空が青く見えたんだよな。渋谷はもうないけれど」


 春佳はどんどん自分の希望を主張する。YOASOBIの「群青」をタブレットでみんなに聞かせる。

「あー。大昔、清涼飲料水のコマーシャルで高校生が踊っていたやつだよね」

猪熊が賛成した。


「じゃあ取りあえず、みんな着たい制服を決めて、踊りは順次考えていきましょう。その制服に合った曲があるかも知れないので、(ちな)みに、私は男子の学ラン着たいです」

碧羽が着たら、格好よすぎる(ハート)


「俺たちは、魔法学校の制服で」

そう言って賀来人は五月の腕を取った。

「雄太さん、颯太、『東京リベンジャーズ』やりませんか?」

猪熊の言葉に颯太が乗った。

「有りかも。俺、頭に剃り込み入れて、髪染めてみたかったんだ。コスプレでしか出来ないしな」

高校球児らしからぬ願望だ。


生駒篤が、意外と大きな声で主張した。

「藍深さんのセーラー服が見たい」

「いいですけれど」

藍深はサラッと同意した。特に希望はないから何でもいいのかも知れない。


「藍深、お前は生駒に何着せたい?」

雄太が藍深に軽い気持ちで聞いた。

「坊ちゃん」

「え?ああ、明治の学生の服?」


「三津はじゃあ、『ハイカラさん』やれよ」

「じゃあ、お兄ちゃんもハイカラさんね」

雄太の矢絣に袴姿は・・・それほど見たくはない。


「いやー。悪いな、俺もリベンジャーズがいい」

榎田春佳はセーラー服、袴田(はかまだ)明日華はハイカラさんの袴姿を選んだ。


「ねえ、賀来人君、私達だけ魔法学校じゃバランス悪いよ」

静かにしていた五月が賀来人の腕を取った。

「いや、着たい服でいいんだよ」


「五月ちゃん、私達と一緒にセーラー服着ない?」

「春佳ちゃん、一緒にいい?」

「はい、振られた賀来人は、チーム『坊ちゃん』に来てください」

全員が服を決め、ソーイング部に、制服の型紙などの相談に向かった。流石に袴は作れなかったので、松子さん達に助けを求めに行ったが、セーラー服や、学ランは苦労して自分たちの手で作り上げた。


 ダンスの振りは、セーラー服組、女学生袴組、碧羽を入れたリベンジャー組に分かれて、それぞれ決めることになった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4組目は桔梗学園、桔梗高校の高校生の合同チーム。「制服」


 暗いステージにスポットライトが一つ。スタンドマイクの前に直立不動の須山猪熊(すやまいくま)が立っている。

「赤―い夕日が校舎を染めーて、楡の木陰に弾む声」

舟木一夫の「高校三年生」の一番を、猪熊はアカペラで歌いきった。

ただ、学帽は被っているが、服装が長ランでボンタンを穿いているのは多少の違和感があった。

しかし、加須恵子を始め、昭和生まれの人々の心をがっちり掴んだ。


涼が舞子に(ささや)いた。

「猪熊の正しい使い方があったな」


 ライトがステージ全体を照らすと、Official髭男dismの「Cry Baby」に合わせて、碧羽、雄太、颯太が肩を怒らして入場してきた。額には真っ青な鉢巻をしている。

「胸ぐらを掴まれて強烈なパンチを食らってよろけて・・・」

歌詞に合わせて、前に立っていた猪熊は、碧羽のパンチで吹っ飛ばされた。

しかし、猪熊は綺麗な後転をして、3人の踊りに加わった。

白い手袋をした手が、綺麗に揃ったタットダンスを際立たせる。応援団のような動きも切れが良い。

何より、前があいた長ランから見える男性陣の胸板が、お姉様方の目を引きつけて放さなかった。

長ランの背中には、藍深が描いた青龍のペイントが踊っていた。


と、突然曲調が替わって、三拍子の曲が流れてきた。

「千と千尋の神隠し」の「いつも何度でも」だ。そう言えば、三拍子だったなと大人は思い、子供達はスタジオジブリの映像を思い出しながら、ダンスに見入った。なんと言ってもダンス初心者にはワルツだ。

矢絣(やがすり)の着物に、紺色の(はかま)の三津と明日華が、篤と賀来人にエスコートされて入場する。

学ランの4人組もそれぞれにパートナーとなって、ワルツを踊り出した。


 ダンスの特訓は、鵜飼羊(うかいよう)鈴音(すずね)夫妻が買って出た。意外なことに、鵜飼夫妻はダンスのインストラクターの資格があった。

宝塚の男役のような羊のダンス講習会を、こっそり覗きに行ったKKGのお姉様方が多かったとか・・・


 碧羽と雄太のコンビは、身長も高いだけあって、長ランを燕尾服のように翻して踊る姿に、会場のお姉様方は再度、ため息をついた。「眼福」


「繰り返す過ちのそのたび人は、ただ青空の青さを知る」



 突然、その優雅な輪を切り裂くようなホイッスルが鳴り響いた。

明日華が率いる真っ白なセーラー服軍団が、中央に並んだ。セーラー服の胸には青いリボンが光り、襟には青いリボンが3本綺麗に並んで縫い付けられていた。


そして最後の曲YOASOBIの「群青」が流れ始めた。

嗚呼(ああ)いつものように過ぎ去る日々にあくびが出る」

静かな歌詞に、セーラー服の女生徒に率いられた他の生徒も静かに踊り始めた。


「渋谷の街に朝が降る」の歌詞に加須恵子は、水に沈んだ渋谷の谷を思い出して、センチメンタルな気持ちになった。


 アップテンポな「知らず知らず隠してた」から、全員が顔を上げて、はじけるような踊りに変っていった。

五月も初めて同じ年の仲間と踊る興奮に、何時までもこの時間が続けばいいと思った。

強いテンポはみんなでステージを踏みならす、藍深はダンスでも抜群の切れを見せた。

スパッツを穿いているので、短いスカートでも気にせず弾けた。


妊娠して、「普通の」高校生活が送れなかった悲しさが、

震災で、「普通の」高校生活が送れなかった悔しさが、全員の心をつなげた。

会場の誰かが立ち上がって拍手し始めた。一緒に踊るものもいた。

みんなの隠していた「本当の声」が溢れた瞬間だった。


「確かにそこに君の中に」


最後のフレーズが終わった時は、全員が立ち上がって、両手を天に突き上げていた。

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