コスプレ大会 その1
コスプレ大会。書きだしたら、結構長くなりそうです。お付き合いください。
柊は自分の結婚が、同期の話題になっていることも知らず、正月3が日毎日のようにバドミントンをしていた。メンバーは深海由紀と四十物李華という2人の小児科医と、小畑氷河の4人である。
「あー、やっぱり、男子の脚力には叶わないな」
「そこは、若さって言って下さいよ」
今日も立っていられないほど体を酷使した女性陣は、コートに大の字になっている。柊はコートの片づけとフロアの掃除をテキパキ行って、シャワーを浴びに行ってしまった。
「ねえ、由紀さん、仮装大会の話聞いた?」
「聞いた、聞いた。『お化け』って名前で節分にやるんでしょ?李都君と2人で仮装するの?」
「それがね。歯切れが悪いのよ。小学生みんなでチームで仮装しようって話も出ているらしくて」
「親離れだ。寂しいね。まあ、うちの由梨は、とうの昔に玲君を王子様にして、シンデレラするって、注文票にコスプレの材料を書き込んでいたわよ」
「注文票ってなんですか?」
氷河も話題に混ざった。
「コスプレの道具を、福岡にドローンで行く人に、買ってきて貰うのよ。その注文票が出回っているの。7日から受け付けるって。氷河さんは柊君とコスプレするの?」
「え?なんで、柊君と?」
由紀も李華も、氷河と悠太郎の経緯は知っている。しかし、その後、柊とよりを戻したかどうかの探りを入れたのだ。そして氷河もそれは百も承知だ。そこで話題を巧妙にずらした。
「それより、毎日顔を合せているんで、私達で『チャーリーズエンジェル』とかやりませんか?配役は先輩から選んでいいんで」
「えー?コスプレするなら、映画版が好きだな。私はキャメロン・ディアス?」
「由紀さんがキャメロンなら、私はルーシー・リューかな?氷河さんはそうすると、ドリュー・バリモア?あんまり似せなくても強そうで、セクシーならいいわよ」
「そうね。桔梗学園は女子校みたいなものだし、いっぱい露出しちゃいましょう?まずはハイヒールを注文しないとね」
「あー、でも、李都に嫌われちゃうかな?」
「だからこその変装よ。鬘にカラーコンタクト、化粧もバッチリしたらバレないかも」
シャワーから戻ってきた柊は、3人のお姉様方が、うつ伏せで相談している側を、何事もなく通過しようとした。
「何時までもそうしていると風邪を引きますよ」
「ねえ、柊君、チャーリーってどう?」
「えー?チャーリー・ブラウンですか?僕はスヌーピーの方が好きですけれど」
李華は頭をフロアにぶつけた。
「これが世代間ギャップね」
1月4日の食堂会議前に、もうコスプレ大会の話は桔梗学園中に広がっていた。「お化け」の名前は、4日の会議で却下され、子供にもわかりやすい「コスプレ大会」に変った以外は、ほとんど啓子達の案が通った。コスプレにかけられる予算の話が出なかったので、かなり派手なコスプレが行われるような雰囲気だ。
男子寮でも、その話題で持ちきりだった。
「柊、チャーリーって、チャーリーズエンジェルのチャーリーってことじゃないか?そこに3人女性がいたんだろう?セクシー衣装が楽しめそうだな」
「琉はまたまた邪な考えに走っているな。大体、そのチャーリーって、声だけの姿を見せないボスだろう?それもおじさん。コスプレの要素ないじゃん」
「ダンディなおじさんに化けたらまた、ファンが増えていいじゃないか。大町さんなんか、母さんを白雪姫にして、自分は王子様。そして子供達は7人の小人にするって案を出してきたんだぞ。家族コスプレに固執しすぎだよ」
「駄目だろう?玲はシンデレラの王子様なんだろう?玲が王子様やったら、誰も太刀打ちできないぞ。それに、玻璃や琥珀も中学生で小人じゃかわいそうすぎるだろう?」
「俺は京と美女と野獣をやるんだ」
梢を寝かしつけている一雄が、何やら想像していた。
「つまらないよ。一雄、ここは牛若丸と弁慶でどうだ?松子さんは着物を着て欲しいんだから、和物で頼むよ」
涼は、祖母の気持ちをよく理解している。
「涼こそどうするんだ?」
「聞いてくれるな。『うる星やつら』だって舞子が主張するんだ」
「あー。冬月君がテンちゃんか、可愛いな。って、舞子が妊婦でラムちゃんするのか?」
「違うよ。俺がラムちゃんやるんだって。あいつはどういうセンスしているんだ」
「琉は、円さんと相談してないのか?」
「円さんもヤバいよ。やりたいのは『呪術廻戦』だって」
「いいな。琉はどの呪霊をやるのか?」
「勘弁してくれよ。円さんは禪院真希を、周さんは禪院真依をやりたいんだって」
「まあ、強い姉妹だから百歩譲ってそれは有りだとして、お前はまさか・・・」
「虎杖悠仁」
「恋は盲目ってよく行ったもんだよな。両面宿儺になった虎杖にしろ」
「俺のこと貶す、柊はどうするんだよ」
「梢をアリスにして、マッドハッターにでもなろうかな?」
「はいはい。イケメン自覚があって良かったね。兎でいいんじゃないか?着ぐるみで顔を隠せば、正体が分からなくて、受賞できるぞ」
「じゃあ、お前もパンダやれ!!」
もうすぐ二十歳になろうとしている先輩達を横目で見ながら、賀来人と篤はひそひそと相談していた。
「賀来人さん、五月ちゃんは何をやりたいって言っているんですか?」
「ハリーポッターだって。桔梗学園って征服がないじゃん。だから憧れるみたい」
「確かに、藍深ちゃんのミニスカートの制服は、ヤバかったな」
「篤は藍深ちゃんに声をかけたの?」
「本人は当日は、スケッチのほうをしたいらしくて、小型のスケッチブックを何冊も注文していた。歩きながら、色々な仮装を描けるといいなって」
「じゃあ、描いて貰えるようにすごく凝った仮装したら?」
「柊が本気で、マッドハッターの仮装をしたら勝てそうな気がしない。ジョニー・デップも越えそうな気がする」
暫く頭を捻った篤は、別の作戦を考え出した。
「藍深ちゃんって、化粧も上手かな?」
「お絵かきじゃないから、研究員の人の方が上手だろう?柊さんだったら、バドミントン仲間の女医さん辺りに頼むんじゃない?マニキュア研究していた講内研究員さんも、化粧全般得意みたい」
「んー。そうじゃなくて、俺が藍深ちゃんに化粧を頼むの。凝った化粧で仮装したら、俺のために工夫してくれそうじゃん?」
「それは女装するしかないじゃないか」
そう言うと、賀来人は篤の寝間着の裾をめくり上げた。
「何すんだよ」
「綺麗な臑だ。ミニスカートもいけるぞ。お前だから出来る!女装だ!!」
篤の臑を見て、柊もおもむろに自分のパンツの裾をめくり上げた。
「鍛えすぎた。すね毛を剃っても、俺の女装は無理だな」
目聡い琉がそれを見逃すわけはなかった。
「何を企んでいるんだよ」
「コスプレって言ってもさ。審査員は美規さんや加須さんなんだろう?今、流行のアニメのキャラクターになっても、理解されなければ自己満足で終わるよな」
「いやいや、1人1票の投票もあるから、子供からお姉様方にまで理解されないといけないんだぜ」
「子供と研究員の割合は、3対7だろう?分校にも投票権があるんだ」
「そうだったな。『弁慶と牛若丸』の方が『呪術廻戦』より理解されるって訳だな。じゃあ、ディズニーはどうだ?鉄板じゃないか」
「まあね。でも、琉はさ、ディズニーのお姫様の区別はつくか?」
「んー。白雪姫や人魚姫は分かるけれど・・・・、他はディズニーランドに行ったことないしな。津波に飲み込まれる前に行ってみたかったな」
「まあまあ、毎年新作映画が出来ている『名探偵コナン』や『ドラえもん』は、着ぐるみ系で、お姉様方の票が取れるとは限らない。続編が出ている映画は、『スター・ウォーズ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ハリー・ポッター』に『パイレーツ・オブ・カリビアン』・・・」
「USJも『メイキング・オブ・ハリーポッター』にも行ったことがないし・・・」
(そうだな。大神家だけじゃなくて、桔梗学園の子供達もTVは見ていないし、映画にも行ったことないよな。困ったな)
「俺さぁ、桔梗高校の体育祭で、2年の時、俺たちのクラスで、パフォーマンスやったじゃない?」
「ああ。海賊ね。『ONE PIECE』がテーマだったやつ?」
「それが分からなくてさ、誤魔化すのに苦労したよ」
「僕も読んだことないよ」
「でもさ、どの漫画も読んだことないなんて、同情されるのは、嫌だったんだよね。桔梗学園の図書館で、漫画を初めて読めて、嬉しかった」
桔梗学園では、個人所有のタブレットで自由に本が読める。漫画も希望すれば、読むことが出来るのだ。
「まあ、桔梗学園の子は、読まない子も多いからね。最近は桔梗村の子と交流して、少しずつ漫画を読む子が増えたみたいだね」
マスメディアの衰退で、みんなが共通して読む漫画というものが減った。そういう意味では万人に理解されるコスプレは難しいかも知れない。
琉との話で、桔梗学園でコスプレすることの難しさを理解した柊は、翌朝、KKGにマニュキュアの研究をしている講内に会いにいった。
「柊君?初めましてでもないけれど、舞子さんの試合以降会ったことないわよね。私に何か用があるのかな?」
「突然の訪問ですいません。実は、講内さんが医療の再生美容の研究をなさっていると伺って、教えていただきたいことがあって・・・」
「へへー。みんな目をつけるところは同じだね。コスプレの化粧について聞きに来たんでしょ?」
舞子の試合で、マニキュア担当だった講内美々は、KKGに入る前はアメリカの映画スタジオで特殊メイクをしていたという前歴を持っている。
「でもさー。本業が特殊メイクしたら、反則でしょ?だから、みんな平等にメイクの講習会をすることにしたんだ。化粧品も希望者に配布するんだ。特に、子供や妊婦達は変な化粧品や髪染めをして、健康被害が出ると困るじゃない?練習も含めて、1人につき3回分くらいで、いいんでしょ?」
「どんな内容でやるんですか?」
「まあ、基本の肌の作り方と、鼻を高く見せたり、顔を小さく見せたり、目を大きく見せたり・・・後、性別を変えて見せたり・・・」
講内はニヤっと笑って、柊を見た。
「あのビスク・ドールのような化粧とか日本人形のような化粧とかも、教えて貰えますか?」
「言っておくけれど、厚化粧は小さい子には出来ないからね。君の妹は綺麗だから化粧しなくても、大丈夫だよ。白塗りに紅指すだけで完璧な日本人形ができあがるんじゃない?」
「いや、僕と2人で人形になっちゃおうかなって・・・」
「え?え?子供は動くよ」
「それは分かっています。僕が少しも動かなかったら、いけるかなって」
「ちょっと待って?」
講内は、柊にぐいっと近づいた。片手で柊の顎を掴むと、くいっと横を向かせた。次に肩の厚みを触って確かめ、腰を両腕で掴んだ。
「何するんですか?」
「え?素材確認」
「あっ、足は止めて下さい」
「ビスク・ドールも日本人形も足は見せないよ。で?プランを教えて?」
柊の案を聞いて、講内は考え込んだ。
「確かに、カラーコンタクト入れれば、ビスク・ドールはいけると思うんだけれど、柊君はがっしりしすぎだよね。背中が広すぎるんだ。顎にシェイド入れても、限界があるよね」
柊は、本業に言われて肩を落とした。
「でもね。私の案を飲んでくれたら、協力するよ」
「え?誰にも肩入れしないんじゃ?」
「化粧では本業だから、手を出せないけれど。それ以外はいいでしょ?」
「その案を聞いた後僕に拒否権はありますか?」
「ない!」
柊は暫く考えて、自分の直感に従った。彼女の案が優勝に一番近いという勘に。
次回は大会本番です。