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三婆の正月

遂に第3部が始まりました。第3部は日本の復興の話です。どんな国になるんでしょうかね?

 2030年最初の朝が明けた。いつもは静かな薫風庵に、嵐がやってきた。


「明けましておめでとうございます」

美規(みのり)を訪ねて、2組の子連れ家族がやってきたからだ。


1組目は杜晴崇(もりはるたか)の家族だ。妻の圭と双子の(あき)(しゅん)もやってきた。1歳になったばかりのやんちゃ坊主達は、炬燵(こたつ)によじ登ろうとしては、親にズボンを引っ張られていた。

 

 2組目は東城寺舞子の家族だ。冬月(ふゆつき)は、杜家の双子より遅く生まれてはいるが、東城寺家の血を引いているせいか、むっちりと頑丈な赤ん坊だった。食べ物には目がなく、炬燵の上の饅頭(まんじゅう)に手を出して、同じく舞子に手をつかまれ阻止されていた。


「すいませんね。加須(かぞ)さん。ゆっくりとお過ごしのところ、うちの祖母が先日ご招待したと思いますが、今日はお時間ありますでしょうか?」

圭の言葉に、加須恵子は一も二もなく同意した。とてもじゃない。孫どころか結婚すらしていない恵子にとって、この賑やかな状況は耐えられなかった。


「良かった。実はうちの祖母と、涼のところのお祖母ちゃんの松子さんが、白萩地区の家で、待っているんですよ。涼が白萩地区までお連れしますので、是非、足をお運び下さい」

庭を見ると、涼がドローンの入り口で待っていた。


「お口に合うか分からないですが、向こうには祖母達が作った正月料理もありますので、1日のんびり過ごして下さい」


涼は柔らかな笑顔を浮かべていた。


「ごめんなさいね。歩いてもいける距離なんでしょうけれど・・・」

「構いませんよ。今日は俺たちも、バタバタしているんで、お迎えに上がるのは夕方になりますが、のんびりお過ごし下さい」

涼達は、午前はリモートで鞠斗や蹴斗も合流するので、クラス会のような乗りで騒ぎ、昼過ぎには舞子の実家東城寺に向かうらしい。榎田の家族も東城寺に集合するので、そこでも賑やかに過ごすのだろう。


(桔梗学園も正月らしい賑やかさがあるのだね。美規(みのり)さんは疲れないかしら)

つい、人見知りの美規を心配してしまう恵子だった。



 白萩地区は、高齢者が多いので比較的静かな正月を送っていた。涼はドローンを降りた後も、恵子を松子の古民家まで案内してくれた。松子と啓子は古民家の前のベンチで、ひなたぼっこをしながら、加須恵子を待っていた。


「いらっしゃい。明けましておめでとうございます。初めまして、私は涼の祖母の戎井松子(えびすいまつこ)です。急な招待でごめんなさいね。今日は一日ゆっくりしていって下さい」

「いいえ、こちらこそ正月早々おじゃまして申し訳ありません」


松子も啓子も、祖母とは言うが、孫達が早くに子供を産んだので、恵子と余り代わらないような年齢に見えた。戎井呉服店を移転した古民家は、涼達夫婦が同居しているが、3世代が同居してもいいくらい広い家だった。入り口には何故か、『戎井呉服店』という看板が掛かっていた。


「いいお家ですね。昔、呉服店だったのですか?」

「はい。昔、桔梗村にあった家をこちらに移築して、リノベーションしたんです。店をやっていないのに、看板に思い入れがあるので、かけて貰っちゃいました」

「松子さん、家の中を案内して上げたら?私は汁を温め直しておくから」

啓子はベンチから立ち上がって、台所に向かった。


「桔梗村は新潟地震の津波で、ほとんどの建物が瓦礫になってしまって、昔の姿を思い出せるのはこの建物だけになってしまいました。白萩地区は、早くに移住を決意した人を受け入れた地区なんです。この家も夫と営んでいた呉服屋を、まるまる移転させて貰いました」


 呉服屋としてもかなり大きな家だったのだろう。古民家は2階が涼達家族の場所らしく、1階には、松子の寝室、2家族共用の居間、台所に客間と、来客用の寝室まであった。

今日過ごすのは1階の客間で、和箪笥(わだんす)が壁一杯に並んでいた。

「このタンスには、着物が入っているのですか?」

「着物と反物(たんもの)が半々ですかね。和服のリメイクや浴衣の仕立てなんかもやっています。桔梗学園のソーイング部に和裁の指導もするのですけれど、この部屋でやることが多いんです」


雑煮(ぞうに)はいかがですか?」

啓子が、湯気の立つお椀を持ってきたので、朝食が始まった。

餅搗(もちつ)きで作った()し餅が、焼き目も美味しそうにお椀の底に沈んでいた。

「毎年餅搗きをなさるんですか?」

「今年からかな?晴崇が企画して、舞子が仕切ったみたいだけれど、みんな楽しめたみたいだね」


「子供達が行事を企画するんですね」

松子と啓子は顔を見合わせた。

「大人が企画してもいいんですよ。私達も今年の節分は豆まきしないで、『お化け』をしたいと思っているんです」


「『お化け』?京都花街の節分お化けのことですか?」

「流石、元政治家さんですね。加須さんは実物をご覧になったことありますか?」

「まだ、政界に入りたての頃、先輩の議員さんに『社会勉強だ』って、花街に連れて行かれたことがあって、そこで拝見しました。私個人では、京都の花街を、接待でも使ったことありませんよ」

「若い子に大人の遊びを教えてくれるなんて、いい先輩がいましたね」

加須は自分を育ててくれた、京都出身の先輩を思い出した。


「そうですね。今回の震災で、京都は福井に避難して貰ったんですが、なるべく京都の財産が残されるように、隣県にしたっていうのはありますね。着物もお道具も一度無くなると、取り返しがつかないですよね」

「そうね。福井県には、越前の小京都大野市もあるしね」


「それにしても加須総理代行は、長い間お疲れ様でしたね」

「いや、もう議員でもないんで、恵子って、いや、ケイコはここに2人いるんでしたね」

「私は板垣、あなたは加須でいいじゃないですか。なんか学生時代みたいな呼び方ですね」


「板垣さんは、どちらのご出身なんですか」

「私は、新潟の北の果て、村上市出身なんです。夫は漁師をしていましたし、圭の父親も遠洋漁業に出ているんです」

「お孫さんは圭さんお一人で?」

「血が(つな)がっているのは圭だけですね。嫁の連れ子も一緒に育てましたけれど」


加須恵子はなんだか、深い事情がありそうなので、話題を()らした。

「このお節料理はお二人で作られたのですか?」

「松子さんと圭が作ってくれたんですよ。舞子さんと涼君は、クリスマスの地震対策や餅搗きの準備で忙しかったし、晴崇は仕事から手が離せなかったんで、私が両家の孫の面倒を見て、2人が料理を作ったんです」

「親戚みたいなチームワークですね」

「そうですね。桔梗学園自体が大きな家族ですから」


恵子は丁寧に裏ごしされた金団(きんとん)を、スプーンで(すく)って、そのまま口に入れた。

「あっ、お行儀悪いですね」

「いいえ、『なんちゃって栗金団(くりきんとん)』なんで、どんどん食べて下さい。栗の周りは芋なんで・・・」

「サツマイモの優しい味が美味(おい)しいですね」


「TVつけますか?」

「そうね。孫達がいると正月のバラエティーなんて見ないんだけれど、なんかTVを囲んで、まったりするのは昭和生まれの私達にとって、自然なのよね」

「加須さんは夕べ、紅白歌合戦見ましたか?」

「いや、美規さんが炬燵(こたつ)でお休みになっていたんで、五月蠅(うるさ)いかなと思って。

それに知っている歌手も少なくなってしまって見ていません」

「薫風庵は炬燵があるんですね」

「こっちの家はね。炬燵でゴロゴロすると、背骨が弱くなるって、孫達が許してくれないのよね」


「お孫さん達は厳しいですね」

「まあ、桔梗学園自体は食事も含めて健康管理が厳しいのよね。朝は6時起きで畑仕事するし、建物の中もかなり歩くし、孫守(まごもり)は体力使うし、ボケている暇がないのよ」

「そういえば、ここには介護施設がないですよね」


「そうよ。お友達の若槻さんも、足が悪くなっても空飛ぶ車椅子に乗せられて仕事しているわね」

「松子さん曰く『暴走婆ぁ』らしいわ」

加須恵子は、ツボに入ったらしく笑いが止まらなかった。


「ああ、可笑(おか)しい。あの小学生の男の子を、車椅子に乗せていた方のことですよね?」

「そうそう、あの子達も若槻さんに甘えるのが上手なの。空飛ぶ車椅子に乗って、移動すると楽なもんだから、最近、若槻さんをタクシー代わりにしているのよ」

「まあ、若槻さんは子供も孫もいないから、寂しそうだったものね。今日も朝から、(りん)風太(ふうた)達と凧揚げをしに行っているわよ」


「毎月、なんか楽しみがあるからいいのよね。今日は大町さんが、子供達と凧を作って、凧揚(たこあ)げ合戦しているのよ」

「そう、だから次回は私達が2月の行事を提案しようと思っているの。それでね、話が戻るんだけれど、節分に『お()け』という仮装大会をしようかと思っているの。恵子さんも参加しませんか?」

「どんな仮装するんですか?」

「自由よ。コスプレでも、仮面舞踏会でもいいじゃない?ノージャンル。最後まで正体が分からなかったら、何か商品が貰えるってルールを考えているんだけれど、いいと思わない?」


「商品って何ですか?」

「ここの子供達は『食事のお代わり自由券』が大好きよね。研究員のお嬢さんには、好きな反物で着物を作って上げましょうか?」


「いいわね。私も狙っている結城紬(ゆうきつむぎ)があるのよ。絶対バレないような仮装を考えようっと」

「ちょっと、審査員が仮装したら駄目よ」

「いやだ。私の代わりに、加須(かぞ)さんに審査委員をやって貰いましょうよ」

「ちょっと待って下さい。ここの人達の顔もよく分からないのに、審査委員なんて」

「イヤーね。仮装の出来を審査すればいいじゃない。決定!」

「では、審査基準は『仮装の出来』と『正体がばれないこと』の2項目ね」


今日ここに呼ばれた理由が、なんとなく理解できた加須恵子だった。


ということで、午前中は「お化け」大会のルール作りと「食堂会議」でのプレゼンテーションの素案(そあん)作り、宣伝のポスター製作と、高校の文化祭のような乗りで3人は盛り上がった。


「啓子さん、衣装や布、(かつら)や化粧品はここにあるもので間に合うの?」

「そうね。外から調達しないと駄目かもね」

「ねえ。松子さん。7日からドローン部隊は大相撲の人達を福岡に運ぶのよね」

「分かった。加須さん。その子達に買い出しを頼むのね?」

「客を運んだパイロットの子達は、夕方6時過ぎまで、ずっと暇なんでしょ?」

「福岡のコスプレ屋さんに荷物を発注しておいて、受け取ればいいじゃない」

「なんか、政治活動よりワクワクしてきたわ」


楽しい時間は矢のように過ぎていったが、夕飯近くになって恵子は、肝心なことに気がついた。


「ところで、私は一体、いつまでここにいられるのかしら?その話は全く出ていないんだけれど」


板垣啓子は、ポスターを描く手を止めずに、話し出した。

「何言っているの?2月中旬まではここにいられるはずよ」

「え?どうしてですか?」

石頭(いしあたま)総理が退陣して、次の総理が加須さんを官房長官に指名するには1ヶ月以上掛かるじゃない」

「石頭総理はいつまで持つかしらね?啓子さん」

「いやいや、石頭総理にもっと頑張って貰わないと困りますよ。1月7日に開催する定例国会で予算が決まらないと、日本の復興計画は動きませんから」


「加須さん、予算はスムーズに成立するかな?石頭総理の復興案は、九十九カンパニーの協力が不可欠でしょ?でも、こちらは協力する気はないわよ」

「そうね、啓子さんの言うとおり。石頭の予算案は実現不可能だと、予算案が紛糾し、石頭総理は降ろされる。そして、次の政権には必ず加須さんが必要なので、無理矢理にでも引っ張り出されるわね。

加須官房長官はKKGの協力が得られると思われているから」


政界から引退した気、充分の加須は意外な話の展開に着いていけなかった。

「ちょっと待って下さいよ。私が頼んだらKKGがすぐ動くと思われているんですか?」

「世間の人はそう思っているだろう?」

「人命救助のために、真子さんや美子さんが出した案に乗っかっただけで、私がKKGや九十九カンパニーを動かしたわけではないですよね」

「そうそう」

松子と啓子はニコニコしながら首を振っている。


「じゃあ、私が官房長官になっても何も出来ないじゃないですか」


「条件次第じゃない?」


 条件って、何だろう?加須恵子は、古い記憶を呼び起こした。

確か、最初に九十九カンパニーが出した条件は、桔梗学園村の独立への支援と、ドローンが国内のどこを飛んでも良いという認可だった。そして、その見返りに、災害が発生した時に、国内稼働中の原発をバリアで囲うことと、天皇の国外脱出のドローンを出すことを約束して貰った。

 

「あの時は、桔梗村から桔梗学園村の独立のバックアップを頼まれたなー」

松子と啓子が、目を見開いた。

「まさか、日本から九十九カンパニーが独立。いやいや、無理だよね」

「無理じゃないと思うわ?」

「治外法権の獲得くらいならいけるんじゃない。石頭総理はドローンを国家権力で、接収しようとするだろうから、こちらの財産や技術には手を出さないという条件も必要ね」


石頭総理の考えそうなことを、普通のご老人がいとも簡単に想像している。


「松子さん達は、どうして、そんなに政治に詳しいのですか?お孫さんに聞くのですか?」

松子は、ちらっと啓子を見てから、答えた。

「この半年の災害に、日本の『民主主義』で対応できたかしら?その答えぐらい我々老人にでも分かるわ。この『民主主義』を変えるには、クーデターでも起こさないと無理。でも、流血は避けたいのよ。だから」

「だから・・・・?」

「キリギリスと蟻の国を分けようかと・・・?」

「え?皆さんは『蟻』なのですか?『蟻の国』に入るパスポートはないのですか?」

「だからね。その答えが分かるまで、加須さんは『自由にこの学園を歩き回っていい』って言われていない?」


 (そうは言われていないが、そんな気もする。そして、日本の復興を遂げたら、またここに戻ってこられたらいいな)


「ということで、『お化け』の審査委員長は頼むわ」

啓子には、最後に無茶振りをされた。

次回は、スウェーデンの鞠斗と、オーストラリアの蹴斗が久々に登場します。

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