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紅羽の決断

 「やばい、やばい、やばい」

5月、妊娠検査キットの結果を見て、紅羽(くれは)が頭を抱えていた。

生理が来ないので、まさかと思ってドラッグストアで買ってきた妊娠検査キットの結果は、陽性だった。


紅羽はそのまま、隣の家に行って健太の部屋のドアをたたいた。

10時過ぎに部活から帰って、風呂から上がったばかりの健太は、バスタオルを腰に巻いたままで紅羽を迎え入れた。

「これから俺、寝るんだけど、何か用?」

「これ見てよ」

「これって何?」「妊娠しているかも」

健太は4月のあの日のことを思い出した。

「俺の?」「それ以外いないよ」

「産婦人科に行った?」「まだ」


 健太はぐるぐるする頭を抱えて、ベッドに倒れ込んだ。この事実が学校に知れると、俺は生徒指導だろうか?部活動はどうなるんだろうか?甲子園は?

紅羽も健太を見ながら、頭を巡らした。県大会は出られるのだろうか。オリンピックの候補選手は外されるかな。部活のみんなに悪いな。子供が生まれるなら、冬かな。高校は卒業できるかな。

お互い、相手のことはこれっぽっちも考えていなかった。

健太が枕に埋めていた顔を上げて苦しげに聞いた。

「どうするの?」

「どうして欲しいの」


階下から健太の母親の声が聞こえた

「紅羽ちゃん来てるの?もう遅いから帰りなさい」


2人の会話はそれっきりで止まってしまった。紅羽は健太に相談しても(らち)があかないことを感じ取っていた。


 帰宅した紅羽を玄関で待っていたのは、意外な人物だった。

「紅羽ちゃん、手に持っているのは何?ほ~?妊娠検査キット?あら~?陽性ね」

久し振りに帰国した叔母の声を聞いて、紅羽は涙が出てきた。

 叔母の智恵子は、母美恵子の妹で、アメリカのコロンビア大学で働いていた。子供がいないので、帰国するとわざわざ可愛い姪っ子たちに会うために、N市にやって来る。紅羽は智恵子を年の離れた姉のように慕っていた。


紅羽の部屋で、智恵子はしばらく泣きじゃくる紅羽に黙って付き合ってくれた。

「何にも聞かないの」

「言いたくなったら聞いてあげるけど」

「怒らない?」

「何を?産婦人科に行ってないから、まだ、確実じゃないけれど。まずは、妊娠おめでとう」


妊娠したことを怒られると思っていた紅羽は、その反応にびっくりした。

子供のいない智恵子叔母さんからすれば、妊娠は「おめでたい」話だと言うことに気づかされた紅羽は、それでも子供がいない叔母を傷つけないように言葉を選びながら、妊娠に至った経緯を話した。


智恵子は2人が仲村という先輩に騙されたことに気がついたが、それに触れず、

「それで困っていることは何?」

紅羽は、バスケットボールの県大会が6月に迫っていること。8月にはオリンピックがあるが、自分は代表選手候補であること。出産に絡む休みは高校では公欠出ないので、多分単位が足りずに卒業できなくなること。

それ以前に、この事実が発覚したら生徒指導にかかって謹慎や退学処分を受けるだけでなく、部活動も出場辞退のペナルティを科されるかも知れないこと。などなど、これから起こるであろう問題を吐き出した紅羽は、そこで息を継いだ。


その話を聞いた叔母の頭に大量のクエスチョンマークが着いている。

「問題は二つあるのね?一つは妊娠しているため、今年の大会に出られないと言うこと。

もう一つは日本の高校では、18歳同士の妊娠にペナルティが科されるということね」

「18歳が成年になって6年も経っているのに、何故、日本の高校では18歳で妊娠出産できるように校則を変えていないの? 会社なら、産前産後休暇、定期検診休暇などあるでしょ?そもそも少子化が問題になっているのに、日本の政府は何を考えているの!」


紅羽は智恵子の思いがけない疑問の提示に何も答えられなかった。

そんな紅羽に、智恵子は決定的な質問をした。

「紅羽にとって何が一番大切なのかな?子供の命、バスケット選手生命、高校卒業、それからさっきから紅羽の口から出ていないけれど、健太君への愛」

紅羽は健太について考えていなかったことに気がついた。健太は「紅羽」と「野球」だったら迷わず「野球」を選ぶだろう。同様に、「バスケット」と「健太」なら、紅羽は迷わず「バスケット」を選ぶ。

勿論、健太と付き合っているという噂が立っていることは知っていたが、幼なじみとして遊んでいただけで、少なくとも今は、恋愛感情は抱いていない。というか、健太が他の女子生徒と仲良くしていても、焼き餅すらわかなかった。


紅羽は叔母の提示した4つの選択肢の中で、「子供の命」という言葉を思い出した。それは「子供」以外の選択肢を選んだ場合、「子供の命」がなくなることを意味する。「子供」を殺しても優先すべきことは何なのだろうか?

「健太の子供」ではなく、これは「自分の子供」なのだ。

紅羽は人生最大の選択を前に、言葉が出せなかった。

「紅羽ちゃん、子供の命以外は先送りできるんだよ」

「智恵子叔母ちゃん。私は子供の命を一番に選びたい」


それを聞いて、我が意を得たりと智恵子は笑って言った。

「流石、私の姪っ子。合格です。あなたに桔梗学園の入学を許可しましょう」

「桔梗学園?」



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