恵子の餅搗き大会
久し振りに風太と琳のコンビが登場します
夕べも炬燵で寝入ってしまった恵子は、今日も2階の布団で目覚めた。
2日間も不覚を取ったと、朝、食卓にいた晴崇に礼を言うと、爽やかに否定された
「夕べは舞子が抱えていきましたよ」
なんと、妊婦の舞子に迷惑を掛けてしまったそうだ。
舞子は、夕べ、晴崇のところに餅搗きの打合せに来て、そのついでに恵子を担ぎ上げたのだそうだ。
新潟はいつものように曇天だったが、体育館の中のグランドは、明るくライトに照らされた。
恵子はグランドの端にある椅子で、ぼんやり餅搗きの様子を見学していた。
「恵子さん、おはようございます。働かざる者食うべからずです。どこの手伝いに入りますか?」
見上げると、かなりお腹の大きくなった舞子が見下ろしていた。もう8ヶ月頃だろうか?彼女はこの体で自分を2階に持ち上げてくれたのだと思うと、申し訳なかった。
恵子は立ち上がるとぺこんと頭を下げた。
「夕べは子供みたいに炬燵で寝入ってしまってすいません。2階に運んでくださったんですよね。申し訳ありません」
「いえいえ、余り軽くて、びっくりしてしまいました。今日はお餅をいっぱい召し上がって、体重増やしてください」
そう言って舞子は豪快に笑った。
「そうですね。今人手が足りないのは・・・。お雑煮のところですか?一緒に参りましょう」
舞子は恵子を、焼いた餅に、食堂から上がってきた汁をかける「雑煮コーナー」に連れて行った。雑煮は、塩鮭と人参、大根、蒲鉾、打ち豆が入っており、最後に1匙「ととまめ(いくら)」を入れるものだった。
「『いくら』が入るなんて、贅沢なお雑煮ね。新潟では塩鮭も入れるのね」
「うちの実家の東城寺の具はこれと全く違います。かしわ(鶏肉)、白菜、人参、里芋、蒟蒻、蒲鉾が入って、餅は汁の中で煮込みます。でも、それだと大人数の時は、餅が鍋の底にべったり残ってしまうので、ああやって網で焼いて、お椀に入れた上から汁を掛けるようにしました。里芋も同じ理由で、溶けてしまうとドロドロなので、今回は避けました」
「私は埼玉なので、『かしわ』やほうれん草などを入れるタイプの雑煮しか知らないわ」
「この人数の鶏肉を潰すより、塩鮭の切り身を入れた方が経済的なんです。打ち豆も保存食ですから、ととまめで贅沢感を演出してみました。大匙で入れたいところですが、今日は小匙で入れています。今、柊がヘルプで入っていますが、代わってやってください。あいつは遊軍なんで、会場全体を見回って、手の足りないところに入らせます」
恵子は、今が非常時なことが雑煮の具にも現れていると思った。
柊の代わりは、見た目以上に面倒な仕事だった。網で餅を焼き、それをお椀に入れて、雑煮の具を上から注ぎ、ととまめ(いくら)を小匙一杯かけるだけだと思ったが、それが結構大変だ。
「おばちゃん、お餅2個に、いくら2杯でお願いします」
小学生の風太が屈託のない声で注文した。柊がそれを聞きつけた。
「風太、餅2個まではいいが、いくらは1杯までだ。欲しかったら、また並べ」
琉の弟の琳が風太に耳打ちした。
「3回並べば、3杯貰えるぞ」
「食べ終わってから並べよ、お前達、さっきあんこやきなこの餅を結構食べていただろう?腹が痛くなっても知らないぞ」
「なんでわかる?」
「口と服に証拠がついているぞ」
「あー、おばちゃん。餅が焦げている」
ほほえましい風景に笑っている暇は無かった。
柊は桔梗バンドで何やら通信をしていた。
「えー?石頭首相が?」
気になる話題なので、柊に目を向けると、柊と目があった。
柊が掌を見せて、気にするなというジェスチャーをした。
「おばちゃん、餅を手伝ってやるよ。列がはけないから」
風太が器用に菜箸を持って、焼き餅を次々にお椀に放り込み始めた。
「おばちゃんは、お雑煮、よそって」
琳がちゃっかり、「ととまめ」の瓶を抱え、かなり大盛りで雑煮の上にトッピングを始めた。
「柊ちゃん、『ととまめ』無くなりそうだから、母ちゃんに追加を頼んで来て」
「お前が入れすぎるからすぐ無くなるんだ。ちゃんと調節しろ」
そう言うと、柊は食堂と反対の方向に走っていった。
恵子「おばちゃん」は2人のギャングにいいように使われながらも、餅搗き大会を楽しんだ。
柊は、伸し餅ゾーンで悪戦苦闘している美規のところに向かった。
「石頭総理が、美規さんに面会を希望して来ています」
「正月休みに入ったと言っておいて」
「正月休みはいつまでと?」
「HPには7日営業開始と掲載してあるよ」
「7日に通常国会を開催したいから、その前にうちから協力するとの言質を取りたいみたいです」
「『働き方改革』に反するよ。放っておこう。大体KKGはただ働きには応じないし、国の仕事だからと優先することはしない。優先するのは『人命』だけだ」
「直接、KKGや桔梗学園を訪ねてきたら?」
「KKGには外部の人は一切入れないし、桔梗学園も正月は休みだ」
柊は想定内の答えだと、肩をすくめた。
「『三顧の礼』にも応じないよ。どうせ、本人は来ずに、秘書を寄越すだけだから」
「ああ、今日もゴルフしていますね」
柊は、石頭総理のGPSを確認した。
柊は食堂から「ととまめ」の追加を持って上がってきた理子と一緒に、雑煮コーナーに戻った。
「理子さん、琳君は大人の言うこと聞かないんですよ」
「柊、母さんに言いつけたな」
「理子さん、雑煮を盛るのを代わってくれますか?琳君の働きを見ていただければ、『ととまめ』の消費が早い理由が分かりますから」
柊は、大分疲れの色が現れた恵子を解放して、雑煮を2人前持って、窓際の日の差し込むゾーンに連れて行った。
「お疲れ様。ギャングの相手は疲れたでしょう?理子さんは琳の母親なので、少しは大人しくなると思いますよ」
そう言うと、温かい雑煮を食べ始めた。
恵子をそれに続いて、遅い昼食にありついた。
「美味しいわね。お餅も柔らかい」
「この餅は、昨日搗いておいた餅です。搗きたてだと、焼き餅には向かないんですよ」
「誰が搗いたのですか?」
「今日他の仕事に就いていて、ここにいない人かな?食堂にいる人や乳児を子守をしている人や、今日の当直の医師だと思います」
「さっきちょっと聞こえたんだけれど、石頭総理から何か連絡があったの?」
「面会希望がありましたが、正月休みだと断りました」
恵子は涼しい顔の柊を見て、途端に吹き出した。
「いいわぁ。自分はハワイでゴルフしているくせに、相手を正月に東京に呼び出すような男は、少し困らせればいいのよ」
「いや、多分。『少し』ではきかないと思います。7日は大相撲協会の依頼で、両国の代わりに福岡で開催する初場所の準備のために、ドローンはすべて出払いますから」
「初場所は1月12日からよね。力士を運ぶの?」
「力士もその周りの仕事をする人も運びますし、北海道と秋田、福島、島根から連日客を運ぶ便が出るんです」
「相撲協会は太っ腹ね」
「3月場所は富山でやるそうですよ。コロナの時もそうですが、相撲協会は休場による客離れを嫌いますから、今少し出費があろうとも、6場所すべてを開催するそうです。冬の地方巡業にも、随分、お金を出してくれました」
「つまり、それが終わらないと、KKGのドローンを使った移動はできないというわけ?」
「まあ、人や物を移動させるには、鉄道や道路の復旧を待つしか無いですね」
「タダで、ドローンを使おうなんて、石頭総理の目論見は外れるわけだ」
「KKGのドローンには、スタンプか桔梗バンドがないと乗れないんです。
そもそも、1月からは新しくスタンプを押さないと、乗れないことになっています」
「大相撲の関係者は?」
「2030年度版、スタンプを購入いただきました。相撲関係者は1年間有効、観客は3日間有効のスタンプです」
「つかぬ事を聞きますが、私はどうなっているんですか?」
「今回ドローンに乗る前につけていただいた、白い桔梗バンドは、こちらが遠隔で条件を変えることが出来る機能がついています。今回の天災で、桔梗学園の活動にご協力いただいた御礼に、プレゼントしました。不要の場合は申し出てください。自分では外せない仕様になっていますので」
恵子は餅搗き会場にいる人が、何らかのバンドを着けていることに気づいた。
「何色か色があるわね。あれ?舞子さんは?」
「ああ、バンドを着けていると、柔道は出来ないので、舞子と涼はチップを埋め込んであります」
「雑煮以外も食べますか?」
柊は何気なく話題を逸らした。柊が顔を上げて、手がすいている者を捜すと、三津が走ってやってきた。
「柊さん、何か食べたいものがありますか?この中から選んでください。持ってきます」
「三津は、気が利くね。ありがとう。あれ?メニュー表なんて誰が作ったの?」
「藍深ちゃんがささっと描いてくれたの」
「私は、この絡み餅の小をお願いします」
「僕はきな粉餅と小豆の乗った餅を頼めるかな?」
「勿論です。少々お待ちください」
「あの子は?」
「甲子園に行った山田兄弟の妹です。4月から岐阜分校の女子野球チームに入って、全国大会を目指します」
「あらー。いい子なのにね。遠くに行っちゃうのね」
「変な笑い方しないでください」
「ああいういい子は、寺や神社が嫁として欲しがりますよ。気が利くし、何より健康で社交的だ」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
どこから聞いていたのか、背後から三津が餅を差し出した。
「恵子さん、緑のきな粉珍しいでしょ?新潟にはこういうきな粉があるんです」
柊は、まずい話を聞かれたと思ったが、何食わぬ顔で別の話題に振った。
くるっと振り返り、走り出した三津は、急いでトイレに向かって走り出した。
柊はそれを片目で捉えて、考えにふけった。
三津が嫁として役に立つなら、僕も婿として役に立つのだろうか?
体育館の端では、颯太に頼まれ、藍深がPOPを描いていた。それをぼんやり見つめていた柊は突然頭を撫でられた。
「おーい。柊、ワープするな。KKGから出前の注文があるから、手伝ってくれよ」
琉の声を聞いて、柊は我に返った。
「あっ。加須さんですよね。明日、美規さんにドローンの講習するんですけれど、加須さんも参加されますか?1人やるのも2人やるのも手間は一緒なんでどうですか?」
「琉、それは晴崇に頼まれたのか?」
「よく分かったな」
「本当に晴崇は過保護だな」
加須恵子は一も二もなく、ドローン講習会に参加することに決めた。
三津ちゃんの気持ちが届くことはあるんでしょうか?