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加須恵子の学園見学

暫く間があきました。皆さんお待ちどおさまです。年度末はどなたも忙しいと思いますが、息抜きになればいいと思っています。

 美規(みのり)は初めてのドローン操縦にチャレンジしようとしていたが、晴崇(はるたか)に見つかって叱られてしまった。


「何しているんですか?」

「え?加須(かぞ)さんに学園を案内しようと・・・」

「勘弁してくださいよ。ドローンを、一度も操縦したことないでしょう?ちょっと待ってください。どこに案内するつもりだったのですか?」

「九十九農園と食堂」


晴崇に叱られて、しょんぼりしている美規は、少女のようだった。

晴崇は何人かと連絡を取り、今日休みの(しゅう)と連絡がついた。

「加須さん、すいません。柊を呼びますが、(こずえ)も一緒に来ていいですか?」

「お休みのところすいません。梢って?」

「柊の2歳の妹です。今、絶賛イヤイヤ期なんですが、勘弁してください。多分、自分で歩くのは譲らないので、来るのに時間は掛かります」


 薫風庵までの坂は2歳児が上るにはかなり急だった。待つことしばし、坂の下の方から、可愛らしい声が聞こえた。

「んしょ、んしょ」 


坂の下から、毛糸の帽子のボンボンを揺らしながら、梢が一歩一歩歩いてくるのが見える。

後ろから、腕組みをしながら柊がついてくる。

「こーちゃん。抱っこしてあげるからさー。もう歩くの()めない?」

「(抱っこし)ない。んしょ、んしょ」

柊は薫風庵の前庭で待っている晴崇と恵子に、片手をおでこにかざして詫びた。


「よーし、こーちゃん。兄ちゃんと競争しよう。ドローンに乗るのは誰だ?用意ドン」

気持ち、梢の足が速くなったが、すぐ追いつけなくて、泣きべそをかき始めた。


「(抱)っこぉ」

両手を広げる梢の脇を(すく)って、柊はやっと梢を抱き上げることに成功した。

「悪い。遅くなった」

「こっちこそ、ゆっくり寝ていたんだろう?」


「いや、大洪水の後片付けをしていたんだ」

どうも梢はオムツから漏れるほどのおしっこを漏らしたらしい。


防水シーツの洗濯は、室内洗濯乾燥機では出来ないので、浴室脇の洗濯乾燥機まで運んだのだろう。柊の後頭部に、珍しく寝癖があるのは、朝忙しかったことの証拠だ。


「小さいお嬢さんは、柊君の妹さんなのね。親子と言っても誰も疑わないわね」

晴崇が恵子のつぶやきに反応した。

「それを言わないでやってください。そのせいであいつは、女性にもてないと思い込んでいるんですから」


「こーちゃん。シートベルトするよ。(いちご)を見に行こうかな?」

梢は「苺」の言葉に笑顔が溢れた。

「(いち)ご、(いち)ご」

「そうだよ。苺だ。珠子(たまこ)さんに苺を貰おうね」

恵子は、そんな2人のやりとりを微笑(ほほえ)ましく見ていた。

「こーちゃん。恵子さんだよ。『こんにちは』は?」

「ばーば。(こんに)ちは」


恵子は総理代行になってから、とみに薄くなった髪を()でた。


「すいません。知らない女の人は、『まーま』『ばーば』の二択なんです。年齢は関係ないみたいですから、お気になさらないでください」


恵子はにっこりして、梢の手を握った。

「こんにちは。けいこ。恵子だよ。はい。握手しようね」

梢は恵子の顔をじーっと見つめて固まってしまった。

「『いない、いない、ばあ』してやってください。じっと見つめると、怖がります」


言われるがままに、恵子は自分の顔を隠して、「いない、いない、ばあ」と変顔を出してやった。流石(さすが)に、多くの人に囲まれて育った梢はなじむのも早く、「ばあ」と繰り返されると、次第に機嫌が直ってきた。


恵子に遊んで貰っている間に、柊は珠子に連絡を取り、苺の収穫を見学する許可を貰った。


冬の九十九農園は、ハウスでは苺を作っているが、路地では雪下人参、サツマイモ、里芋、葱がメインの収穫物だ。土日は朝から働きに出ている生徒は少ないが、一雄や玲は従業員なので、朝の仕事に従事している。(れい)は苺の花がら摘み、一雄は収穫した里芋の洗浄をしていた。


「玲、悪いけれど、梢が苺摘みしたいんだって、いくつか摘まませて貰えないか?」

「柊さんお早うございます。ここにあるのは、大きいんで、隣の小さい苺がいいですかね?」

「いや、大きいのを少し切って食わせた方が、喉に詰まらせなくていいかも。頼むわ」


 玲は受け答えが柔かで大人びているが、高校に入ったばかりの細い体つきなので農園の従業員にしては違和感がある。恵子も玲が気になって、柊に尋ねた。

「随分と若い子ね」

「玲は16歳ですがここの従業員なんです。真子学園長の妹の珠子さんが、玲君を気に入って、跡取りにするってことで、今は従業員として働いています」

「珠子さんのお子さんはいらっしゃらないの?」

「娘も孫もいますが、農場は玲に継いで貰いたいそうです。来る時にドローンに一緒に乗っていた深海由梨(ふかみゆうり)が玲のことを気に入っているので、経営のバックアップをするんじゃないですか?」

「あのパソコンが堪能なお嬢さん?農家を継ぐの?なんかもったいないわね」


 柊は肩をすくめて答えた。

「農業は生命線です。桔梗学園が自給自足できているのは、九十九農園があるからです。

主食の多くを輸入品で賄うなんて、危険は冒したくないので」

「まあ、そうね。痛いところを突かれたわ。今年の夏はバリアのお陰で、猛暑に襲われず、北海道や東北で豊作だったから、日本全体が、あんなに災害があっても年を越えられたのよね」


 柊は恵子を連れて、農場を案内していたが、途中で里芋を運んでいた一雄とすれ違った。


「紹介します。山田一雄です。今、ここで働きながら桔梗高校の野球部の監督をしています」

「止めろよ。今、チームも組めないから監督なんて言うのもおこがましいよ」


「でも、みんなよく練習しているじゃないか」

「まあ、冬場の走り込みや投げ込みを怠ると、大会には出られないからね」


「プロ野球が協力して、夏に高校生の野球大会をするって話があったわね」

「はい。球場も北海道や東北、福岡などの球場を借りて、連合チームでも出られるらしいです。初めての男女連合大会だからな」

一雄が振り返ると、トラクターの後部座席から三津と明日華が顔を(のぞ)かせていた。

「はい。3月になったら、桔梗学園の運動部合同会議を開いて、各大会にエントリーするチームを編成します」


「三津達は、岐阜のチームに行くのか?」

柊が尋ねると、三津は目を輝かせた。

「はい、オール女子のチームを組もうってことになったんです。佐藤颯太(そうた)は富山分校のチームに入れて貰うって言っていました」

「山田雄太はもう卒業だからね」

「雄太兄ちゃんは、楽天の二軍に入るって、入団テストに備えて練習しています」


一雄は帽子を取って、汗を拭いた。

「柊には話していなかったけれど、俺も富山分校に行こうかと考えているんだ」

「監督としてか?京はどうするんだ?」

「京は・・・、一緒に富山分校に行きたいって言ってくれている。京がいなくても、深海や駒澤も大分、仕事に慣れてきたし・・・」


「そうか。そして、誰もいなくなるのか」

「お前だって、婿入りの話が出ているって聞いたぞ」


柊は恵子をちらっと見て、強く否定した。

「本人が知らない噂を広げないで欲しいな。京が言ったのか?」

「京は、仕事で知った情報は決して流さない。舞子だ」


(舞子の野郎・・・・。火のないところに煙を立てやがって)


「まあ、舞子だって、具体的な話はしないよ。ただ、五稜郭に行ったら、見合いみたいな雰囲気だったって・・・」

(相手が誰か分かるような話は止めてくれ)


恵子は、哀れむような目で柊を見つめた。

「あの加須さん。これは子供のたわいのない恋バナで、無責任な噂なので、聞かなかったことにして貰えますか?僕にも気になる女性の一人や二人いますので」

「でも、ぐずぐずと告白を躊躇(ためら)っているうちに、いつも好きな人を他の男に取られるんだろう?」


三津が一雄の頭を叩いた。

「お兄ちゃん、柊さんをからかうのはそこで止めなよ。自分がリア充だからって、人を傷つけないの。ねえ、明日華ちゃん」

「三津ちゃん、一雄さんはそんな人じゃないよ。三津の気持ちを成就させて上げたいんじゃない?」

三津と柊が、顔を見合わせて肩を落とした。


「明日華ちゃん、私は柊さんにそんな気持ちを持ったことはないよ。今、柊さんに夢中なのは美鹿(みか)ちゃんだから」

「三津ちゃんありがとう。辛辣な言葉といらない情報を教えてくれて。さあ、加須さん。学園ドラマのような茶番は忘れて、農園を上空からご案内します。梢は暫くハウスで時間を潰してくれると思いますから」


三津は、柊に強く否定されて始めて、自分の気持ちに気づいた。

「御免。三津の気持ちを勝手に公表しちゃって」

親友は口に出さなくても、三津の気持ちが分かっていたのだ。ただ、最悪のタイミングでそれをカミングアウトしてしまったようだ。



 恵子を乗せたドローンは静かに浮上した。

「ゆっくり旋回しますので、農園全体をご覧下さい」

冬枯れした九十九農園の南側には、古民家レストランが見える。ドローンはそのまま南下して、白萩地区の上空を飛んだ。

「下に見えるのは、『白萩地区』です。津波に遭う前に出来た第一期桔梗村移住地域です。右手に見えるのは旧桔梗高校で、今はN女子大学に期限付きで貸与しています。その周辺の建物はC大学の学生寮や校舎です。

左手に見えるのは、12月に完成した遊園地というか、公園ですかね?」

「チューブ状の遊具が見えますね」


「最初は『下町遊園地』というコンセプトだったんですが、アイデアや希望が大量に出てきて、最終的にはコンペになったんですよ」

「コンペ?受注企業を募ったのね」

「いや、身内のコンペです。参加したのは桔梗学園の子供から、KKGの研究員まで。確かさっき会った三津達の『すり鉢型の滑り台』の案も通ったんじゃないかな?」

「子供の案を形にしたのは大人でしょ?」

「まあ、C大学の先生方に強度計算はして貰いましたし、重機操作は大人の手助けもして貰いますけれど、デザインはほぼ、発案者の案が通っていると思いますよ」

「あの蛇みたいなトンネルは?」

「あれはKKGの研究員が、新素材を使った透明トンネルを作ったんですね。他にも、桔梗村出身の大人が廃材を使って、子供達が運営できるような駄菓子屋も作りました」

「子供ってお店屋さんごっこが好きですよね。文化祭でも模擬店するのは楽しかったなぁ」


柊は肩をすくめた。

「仕入れも価格設定も当番も作って、子供達は本格的に店の経営をしていますよ。桔梗学園は学費も食費も無料なので、金銭感覚が世間からずれていると言うことで、外部からの仕入れとリアルな価格設定を学ぶんだそうです」

「桔梗学園には、素晴らしい先生がいらっしゃるのね」


柊は恵子と会話がかみ合わないと思った。

「うちにはいわゆる『教師』はいないんですよ。金銭教育は、修学旅行で総務をやった高校生が発案しました」

賀来人が、修学旅行の夕飯代を1人2,000円にして、生徒達は仙台での夕飯に困ったことは記憶に新しい。


「あなたも桔梗学園の卒業生ですよね。あなたに勉強を教えたのは誰なの?」

「僕は桔梗学園に来た時には、高校3年間の授業内容はもう終えていたので、涼達に教える側だったかな?数学は数ⅢCまで、プログラム言語は複数使いこなせる。英語はネットの英語ニュースが読みこなせるって言うのが、桔梗学園の読み書き算盤レベルで、後は毎月、行事を運営したり、修学旅行を企画したりして、それを総合的に使うだけですから」


「教育計画は誰が立てるの?」

「僕達6人が入学した時は、鞠斗や晴崇達が、『来週何教える?』って乗りで考えていたみたいです。後は、KKGや学園で働いている医師を特別講師に呼んだりすることもあります。母体のことや育児のことなどは、産婦人科や小児科の講義時間もありました」


恵子は遠慮がちに質問した。

「偏った勉強になったりしない?」

「それは高校の授業内容すべて学べば、バランスが良いという意味ですか?」

「まあ、多様な教科を学ぶ必要性は感じるんだけれど」


「僕は、教科書販売の日に、すべての教科書を読み終わるのですが、1年も掛けて学ぶほどの量だとは思いません」

確かに柊と同じくT大学卒業の恵子も、教科書販売の日に、買った教科書を積み上げて読むのが楽しみだった。


「文科省には悪いですが、現行の教科書は、理科も地歴公民もかなり古い内容が載っているし、日本からの目線の記述が多いですよね。確かにタイムラグがあるので、生きのいい情報がないのはしょうがないところはあります。それでも、国語や英語などは、どの教材も触りだけで、ダイジェスト版を読むことに一年を費やすって馬鹿らしいですよね」


そう言われると、恵子も何も言えなかった。国によっては本を1冊丸々読むという教え方をしているところもある。恵子も高校時代、現代語訳ながら源氏物語を全巻読んだが、「宇治十帖」の面白さは、日本の授業では味わえないものであった。


柊は更に続けた。

「ああ、一応桔梗学園のタブレットから、現行の教科書はすべて読めますし、いわゆる名作という本はすべて読むことができます。それに少し難しい内容は、先輩方が動画解説している教材もアップしているので、それを見るという学び方もありますね」

「柊君は何か動画をアップした?」

「僕は自動車運転免許試験対策アプリと、聖籠(せいろう)町の自動車試験場の実技試験シミュレータをアップしてあります。僕らはそもそも行く必要がない教習所には行かないで、直接試験場に行くので」


 桔梗学園の教育システムは、恵子に母なかなか理解しにくいところがあったようだ。そうこうするうちに、ドローンはどんどん南下していった。


「左手を見てください浜昼顔地区が見えます。あそこは震災後に移住した桔梗村の住民が造った地区です。N女子大、C大学の協力も得て、ほぼ完成したのですが、クリスマスの地震で食堂の食器が大分破損したので、現在、この地区の人は桔梗学園の食堂を利用しています」

柊が少し嫌そうな顔をして、解説した。

(浜昼顔地区の人が食堂を共用するのに、不満があるのかしら)


 ドローンは女郎花(おみなえし)高台上空で大きく右に旋回した。

「牧場が見えますね」

「ここは桔梗小学校があったところで、校庭と牧場が隣接していました」


 恵子は思い出した。新潟地震の時、新潟市が大きな被害があったことは、全国に報道されたが、桔梗村も全域が水没し、この高台に人々が避難したのだ。

「ここに桔梗村の皆さんが避難したのですね」

「あの日、小学校の運動会があり、中学生も地域のお年寄りも皆さん招待されていました。高校生とその家族は体育祭で、新潟市のジャイアントスワンにいました」


「その2ヶ所に村民を集めたのは、美子(よしこ)桔梗村村長のお陰?」

「いや、その時は清野豊(せいのゆたか)村長でしたよ。僕はその当時は東京におりましたので、詳しいことはよく分かりません」

「柊君はT大学の学生さんですよね」

「はい。でも今は休学中です」


柊は、「海外に行く手段が出来たら、海外の大学に行こうかと考えています」という次の言葉を飲み込んだ。自分の今後の予定を恵子に知らせることは、得策ではない。


「ドローンの前方に見えるのは、C大学の施設です。今、大学生の皆さんはすべて帰省中です」

「N女子大は他に大学施設が完成したら、桔梗村から出て行くでしょうが、C大学はここを学園都市にするのでしょうね」

「さあ、C大学も千葉に大学が再建できたら、ここはただの塩害対策研究施設になるかも知れません」


「もし、C大学もここから離れたらどうなるのでしょうか?」

「それはこちらが聞きたいところですね。関東地域はどういうビジョンで復興するのか?元の首都に戻すのか?別の計画があるのか、政府はどう考えているので・・・」


柊は、そこで言葉を飲み込んだ。何を計画していたとしても、今の加須には実現できないのだから・・・。


「気を使わなくてもいいわ。そもそも私は『総理代行』だったので、特別なビジョンは持っていなかったから。

真子さんや美子さんには、ビジョンがあったみたいね。四国の半分を国際空港にするとか、官公庁を分散するとかは、彼女たちの案で、それに添って私は動いただけですもの」

「そうなんですか。四国の件は初めて伺いました。僕たちは、なるべく日常の生活を取り戻すように言われていて、手始めに4月以降、柔道や野球の試合を開催する予定で、現在根回しはしています」


「女子柔道の皇后盃は、恋子内親王が是非、観覧なさりたいようですよ」


柊は小さくため息をついた。

柊は、五十沢藍深ちゃんが好きだったんですよね?でも、小畑氷河さんともいい感じだった。今回、なんと山田三津ちゃんも、柊君をいいと思っている。須山美鹿ちゃんは、まだ小学生だけれど。誰かに決めないと、大変なことが起こりそうなのですが・・・。

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