石頭総理の復活
3月は書き入れ時ですね。それでも頑張って、週に3話くらいは上げたいと思っています。
12月25日に安全点検のため、ある工事関係者が五稜郭タワーに登った。その時に天皇家の一人娘恋子が空の様子を見るために、五稜郭の地上階の窓際に立っているのを見てしまったのだ。
「嘘、あそこに天皇一家が隠れていたんだ」
地面に積もった雪の反射を受けた恋子の顔は、この世の者とは思えないほど、美しく、青年は変な妄想に駆られてしまった。
「女性天皇はあの美しい人がなるべきだな」
その夕方、不思議なデマがSNSで流れた。
「2029年は日本を未曾有の災害が襲ったが、1人の女神の登場で、すべての天災は収束する」
相次ぐ災害に苦しむ日本人が、そのデマに飛びついてしまったのは当然の成り行きだったかも知れない。災害の話題で2029年世界から注目されていた日本のSNSで広がったデマには様々な尾ひれがついて、最終的に現在「病気療養中」の石頭総理に届いた時には、「2029年は日本を未曾有の災害が襲ったが、1人の強力な指導者の登場で、すべての天災は収束する」という形に変っていた。
半年間、すべてを加須総理代行に押しつけて隠れていた石頭総理は、災害がすべて収束し、公共工事が始まったタイミングで、復帰しようと企んでいた。
「五十嵐真子も死んだと言うし、その妹も事故死したという話だ。ついでに、加須総理代行も社会的に死んで貰おうか。あれだけ強引な政策を議会の承認もなく行ったんだ。野党に問責決議案でも出して貰って、政界を引退して貰おうか」
石頭総理は、ハワイの別荘からその重い腰を上げた。医者から「治癒証明書」を受け取り、日に焼けた肌に白粉を塗って、12月28日には政界に華々しく復帰した。加須総理代行はその流れで官房長官に戻るはずだったが、総理の席には、加須恵子の「議員辞職届」が置かれていた。辞職理由は「病気療養のため」と書かれていた。
「なんだ。問責決議案など出す前に、本人が消えたか。ジャンヌダルクのように祭り上げられる前に消えてくれて有り難いな。官房長官は、同郷の久喜宗一でも当てておくか。牛島防衛大臣や長尾財務大臣も目障りなので、早めに内閣を解散して、首をすげ替えなければな」
そう言って、福島で緊急に議会を招集しようとした。しかし、日本中に散らばっている議員を召集しようにも、交通手段がなかった。
「ドローンは出ないのか?KKGに電話一本入れれば、日本中にドローンを出してくれるんじゃないのか?」
「総理、KKGと繋がる電話番号が分からないんです」
「馬鹿か、南海トラフ復興庁の平野和宏が、鳥取分校と連絡が取れるだろう。全く、休んでいた俺の方が良く知っているとは、お前達、ずっと遊んでいたのか?」
「総理、平野復興庁長官に確認したら、ドローンを一台出すのに、50万円かかるそうです」
「何?足元見やがって、住民避難の時は、何台でも何回でも出しただろうが」
「総理、今回は住民避難ではないので、『人道支援』には当たらないということで、通常料金が発生します」
「全く、象やキリンはタダで運んだくせに・・・。えーい。来られない議員はリモートで参加させる」
「総理、オンライン審議はまだ、国会法では認められていません。新法案を可決するにも、議場にいない人には投票権はないので、・・・」
「ヘリを出させろ。県警や自衛隊から議員を運ばせるためにヘリコプターを出させろ」
そんなこんなで、全ての国会議員を福島に集め、臨時国会が開会したのは2030年の1月7日だった。
さて、忽然と姿を消した加須恵子は、12月28日夕方、柊の操縦するドローンでのんびり会津の山々を見下ろしながら、桔梗学園に向かっていた。
「いやぁ、助かったよ。問責決議案なんて受けようもんなら、毎日、国会でこの災害に何もしなかった連中に囲まれて、何週間も『説明責任を果たしてください』なんて言われて釣るし上げられるんだから、馬鹿らしくてやっていられない」
柊は、リモートで操縦しているので、恵子の方を振り返った。
「本当にお疲れ様でした。加須さんのお陰で、多くの人命が助かったのですから、明後日は、桔梗学園では餅搗きをするので、是非参加して、そのまま正月までゆっくり過ごしてください」
「本当にいいの?薫風庵でまったり正月を過ごすなんて、夢みたいだ」
「多分、薫風庵には美規さんが一人でのんびりしています。1日くらいは、晴崇夫婦とその子供が遊びに来るかも知れませんけれど、のんびり過ごせますよ」
「柊君は、暮れはどこで過ごすの?」
突然、後部座席で、パソコンをいじっていたはずの深海由梨が辛辣な質問を柊に投げかけた。
「うるさいな。静かな男子寮でゲーム三昧だよ。羨ましいだろう」
「そこのお嬢さんは、初めましてだよね?」
「東日本知事会の資料作りには、参加していたな」
「そうだね。みんな世界ドローン大会に行っていたから、人手不足だっていって駆り出された」
「あの映像資料を作ったの?」
「加須さん。遅くなりました。こちらは、深海由梨、中学一年生です。『ホワイトハッカー』としての技術は、多分、晴崇の次くらいの力はあります。今回も、総理代行の資料の中から、KKG関係のデータをすべて抜くのには、深海の力がないと出来ないので、連れてきました」
「多分、このくらいの仕事なら、琉君や生駒篤君くらいでも出来るよ。急ごしらえのネットワークだから、穴だらけだった」
「そうなんだ。じゃあ、海外からも大分ハッキングされていたかな?」
由梨は、ボーイフレンドの大神玲の前では決して見せない邪悪な顔で笑った。
「知らぬが仏っていうことで」
「まあ、石頭総理はこれで何をしようにもKKGの助けが得られず、途方に暮れるわけだ。人に地獄を見せておきながら、最近はハワイでのんびりしていたらしいから」
「その写真は、総裁選の時に流しますよ」
柊も、由梨に負けない悪代官のような顔で答えた。
「総裁選って、あなた達、何を企んでいるの?」
「何もしなくても、石頭総理は身内のJ党から引きずり落とされますよ。彼の狙いは、復興に関わる利権なんでしょ?そんな美味しいものを、独り占めしようなんて考えていたら、足元を掬われます」
「まあ、そうだね。でも、私はKKGとの契約の時、すべて加須恵子個人の名前で行ったから、石頭総理は改めて、KKGと契約しないとならないんでしょ?大型機械のリースやコンテナ住宅もすべて引き上げちゃうの?」
「いや、コンテナ住宅はすべて県と個別に契約したので、住民を寒空に放り出すことはしません。ただ、公共工事に貸し出していた大型機械はすべて引き上げますよ。それを使って、新潟市の復興を一気に始める予定です」
「ねえ、KKGにとって一番都合のいい総裁って誰?」
「僕らが協力できるのは、長尾財務大臣くらいですかね?」
「牛島防衛大臣は?」
「防衛省を抑えられるのは彼女くらいですから、まだ、防衛大臣でいて欲しい人材ですね」
「日本で始めてガラスの天井を破るのは、長尾菱子かぁ。そして、恋子天皇が生まれれば、日本も変るかな。恋子様に、いいお婿さんが来ないかな」
柊は次に続く言葉を打ち消すように、操縦席の正面に目をやった。
「桔梗学園が見えましたよ」
次回は、桔梗学園に着いた加須恵子氏の話でしょうか?