臨時ニュース
2日間で、様々なことが起こりますが、年末はのんびり過ごしたいですね。
長岡にあるNHK新潟放送では、12月24日の朝から、多くのスタッフが走り回っている。都内のNHKの放送局の代わりに全国ニュースを流すのだ。
「おはようございます。7時のニュースの時間ですが、緊急ニュースが入りましたので時間を延長してお伝えします」
塩澤綾香アナウンサーは、今日の夜は、始めて出来た彼氏とディナーに行く予定だったが、そんなものがすべて吹っ飛んでしまうようなニュースが流れ込んだのだ。
「K国が発射した核搭載ミサイルが、R国B市に落下。すぐさま、R国から報復の核搭載ミサイルがK国に打ち返されました」
久住龍九プロデューサーも、「今晩、家族のために用意していたケーキを受け取りに行くことは出来ない」と頭の隅で思ったが、「この攻撃の応酬が、第三次世界大戦に繋がるかも知れない」と考えるとそのような些事は意識の外に追い出された。
「おい、軍事専門家のコメンテーターを押さえろ。15分後にリモートでインタビューだ」
塩澤アナウンサーは続ける。核戦争と言うことは、日本海を挟んで対岸にある日本には、間違いなく放射能を帯びた空気が流れてくる。
「みなさん、本日は不要不急の外出を控え、屋内、できればコンクリートの厚い壁のある場所に避難して下さい」
民法の番組は既に「第三次世界大戦始まる?」のテロップを流している。しかし、NHKは裏が取れない情報は流せない。久住は塩澤にカンペを示した。
「同じ内容を10回くらい続けて、強い口調で話せ!」
「海外のTV局から、実際に飛び交うミサイルの映像が入ってきた。放送に挟むぞ」
塩澤は大きく息を吸って、原稿を読み始めた。
「みなさん、M国のKBSから生々しい映像が入ってきました。K国が大量のミサイルで攻撃されている映像です。そしてそのすべてがR国の核搭載ミサイルです。K国の軍事拠点だけでなく、首都も何発ものミサイルと無人ドローンの攻撃にさらされています」
久住は、朝食のパンを囓りながら、呟いた。
「ミサイルは女川原発を狙うという情報もあったけれど、まさか、KKGがミサイルの進行方向を曲げたとか・・・」
10時からのアナウンサーとバトンタッチした塩澤も、久住の側で、お握りに囓りついていた。
「そんなこと、誰かの耳に入ったらどうするんですか。根拠のない噂を流さないで下さいよ」
「今晩のデートは狼谷柊君とするの?TVドラマだけでなく本当の夫婦になったりして」
「それ、セクハラですから、そんなガセ流さないでください。私は未成年に手は出しませんよ。
私が付き合っている彼は私より年上です。でも、クリスマスイブのデートは吹き飛びましたね。向こうも同じ業界の人なので理解してくれていますけれど」
「ほー。同じ業界って、アナウンサーかな?」
「もう、こんな非常時に何言っているんですか?久住さんこそ、ケーキ受け取りに行けませんね」
「まあ、電話しなくても、かみさんはケーキ屋に行くよ。子供へのプレゼントも今晩仕込んでいてくれるよ。当分子供に会えないと思うけれどな」
「小学校は明日が終業式でしたっけ?」
「ああ、でも明日は多分休校だな。通信簿はメール配信だから、別に登校しなくてもいいんだ。それより、学童が休みなんで、また祖母ちゃんに出動頼まないとならないよ」
TVモニターには、各方面の専門家の顔が映し出され、そのすべての人が「第三次世界大戦」の危機について言及していた。久住と塩澤は、何かの映画のワンシーンを見ているような、非現実的な気分に逃避したくなっていた。
「塩澤さん、お昼のニュースの出番そろそろです」
「はぁーい」
「緊急臨時ニュースが入りました。こちら読み上げて下さい」
塩澤は原稿を見て、唇を強く結んだ。そして、深呼吸をして臨時ニュースを読み上げ始めた。
「K国の指導者X氏の死亡が確認されました。X氏とその家族が住むP市周辺に絨毯爆撃が行われました。P市全域は焼け野原になり、生存者がいない模様です」
塩澤は、このニュースも繰り返し、読み上げた。
久住はADに指示を出していた。
「M国、R国、それにA国の大統領の動きに注視しろ」
3時近くなって、ADが走り込んできて、久住に耳打ちをした。
「本当か?裏を取れ」
「久住さん、何かあったんですか?」
12時から2時間ニュースを読み続けていた塩澤が休憩に入り、再びお握りを口にくわえて、久住に近づいてきた。
「A国大統領が加須総理代行に直接電話を入れて、KKGのバリアを要請してきたらしい。A国空軍の護衛の元、KKGのドローンがK国に向かった」
「何するんですか?」
「K国全体に放射能が漏れないようにバリアを張るそうだ」
「K国の人はどうなるんですか?」
「現在、K国の港にM国とR国の大型客船が横付けしている。K国の人はほとんどが被爆者なので、船の中で治療が行われるそうだ」
「その後は?」
「それぞれの国の病院に運ばれるらしい」
「全国民が逃げることが出来るのでしょうか?」
「それ以前に、多くの人が・・・」
2人は画面に映し出されたK国の首都P市の有様を凝視した。まるで、巨大隕石が落ちたようなクレーターが出来ていて、とてもそこで人が生き残れているとは思えなかった。
さらに、昼過ぎから、現場には黒い雨が降り始めた。
バリアが設置されるのは、翌朝の7時。それまでにK国民は避難しなければならない。
「久住さん、天気予報士から連絡が入っています」
「なに?日本にも黒い雨をもたらす雲が近づいてきている?屋内退避の注意喚起をしろ。KKGと連絡は取れないか?塩澤」
「はい。珊瑚美規さんと連絡が取れました」
「珊瑚さん。急で申し訳ないんですが、え?真子学園長が亡くなった?お取り込み中申し訳ないんですが、一つお伺いしてもいいですか?K国からの放射能に対する対策は?はい。本当にすいません。美規さんの叔母様ですものね。はい。その対策は国家が行うもので・・・」
「電話は切られちゃったんですか?」
「ああ、向こうも、癌で療養中だった学園長が亡くなったと言うことで、話をほとんど聞けなかった。
でも、たった一つ聞けたのは、KKGは女川原発にロケットが飛んできた場合の対策しか取っていないってこと。つまり、日本全土に放射能対策のバリアを新たに張ることは出来ないみたいだ。そうだよな。今から、大本のK国の方にバリアを張りに行くんだからな。余力は無いよ」
「じゃあ、日本は今日は放射能の風と黒い雨にさらされると言うことなんですね。
放射能の専門家と連絡を取って、対策を放送するしかないですよね」
「くそ。桔梗学園とその分校は完全に守れているんだろうなぁ。家から一歩も出るなってしか言えないよな」
2人は家族や恋人に思いをはせていた。勿論、KKGはK国からの放射能、放射能が含む雨に対する対策のため、日本全国にバリアを設置していた。ただ、日本周辺の海全体に掛けることは出来ないので、海洋汚染は防ぐことは出来なかった。また、夕方からの首都直下地震への対策もあったので、NHKの電話に丁寧かつ優しく対応できなかったのだ。
久住は次々と起こる事件に、頭が回らなかった。ただ、真子の死去の報を聞き、ミサイルの方向を操作したのが、KKGだという懸念はすっかり消えてしまった。
その日の夕方、再度、日本を巨大地震が襲った。
「プープー、緊急地震速報、緊急地震速報」
12月24日17:00に、NHK新潟の放送スタジオに、緊急地震速報の警戒音が流れた。
「嘘だろ。まさか、また巨大地震の余震が来るなんてことは・・・・」
17:05
「関東北西部に巨大地震が発生。皆さん。身の安全を図って下さい。以前に地震で、もろくなっている建物や地盤には近づかないようにしてください」
塩澤アナウンサーは、ADから渡されたヘルメットを被って、揺れるスタジオから絶叫した。
震源は内陸部だ。津波より山津波の心配がある。
「震源が内陸部のため津波の心配はありません。皆さん。雨や雪のため、地盤が緩んでいます。斜面の崩落には気をつけてください」
「雪深い地域の人は、雪崩にも注意してください。屋外に出る時は、十分温かい格好をしてください」
その夜、塩澤は休みなくTVカメラの前に立った。交代のアナウンサーが極度の緊張のため、涙が止まらなくなり、しまいには過呼吸を起こして倒れてしまったからだ。
深夜、12時にNHKの放送は一旦中止された。アナウンサーだけでなく、番組スタッフも緊張の限界が来ていた。会議室では、アドレナリンが出過ぎて眠れない塩澤が、今回の地震の規模についての資料を再度読み込んでいた。
「おーい。早く眠れよ。明日も6時からニュース読まないといけないぞ」
「あの子は復活しそう?」
「あの新人アナか?病院送りだ。代わりのアナウンサーを立てるつもりで、今練習させている」
塩澤も、自分が倒れていないことに不思議な気がしていた。
「お前もこの1年で成長したな」
「ありがとうございます!!ところで、今回の地震は『関東北西部』地震でいいんですか?」
「名前なんて気象庁が後で直すだろう?
それよりも2箇所の断層とプレートがほぼ同時に動くなんて、俺も初めてだよ。M7クラスが3箇所だぞ。東京都下、埼玉北部、千葉北部を襲うなんて、嘘だと言って欲しいよ。
最初はさ、北関東の人もすべて、東北避難なんてやり過ぎだと思っていたんだ。地震の被害に遭わないばかりか、避難時の窃盗や破壊でスラムのようになっている自宅を見て、政府への批判が起こること必至だと思っていた。もし、北関東の避難が解除されていたらと思うと、ぞっとするよ」
12月25日朝7時、K国はKKGのバリアでしっかりと包み込まれた。世界中が放射能の流出がなくなり、ほっとした。これが1年間ずつの契約だと言うことは、この後世界の人が知ることになる。K国の沖に停泊していた豪華客船もR国とM国に静かに出港した。M国に移送された人の中に数人の拉致被害者がいたことを、世界が知るのはもう少し後のことである。
12月25日の朝刊は、TV欄を内側に折り込んだ両一面だった。
表の一面は、「関東北部地震」の被害についてだった。実際に動いた箇所は埼玉の飯能市から東京都府中市を貫く立川断層、栃木の関谷断層、それと同時に、2021年にも発生した千葉県北西部地震の余震が発災したのだ。住宅の倒壊、山津波、液状化現象だけでなく、地下に埋め込まれていた多くのガス管、水道管、下水管がずれ、各所で道路の陥没が起こった。ガス管や倒れたプロパンガスのボンベから流出したガスで、多くの火災が起きていた。復興工事のために通っていた電気が火種になったらしい。
クリスマスの朝の朝刊には、真っ赤に燃える都市の写真が掲載された。
裏の1面はK国とR国の核ミサイルの応酬の写真が掲載された。しかし、こちらは「わずか1日で終戦を迎えたのは、A国の交渉のお陰だ」と、A国大統領の満面の笑顔の写真がその隣に掲載されていた。
その新聞の隅っこの訃報欄に、真の功労者の五十嵐真子が69歳の生涯を閉じたことと、27日に東城寺で通夜が行われることが掲載されていた。
25日10時に荼毘に付された真子の遺骨は、美子の操縦するドローンで、桔梗学園に向かっていた。しかし、原因不明の爆発で、ドローンは海の藻屑と消えてしまった。KKG製のドローンの初めての事故でもあり、3時のニュースで報道されたが、国民の関心は、K国とR国の戦争、関東北部巨大地震にあり、扱いも小さかった。
爆破したドローンは、KKGが回収し、27日には真子と美子の葬儀がしめやかに行われた。勿論、2人の遺骨も遺体もなかった。
「もっと秘密の部屋」では、葬式の後、晴崇、京、舞子、美規の4人が椅子に座り込んでいた。
「舞子、暫く、ここに来なくていいよ。顔色が悪いね。お腹の赤ちゃんのために、休養を取るべきだ。涼と冬月と一緒に、正月をのんびり過ごせ」
「ありがとう。晴崇も圭と暁ちゃん、瞬ちゃんと会いたいんじゃない?」
「京と私で、ここにいるから、2人ともうちに帰っていいよ」
「京も、一雄となかなか会えなかったでしょ?ここのメンバーをもう少し増やせばいいのに」
「増やす気はないな。自宅に帰るって言ったって、スープの冷めない距離にいるんだから、この人数で十分だよ。一晩ゆっくりしてきな」
そう言われて、舞子と晴崇は自分の家に帰っていった。
「京は本当に一雄に会いに行かなくていいの?」
「美規ちゃんと2人で話したいことがあるから、もう少しここにいるよ」
京は珍しく、ヘッドホンを外して、美規が座っている横にぴったり座った。そして、美規の肩に手を回した。
「なんだろう?」
余りスキンシップに慣れない美規は仰け反ったが、それに構わず京は美規の耳元に口をつけて囁いた。
「美子ちゃんはどこに行ったか、美規ちゃんは知っている?海から引き上げたドローンは、無人操縦モードだったよね」
美規はため息をついて、京の耳元に囁き返した。
「京はどこに言ったと思う?」
京は目を見張った。
「美規ちゃんも知らないの?」
「うん。あなた達がK国に仕掛けたことを舞子が知らないほうがいいのと、同じ」
「知らぬが仏か」
「そうだね。美子さんも私の安全を考えてくれたんじゃない?」
美規はもう耐えられないというように急に立ち上がろうとした。しかし、まだ京の腕が肩に絡んでいて、体勢を崩して京の胸に倒れ込んでしまった。
暫く沈黙が広がった。京が優しく美規の頭を抱えた。
「美規ちゃん一人で抱え込まないで」
少しハスキーな京の声が、美規の頭の上から聞こえた。美規は今までこんなに自分に水分があるのかと思うほど、涙が溢れてきた。京や晴崇は真子という「母」を、美規は美子という「母」をなくした者同士、胸を伝う涙を共有した。
泣き疲れて寝てしまった美規から京が離れたのは、それから大分時間が経ってからだ。京は静かに京をソファーに横たえ、温かい毛布を掛けた。涙で濡れた顔を温かいタオルでそっと拭き、美規の額に唇を当てた。
「お母さん、お疲れ様」
京は部屋の隅にいた晴崇を見つけた。
「何時からいたの?」
「いや、結構前から」
京は何も答えず、顔を洗って、美規の涙で濡れた長Tを着替えた。
晴崇は美規の前髪を直していた。
「俺たちの母さんも美規ちゃんだけになっちゃったな」
「蹴斗と鞠斗には連絡した?」
「ああ、詳しくは話さないけれどな。鞠斗は今頃、ワンワン泣いているだろう」
「そうだね。久し振りに珈琲飲まない?」
京は、2人分の珈琲を入れた。いつもは、妊娠中で匂いに敏感な舞子に遠慮していて、なかなか飲めなかったのだ。濃い珈琲の匂いが部屋に広がった。
「終わったね」
京が晴崇に珈琲を渡した。
「真子ちゃん達が残した宿題は終わったかな?」
晴崇はゆっくり珈琲の香りを吸い込んだ。京はいつもの椅子に座った。晴崇はいつも美規が座っているソファーに足を伸ばして座った。
「後は、何をしないといけないんだろう?頭が働かないな」
「なあ、取りあえず、餅つきしないか?」
「え?喪中だろう?」
「関係ないよ。年賀状や初詣は駄目だろうけれど、子供達も喜ぶよ」