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真子の最期

日本海側の雪はやっと、一段落ついて、今日は温泉に行ってマッサージをしてもらいました。雪の季節は、除雪疲れのお客さんが、多いそうです。

 大学生達が帰省するドローンに便乗して、珊瑚美子(さんごよしこ)は島根分校に向かった。


島根分校の代表者、百々梅桃(どどゆすら)に案内されて、美子が病室に向かった時には、真子はぼんやり目を開けていた。北海道分校同様に、島根分校も関西方面から女医をかなりの数スカウトしていた。ただ、癌の専門医はいなかった。真子は、意識を失うギリギリの量のモルヒネで、痛みを散らすだけで、抗がん剤治療も放射線治療もしていなかった。

 痛い思いして、長生きしても、痛さが長続きするだけだからだ。

 真子の看病に当たる看護師は、鵜飼羊(うかいよう)鈴音(すずね)だった。わざわざ2人を本校から呼び寄せたのは、意識が朦朧としている真子が、桔梗学園の秘密に関することを口走る可能性があるからだ。


「お姉ちゃん。美子だよ。羊さん。学園長の具合はどう?」

美子は、意味のないことをもぐもぐ話している真子の手を、優しく握った。次に布団をめくって、土気(つちけ)色した足をさすった。

「美子さん。学園長の命は多分あと数日ですね。足先から壊死(えし)が始まっていますし、モルヒネの量も増えてきています」

「そうか。人間って、足から死んでいくんだね。眉根(まゆね)を寄せたら、多分痛いんだと思うから、迷わず薬入れていいよ。最期まで痛い思いをさせたくないし、珠子(たまこ)ちゃんもそれは了承しているから」


鈴音看護師が、恐る恐る美子に質問をした。

「あのー。もしお亡くなりになったら、別れたご主人に知らせたほうがいいんですか?」

「あー。新聞で訃報(ふほう)を流すから、見れば気づくんじゃない?晴崇(はるたか)(きょう)が悲しむことはしたくないから、焼香には来させないけれどね」

「ご遺体はこちらで荼毘(だび)()させて貰っていいんですか?」

「もう、島根の火葬場を25日に予約してあるよ」


話を聞いていた梅桃が呆れた。

「ちょっと、美子さん。火葬場の予約ってよくそんなの受け入れてくれましたね」

「いやいや、さっき火葬場に電話入れたら、24日まで満員だったんで、25日を抑えただけだよ」

「今日は20日ですよね。そんなに待つんですか?」

「島根にある火葬場は今の人口にしては数が少ないからね」

「そうですね。人口に応じたインフラは、まだ出来ていませんよね」

「まあ、避難してきた人が定住するか、まだ分からないからね。葬儀場まで金が賭けられないんじゃないかな」


真子が、ゆっくり手を挙げた。

「あっ、お姉ちゃん。起きた?美子だよ。分かる?今日から一緒に寝てあげるよ。羊さん、夜の点滴はなしでいいよ」

「点滴なしだと、栄養は足りませんよ」

「あと、4日だから。いいよ」

羊と美鈴は、美子の意図することをくみ取った。

羊は遠慮深く美子に尋ねた。

「では、お葬式の前に火葬して、25日中に、東城寺へ仏様を運ぶという手筈(てはず)で良いのですよね」

「そう、私は火葬場から別行動をするけれど、仏様と一緒にドローンで移動しているという形でお願いするわ」



美子は、それから4日間、真子と静かな時を過ごした。


4日目の11時頃、ドアが静かに叩かれた。そして、梅桃が顔を覗かせた。

「あの、お客様です。長尾財務大臣なので、外でお待ちいただくわけに行かず、こちらにご案内しました」

「来たね。私がここにいるのが、わかるなんて、どこで監視しているやら」


梅桃に連れられ、長尾財務大臣が病室に入ってきた。(ふところ)から、「御見舞い」と書かれた封筒を取り出し、枕元の机に置いた。

「長尾菱子個人からの、お見舞いです」

「気を使わなくていいのに。今日はお友達と一緒の訪問じゃないのですね?」

「以前は、加須総理代行と牛島防衛大臣を呼んで、私を仲間はずれにしたじゃないですか」

()ねているの?まあ、今回もお嬢さんにお見舞いに行った件を話すのかしら」


聡明な長尾財務大臣は、自分が娘に情報を流したことで、信用されなくなったと分かった。

「すいません。配慮が足りませんでした。今後このようなことはいたしません。でも、K国とR国の戦争に関しては、国家財政も大きく絡むので、どうか、今までのようなお付き合いをさせて下さい」

長尾財務大臣は、頭を90度下げて、返事があるまで頭を上げようとはしなかった。


 美子は肩をすくめた。

「嫌だね。男の政治家と同じじゃない。謝れば済むという発想。断れば、次は土下座ですか?私達は、『謝罪』より『実行』の方が大切だと思っているんだよ」

長尾はゆっくりと顔を上げた。

「『実行』?お詫びの代わりに何か『実行』しろとおっしゃるのでしょうか」


美子は目配(めくばせ)せで、鵜飼看護師達に部屋から出るように促した。そして、手で椅子を示した。

長尾は「失礼します」と椅子に座った。


「さて、私に何を聞きたいのでしょうか。そちらの質問の前に、こちらから質問させて下さい。日本の隣で核を用いて戦争をする2国があったら、財務大臣は何をするのですか?」

「まずはKKGにお願いして、放射能を防ぐバリアを日本全土に張っていただく」

「いいえ、それはKKGの仕事であって、財務大臣の仕事は何ですか?」

「『財務大臣』としての仕事ですか?K国もR国も同盟国ではないので、傍観するしかないですが・・・」



美子は、真子の手をさすりながら、深いため息をついた。

「では、次の質問です。K国がR国に領土が取られるとどうなりますか?」

「次はK国の隣国のM国と、日本がR国の次のターゲットになります」

「そうR国が、ヨーロッパ側のU国に戦争を仕掛けた時点で、次に危険だったのは、日本だったんですよ」

「でも、あの戦争はA国の介入で、停戦に落ち着きましたよね」

「そう、A国は日本を狙われないために、停戦に動いたと言っても過言ではありません」

「日本は、C国からA国を守る盾ですものね」


長尾は美子の言いたいことが、少しずつ分かってきた。


「つまり、R国がK国をそのまま自国の領土にしないために、日本自身も傍観するのではなく、何か行動しなければならないんですね。M国とK国の統一のために動くべきなんですね。でもM国に軍備供与するのは直接R国を敵にして戦うという意思表示になりますね」


美子は、かすかに震える真子の手を握り返して、再びため息をついた。

「あまり指示めいたことは言いたくないけれど、年寄りの独り言を聞いてくれますかね」


長尾は、自分の考えが外れていて、美子を失望させたと感じ取った。


「今日明日中に、A国の大統領から加須総理代行に直通電話が来るとは、思わないかな?何故なら、この核戦争の放射能の影響を受けるのは、日本だけではないから。世界を守る最終手段を持っているのは日本だよね」

「バリアですか?今から世界中に配置するのは、無理がありますよ」

「では、K国全体をバリアで覆ってしまうのはどうだろう?A国はその要求を日本にすると思うんだ」


「バリアで覆われた中のK国の人は、どうなりますか?外部に出られませんよ。すべてのK国民に桔梗バンドを着けさせるのに無理があります」

「K国の人は、M国とR国に脱出して貰う。

R国は原子力発電所の爆発以降、放射線被曝への研究が進んでいるので、K国の被爆者を引き受けて治療が出来るだろう。それに、このまま戦争を続ければ、自国の日本海に面している港がすべて、使えなくなるので、戦争は早く終結したい。

M国は悲願の南北統一に王手を掛けているが、K国の人間がM国の重荷になるのは目に見えている。ベルリンの壁崩壊後の西ドイツのように、経済が傾くことは避けたいだろう。だからこそ、R国とM国で、K国の人々を半分ずつ引き受けるといい」


長尾は遠慮がちに言った。

「人を引き受ける代わりに、K国の国土も折半するって訳ですか?」

「それは5年後の話だ」

「5年?」

「そう、KKGがバリアでK国を覆うのは5年間だから、バリアを解除したら、両国で話し合えばいい」

「A国のメリットは?」

「第三次世界大戦を未然に防いだという名誉と、自国が放射能の汚染を受けないで済むというメリットだね」

「日本の経済的メリットは何ですか?」


「財務大臣に聞かれるとは思わなかったな。少しは考えたらどうですか」

長尾財務大臣は、美子の気に入る答えは何か考え始めた。

「私の求める答えなんか探さなくていいんだよ」

美子には、長尾の考えはお見通しだった。


長尾は暫く、目を強くつぶって考えた。外には日本海から吹く強い北風が吹きすさんでいる。


「まず、日本は、K国を直接バリアで包んだ方が、放射能の被害が少なくなるので、設置する費用を持っても構わない。でも、5年間バリアを保つのに掛かる電力を、すべて賄うのは厳しい。それは、世界中に負担して貰わなくては・・・」

「世界中から集金するのですか?」

「まさか、KKGがその電力をすべて賄うのですか?」


 長尾財務大臣は、KKGのバリアが、内に閉じ込めた放射線を使って、内部で発電出来ることは知らない。つまり、内部の放射能を使い切るまで、バリアは電力を必要としないのだ。勿論、長尾にそんなことは知らせるつもりはない。


「まあ、KKGは自腹を切って電力を賄うつもりですが・・・。それに5年間と言っても、1年ごとに契約は更新をします。その間、日本に危害を加える国が出てきた場合は、バリアはすべて解放して、中に籠もっている放射能を世界に放出する予定です」


「あの、A国の経済的負担は?」

「現在、地震の被害がある箇所からすべてのA国軍基地を撤退して貰っているけれど、5年間、そこには基地を置かないで貰う。つまり、日本側の思いやり予算の一部を免除して貰うということが、経済的負担と言えなくもないかな」

「沖縄の基地はそのままなんですね」

「すべての基地を撤収すると言うことは、A国と絶縁することになるからね。まあ、日本国は現在未曾有(みぞう)の天災に見舞われ、経済が破綻(はたん)しそうだ。その中でも世界のために頑張っているという姿勢を示せればそれでいい」


「なんか、KKGにばかり負担が行きますね。大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないですよ。うちが破産しそうになったら、バリアが終わるだけです。世界を守るクラウドファンディングでもしますか」

美子は、ニコニコしていた。

「うちは、株式会社でもないし、内部留保もほとんどないので、皆さんに商品を買っていただいたらそれがそのまま、桔梗学園の運営費と研究費用に回されていますからね。

それでも、『国を食い物にする悪の組織』という誹謗中傷は止まないけれど・・・」


「そんなことないですよ。いつもとんでもない安価で、コンテナハウスも、発電トイレも降ろして貰っていますし、ドローンも燃料代だけで、運行して貰っていて、本当に助かっています」

長尾の言葉に、美子は小さく肩をすくめた。


「そろそろ、真子さんが疲れたって。財務大臣さん。加須総理代行と牛島防衛大臣とお話しすることがあるのではないでしょうか?」

「あぁ、すいません。病室に長居しました」

長尾が、病室から飛び出た後、美子は目をつぶっている真子に小さい声で話しかけた。


「ごめんね。お姉ちゃん。東城寺に埋葬することは出来なくて。悠山先輩は悲しむかな?でも、海に散骨されたいって、夢は叶うよ。そして、私を天国で見守っていてね」



 真子は長尾財務大臣が退出した後、痛み止めのモルヒネを打った直後、息を引き取った。外にはぼた雪が降り始めていた。


翌日荼毘に付された真子の遺骨は、美子の操縦するドローンで、激しく降りしきる雪の中、桔梗村の東城寺に向かって飛び立った。

しかしそのドローンは、富山沖で原因不明の爆発をし、日本海に落下した。


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