ミサイルの誤射?
日本を狙うはずのK国のミサイルは、どうして、R国の方向に曲がってしまったんでしょうか?
クリスマスマーケットの後、女子大生達はドローンに乗って次々と帰省していった。
帰省用のドローン最終便で、美子は島根分校に向かった。
桔梗学園は一応仏教法人ということで、クリスマスとは縁がない。しかし子供達は、クリスマスマーケットでたくさんのお小遣いを貰い、買い食いしたり、可愛い小物を買ったりして、結構満足していた。
いつも朝早くからスケッチに出る藍深は、前日の夕飯時に、柊から「12月24日は桔梗学園から1歩も外へ出ないように」と、釘を刺されていたので、「沈黙の花園」で冬枯れた庭のスケッチをしていた。
「もっと秘密の部屋」では、12月24日の朝を、晴崇、京、舞子、美規の4人で迎えていた。
朝、7時。
「K国からミサイルが発射された」
壁面の大きなディスプレイに、ミサイルの飛行軌道が映る。
舞子が叫ぶ。
「女川原子力発電所方向じゃない。最初からR国のB市に向かっている」
朝6時からついていたTVに、緊急ニュースが映っている。
「12月24日朝7時、K国からR国のB市に向かって、ミサイルが発射されました。ただ今R国大統領が、K国に宣戦布告をしました。R国からK国に複数の核搭載ミサイルが発射された模様」
「え?嘘。第三次世界大戦が始まるの?」
舞子が立ち上がったが、晴崇達は静かに椅子に座っている。
加須総理代行から、直通電話が来た。美規がゆったりとした動きで電話に出る。
「はい。珊瑚美規です。美子は現在、真子学園長が危篤なので、島根分校に見舞いに行っています。え?こんな時に?いや、親族の危篤以上の緊急事態はありません」
美規の剣幕に、加須総理代行は、トーンを落として尋ねた。
「失礼しました。このミサイルの誤射は、桔梗学園が絡んでいるのではないかとの、情報が入ったので、事実を確認しようと思って電話したのです。美規さんは、それに関して何かご存知ですか?」
美規は、糞と鼻を鳴らした。
「『誤射』?ミサイル発射が『誤射』とする根拠はありますか?こちらは女川原発を守るのに必死でしたからね。K国の作戦変更など、関知できますか?
夏にR国に裏切られたことを、K国は根に持っていたのですかね。クリスマスイブに攻撃するとは陰湿ですね」
「いや、あなたたちの科学力なら、ミサイルの方向を変えるくらい出来るかなと思ったんですよ」
「何言っているんですか。私達は排泄物を電気に変える研究程度の科学力ですよ。買いかぶって貰っちゃ困ります。用事は何でしょうか。我々は夕方の地震に備えているんですよ。
加須総理代行。隣国で核戦争が行われるということは、日本に大量の放射能の雨が降るということですよ。国民に注意喚起しないのですか?例えば『遊泳禁止』とか『バリアのない地域への移動禁止』など。勿論、現在行われている復興工事も一時中断すべきだとも思います」
加須総理代行は、ミサイルに関する情報は得られないと気落ちした。今は隣国からの放射能の飛来を防ぐことが優先される。それにはKKGのバリア技術しかないのだ。KKGに逆らうようなことは、もう出来ない。
「では、今日はこちらも多忙なので悪しからず」
電話は美規が一方的に切った。
電話を切った美規を、舞子は凝視した。
「ミサイルの方向を変える?」
「鉄腕アトムじゃあるまいし。舞子まで変な妄想を抱かないで下さい。さて、昼食まで、時間があります。みんな、順番に仮眠を取ってね」
晴崇が真っ先に仮眠室に向かった。メニエール病の発病だけは防ぎたいので、早め早めに休憩を取っているようだ。仮眠室で、圭と電話で話している声が聞こえる。圭が不安がっているのか心配だったんだろう。晴崇はもう何日も妻の圭と直接会っていなかった
京が菓子を食べているところへ、舞子が近寄って行った。美規が教えてくれない情報を圭から聞き出そうとしたのだ。
しかし、京は舞子の口に、大きめのカヌレを突っ込んで、耳元に口を寄せた。
「すべて知ることで、涼と冬月に危険が及ぶよ。お腹の赤ちゃんのためにも、夕方の地震のほうに注意して。舞子達妊婦や乳幼児は全員、ドローンに乗って貰うからね」
反論しようとした舞子に、京は「これ以上聞くな」という強い視線を送った。
舞子は晴崇達と違って、昼食は食堂で涼と取ることにしていた。
食堂に入ると、みんなが静かに食事を取っていた。
「柊、みんなどうしたの?」
「さっき、舞子学園長の訃報が伝えられたんだ。だから、さっき1分間の黙祷があったんだよ」
舞子は口を押さえた。
涼は舞子の顔を見て言った。
「そんなにショックだった?顔が青いよ。無理していない?」
「無理はしていないよ。涼の方は、夕方の地震対策の準備は進んでいる?」
「ああ、さっきまで、柊と避難経路の確認をしていた。白萩地区、女郎花地区の人も桔梗学園のグランドに避難して貰うことにしたんだ。GPSで、現在の人数確認もしたし・・・」
涼の言葉を遮るように食堂のTVがつき、NHKの緊急放送が流された。
「K国の指導者X氏の死亡が確認されました。X氏とその家族が住むP市周辺は絨毯爆撃が行われ、焼け野原になり生存者がいない模様」
柊が銀縁の眼鏡越しにTVを見て、つまらなそうな顔をした。
「地下にシェルターがあるって話じゃないか。死んだとは限らない」
TVの映像には、K国首都の様子が映し出された。まるで、隕石が落ちたような大きな穴が空いていた。
流石の柊も、フォークからスパゲッティーが落ちたのも気がつかないほど、放心して映像をみていた。
「今の爆弾の威力は、地球を破壊しかねないんだな。あれじゃ、シェルターのほとんどが吹き飛んでいる」
「舞子、言えなかったら言わなくていいけれど、桔梗学園のシェルターってどこにあるの?」
「涼。私も知らないんだ。あったら、地震の度にそこに逃げ込めば、いいと思うんだよね」
「そうか。秘密を知っているのにも、ランクがあるんだね」
柊は小声で呟いた。
「Sランクは、晴崇と京だけか?」
「柊、でもね。京が言っていたんだけれど、秘密をすべて知ることは、家族を犠牲にすることに繋がるんだって。だから、教えて貰える情報の範囲で動こうと思っている」
「そうだな。舞子だけは、すべての家族が桔梗村周辺にいるんだよな。涼の家族も含めて」
「そうだね。そう言えば・・・。いや、琉もそうだよ」
「ああ、大町さんの家族や、古田さんの家族が一部、国外にいる以外はね」
舞子が目を見開いた。
「ちょっと、『古田』って誰?私知らないよ」
「何で、舞子の許可がいるんだよ。琉はKKGの古田円さんと付き合っているんだって」
「古田って、あの大型重機で道路綺麗にしていた人?」
「そうそう、古田さんの妹もKKGにいるらしいけれど、弟は海外にいるらしい」
「いよいよ琉も彼女が出来たのね。うちの兄ちゃんも、頑張ったけれど、氷河さんに逃げられたらしいよ」
「悠太郎さんは結局振られたの?理由は本人から聞いた?」
「母さんが余計なことを言ったからって、兄ちゃんは言っていた」
柊は、舞子の母が何を言ったのか気になった。
「勝子さんはなんて言ったんだ」
「氷河さんの足が義足じゃない?『畳の生活は大丈夫か』って聞いたらしい。母さんも悪気はなかったんだけれどね、お嫁さんに来てくれるなら、足に負担がないように椅子の生活にしようという意図だったらしいんだけれど、最初の言葉で、氷河さんは『義足では畳の生活は無理だ』って受け取っちゃったらしくて・・・・」
「悠太郎さんは、誤解を解こうと努力しないで、氷河さんを諦めたんだ?」
涼と舞子は顔を見合わせた。
「何だよ。2人で顔を見合わせて」
「いや、いつも諦めがいい柊から、意外な言葉が出てきたから」
「僕が諦めがいい?って」
「まあ、奪ってまで、手に入れたいくらい好きな人に出会ってないってことじゃない?」
「そういうお2人さんは、どうなんだよ」
「オリンピックの代表権を捨ててまで、涼の子供が欲しかった」
「学校退学してまで、舞子の側にいたかった」
「はい。ご馳走様でした」
桔梗学園の食堂は、夕方に再度地震に襲われるとは思えないほどのんびりした会話が交わされていた。