クリスマスマーケット
次回もまだクリスマスマーケットでのお話です。
今日は桔梗村に移転してきた2校の大学と、桔梗学園、桔梗村の共同開催の「クリスマスマーケット」が開催されている。
2日しか開催されないので、緩くバリアを張ってある。雪が道路を埋めない程度のバリアなので、桔梗村は今、晩秋くらいの気候である。桔梗学園の子供達も、軽いジャケットを羽織って、参加していた。いつもTシャツに猿袴で過ごす桔梗学園の子達は、日本人にしては寒さに強かった。しかし、それではクリスマスマーケットの雰囲気が出ないと言うことで、ソーイング部が準備しておいてくれたフライトジャケットやウインドブレーカーを着ていた。背中には思い思いの刺繍が施されていた。勿論、コンピュータ制御のミシンで施されるので、刺繍ができあがるのにはそれほど日数は掛からないのだ。
「三津は、そのまんま楽天のユニホームじゃない?もっとクリスマスらしい柄はないの?」
「何言っているの。皆さんのサインがいっぱいついているユニホームを下に来ているんだもん。上に羽織るのは、則武監督の現役時代のNoをつけた『楽天』のウインドブレーカーしかないでしょ。今まで、なかなか着る機会が無かったんだから。文句つけないで。そういう春佳のジャケットは、まるでスカジャンみたい」
「いいでしょ?背中に桜吹雪なの。名前に因んで張るらしいでしょ」
桔梗学園の高校生は、駄菓子屋の準備を済ましたら、販売は小中学生に任せて、大学生の作った店を見て回ることが出来た。賀来人は五月と仲良く、ホットドックを囓っていた。深海由梨は、今回は玲にアクセサリーを買って貰っていた。
通りには、C大学の学生の作ったイルミネーションが飾られ、旧桔梗高校の校舎全面にN女子大の力作のイルミネーションが、聖夜の物語を表現していた。どちらも太陽光充電を使っている。24日に大量の電気を使う予定なので、省エネを願い出ておいた効果だ。電気をガンガン使うイルミネーションと違い、光量が控えめになるが、それも幻想的な雰囲気を作るのに一役買っている。
女子大生達は、店ごとに思い思いの衣装に身を包んでいる。今日だけは飲みすぎ注意で、アルコールが解禁されている。各国の衣装に身を包んだ女性達が、ほんのり頬を染めて海岸までの通りを歩いたり、急ごしらえのベンチに腰を掛けたりしている様子は、ヨーロッパの絵はがきを見ているようだった。
柊と琉は、寂しく巡回をしている。
「今回はプロジェクションマッピングはしなかったんだな」
「クリスマスマーケットは、大学生さんたちのお祭りなので、僕たちは完全に裏方だよ。琉も今日はパイロット仕事はないのか?」
「柊、パイロットというと格好いいが、俺のやっていることはバスやトラックの運転手だから」
「でも、憧れの仕事じゃないか。空を飛ぶってことが、まず気持ちがいいだろう?」
「まあ、見たくないものも見えるけれどな」
最後の琉の言葉は、N女子大のホットワイン店の騒ぎにかき消されてしまった。
「琉、何か騒ぎが起きている。行くぞ」
柊と琉が駆けつけると、ぐったりした美鹿の身体を抱えて泣きそうな四十物李都がいた。美鹿のほうが背が高いので、李都は支えきれなくなっていた。
「どうした?李都」
美佳の身体を受け取って、柊が尋ねた。
「ノンアルコールのワインだと思って買ったんだが、少し酒が入っていたみたいなんだ」
柊が美鹿の口元に鼻を寄せると、かすかにアルコールの匂いがした。
「李都も飲んだのか?」
「俺も飲んだけれど、酔わないから、余り意識しなかったんだ」
桔梗学園の子供達は、酒は禁止されているが、全員飲める体質になるように育てられている。
「どうしたんだ?」
後ろから声がした。
「あー。悠太郎さん。良かった。ちょっとこれ飲んでみてくれます?」
柊もかなり酒には強いが、まだ19歳なので、公道で飲むわけにはいかなかった。
「酒か?甘いけれど、結構酒が入っているぞ。お姉さん、この飲み物のボトルを見せてくれ」
ホットワインを販売していた女子大生は、何度も謝りながら、ボトルを差し出した。
悠太郎はラベルを確認して、匂いを嗅いだ。
「ラベルは、ノンアルコールと書いてあるが、俺は今酒を飲んだからな。氷河さんどう思います?」
悠太郎のでかい身体の陰から、襟元に温かそうなファーのついたコートを着た氷河が顔を出した。氷河は、悠太郎の渡したボトルの口を鼻に当てた。
「あー。発酵が進んでいるんじゃない?子供にはアルコールだね」
N大学の仮校舎から、事情を聞いて佐藤教授が走ってきた。
柊が残念そうに、佐藤教授に話しかけた。
「申し訳ありませんが、品質管理に問題があったので、被害者が出ました。小学生にアルコールを提供したそうです。この店舗の営業は、中止するようお願いします」
柊は悠太郎に御礼をして、美鹿を背負った。
「俺が連れて行こうか?」
悠太郎の申し出を、柊は柔らかな笑顔で断った。
「桔梗学園の中の保健室に連れて行きますので、氷河先生とまだデートを楽しみ下さい。今日の当直は、内科なので、手が足りていますから。さあ、李都も行くか?」
氷河が「デート」という言葉を否定するのを、敢えて聞かないようにして、柊は美鹿を背負って、桔梗学園のほうに向かった。
「俺の母ちゃんも当直なんですよ。怒られるかな?」
一緒についてきた李都が不安そうな顔をした。
「いや、あのホットワイン、美味しそうだったもんな。2人でケープ型のコートを着て、折角、ハリーポッター気分だったのにな。こんなことで四十物医師は、怒ったりしないよ」
いつもクールな李都もまだまだ小学2年生だ。
幸い、美鹿が飲んだ量は少なかったらしく、保健室についた頃は鼾をかいて眠りこけていた。
「柊君ありがとう。後は私が見るから大丈夫。誰か置いてきたんじゃないの。保健室の外で待っているみたいよ」
柊は、琉に何も言わずに、別行動を取ったことを思い出した。
しかし、保健室の外に立っていたのは、氷河だった。
「琉、悪かった?え?琉じゃない。氷河さん?悠太郎さんを置いてきたんですか?」
氷河は今日は、柊と同じくらいの身長だった。
「置いてきたっていうより、悠太郎さんはここまで送ってきてくれただけなんだ」
「どこから?」
「東城寺から」
柊は、北海道分校での食堂の記憶を呼び起こした。確か、あの時、悠太郎さんは3人の女医と、話していて、東城寺に嫁入りするメリットを一生懸命アピールしていたはずだ。
「東城寺で悠山さんと勝子さんに会ってきたんですね」
保健室の廊下は自動点灯式だった。2人が歩くに連れて灯りがつき、2人が通過して暫くすると灯りが消えた。
「悠太郎は、『跡継ぎは誰でもいい』と話をしていたけれど、東城寺では違うニュアンスだったんだよね」
「まあ、当然ですね。悠太郎さんは跡継ぎになるために仏教系の大学にも行っていますし」
柊は、自分に言い方が少し冷たい響きを帯びていると感じ、氷河の様子を伺った。
氷河は独り言のように話し出した。
「そうだね。『跡継ぎは誰でもいいけれど、親としては悠太郎さんがいい』って感じかな?勝子さんに私の足のこと聞かれたんだよね。『畳の生活は大丈夫か』って」
義足は正座には向いていないし、深くしゃがむことも多い。東城寺は他の寺同様、畳や板の間が多い。勝子はそれを心配したんだろうが、氷河には嫁に向いてないと受け取ったのだろう。
「勝子さんは、心配して言ったんだと思いますよ」
「まあ、そうだね。悪い人じゃないと思うけれど。私には嫁姑関係は無理か持って思ったら、急に面倒くさくなっちゃって、悠太郎さんに『別の人を捜してみたらどうですか?』って言っちゃった」
「氷河さんは、悠太郎さんに誘われて桔梗村に来たんですよね。どんな結婚生活を送るつもりだったんですか?」
「うーん。氷魚ちゃんの生活が楽しそうだったから、桔梗学園でなら、のんびり医者やって、義足の研究を自由にして、子育ての負担が少ない生活が出来るかなって思った」
悠太郎が東城寺を継ぐことは、桔梗学園としても都合が良い。現在も、桔梗学園の後ろ盾として、桔梗村村長を引き受けてくれたり、宗教法人として各種援助もして貰っている。なにより、舞子が桔梗学園の経営をすることになれば、悠太郎の立場はもっと強くなるだろう。だからこそ、悠太郎の妻は、桔梗学園としてもしっかりした人に頼みたいところだ。
「氷河さんは、悠太郎さんが好きという気持ちはないんですか?」
「30歳が近くなるとさ、好きや嫌いの感情より、これからの生活環境を考えちゃうんだよね。まあ、悠太郎さんは少し頭の固いところはあるけれど、真面目で誠実な人だからいいかなって」
「子供は産みたいんですね?」
「まあ、産みたいよ。子育てもしたい。以前付き合った人は、『その足は遺伝か?』と聞いてきたんだよね。なかなか私にはハードルが高いかも知れないけれどね」
「ひでーな」
「でも、男に人にとって子供って自分の遺伝子を残すためのものでしょう?」
柊は、蹴斗や一雄のことを考えた。
「そうとは限らないですね。好きな女の子供だからという男も、単に子供が好きだからという男もいるんじゃないですか」
暗い廊下を過ぎて、建物を出ると、クリスマスマーケットの華やかな光が見えた。
「柊君はどんな人と結婚したいの?」
「それはタイプを聞いているんですか?それともどんな結婚生活をしたいかですか?19歳の男に聞く話じゃないですよ」
「同じ年の人で結婚している人が多いから、そう言うことを考えているのかなと思って。失礼しました」
「では、マーケットをお楽しみ下さい」
柊は、校門に1人で向かった。校門では琉が、カヌレを頬張っていた。
「どうだった?」
「ああ、美鹿ちゃんは鼾をかいて寝ているよ。四十物医師と李都が付き添っている」
「違うよ。氷河さんのことだよ」
「あの人が気になるのか?ここで、のんびり暮らしたいらしいから、お前、お婿さんに立候補しろよ」
「おいおい、柊はなんか勘違いしているだろう。俺はKKGに勤めているんだぜ。女性はよりどりみどりなんだ。だからお前の心配をしているんだ」
「ほー。で?誰と付き合っているんだ?名前を言ってみろよ」
「古田円さん」
具体的な名前が挙がって、柊は戸惑った。記憶を探ると、古田という女性は、工業系研究員で、かなりガテン系の元気な女性だったと・・・。
「前田風太が、円さんと仲が良くって、間を取り持ってくれたんだ」
(前田風太は、琉の弟、琳の親友で、あー、そういうことね)
「じゃあ、なんで今日は俺と一緒に行動しているんだ?」
琉はニコニコして、「一緒に行くか?」と子供遊園地に柊を連れていった。
「透明土管」の前には仮装をして、子供の誘導をしている円がいた。
琉が手を振ると、嬉しそうに手を振って返した。
「疲れただろう?はい、エネルギー補給」
琉は手に持ったカヌレを半分に割って、円の口に入れた。
「どう?客の入りは?」
「うん。中に発光ライトがあって、何カ所かにお化けやドクロを仕込んでおいたから、ほら」
土管の中から悲鳴が聞こえた。
「なんか、女子大生のお姉さんの方が、子供より怖がってくれるんだよね。大盛況だよ」
円はビーグルの耳をぴょこぴょこさせながら答えてくれた。
柊は、完成した子供遊園地をしっかり見たことがなかったので、周囲を見回した。透明土管は、龍のようにうねって、子供遊園地の全体に巻き付いているようだった。スカートの女性が土管の中を歩いていると、見上げてはいけないのかと思うが、下から見上げても見えないようになっているところも、強度もすごかった。
「すごいですよね。透明土管」
「でしょ?近い将来に電気、水道、下水、通信ケーブルなど、すべてのインフラをこの中に通す計画なんだ」
「そうして、地中に埋める?」
「地上でもいいと思っている。土を掘らなくても管理が出来るじゃない?」
「下水もですか」
「下水は各家庭で浄化、再利用しているから余り流れないけれどね」
「台所で使った水や風呂の水も、浄化するんですか」
「桔梗学園製造のコンテナには、ディスポーザーがついているよね」
「はい。日本では普及していないので、ディスポーザーに手を突っ込まないように注意をしてから、お渡ししています」
アメリカの家庭では当たり前に使われているディスポーザーは、流しの排水口についていて、野菜くずなどをそこに流し込むと、高速で回るカッターで切り刻み、排水にそのまま流す仕組みだ。
「ああ、あの後、手の届かない深い位置にディスポーザーをつけるようになったから、今は指のミンチは出来ないけれどね」
「そ、そうですか。排水については、浄化装置が開発されたのですか」
「複数のコンテナが共同で使用する浄化装置をつけてあるよ。まとまった食品ゴミはキューブにして、肥料に回しているね。だから、水はかなり綺麗になっているはず。
その排水には魚を養殖していて、その糞で出来る水耕栽培装置も順次出来ている」
「藤川が震災後、綺麗になりましたよね」
「柊、気がつかないか?最近、海も綺麗になっているのを」
「いや、海外から来るゴミもあるから、そこまでは綺麗にならないだろう?」
「新潟の海って、元々波消しブロックを設置してあるだろう?」
「ああ、テトラね」
「そう、あのテトラの新製品が出来たんだ。ただ、波を消すだけじゃなくて、赤潮やマイクロプラスチックを吸着できるタイプ。すごいだろう?」
「琉、なんか、自分の手柄みたいに聞こえるんだけれど」
「円の妹、周ちゃんの研究なんだ」
「妹さんがいるんですね」
「うん、私が円、妹が周、その下の弟が率。親が数学者でさ、変な名前だよね。率は今、海外にいるけれど、周は帰国してKKGで潤沢な予算で研究できるって喜んでいる」
「琉良かったね。また、家族が増えて・・・」
「周はまだ、独身だよ」
「ご遠慮申し上げます」