美子の秘密
明日はクリスマスマーケットの話をします。
「つけや」の営業が始まった日、「もっと秘密の部屋」には苺ソーダと駄菓子のにおいが充満していた。
「舞子は、駄菓子だと食べられるのか?」
「ごめん。晴崇達にコーヒーを我慢させているから、苺ソーダ買ってきたんじゃない。駄菓子の匂いくらい我慢してよ」
舞子は、つわりでコーヒーやご飯の炊けた匂いを嗅ぐことが出来ない状態なのだ。
「まあ、だからって開店早々の駄菓子屋から買い占めて、商品が消えるのはどうかと思うぞ」
「そこまで買っていないよ。来週の分の仕入れの箱を開けていたみたいだけれど、その分はまた、今週に仕入れに行けばいいから大丈夫だよ。それに再来週はクリスマスマーケットが始まるから、そんなにお客さんが来ないと思うよ」
京が、「亀の子一番」の袋を乱暴に開けて、こぼれた煎餅のかけらを口に入れながら話に入ってきた。
「クリスマスマーケットは、いつまで続くか、舞子は聞いてきた?」
「えーとね。義妹の春佳に聞いたところに寄ると、開催するのは12月15日と16日だけだって。20日には大学生はみんな帰省するらしいよ。琉が、帰省用のドローンの運行の最終日を20日にしたみたいだから」
「帰省しない子もいるのかな」
京の隣で、エビマヨネーズ味の「うまい棒」をかじっている晴崇が答えた。
「いや、今回は、各分校近くの駅までの5便と、福岡、熊本便まで帰省用のドローンを出して、教授や学校事務の人まで、すべて帰省して貰うよ。N女子大に貸してある桔梗高校の施設のメンテもあるし、12月24日は大忙しだからね」
舞子が、ソーダの苺果肉をストローで掻き出しながら呟く。
「ねえ、関東北西部地震の発災は17:05でしょ?真子学園長達はどうしてそれを知っているの?」
美子がソーダを音を立ててすすりながら答えた。
「私が、大晦日まで生きていたから・・・」
美規が鼻を鳴らした。
「ふん。なんでそんなに軽い言い方なの?身体に具合の悪いところはないの?」
「それが、至って元気なんだよね。今回は私、事故死なのかな?一歩も外に出なかったら、生き延びるかな?」
暫く部屋の中は、菓子を咀嚼する音しか聞こえなかった。舞子が次の言葉を発するまでは。
「はぁ~。24日は女川原発にK国のミサイルが飛んでくるんでしょ?1日に多くのことがあり過ぎる」
晴崇は菓子の袋をゴミ箱に捨てたついでに、手を洗いに席を立った。
「ミサイルに関しては舞子は気にしなくていいよ。こちらで対処しておいたから」
そう言った晴崇の顔を、舞子は見ることが出来なかった。振り返った彼の顔は、いつもの顔だった。
「それより、24日の夕方の地震対策はまた『空飛ぶ絨毯作戦』でいいんだろ?」
舞子が思いがけない提案を始めた。
「ねえ、今後、起こる地震の発災時間って、もう分からないんでしょ?だったら、何時起こるか分からない地震への対策を練るべきじゃないかな?」
「地震を体感させるってこと?」
京は指をしゃぶっていたが、晴崇に濡れタオルを渡されて、それで仕方なく手を拭った。
「建物の耐震構造はほぼ完璧だから、倒れそうなものの固定を再確認して、本当の地震で避難訓練をして、夜は、あるもので炊き出しをするってことかな?」
「京は、子供や研究員をどこに避難させるつもり?」
「建物の耐震に不安がある場合や、家具の転倒による怪我を防ぐという目的ならばグランドに避難させるのが適当かな」
「極寒の外に避難ってあり得ないよ。たまたま、桔梗学園のバリアの中は、雪が積もっていないけれど、バリアの外は、10cmくらい雪が積もっているよね」
「でも、2024年の元旦に起きた能登半島地震では、外に避難したよね」
舞子が不安そうな顔をした。
「バリアが故障することって、絶対あり得ない?」
「舞子、『絶対ない』なんて、常識のある人間なら言えないよ」
「そうしたら、外に避難した時のための準備もいるんじゃない」
「そうだな、じゃあ、グランドから直接出し入れできる倉庫を作って、暖房器具や充電装置、寝具やテントなんかも入れておくか」
「電気は屋外トイレから、引けるからいいね」
「いや、本校の人間がすべて使用するとなると、屋外のトイレの数は少ないかな」
他の人がクリスマスマーケットで浮かれている間、舞子は涼と協力して、避難時に使う倉庫の準備に没頭した。1週間後には、琉が工場から運んできた倉庫用コンテナ2基に、1週間の避難に耐えられる量の備蓄を詰め込んだ。
舞子が涼に、準備の話をするために退出した後、加須総理代行から直通電話が掛かってきた。
「いいタイミングだ。舞子に話を聞かせなくて済むね。はい。珊瑚美子です」
「やっとつかまった。最近、桔梗学園にいなくて困りましたよ」
「そりゃ、すいませんね。子供達と一緒に、仙台と北海道に行っていたもんでね」
「女川原発と泊原発の視察ですか?」
「北海道唯一の原発、泊原発は2026年に再稼働しても、トラブル続きだね」
「話をずらさないでください。K国が次に狙うのは、原子力発電所ですよね。運転停止を命令したほうがいいんじゃないですか?」
「それを決めるのは私じゃないよ」
「12月24日に、首都圏直下地震もまた起こるんですよね。折角、富士山の噴煙も薄れてきたに・・・」
「それはもう連絡済みだよね」
「ラストクリスマスですね」
「いやいや、Whamの曲は『去年のクリスマスに・・・』って歌詞だから、『最後』って意味じゃないよ」
加須総理代行は、今までの勘違いを指摘されて、言葉に詰まってしまった。
「え・・・。まあ、それはいいです。地震の場所は関東北西部で、発災時間は17:05,地震の大きさはM7.8と教えていただきましたが、津波は来ないんですよね」
「まあ、内陸部だからね。ただ、今まで辛うじて建っていた住宅やビルが、崩れる可能性はあるね。イヴだし、その日は月曜日だけれど、地下工事に従事している人達は、避難させたほうがいいね」
「もう!!もっと早く細かい情報を教えてくださいよ」
「残念ながら、ここから先は、ご自分で判断してください。来年のデータは全くないので」
「それって・・・」
「私達への正月の挨拶は、不要ってことだよ。加須恵子さん。あなたが総理代行で終わるか、女性初の総理になるかの瀬戸際だよ。桔梗学園の子達は、クリスマスの地震以降は、何時地震が来るか分からないから、今回の地震を『訓練』として体験するつもりで準備に奔走しているよ」
「・・・・」
「では、この直通電話は切っていいかな?」
「あの最後に、K国の攻撃はまたバリアで防いでくれるのですか?」
「またまた、この次に日付が分からない攻撃来たらどうするのかな?まあ、電力の心配は今回はいらないから、『ヤシマ作戦』の準備はしなくていいけれど・・・」
「電力のあてはあるのですか?」
「東日本全部を網羅できる電力をまかなえる技術があったら、ノーベル賞貰えるかな?ふふふ。
まあ、直通電話とは言え、盗聴の心配が無いとは言えないから、今日はこれで通信を切ります。
良いお正月を送って下さい」
ふーっと、美子は大きなため息をついた。
「日本の指導者に手を貸しすぎたかしら?私を当てにしすぎるね」
晴崇が、盗聴の音声を確認しながら、呟いた。
(俺たちだって、途方に暮れているんだけどね)