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熊と亀

内部生にも厳しい桔梗学園です。

 「で、何で涼までいるんだよ」

「え?舞子は100%情報をくれないから、柊から情報を得ようと思って。五稜郭で見合いしたんだって」


琉が叫ぼうとする口を、柊はしっかり手で押さえた。

「頼むよ、やっと梢が寝たんだから。静かにしろ」

恋バナに興味がなさそうな一雄も、今回は参加表明をした。

「何?相手はまさか」

「そのまさか、輝宮(てるのみや)内親王恋子様なんだって」

涼は、舞子が出張で疲れて寝たのをいいことに、祖母の松子に冬月を預けて、わざわざ男子寮まで上がってきたのだ。情報を得るまで帰る気はない。


柊の手からやっと解放された琉は、小声で話し始めた。

「恋子様って今28歳くらいじゃないか?」

「だろう?僕もそう言ったよ」


「舞子は言っていたぞ。一端候補に挙がると、恋子様が結婚するまで、結婚できないとか・・・」

「嘘だろう?それは女の場合だよ」


一雄は、寝込んだ梢に自分の上着を掛けた。

「まあ、年齢はともかく、候補に挙がるってことは、柊は由緒正しい家の出ってことだ。お坊ちゃまだったんだな」

「舞子情報によると、父方は島津の血を引く公家、母は皇后と同じT大出身の外務省勤務。そして桔梗学園の内部の人間で、この難局を乗り切るのに最高の人間らしい」

「舞子め、脚色しやがって・・・」

「血統については嘘はないだろう?」

「いやいや、皇后とスマートにイタリア語で内緒話をしていたって」

「それは・・・・。いいよ」


「多分、留学しても逃げ切れないぞ。皇后も天皇も留学組だからな」

「じゃあ、柊には、今どうしても結婚したい女はいないのか?」

「琉に言われると傷つく」


一雄が真面目な顔で言う。

「三津はどうだ?」

「桔梗学園に入りたいために僕を利用しないでくれ」

「そうすると、碧羽(あおば)も駄目だよな。じゃあ、琥珀(こはく)玻璃(はり)も駄目か」

「頼む。女性サイドにも好みがあるだろう」

「嫌、三津は柊を結構尊敬しているぞ」


篤が手を挙げた。

藍深(あいみ)さんは、俺も立候補しているんで、どさくさに紛れて取らないでください」

「篤は藍深が好きなのか」


賀来人が肩をすくめて言った。

「柊さん、ライバルの動向はしっかり見ていないと危ないですよ」

「柊は、結構恋愛に鈍いところあるよな。三津が言っていたけれど、北海道分校で女医さんがいっぱいいて、悠太郎さんは積極的に交流したけれど、柊は一歩下がっていたって」

「いや、午後の五稜郭のことを考えていたら、とてもそんな気分になれなかっただけだから」

「後、誰かいるか?ああ、猪熊情報だが、妹の美鹿(みか)ちゃんが柊に片思いしているって、聞いたことがある」

「遂に小学生ですか」

「あのさ、美鹿ちゃんだって10歳くらいの年齢差だからね」


琉が天井を見上げた。

「いやぁ、美鹿ちゃんじゃなくて、姉の深雪なら年齢的にも合うぞ」

「もう止めてくれ、女なら誰でもいいわけでは無い」

「じゃあ、今までお前が好きだった女性の共通項を捜して、タイプの女性を・・・」


遂に柊は琉を押さえ込み始めた。

「いい加減にしろ、お前だって女っ気無いだろう?」

「先輩」

賀来人が手を挙げた。

「いっそ、琉さんでいいんじゃ無いですか?」



一雄が寝ている梢を抱き上げた。

「お前ら静かに暴れろ。俺は梢をベッドに寝かせてくる」


柊と琉の取っ組み合いを傍観していた涼が突然、思い出したように重要連絡事項を伝えた。

「あー。思い出した。明日、熊狩りが入ったって飯酒盃(いさはい)医師(せんせい)からの伝言だ。今回は遂に万里(まり)笑万(えま)の2人がデビューするらしい」


柊は、自分たちのデビュー戦を思い出して、背筋が寒くなった。そんな柊を琉が心配そうに見つめて言った。

「今回は、『熊に叩かれても大丈夫なスーツ』着用らしい」


「俺、着てみたことある。その装備を着た後は、こうやってガードするんだ」

そう言うと、涼は柔道の寝技の防御姿勢「(かめ)」をやって見せた。

「頭は耳まで覆うヘルメット、首筋は襟を立てれば、(あご)までカバーできる。背中から足先まで、打撲にも()み傷にも耐えられる」

「涼、コロンってひっくり返されたらどうするんだ。顔にはガードはないぞ」

柊の質問に涼はなんともないように答える。

「それまでにみんなが熊を撃ち殺してくれる。防弾機能もついているから、流れ弾に合っても大丈夫なんだ」

「おい、待てよ。伏せている人間越しに、銃弾を撃ち込むのか?法律違反だ」

「コロンとひっくり返されて、顔面は爪で削られるのとどっちがいい?」

「ちょっと待て、今回の熊はツキノワグマだよな?」

「ああ、今回の熊はなかなか檻で捕まえられなかったやつなんだ。

東城寺の納屋に入ったり、倉庫を荒らしたり被害が大きくて、早めに駆除しないとならないんだ」


「どうしてそんな危険な猟に、久保埜姉妹を連れて行くんだ」

「久保埜姉妹は、もう鹿も猪も撃ったことがあるんだ。今回は、柊の他に、飯酒盃医師、大町さん、一雄、琉と舞子と俺。今、美子(よしこ)さんが山に入らなくなって、もう次のハンターを養成しなければならない。熊が出る機会は何度もあるわけじゃないから、人が多い内に熊撃ちを体験させたいらしい。」

「勿論、見学だろう?」

「撃つのは飯酒盃、大町、一雄の3人で、俺たちは背後を守る」




 翌朝は、前日の夕方降った雨が霧となって立ちこめる、熊撃ちには余り適さない日だった。しかし、天気予報では、翌日以降また数日雨が降るので、決行することになった。

装備をつけた者の感想は「蒸し暑い」だった。特に今日は地面から沸き上がる湿度が多く、新型装備の中は気持ちの悪い汗でいっぱいだった。


「暑いよね。KKGに使用報告する時に、絶対これは報告しよう。もっと通気性が欲しいって」

「こら万里、ヘルメットをちゃんと装着しろ」

「無理です。熊が出たらちゃんとつけます」

そう言って、万里は首元のジッパーもかなり下げている」

柊は(高校生が制服着崩すのとは、訳が違うのに、いうこと聞かない奴らだ)とイラだった。


 新装備は、熊のGPS信号が上腕に映る仕様なので、飯酒盃医師と大町、一雄はターゲットを半円に囲んで山頂に追い立てている。GPSは昨年、晴崇(はるたか)が苦労して、桔梗村に生息するすべての動物につけたのだが、震災の後に、他の地域から海を泳いで来る動物にはまだ、対応できていない。

 画面に映る個体は、熊1頭なので、そこに注視すると他の個体から意識が()れてしまうのが欠点だ。

 涼と舞子、柊は、その他の個体の気配に意識を向けようとするが、がっちりガードされた装備のせいで、周囲の気配が上手く感じ取れない。


 ヘルメットから舞子の声が聞こえる。

「地面から50cmの位置に動物が削った跡がある。猪かも、注意して」

柊と涼は、双眼鏡を取って、周囲を見回した。


笑万が、通信越しに情報を送ってきた。

「笹が揺れています。何かいる!」


パン!

発砲音が聞こえた。

「猪かと思ったけれど、子熊だった」

笑万ののんびりした声が聞こえた。


「そこから離れろ、笑万」

飯酒盃医師の緊張した指示が入った。子熊を撃てば、母親が戻ってくる可能性がある。

笑万は事態を理解して、舞子がいる方向に全速力で走って逃げた。

並んで立っていた万里も、後を追おうとしたその時、

「きゃあ、ヘルメットが木に」


柊が「いわんこっちゃない」と叫んで、猟銃を涼に渡して駆けだした。

万里はヘルメットのバンドが木に引っかかって、ジタバタしていた。ヘルメットを外して首の後ろにぶらぶらさせていたからだ。

駆け寄った柊は、腰のナイフでバンドを切って、万里を自由にした。

「待って、ヘルメットを拾って・・・」


「柊、熊がそっちに向かって行く」

振り返ると、3人の囲みの間をすり抜け、母熊が必死の形相でこちらに向かって走ってきていた。


熊が狙っている万里は、ヘルメットを装着していないだけでなく、いつの間にか上着を脱いで、腰に袖で結びつけていて、上半身は半袖のTシャツ姿だった。あのままでは、熊を撃とうにも万里に流れ弾が当たるのが怖くて撃てない。


「くそ。あの馬鹿娘!」

柊は咄嗟(とっさ)に自分の上着のジッパーを下げ、万里に向かって走り出した。

ヘルメットを取ろうとしてかがんでいる万里に覆い被さった。自分の上着の中に万里を包み込んだのだ。頭と上半身が隠れれば、熊に銃を向けることが出来る。


パン、パン。

乾いた銃声がするが、熊の荒い息は、まだ途絶えない。

ドガシュ。

ヘルメットを叩かれた。最後に聞こえた爪の音が、背筋を凍らせる。

「重い・・」

うつ伏せの万里に自分の全体重が乗っているが、体勢を今更変えられるわけもない。


「柊、返されるぞ。反対に身体を(ひね)ろ」

涼の声が聞こえるが、反対に捻ったら、万里が守れない。

「柊、熊の腕は2本だ。どこに腕があるか、意識しろ」

「はぁ?ああ、そう言うことね。両手で返そうとしている間は、他には攻撃が来ないって訳だな」

捻った身体の下で、万里が息をついているのが見える。しかし、万里が立ち上がって走り出そうとするので、空いている腕で胴体を抱え込んだ。

「何するんですか?」

「走っても追いつかれるだろう。僕の身体の下に隠れていろ」


パン、パン。

再び銃声がした。

今度は、柊は、熊が倒れた重みを感じた。熊は少し身体を上下していたが、次第に動かなくなった。万里を抱え込んでいる腕に、生暖かい液体が流れてきた。

「きゃぁ。血!血!柊の血?嘘」

(僕の血は、そんなに生臭くないぞ)



周囲に複数の人の声が聞こえた。

「柊、よくやった。帰りは、ドローンを呼ぶから乗って帰れ」

飯酒盃医師に、頸動脈(けいどうみゃく)や腕などを確認された。起き上がろうとすると、「頭を熊に殴られているから」と、押さえつけられた。

柊の身体の下から、引きずり出された万里は、周囲の冷たい視線にさらされていた。

「何故、装備を脱いでいる。柊に守られていなければ、死んでいたところだ」

「暑くて、手にも汗が流れてきて・・・」

「万里、『ごめんなさい』だよ」

笑万に(ささや)かれて、やっと万里は、小さい声で「ごめんなさい」と(つぶや)いた。



 保健室で、寝転がりながら、柊は今度は、久保埜外科医師に謝られていた。


「柊君、本当に御免。万里は考えなしで、柊君がいなければ、顔を半分削り取られるか、死んでいたわ。命の恩人よ」

柊は、もうため息をつくしか無かった。


 今回使用した装備の性能は素晴らしく、柊の脳波に異常は全く無く、熊の血液を浴びた場所からも感染症の疑いもなかった。しかし、念のため、1晩保健室に泊まることになった。

事件が起こったのは、柊が男子寮に戻ったその晩だった。



 柊はその晩、再び熊に襲われる夢を見た。

「柊、亀の姿勢だ。仰向けに返されるな」

涼のアドバイスの従って、柊は熊に返されないようにした。しかし、手は2本のはずなのに4本の手で柊は遂に返されてしまったのだ。熊は柊に馬乗りになったので、柊は顔を守ろうとした。

 突然、梢の泣き声が聞こえた。


柊は夢から覚めたが、腹の上には万里が馬乗りになっていた。


「万里?何しているんだ。笑万?梢に何をしようとしている」


ドアが開いて、一雄が入ってきた。

「入るぞ。梢が夜泣きしているなら・・。笑万?女子が何で男子寮にいるんだ」

「俺も聞きたい。お前ら何で男子寮にいるんだ」




 薫風庵の御白砂(おしらす)で、美規(みのり)に、2人が申し立てたことをここに記そう。


美規「何故、男子寮には入れた?」

万里「桔梗学園の総務なので、うちらの桔梗バンドには、どこの寮にも入れる権限があります」

美規「何故、柊の部屋に入った」

万里「一昨日、猟の時に柊さんに命を助けられたので、御礼をしようとして」

美規「『御礼』とは何をするつもりだった」

万里「柊さんが内親王から結婚を迫られていると聞きました。だから、柊さんが結婚しないで済むように」

美規「結婚しないで済むように何をするつもりだった」

万里「子供を・・・」

美規「万里がしようとしたことは『強姦』だぞ」

万里は、顔を青くしてうつむいた。


美規「続いて、笑万は何故、梢を抱いていた」

笑万「梢ちゃんが泣いていると、他の人が起きてきて邪魔になるかと思って」

美規「梢をどこに連れて行くつもりだった?」

笑万「私達の部屋だと、お母さんに知られるので、ちょっとお散歩に連れ出そうと」

美規「それは『誘拐』というんだ。笑万は万里の行動を止めようとは思わなかったのか」

笑万「だって、柊さんが嫌な結婚するなら、そこから逃げるために協力してもいいかなと、私も思ったので」

美規「柊が喜ぶと思ったのか?」

笑万「柊さんの気持ちは・・・・考えませんでした」


美規「千尋(ちひろ)医師、聞いたとおりだ。申し訳ないが、お嬢さん達をここに置くわけにはいかない」

千尋「はい。長い間、ここで勤めさせていただきありがとうございました。本日中にここを出て参ります」

万里「お母さん。ごめんなさい。もう二度とこんなことはしません。柊さんが許してくれたら、ここにいてもいいでしょ?」

千尋「あなた、『レイプ』の加害者に何度も会いたい?男女関係なく、会いたくないのよ。柊はこれから先、何度もあなた達にされたことを思い出して嫌な思いをするわ」

笑万「おかあさん。『レイプ』なんてしていないわ。ズボンも降ろしていないし・・・。ちょっと馬乗りになっただけなのに。梢ちゃんだって、泣き止んだら戻そうと思っていたわ」


久保埜医師は黙って、2人の腕を取って、立ち上がらせた。

「すいません。1から教育をやり直します」


そういって、久保埜医師は泣きわめく娘達を引きずって、薫風庵から出て行った。


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