北海道分校視察
1月になって、本業が忙しくなってきました。週に3本は上げたいと頑張っています。気長にお待ちいただければ、嬉しいです。
翌日は北海道分校の中を陸匠海に案内して貰った。
「本当は女子バレーボールは、どうも俺の性には合わなくて受け入れるのが嫌だったんだ。そもそも男子監督が怒鳴り散らすイメージが強くてさ。パワハラが横行している環境だよな。そして、女子監督でも、育った環境が怒鳴る、叩くが横行している世界だったせいか、やっぱり怒鳴るんだ。それが、桔梗学園に合わなくて、何度も監督や選手と話し合いを続けて今の形になったんだ」
自分でもバレーボールをするので、匠海にはバレーボール界の風潮に一家言あった。
一行の前には、女子監督とマネージャーが立って、自分たちの練習について解説を始めた。
最初に口を開いたのは、マネージャーだった。
「初めまして、マネージャーの岬大和です。桔梗学園さんにはいつもお世話になっています。東城寺舞子さんのサポートをしていたスタッフ協力の下、私達の希望するプレースタイルに必要な筋力トレーニングや、効率的な練習を行っています。・・・・」
バレーボールは非常に練習時間の長い競技だ。バスケットボールのように走る競技や、柔道のようにパワー系の競技は長時間は練習できないが、バレーは1日練習など普通に行う競技だ。ただ、そのため、常にジャンプを余儀なくされるアタッカーの負担は大きく、肩や膝の怪我が頻発する。
そのため、練習構成や作戦などについて、最新科学を持ち込み、練習をしているというのだ。また、サーブの変化球についても研究を深め、多くの選手が数種類のサーブを打ち分けられるようになったらしい。
また、足でボールを扱えるルール変更に対応した技術の研究も始めたらしい。
「確かに相手コートから遠い場所からの返球は、足の方が強い球が返せるよな」
「はい。卓球の方やサッカーの経験者から色々なアドバイスをいただいています。女子の身体の柔らかさが、足を高く上げての返球に向いているみたいです。でもやり過ぎるとセパタクローと変らないじゃないかと言われるので、秘密兵器にしていますが・・・」
「男子の柔道もサッカー経験者が足技上手いって言うからな」
他競技との交流って必要なんだね。
「卓球の見学が最後だね。新潟を含め、北国では卓球人口が多いんだよね」
「狭い場所で身体を動かせるからね」
三津が柊の袖を引いた。
「ウインタースポーツは、桔梗学園では受け入れなかったのですか?」
「そうだね。そもそも北国のスポーツだからね。競技者が北日本の方が多いから、桔梗学園に来なくても受け入れ先が多かったんだ。
また、氷が必要な施設は、申し訳ないが金が掛かってしょうがない。それよりも、子供も大人も生涯できるような運動を優先したかな?」
「新潟ではスキーを授業で行う学校が減ったよね。北海道はまだやっているところがあるけれど。三津ちゃんもしたことないでしょ?」
「はい。大昔は桔梗高校でも、冬にスキー教室があったとは聞いたんですが、何度も雪不足で中止になって、最後にはやめちゃったみたいです。
私はスキーもスノーボードも出来ません。藍深ちゃんはスキーしたことある?」
「ううん。怪我したら野球に差し障るって、お兄ちゃんが行かないから、私もない」
「本当は色々なスポーツをした方がいいよな。柊もそう思うだろう?」
「僕はバドミントンと将棋、後小さい頃、スキーは少しやったことがある。
そうそう、桔梗学園に来て、プールで泳ぎを習った。命を守る技術だって、涼と琉と3人で、蹴斗にたたき込まれた」
「バタフライまで?」
「いや、近代泳法じゃなくて、水府流太田派とかいう古式泳法を習った。「伸し」とかいう横泳ぎとか、船から飛び込む『イナ飛び』とか、顔を水面につけない飛び込み方とか習った・・・」
「あー水府流ね。真子ちゃんが得意なんだ。まあ、その技術で晴崇を助けたんだけれどね。水難救助の方法をみんな習ったよ。巻き足して材木持ち上げるとか、遠泳とか、着衣水泳もやった。Gパンなんか履いていたら、水中で脱がなきゃならなくて、ついでにパンツも脱げちゃって・・・。御免。女性の前でする話じゃなかったな」
「まあ、実際津波ではどんなに泳げても、助からないけれどね」
柊の言葉に、みんなは急にしみじみした。
「そうだ。昼食前に北海道分校の敷地を見学しないか?うちだけ、他の分校と違うところがあるんだ」
そう言って一行が連れて行かれたのは広い牧場だった。藍深が目を輝かせている。
「農園の代わりに、牧場があるんですね」
「あー。ちょっと違うな。敷地が広大で見えないだろうけれど、この牧場の向こうに、玉蜀黍や馬鈴薯、玉葱なんかの広大な農場があるんだ。そして、手前に乳牛や肉牛、羊もいるし、馬も飼っているんだ。ほとんどが道産子だけれど、ばんえい競馬用に俺の趣味でばん馬も数頭飼っている」
そう言うと、匠海はよく通る口笛を吹いた。遠くから道産子に乗った女性がやってきた。
「獣医の小畑氷魚です。どうですか?馬に乗ってみませんか?」
三津と藍深が代わる代わる、氷魚の前に乗せて貰って、牧場を回っている間に、匠海と柊は話を続けた。
「綺麗な人だな。いくつくらいだ?」
「28歳。綺麗だろう?北海道には、北海道大学と帯広畜産大学に獣医になれるコースがあるんだけれど、東京や関西で獣医をやっていた人が、今回の震災で北海道に戻ってきたんだ。それから、旭川医大出身で医者やってきた人も。
それで、北海道に獣医や医者が集まってきたんで、北海道分校で女医や女性獣医の募集を掛けたら、10人くらい集まったんだ。特に牧場があるから、獣医も4人採用できて嬉しいよ」
「で?氷魚さんが、一番匠海と仲がいいと・・・。10歳近く年齢差があるな」
「鞠斗と鮎里さんだって、結構年が離れていただろう?年齢なんか気にしていたら、独身の女医さんを紹介しないぞ」
柊はしかめ面をした。別にそこまで彼女が欲しいわけではない。
「僕は紹介して貰わなくていい。悠太郎さんは興味があるかも知れないけれど・・・」
「じゃあ、昼休みの時に食堂で紹介するよ」
悠太郎は「いいえ」と手を横に振ったが、まんざらでもなさそうだった。
昼食会場では、久し振りに外部から人が来たというので、好奇の視線が集まった。悠太郎は、はにかみながらも、聞かれるがままに自己紹介をしていた。柊は舞子が早く来てくれないかと、気もそぞろだった。午後の仕事を考えると、浮かれてばかりは、いられなかったからだ。
大きなガラス張りの窓の向こうに、見慣れたドローンが見えた。
「お待たせ。お兄ちゃん何にやけているの?」
「悠太郎義兄さん、お楽しみのところ申し訳ないのですが、お帰りの時間です」
涼の操縦するドローンで、悠太郎と三津、藍深が桔梗学園村に帰るのを見送って、柊と美子と舞子は五稜郭まで、出発した。