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柊と梢

今日も遅くにアップすることになりました。

 富山分校で1泊したメンバーは、午前中に桔梗学園に戻った。急な宿泊で保育施設に妹の(こずえ)を預けたので、柊は気を使って、富山土産「甘金丹」と「鹿の子餅」を買って帰った。

明日は日曜で、本来なら1日梢の子守をしなければならないところ、北海道分校への出張がある。

明日のお詫びも兼ねて、「お姉様方」に和洋両方の菓子を買ったわけだ。


五月(さつき)、急な泊まりで申し訳なかった。疲れてドローンを操縦できなかった」

「いいえ、夕べも理子(りこ)さんが、梢ちゃんを連れ帰ってくれたのよ。瑠璃(るり)ちゃんが『梢ちゃんと一緒がいい』ってゴネたから」

「理子さんのところ、珠季(たまき)君もいるのに申し訳なかったなぁ」

大町(おおまち)さんが、『2人も3人も同じ』って喜んで連れ帰ったから・・・」

「今日は1日梢ちゃんと遊ぶの?」

「明日も出張だからね」


 梢はもうすぐ1歳10ヶ月。歩くのも上手で、走ることもできる。年齢より大きな身体で、白い肌、薄い色の瞳は光の加減で青くも見える。

「梢ちゃんって綺麗だよね。お人形さんみたいだね」

五月は何の気なしに梢を褒める。

小さい頃はさほど目立たなかった外国人の血が、ここへ来て主張し始めたのか、髪の色もブラウンが強くなって、緩くカール始めた。

太陽を背に受けて、梢を抱き上げて顔を覗き込むと、目の色の奥に青い色素も見える。


「柊さんのところは、どこかに外国人の血が混ざっているのかな?梢ちゃんは目がよく見ると青い感じがするよね」

「そうかな?光の加減かもね」

柊は適当にお茶を濁した。正式な保育士なら、桔梗学園の子の出自(しゅつじ)を詮索したりしないが、五月はまだまだ見習いである。悪気もないだろうが、他の保育士に(にら)まれて、口を閉ざした。


「梢ぇ。夕べは楽しかったか?瑠璃ちゃんとねんねしたか?」

夕べのことを覚えているわけもないのだが、「瑠璃」が意味することは分かるのか?上のクラスのゾーンにいる瑠璃を指さす。

「そうだ。『瑠璃ちゃん』だね。何して遊ぶ?お人形?」

瑠璃と日中も遊んでいた頃は、人形遊びが好きだったが、最近はどうも積み木をしているらしい。柊は、タブレットを持って昨日までのまとめをしながら、片目で梢を追っていた。


 突然、背中をどつかれて振り返ると、3歳児4歳児に囲まれていた。

恐怖の時間がやってきた。最近は梢もお相撲組に入れて貰いたくて、寄ってくるが、梢が年長の子供に潰されないよう守りながら、ギャング達の世話をするのは一苦労だ。

どうも、相撲を好きな保育者がいて、TVで9月場所を見ていたのだろう。子供達には今、相撲ブームが来ているらしい。


 大相撲の7月場所、9月場所は共に福岡国際センターで行った。両国の国技館は川沿いでかなり浸水したらしいが、力士達は福岡に移動して、相撲を続けている。ただ、相撲人材は北国に多く、相撲協会からは4月の地方巡業にドローンを出して欲しいという依頼も出ている。現在、外国籍力士を国内に連れてくることが出来ないので、東日本を回り、人材発掘をしたいらしい。


(流石に象やカバのようには運べないよな)


変な想像に笑いがこみ上げそうだったが、倒れた振りでサボっていたことを子供達にバレて、蹴りが入ってきたので、しょうがなく、立ち上がってゴジラに変身することにした。

「ガオー。誰だ。蹴ったのはぁ」

高く掲げ上げられた子供は、嬉しくて、「もう一回やって」とまたむしゃぶりついてきた。


 12時が来て、梢と食堂に避難するまで「ゴジラやって」コールが続いた。


「梢、お昼楽しみだね」

先を歩く梢のぴょこぴょこ動くお尻を見ながら、柊は笑った。


「あれー。柊、今日は梢と一緒なんだね」

舞子と涼のテーブルが()いていたので、子供用椅子を寄せて一緒に食べることにした。

「梢ちゃんは、綺麗に食べるね」

「いや、ポテトやパンケーキだし・・・」

そう答えながらも、梢の成長が嬉しい柊であった。


「明日の出発は何時?」

「9時だよ。明日は旭山動物園見て、北海道分校に向かう。一泊して、五稜郭(ごりょうかく)に寄って帰るらしいけれど、なんで行くかは分からない」

柊は肩をすくめた。

「五稜郭には私も行くらしい」

「だから、俺が明後日、北海道分校に舞子を連れて行って、帰りに悠太郎さん達を連れ帰るらしい」

「五稜郭で何するんだよ。だいたい五稜郭タワーにでも上るのか?」


舞子と涼は顔を見合わせた。

「五稜郭タワーは、防衛上の問題があって、今封鎖されているよ」

「なんで?あ・・」

柊は思いだした。皇居の移転先が、五稜郭であったことを。


舞子が声を落として、説明を始めた。


「今、五稜郭に仮皇居を作ってあるんだって」

「いや、五稜郭にはそんな広さはないぞ」

上物(うわもの)は質素だけれど、地下4階の広大な仮皇居が作ってあるらしい」

「いつから?」

「北海道知事に交渉して、R国の核攻撃にも耐えられる避難シェルターとして、5年前から造っていたそうだ」

「じゃあ、地上部分は?」

「桔梗学園の高級コンテナ住宅を運び込んで、外部の人との会合や面談が出来る施設を作ってある」

「皇族はどこに住んでいるの?」

涼が指を下に向けた。

「地下か」


「で・・・だ。僕たちはまさか、天皇に会いに行くのか?」

「まあ、『拝謁』して、現状の説明をするって感じ?」

「説明したって、天皇が政治を行うわけじゃないじゃん」

「でも、知らないのも困るねってことで、加須総理代行と美子(よしこ)ちゃんと私と柊で行くことになったみたい」

「いやいや、舞子までは分かるが、何故、僕が行くの?涼が行くなら分かるけれど」


「俺はボディーガードにはならないよ」

涼はまだテーピングが外せない手首を見せた。

「でも、柔道の練習をしているくせに・・・。だいたい、舞子と違って僕は、色々なことを知らされていないんだ。このまま、抜き差しならないところに連れて行かれる前に、早めに海外の大学に行ってしまえば良かった」


「梢ちゃんはどうするの?」


梢は急に自分の名前が呼ばれて、目を見開いた。


「やめよう。梢も聞いているし」

そう言いながら、柊は梢の口に、ジュースをこぼさないように運んだ。



夕方、柊は梢を連れて、男子寮に帰った。現在男子寮は人数も減ったので、柊と梢は二人で一部屋を使っている。琉は山田一雄と、駒澤賀来人(かくと)生駒(いこま)篤と二人部屋を使っている。


「へー。珍しいね。男子寮の全員が風呂に集まったね」

琉が嬉しそうな声を上げた。

「そもそも琉達がいつもドローンシュミレータの練習で遅いからじゃないか」

最近、篤をドローン部に引き込んだので、琉と賀来人は篤を鍛えるのに夢中だった。

篤が肩をすくめた。

「明日は日曜日だから、今日は早めに終わらせたんだ。柊さんは、明日も北海道分校に行くんですよね。今度は三津さんと藍深(あいみ)さんを連れて・・・」

「え?ああ、そうらしいね。万里や明日華は、分校に行っても余り出会いがないから、次にバトンタッチしたらしいぞ」


一雄が、湯船のヘリに頭を乗せて、妹の顔を思い出していた。

「なんか、三津は北海道だから、『上空からでもエスコン見えるかな』って楽しみにしていた」

「あー、そうなんだ。岐阜分校に行けなかったのを恨んでいるかと思った」

「恨んではいないだろうけれど、がっかりはしていたな」


篤は目的の質問を柊にぶつけた。

「藍深さんは何で連れて行くんですか?」

柊は、深い湯船でふらつく梢の腰を支えながら答えた。

「さあ?俺は決定事項を聞かされただけだから、よくわからない。美子さんも行くって言うし、気が重いな-」


琉が、湯船に浮かんでいた黄色い「あひるさん」を梢に渡しながら、突っ込んだ。

「北海道分校しか行かないの?」

「まあ、流れから言ったら、旭山動物園も視察に行くんじゃないか?」


「エスコンに行くなら一雄さん行きたいでしょ?」

賀来人が一雄に水を向ける。

「行きてー、後で、明日の対戦のカードを調べよう」

「一雄、行くとは限らないぞ。明日って日曜日だろう?チケット今から買えるわけないじゃないか」


梢がうっかり足を滑らした。10本の手が伸びて梢を助けようとした。


「お姫様は、自分そっちのけで話をしていることに、怒っていらっしゃるようです」

琉が面白おかしく茶化すと、梢は誰でもとろけさせるような笑顔で声を上げた。

(俺が留学したら、この笑顔も見られなくなるんだよな)



 風呂から上がると、まだ8時なので、子供用サークルに梢と入って、柊は仕事の続きを始めた。珍しく一雄がサークルに入ってきた。

「梢の子守をしてくれるのか?助かるよ」

「梢ちゃんって、本当に綺麗な子だよね。お前の妹とは思えないよ」

(きょう)の方が綺麗で可愛いじゃないか」

「まあ、でも梢ちゃんも大きくなったら、あのくらい可愛くなるんじゃないか?」

「京のことは否定しないのかよ。いいね。リア充は」


一雄は柊の皮肉には答えず、梢の積み木遊びに付き合っていた。

「なあ、柊。お前は大学にいつ帰るんだ?」

「当分、帰れないだろうね。東京があの状態じゃ。いっそ海外に留学しようかとも考えているけれど」


梢は少し眠くなったのか、一雄の膝に上って積み木遊びを始めた。

「その時は、梢ちゃんをお母さんのところに預けるのか?」

「まあ、そうなるかな?今は外務省は移転先でバタバタしているけれど、4月になれば少し落ち着くだろう?そうしたら俺は、秋入学には間に合うんじゃないかな。まだ、国際線は運行される確証がないけれどね」

「梢ちゃんを俺が預かってやろうか?」


柊は、一雄の顔をびっくりして見つめた。

「どうしたんだ?」

一雄は自分で自分の言葉に驚いていた。半分眠り掛けていた梢を膝から降ろすと、サークルから出て行こうとした。梢は急に動かされたので、泣き出してしまった。


「あー、いや、今の言葉は忘れてくれ。断っておくが、変な意味じゃないからな」

柊は、タブレットを横に置いて、泣いている梢を抱きかかえて、あやし始めた。

梢は柊の胸に身体を預けて、またうとうと始めた。

「待てよ。説明しろよ。どうしてそんなことを言い出したのか」


一雄は半分(また)いだサークルから、また戻って、柊の側に座った。

「御免。変なこと言って。俺、子供がもてないかも知れないんだ。京は気を使って、子供を作る努力をしてもいいと言ってくれたんだけれど。俺はあいつに無理をさせたくなくて、子供はいらないって言ったんだが・・・・」


柊は深くため息をついた。

「だが、子供がいらないは本心じゃなかったって訳か。悪いが、お前達が子供がもてない理由は僕に話すなよ。それは夫婦の問題だから、京にしたら、他人に話して欲しくないだろう」

「そうだな。忘れてくれ。ただ、子供が欲しい人がいる一方、子供がいらない人もいると思うと・・・」


「あのさ。僕は梢を『いらない』とは言ってないから。ただ、『本来母親のところにいるべきじゃないか』と、言っているんだ。僕は兄だが、親じゃない。琉みたいに『兄弟すべてを面倒見る』なんて思うのは、レアケースだ。一雄だって、雄太や三津を一生面倒見ようなんて考えていないだろう」

「そうだな。時間を掛けて現状を受け入れないといけないな」

「そこに、京と話し合うという選択肢はないのか?」

「京を傷つけたくない」

「でも、何も話してくれないのも辛いと思うんだが・・・」


一雄は顔を手で覆ったまま動かなくなってしまった。


「なあ、どうして子供が欲しいんだ?子供が出来ない夫婦もいるし、男ばかりで女が欲しいと思っても生まれない夫婦もいる。生まれた子供に障がいがある場合もある。子供さえ生まれれば幸せって言うのは『幻想』だからな」


一雄は顔から手を離して、不思議な顔を柊に向けた。


「なんだよ。僕は、梢の世話だけでなく、弟と親父の生活の世話も、それから寝たきりの祖父ちゃん祖母ちゃんの世話もしてきた。もう一生分の家族の面倒を見てきたんだ。お前より世間のことは分かっていると思うぜ。

子供が生まれなくても、信頼し合うパートナーがいれば、その方が一生楽しいと思うな。

今、お前の手元にいる京を大切にすることの方が大事じゃないか?

手に入るかどうか分からない未来の『幸せ』を求めて、肝心の京がいなくなってしまったらどうするんだ。悲しんでも手遅れだぞ」


柊は梢を抱いて、タブレットを脇に抱えて立ち上がった。


「偉そうなことを言った。悪かった」

柊は呆然としている一雄をおいて、部屋に戻った。


柊は、割り切れないのが人間だと言うことも分かっていた。


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