富山分校視察
正月休みや成人の日の3連休には、連続で話をアップ出来ましたが、仕事が始まるとなかなかそうはいかなくなります。それでも、週に4回はアップしたいと考えています。
富山分校に着くと、九十九剛太とオユンが待っていてくれた。
「柊、久し振り。元気にしていましたカ?」
「オユン、お目出ただって?」
「はい。お腹が大きくなる前に、富山分校で結婚式を挙げマシタ」
そう言うと、オユンはスマホの中の写真を見せてくれた。
「剛太おめでとう。紅羽の結婚式でゲットしたドレス着たんだな。この写真を送ってくれよ。糸川さん達、ドレスを縫ったソーイング部のみんなに見せたら喜ぶぞ。お前もモンゴル風の服を着たんだな」
「ああ、オユンが一生懸命縫ってくれたんだ」
「オユン、遅くなった。こちらが舞子のお兄さん。悠太郎さん」
「舞子の練習パートナーしてくれた人ですよね。本当にありがとうございました」
そう言って、悠太郎は舞子から託された結婚のお祝いを渡した。
「なんですか?」
「犬印の腹帯。西願神社のお払い済みだよ。舞子曰く、お腹の子が大きいと、お腹が肉割れしちゃうから、暑くても、していたほうがいいらしい」
柊が指を2本出した。
「舞子も2人目出来たらしいよ。今度は涼が名前をつけさせて貰えるらしくて、張り切っている」
「そうだネ。今度は苗字も『榎田』をつけるんでショ?今日は涼は来ないノ?」
剛太は、涼が襲われ怪我をした話を知っていたらしく、話を遮った。
「ほら、見学する時間がなくなるから、まず武道場に行こう」
武道場には、森川兄妹と奈良渚が待っていた。
「悠太郎、久し振りだな。今日は可愛い女の子連れているじゃん」
森川洋子が謝った。
「御免ね。お兄ちゃんは高校生とみると『可愛い』しか褒め言葉がないのよ」
「高校生って言えば、武道場に高校生がいっぱいいますね」
剛太がそれについて説明した。
「富山はさ、愛知から避難民がいっぱい来たじゃないか。体育館が避難所になっていて、部活動に使えないんだよ。だから、富山の高校と愛知の高校に体育館を解放しているんだ」
柊が難しい顔をして剛太に尋ねた。
「セキュリティはどうしている?」
「『スタンプをつけること』と『スマホの持ち込みを禁止すること』を条件にしている。でも、すでに8校くらい、それで出入り禁止になった学校がある」
「ペナルティは学校単位なんだ。厳しいね」
「だって、わざわざドローンまで出して体育館使わせているのに、学園内を引っかき回されちゃ困るだろう?」
「送迎のドローンも出しているんだ」
「練習に来られるのは、女子限定なんですか?」
万里の質問に、森川弘晃が答えた。
「男子柔道部員は日曜日に、俺が声を掛けた選手だけが来る。俺や剛太やチームの仲間も練習したいからさ。ただし、監督も親も付き添いは禁止」
森川洋子がそれに付け加えた。
「女子柔道も土曜日に来られる子は、私と奈良先輩が声を掛けた子だけにしているんだ。まあ、強化練習会だね」
「平日はどうしているんですか?」
「地区ごとにドローンを出すので、曜日ごとに月曜は『富山』、火曜は『高岡・氷見』という感じで割り振っておいて、後はネットで申し込むので、実力関係なく早い者勝ちだな。人数が上限に達したら、そこで締め切る。個人名で登録するので、監督は来られないけれど、乱取りしかしないから大丈夫」
「『富山』の中には、富山市に避難している愛知の子もいるから、なかなか熾烈な競争だけれどね。競争があれば、来た時に元を取ろうとするから、練習の質は高いね」
柊が剛太に聞いた。
「運営は、森川さん達に任せたのですか?」
「ああ、何でも1人では回らないし、『報連相』はしっかり行ってくれているんで助かる。じゃあ、体育館のバドミントンを見るか?」
「柊さんはバドミントンをするんですか?」
明日華を見下ろして、柊は冷たく返した。
「遊びに来ているんじゃないんで」
「ここは千葉と茨城の大学2校が練習している。夕方6時過ぎに、体育館を3時間借りて活動している。だからまだ今日は誰も来ていないけれど」
柊が無人の体育館を見て、考え込んでいた。
「体育館にネットはどう張るんだ?体育館のフロアには、ポール用の穴は1つもないが」
「天井と壁面から、レーザーが出るんだ。ちょっと待って、オユン16面で頼む」
オユンがタブレットを操作すると、床面に16面のコートが浮き上がり、それぞれにネットの映像が浮き上がった。
「うわ、すごい。機能を見てもいいか?」
柊は、用具室からシャトルが入った籠とラケットを持ってきた。
「ちょうど、今日の担当医師がバドミントンやる人なので、呼んで・・・来なくても来たよ。あの人が橘医師。橘さ~ん。1ゲーム、お願いできますか?」
さっきまで、どこかで走ってきたのか、うっすら汗をかいた長身の女性が、バドミントン用シューズに履き替えて、体育館の中にやってきた。
柊は、体育館に入る時からバドミントンシューズを履いていた。
「ほら、自分だって用意している」
「備えあれば憂いなし。怪我したら元も子もないだろう?」
明日華の皮肉に涼しい顔で答えて、柊は橘医師と軽くシャトルを打ち合った。
「じゃあ、すいません。1ゲームお願いします」
ゲームが終わって、汗を拭きながら、柊は感想を明日華に伝えた。
「すごいわ。ラインの内側に落ちたかどうかの判定も正確だし、レーザーなのに、ネットインも出来る」
剛太がニヤニヤした。
「そう、このレーザー、実体のあるネットみたいに、シャトルが乗るんだ。人が前に立っても映像が消えないし、大学と『レーザーネット』システムを日々研究しているんだ。
試合場の数も設定によって、自由に変えられるし、シングルスとダブルスでフロアのラインも変えられる」
橘医師も、顔を拭きながら、付け加えた。
「このふわっとシャトルが乗る感じの表現が難しかったけれど、かなり良くなったでしょ?これで、ネットを張ったり片付けたりする手間も、ラインテープを貼る手間もなくなるし、ネットを張る時の怪我もなくなるのよね」
「掃除はロボット掃除機ですか?」
「勿論、シャトルの羽も回収して再利用しているし、水拭きもしてくれるから、練習をギリギリまで出来るのよ」
「大学の学生さん達はどこに住んでいるの?」
「近くに学生寮を借りているみたい。授業はリモートで受けているみたいだし、朝は畑仕事を手伝って貰っている」
「いいね。男女一緒に練習しているの?」
「ああ、ミックスダブルスもあるから、男子も一緒に来るね。体育館しか使わないし、移動制限もしているから、セキュリティは余り心配していないかな」
「最後にグランドだね。まずは体育館の中のグランドからだね」
どこの分校も作りが同じなので、柊達はスタスタと案内もなく歩き始めた。
歩きながら、柊はふと天井を見上げた。
「なあ、プールは開放していないの?」
「夏場はそういう希望もあった。でも、うちのプールは妊婦や乳児が入るプールにしてあるから、水深も低いし、消毒用の強い塩素も使えないんだ。だから、使用希望はすべて断っている。まあ、事故が起こるのも怖いからな」
グランドでは、女子ラグビーの選手が練習をしていた。
柊が思わず声を漏らした。
「本当に女子しかいないんだな。監督もコーチも含めて、女子だけだ。全国から集めたのか?」
剛太は手を挙げて、監督を呼び寄せた。
「選手を集めたというより、ラグビーを出来そうな他競技の選手に声を掛けたって言った方がいいかな」
分校視察隊のところに走ってきた監督は、オーストラリア訛りの強い英語で、話し始めた。
「初めまして、私は、オーストラリアの女子ナショナルチームで監督をしていたアリシア・ウィリアムズです。どうぞ宜しく」
柊は流暢な英語で会話を始めた。
「何時来日したのですか?」
「6月です。桔梗学園の越生五月さん達と一緒に日本に来ました」
「じゃあ、一村蹴斗や紅羽とも知り合いなんですね」
「はい。紅羽ももう少し筋肉をつければ、ラグビーに向いているのにと誘ったんですが・・・」
万里は、憧れの紅羽にラグビーを勧めたというところで、少し嫌な顔をした。
「万里さん、何を話しているか、分かるんですか?」
「明日華ちゃんも、英語を勉強しているでしょ?」
「得意な方なんですが、オーストラリア英語は聞き慣れていないんで・・」
「桔梗学園では、オーストラリア英語も含めて、各国の英語にも慣れるように勉強しているからね。後で、秘密の教材を教えてあげるよ」
「おねがいします」
柊は「秘密の教材」が気になったが、会話を続けた。
「もしかして、ここの選手は陸上や柔道の選手からスカウトしてきたのですか?」
アリシアは目を見開いた。
「よく分かりましたね。柔道の選手にラグビーの瞬発力や肺活量を身につけたら、すごい選手になりますよ。陸上の投擲の選手や短距離の選手もラグビーをすることで、単調な練習にメリハリが出来ます。怪我を避けるサポーターやテーピングが、九十九カンパニーにはあるので、皆さん怖がらず参加してくれます」
舞子の試合用に開発された技術は、ここでも生かされているようだ。
万里が珍しく、質問を始めた。
「あの質問していいですか?女子だけでラグビーすることのメリットやデメリットを教えてください」
「良い質問ですね。でも私が答える前に、あなたはどう思いますか?」
万里は少し考えて答えた。
「メリットは男子と密着せず競技が出来る。セクハラが起きない。怪我が少なくなる。
デメリットは、競技歴が浅いので練習方法が単調になる。体力的に勝る男子と競うことで磨かれる力が、女子だけとの練習では得られないことでしょうか?」
柊はふと、卓子のことを思い出した。ラグビー部のコーチとの間に子供を妊娠した卓子だが、そこにハラスメントはなかったのだろうか?
アリシアはにっこり笑った。
「もう一人のあなたは、今のメリットやデメリットに賛成ですか?」
明日華も自分の意見を聞いてもらったことが嬉しくて、たどたどしい英語で頑張って答えた。
「私も男子と一緒に野球をやっていますが、体力や体格差は感じます。また、野球だとコンタクトプレーが少ないですが、ラグビーだと身体をぶつけ合うので大きな身体の男子とプレーをすることは、怖いと感じます」
「二人とも、男女の体格差や体力差を気にしているけれど、柔道の無差別の試合も体格差があります。私は日本の男性よりも力がありますよ」
そう言うと、アリシアは「Sorry」と言って、悠太郎をお姫様抱っこをした。
「あなたは何キロありますか?」
降ろされた悠太郎は、額に汗を浮かべて、「今は大分減って120kgくらいです」ともごもご答えた。
「男女の差は、女性には子供を産む機能が備わっていると言うことだけです。そして、出産育児のために、運動を続けられる女性が少なくなり、女子選手は女子の相手がいなくなり、自然と男子と練習をしなければならない機会が増えたのです。ここでは、スポーツ選手に帯同する産婦人科医とナニーも育成しているんです。私も産後休暇後、すぐここで仕事しています。あなたの答えになりましたか?」
万里は大きく首を縦に振った。
「では、そろそろ日が落ちるので、急いで外のグランドに出ますか?」
剛太に続いて、一行は外に出た。
「陸上は、競技の特性があるんで、時間を決めて分けて練習しているんだ。夕飯を早めに食べた組が、そろそろ練習を始めるよ」
「走る競技が多いですね」
「投擲は午後ラグビーする子もいるので、朝に練習をしている。後、棒高跳びや走り高跳びは午前に体育館でやっている。道具の出し入れは屋内の方が楽だからね」
「指導者はいるんですか?」
「ネットで指導を受けている子が多いかな。棒高跳びは用具の改良をこちらでやっているし、危険性もあるんで、専門のコーチがいるね」
万里が剛太に質問した。
「選手や指導者はここに住んでいるんですか?」
「森川君や陸上の指導者や選手の男性は、男子寮に住んでいるよ。後、ここには夫婦寮もあるんだ。そっちの白萩地区みたいなものかな。夫婦で選手をやっている人もいるからね」
明日華も最後の質問をした。
「アリシアさんが言っていたナニーさん達は、どこにいるんですか?」
「普段は保育園で働いているけれど、住むのは色々かな。男のナニー志望の人もいるし」
「涼さんみたいですね」
「男性も子連れで世界を回りたい人もいるからね。ニーズはあるよ、給料もいいし」
万里が子守の上手な柊をからかった。
「柊さんもどうですか?」
「おい、万里。『子守が出来る=ナニーになりたい』じゃないからな」
剛太が万里を諭した。
「いや、でも、柊くらいの能力がないと、ナニーには成れないよ」
「柊さんくらいの能力とはどういうものなんですか?」
悠太郎が柊を上から下まで眺めて聞いた。
「まず、3カ国以上の会話が出来て、海外の渡航準備やホテルの手配、滞在先での子供の世話も出来て、健康で運動能力も高くて、一通りのマナーも身につけている」
万里と明日華がおどけて、周囲を見回した。
「どこにいるんですか、そんなスパダリ?」
「うるせー。婿の条件じゃないぞ」
ニヤニヤ笑って、剛太が付け加えた。
「お前達知らないのか?柊のお母さんは外務省勤務で、こいつは、イタリアや台湾などで暮らした経験もあるし、T大学にストレートで入学する頭もある上、バドミントンで北信越大会に出るほど運動神経もいい。そしてお父さんは造幣局勤務のエリートで、お祖父さんは・・・」
「はい。そこまで。個人情報をべらべらしゃべるな」
「あっ。悪い。ついうっかり」
「ファーストチルドレンも、口の軽いのが多いな」
万里は空気を察して口をつぐんだが、明日華はそのまま話を続けた。
「じゃあ、柊さんは英語とイタリア語、中国語も話せるんですか?」
「まあ、台湾ではほとんど英語だが、一応台湾語も話せる。さあ、もう時間だ。そろそろ出発しないといけない」
「柊は疲れていないか?泊まっていってもいいんだよ。天気が崩れるのは明日午後だからな」
万里と明日華は目をキラキラさせた。悠太郎も森川ともっと話したかった。
3人からの圧を感じた柊は、深くため息をついた。自分も、久し振りにバドミントンをしたので、疲れているので、今日はドローンに乗りたい気分ではなかったので、富山分校に泊まることに決めた。
次は、春暁庵での夜の話です。「春眠暁を覚えず」といいますが、秋の夜も長いので、寝坊しないように。