子連れ遠足
本日、2話目のアップです。今まで書く機会がなかった、真子の別れた夫について書いてみました。
「子連れ遠足」は珍しく舞子が企画することになった。目的地は東城寺境内。
祖父悠山や母の勝子も、計画を聞いてかなり喜んでくれた。藤ヶ山のように境内に登る道は崩れていなかったが、子連れの親子が多数来ると言うことで整備をしてくれた。
道の整備は舞子の兄悠太郎も参加し、今回は親として参加予定の大町なども協力した。また、新潟地震の後、東城寺に避難していた高齢者も手伝ってくれた。
「小さな子供も歩くとなると、やっぱり、階段は木の板を渡したほうがいいですね」
悠太郎の言葉に、大町が木の板を並べながら答えた。
「いやぁ、今回はやっと立てるような子も来るんで、子供は基本「空飛ぶ乳母車」で運ぶ。大人の歩く道だけ考えればいいよ。弁当もドローンで運ぶし」
「弁当は子供の分だけでいいですよ。大人には東城寺が芋煮を用意しますから」
「えー、じゃあその準備に前日に来たほうがいい?野菜だけでも切って持ってきたほうがいいよね」
「何人遠足に参加するのか。まだ分からないのですか?」
「当日参加もあるから、未定なんだ。だから一応、弁当を持ってきて、プラスアルファの振る舞いってことでどうかな?」
2人は、少しずつ山を下りながら、木の板を敷いていく。
「助かりますね。家の料理担当は、母さん、祖母ちゃん、伯母さん、従兄弟、後、俊次さんも料理が好きだから手伝ってくれるな」
「俊次さんって?」
悠太郎は、少し周囲を見回して声をひそめて答えた。
「真子学園長の元夫。離婚した後、弟の一本槍慶三さんと一緒に住んでいたけれど」
「一本槍って、震災関連死でなくなった桔梗高校の校長だよね」
「ああ、で、弟も亡くなったし、校長の奥さんも実家に戻って、行き所がなくなって東城寺に来て、寺男みたいなことをしているんです」
「真子学園長は、元夫さんが東城寺にいることを知っているの?」
「多分祖父ちゃんが伝えていると思いますよ。祖父ちゃんは、真子さんの部活の先輩に当たるから、かなり仲いいんで、よく連絡取り合っているみたい。あっ、この木の陰から、俊次さんが見えますよ」
板を置く2人のために、先に道を平らにして降りていく老人の背が小さく見えた。
髪も白いし、背中が丸まっているので大分高齢に見える。
「最近背中が丸まってきましたが、真子学園長と高校のクラスメートだから、来年古稀を迎えるんじゃないかな」
「古稀か、じゃあ今年は69歳だね」
大町は、麓まで行けば、俊次に会えるかと思ったが、そのまま軽トラに乗って、別の仕事に行ったらしく、その顔を拝むことは出来なかった。
遠足の当日、桔梗学園の桔梗ヶ山へ抜ける裏口には、リュックを背負った子供や赤ちゃんとその親が集合した。
舞子とその家族を先頭に、悠太郎達が整地した道を、一行はゆっくり上っていった。
ほとんど歩けない程小さい子は、親に抱かれるか、飛ぶ乳母車に乗るかで、目的地に向かった。
また、6人乗りの空飛ぶお散歩カートも今回初お目見えで、越生五月ともう一人のスタッフに回りを守られて、ふわふわ登っていた。五月は母がオーストラリアに行った後は、母の代わりに保育園の重要なスタッフとなっていた。
空飛ぶ乳母車の考案者、蓮実水脈も空の手を引き、足の悪い奈津を乳母車に乗せて、山を登っていった。今回は、奈津に幼児用義足をつけてきたので、その具合も確認しようと考えていた。
舞子は、涼の手や顔の傷が大分良くなったので、久し振りに3人で参加できて嬉しかった。
晴崇も、圭と一緒に双子を連れて参加した。待望の家族団欒だった。
狼谷柊は「あうく(歩く)」と主張する梢梢の手を引いて、「んしょんしょ」と山道を登っていたが、最終的に「あっこ(抱っこ)」をせざるを得なくなり、心の中で「だから無理だって言ったのに」と思っていた。しかし、脇にスケッチのため参加している五十沢藍深がいるので、どこかニヤけている。
大神琉は、今回は瑠璃と珠季と来ているが、大町と母の理子が2人の面倒を見ているので、柊をからかうのに余念がなかった。
須山深雪は、龍太郎と虎次郎を1人で面倒見るのが、大変だと言うことで、美鹿を手伝いに連れてきていた。美鹿は柊が藍深と並んで歩いているので、なんとなく気分がモヤモヤしていた。
栗田卓子は、槙田緑棟梁の次男槙田生成と一緒に、美鶴を連れて参加した。そろそろ婚約も秒読みと言われているが、生成は、「卓子が自然な形で結婚に向き合えるまでゆっくり待つ」と言っている。
他にも、親は仕事で来られないが、遠足に行きたい子は保母達が付き添っている。
その間、圭の祖母板垣啓子、涼の祖母戎井松子、松子の友人若槻ひなたが、保育施設で、乳飲み子達の面倒を見ていた。
また、今回は子守犬として連れてきた、ビーグル犬のココも嬉しそうに山登りをしている。
今回の遠足は、3歳以下の子が多く、寺の境内で木の実を拾ったり、虫を探したり、原始的遊びを楽しんでいた。親たちは、それをぼんやり眺めながら、親同士情報交換をしていた。
「舞子のところの冬月君、身体が大きいよね」
「まあ、早く大きくなって成長が止まるかも知れないし、誰に似るかな。圭のところはどう?」
圭は膝で眠りこけている晴崇の髪をいじっていた。晴崇は不足していた睡眠をここぞとばかり取り返そうとしているようだった。
「家は双子だから、平均より小さいよね。深雪のところは、双子だけれど大きいよね」
そこへ子供の手を引いて、五月がやってきた。
「だめですよ。お母さん達、他の子と比べちゃいけませんよ。食べ物や運動で、身体の大きさは大分変わりますから」
「は~い」
中学生の五月に注意されて、舞子と圭、深雪は肩をすくめた。
柊と琉は、梢のおままごとの相手を嫌嫌ながら務めていた。最初は蓮実空くんを「お父さん」にしていたのだが、空くんは、「お父さんは寝転がってTV見ている」と言って、反応が悪いので、その代わりにされたのだ。赤ちゃん役の柊は、なかなか脱出できなかったが、琉は「お父さんは出張です」と言って、涼と悠太郎のところに逃げてきた。
「可愛そうじゃないか。『お父さん』」
「五月蠅いな、涼の怪我が心配で見に来たのに・・・」
「俺の怪我?」
涼はざっくり切られた手首を見せるため、袖を撒くって見せた。話を知らなかった悠太郎がそれを見てびっくりした。
「何だ、その怪我は」
「暴漢に襲われまして・・・」
「悠太郎さん、涼じゃなければ、死んでいましたよ。ぼこぼこに・・・」
興奮する琉を、目で黙らせた涼は、義兄に自分から言い訳をした。
「義兄さん、これはドローンを奪おうとした暴漢に襲われた時の怪我で、犯人もつかりましたし、ちょうど医者も近くにいて、適切な処置をしてくれたので、後遺症もないんです。心配掛けました」
「ご両親は知っているのか?」
「柔道でした怪我と余り変わりないですよ。義兄さんだって、膝の手術をしたじゃないですか」
「いやぁ、暴漢なんて・・物騒な世になったな」
涼と琉は顔を見合わせた。
「そうですね。物騒な世の中になりましたね」
「あっ、母さん達が呼んでいる。芋煮が出来たみたいだ。涼は手伝わなくていいよ」
代わりに琉が立ち上がった。
「俺が行きます」
涼は暇になったので、勝手知ったる東城寺の周囲を、ぐるっと回ってみることにした。東城寺の裏手には、柔道場があって、そこは舞子と一緒に練習をした思い出の場所だった。
「最近は、柔道場として使われてないのかな?」
道場の下の窓が、開いていたので覗いてみると、布団が積んであるのが見えた。
震災後は、避難者の受け入れに使っていたので、人の住んでいる気配がする。
ふと、建物の中から、煙草の匂いがした。涼は、咄嗟に道場の入り口を開けた。
「ここは禁煙ですよ」
そこには、初老の男がいて、携帯灰皿に煙草を押し込んでいた。元はイケオジの部類に入ったのだろうが、今は艶のない白髪に、曲がった背中で見る影もなかった。
「いやあ、煙草は必ず、携帯灰皿に入れるから大丈夫だよ」
「何言っているんですか、そもそも道場は禁煙ですし、桔梗ヶ山自体も禁煙です。東城寺でもう火災は起こさせません」
男は小さい声で言った。
「東城寺の火災に寄付をしたのは俺の嫁なんだがな」
「兎に角、悠山先生にお伝えします」
「いやあ、それは困るな。桔梗学園みたいに恵まれたところにいる人は、この震災でも生活は変わらなかっただろうけれど、俺たち高齢者は、家もなくなって、ここから追い出されたら行くところがないんだよ」
「だったら尚のこと、寺を大切にしてください」
「分かったよ。煙草はもう吸わない。でも、家族に捨てられた可愛そうな男に同情して、悠山先輩には言わないでくれよ」
その男の言葉で、涼は、舞子の父誠二を思い出した。
遠くで、涼を呼ぶ声がしたので、涼はその男の言葉には答えず、そのまま道場の戸をピシャッと閉めた。
「どこに行っていたの?」
舞子は潰した里芋を、冬月に食べさせるために冷ましていた。
「道場に行っていたんだが、変な男がいて、中で煙草を吸っていた」
涼に芋煮を手渡していた、舞子の母勝子が眉をひそめた。
「それは、俊次さんね。まぁた、吸っていたのね」
「誰ですか、あの男。家族に捨てられたなんて同情を引いて、悠山先生にチクるなって、感じ悪い」
「他には言わないでね。真子学園長の元の夫。瑛君や志野ちゃんのお父さんよ」
「学園長は離婚したとは聞いていたけれど・・・」
「舞子には話さないとね。あの人、祖父ちゃんのバスケ部の後輩なのよ。
真子さんが俊次さんと別れたのは、あの人の女性関係もあるんだけれど、理由の1つが東城寺の本堂が焼けた時、彼は寄付するのに大反対をしたの。そもそも桔梗学園を作るのも、『金の無駄だ』って言って反対したの。まあそこの意見の相違もあって、離婚したのよね」
「最低の男だね。他に女もいたんだろう?」
突然、ココの吠える声がした。
「暁ぃー」
圭の叫び声が聞こえた。
食事の準備にみんなが注意を取られているうちに、晴崇と圭の子、暁が境内の端まで歩いて行ってしまったのだ。ココは「危ない」と吠えながら走って行き、今まさに暁の服に噛みついて、引き止めていたのだ。
そして、境内の端を歩いていた俊次が、「おう、コロよくやったな」と言いながら、暁を抱きかかえていた。ココはしかし、吠えるのを止めなかった。
「おい、コロ忘れたのか?」
覚えているわけはない。コロはココの祖母に当たる犬なのだから。
そこに晴崇の怒号が聞こえた。
「触るな!」
晴崇は俊次の腕から、暁をひったくるように奪い取った。
「晴崇、どうしたの?折角助けてくれたのに」
圭は見たことがない晴崇の剣幕に驚いた。
俊次は、晴崇の顔を見て目を見開いた。
「晴崇?晴ちゃんの息子か?」
晴崇は暁を左手で抱え、右手で俊次の顔面に渾身のパンチをぶち込んだ。
帯同医師の名波と深海が顔を見合わせた。
「今日は妊婦いるから、あなた、面倒見なさいよ」
「えー」
深海小児科医が、いやいや俊次の診察をした。
「晴崇上手に殴ったね。上の歯が1本欠けただけだわ。後で気持ち悪くなったら、救急車に連絡しなさい。三条市辺りの病院に行けるよ」
「おい、桔梗学園の病院に連れて行ってくれないのか?レントゲンが必要かもしれないぞ」
深海医師が鼻で笑った。
「桔梗学園には、病院がないんでね。だいたい、あんたは桔梗学園の設立に反対したんじゃなかったっけ?どの面下げて桔梗学園に入ろうっていうんかね」
悠山が悠太郎に囁いた。
「俊次を道場に連れて行って、ここにいる人に見せないようにしろ」
興奮している晴崇は、舞子に東城寺の奥の部屋に連れて行かれた。
「晴崇、食事をここに置いておくよ」
舞子が、気を利かせて、晴崇と圭だけにしてくれた。双子は、涼と琉が面倒を見てくれている。
圭は晴崇の興奮が収まるまで、静かに抱きしめて、背中を撫でていた。
「で?手は痛くない?」
そう言われて、晴崇一層強く圭を抱きしめた。
「その力なら、手は大丈夫みたいね」
圭は晴崇の興奮が治るまで、何も聞かないでいてくれた。
「あいつ、俺と京の父親なんだ」
「え?京と晴崇は血が繋がっているんだ」
「そう。50の爺が高校生だった俺たちの母親に手を出すなんて、あり得ないだろう?
俺の母さんは俺を産んだ後、入水自殺したんだ」
「もしかして、無理心中?」
「そう、マーが飛び込んで助けてくれたけれど、母さんは助からなかった」
「京のお母さんは?」
「京を自分の祖母ちゃんに預けて、再婚した」
「そう」
京の方はISでもあったので、生まれた途端に母親が育児放棄をしたのだ。
「それで真子学園長が、2人を親代わりに育ててくれたの」
「『親代わり』じゃない。マーは俺たちの『親』だよ」
圭は、晴崇と京のマーに対する感情の奥深さを知った。
「それで、俺達の母親のために新しい学校を作ってくれたんだ。なのに、あいつはそれに大反対をした」
「何で?」
「金がもったいないって。
そもそも、桔梗学園の構想は元々あったんだ。そこに東城寺が焼けて、そこの再建費用を出す代わりに、桔梗学園を作る時に東城寺から校地を貸して貰うって約束をした」
「それにもあの人は反対したのね?」
「ああ、東城寺の再建費用は、マーのお父さんが事故死した時の保険金なんだ」
「じゃあ、あの人のお金じゃないでしょ?」
「そうだね。マー達にいつから前世の記憶があったか、分からないけれど、未来に投資したから、今俺たちはここにいるんだ」
圭は晴崇を再度抱きしめた。
「そのお陰で、私達もこうやって家族になれたのね」
「ごめんな。お邪魔だろうけれど、みんな帰る時間だよ」
柊の声で2人の抱擁は終わった。
「あの後、悠山住職が、あの男を三条の病院に連れて行った。琉がドローンを操縦してくれたよ。
そして、そのまま、そこの系列老人ホームに入所させるって。二度と桔梗学園の周囲をうろつかないように。
住職がお前に『悪かった』って言っていたよ。『もっと早く追い出していれば、逢わなくて済んだのに』ってさ」
「そのホームの代金は誰が出すんだよ」
晴崇の怒りがまたふつふつ湧き上がってきた。
「入所って言っても、そこで働かすんだって。ここでも寺男として働いていたんだから、そのくらい出来るだろうってさ。身体が利かなくなったら、その働きの代価でそのまま入所させればいいよ。最近、労働力不足で、そういう労働前払い的入所が増えているんだそうだ」
晴崇がしたことで、遠足の空気は悪くなったかって?
まさか、少女に妊娠させて逃げた男が、その報復を受けたことで、何人かは、すごく爽快な気分になった。
そして、帰り道にもう一台ドローンが出て、卓子と舞子を乗せて山を降りた。
そこで、みんな、2人の妊娠を知り、新たな生命の誕生を喜んだ。
藍深のスケッチブックには、晴崇の子、暁と瞬を膝に乗せた柊が、優しい笑顔でままごとのお父さん役をやっている絵が描かれていた。