9月15日
「ヤシマ作戦」は皆さんご存知の「新世紀エヴァンゲリオン」で日本中の電気を停電させることで陽電子砲に大量の電気を集め、第五使徒ラミエルを倒した作戦のことです。でも、私はこれだけでなく、東日本大震災発生後、石森大貴氏が自身のツイッターアカウント「特務機関NERV」で呼びかけた「ヤシマ作戦」も念頭にあって、この言葉を使いました。
ついに9月15日の朝が来た。
東日本は北海道にいたるまで、朝6時から電力の供給が止まった。そして、その電力を使って、核ミサイルへの防御に使うバリアを、東日本全域に張り巡らす「ヤシマ作戦」が発動している。
秋田に有人島はないが、山形の飛島、新潟の粟島、佐渡島にもバリアは設置され、特に飛島と、秋田の無人島のいくつかには、海上まで放射能の影響がないように広範囲に広がるバリアが設置された。
その日朝7時、K国から核搭載中距離弾道ミサイルが、ロフテッド起動で打ち上げられた。
海上自衛隊は、秋田沖にイージス・システム搭載艦を配備していたが、牛島防衛大臣より、「1発目のミサイルは撃ち落としてはならない」との命令を受け、軌道を捕捉しながらも、2発目に照準を定めていた。
Jアラートも加須総理代行の意向で鳴らさなかった。つまり9月15日は、日本国民にとって、ただの防災訓練「電気のない暮らし体験デー」だったのである。
しかし、K国からのミサイルは「有り難いことに」桔梗学園秋田分校の真上に落ちた。流石に、子供達は北海道分校に待避させていたが、バリアの開発に関わっていた研究員は、全員、効果の検証と核の威力の測定、研究のため、秋田分校に滞在していた。
全員バリアの下で、研究員達は目を保護するゴーグルを装着して、天を仰いでいた。
「やばい、やばい。来たよ。発射から到達時間の測定完了」
「バリアにぶつかった」
「外殻バリア生成!」
秋田分校は今日、通常シールドしているバリアより強度の高いバリアで覆われている。
核ミサイルがぶつかる直前、普段張っているバリアの外側に、核ミサイル全体が入る巨大な外殻バリアを張った。
外殻バリアは、ミサイルがぶつかるに従って、どんどん縮まっていく。
「やっぱり、キノコ雲は出来ないもんだね」
「すごい。2枚のバリアで、核融合を封じ込めていく。バリアは持つかな?」
「持たせる。大丈夫だと思っているから、みんなは内部にいるんでしょ?」
2枚のバリアでサンドイッチされた核爆発から発せられる多くの放射線は、外殻バリアにどんどん吸収されていく。
「外殻バリアが吸い込んだ放射線が、どんどん地下に流されていく」
「地下の水素電池製造工場がフル稼働だわ」
今回の巨大なエネルギーを使って、水素電池を作って貯蔵するという計画まで進行していたのだ。大きなエネルギーを使いこなす、このプロジェクトは「龍使い作戦」と命名されていた。
「間に合って良かったね」
「今日もう1回攻撃があったら、かなりヤバいけれど、明日以降なら、『ヤシマ作戦』をしなくても、この大量の水素電池を使ってバリアを保持できるよ」
「K国も自分たちが送った核弾頭がエネルギーとして再利用されているとは思わないだろうね」
「今日中に、出来た水素電池を各場所のバリア発動拠点に運ばないとね」
「桔梗学園の本校に行く人は、12時から美子ちゃんの誕生日会だって」
「いいなー」
「最後の誕生会だから、盛大にやるんだって」
郡山の加須総理代行は、秋田市ポートタワー「セリオン」の上部につけられたカメラで、核ミサイルの落下から消滅までのすべてを見ていた。そして牛島防衛大臣に連絡を取った。
「牛島防衛大臣、見ていますか?」
牛島は声を潜めて答えた。
「ああ、北海道で防衛省のみんなと、幕僚達と一緒に見ている。あの規模の防衛システムを目の当たりに見せられたら、興奮するよな。まあ、幕僚達は次のミサイルの発射に向けて、イージス・システムの発動に気を取られているが、防衛省のキャリアは頭が回る。あのシステムの価値について、我が物のように話し合っているよ」
「だろうね。あのシステムを日本全体に配備できれば、U国の核の傘に入らなくてもいいし、他国に売り出せば、すごい収入が得られる。最高の外交カードだ」
「2発目は来なさそうだね」
「桔梗学園は、少なくとも今日は来ないと言っている」
牛島防衛大臣は眉をひそめた。
「今日は?」
「それ以降何が起こるかは、歴史を変えてしまっているので読めないらしい」
「でも、R国の北海道上陸作戦は、どうも白紙になったようだね」
加須総理代行は、牛島防衛大臣に断固たる口調で質問した。
「北海道より、K国の島根上陸作戦がどうなったか、報告してくれない?」
「11時頃、1万人規模のK国軍が境港から上陸してきたらしいけれど、揚陸船ごと、例の球体バリアに取り込まれたみたい」
「おいおい、防衛大臣がそんな伝聞口調でいいのか?」
「今の情報は、海上自衛隊からの報告だからね。現在、陸上自衛隊の方の作戦は進行形なので、詳細がはっきりしたら中国地方の陸上自衛隊から報告が上がることになっている。
引き上げた球体バリアの中で、乗組員は麻酔ガスで眠らされているらしい。この後、12時に球体バリアが解除されるらしいので、すべての乗員を引きずり出して、九十九カンパニーの研究員が、捕虜にチップを埋め込んでくれるらしい」
「それは何のチップだ」
「その後、K国の捕虜は、四国の空港造成や、関西の地下都市建設に携わって貰うが、スパイ活動させないためだそうだ」
「脱走しようとしたら、爆発するとか?」
「まさか、GPS機能があるだけと聞いているが」
まさか、もっと機能はあるが、それは国のトップにも極秘である。
最後に9月15日の桔梗学園の様子を見てみよう。
9月15日6時、晴崇は、夕べからずっとヘッドホンをつけて、音声を傍受していた。
「晴崇、ちょっと寝たらどうだ?ヘッドホンを少し外せよ」
京が目薬を差しながら、画面を凝視していた晴崇が、やたらとこめかみを揉むのが気になっていた。
「ああ、でも、ここでしくじるわけに行かないから」
晴崇は自分で肩を揉み始めた。
いつもと違う晴崇に、京はしびれを切らして、顔を自分の方に向かせた。
「ちょっと、前髪を上げてみろ」
「目がおかしいぞ。その眼振はいつからだ?」
「夕べかな?少し頭がぐるぐるする」
「舞子、外の部屋に圭がいる。ちょっと呼んできてくれ。美規さん、いいでしょ?このままでは晴崇が倒れる」
「駄目だ。圭をここに入れることは出来ない」
「じゃあ、晴崇を外に連れ出す!」
そう言うと、舞子が晴崇のヘッドホンを外して、肩に担ぎ上げようとした。
「止めてくれ」
晴崇は抵抗するが、世界がぐるぐる回って、倒れ込んでしまった。
美規がそれを見て、涼しい顔で京に指示を出した。
「その眼振は、多分、メニエール病かな?外に出たら、今日の当番、児島医師を呼んで、保健室で点滴を打ってもらえ。京は晴崇の仕事を代われ、舞子も戻ってきたら、1時間おきに傍受に入って。超過勤務は健康に良くないからね」
舞子が圭と晴崇を保健室に運んだ後、戻ってきた。
「ありがとう。あいつは目がいつも隠れているから、誤魔化された。今度から、前髪をもっと短く切らないといけないね」
京が美規に報告した。
「K国最高指導者の音声が入りました」
・・・・・・・・・・・・・・・・
「日本に撃ち込んだミサイルが不発だったって?映像はないのか」
「衛星からの画像では、今まで通りの秋田分校ではないか。また、どこかの海に落ちたのか」
「ふん。まあ、いい。境港の軍を動かせ、上陸開始だ」
「あ“?何、船が浮き上がった。ガスが?ガスがどうした」
「上陸隊からの報告が何故途切れた。隠岐の島沖の戦術核攻撃潜水艦からの通信も途切れたって?訳が分からん」
「2発目のミサイルを撃つかって?今日は止めだ。すべて、止める。
地震や津波の被害の時も、日本国政府は、他国からの救援を全く受け入れなかったし、各地の空港や港からの外国人の入国も制限している。
この3カ月の日本の動きが分からなすぎる。何か隠しているはずだ。
後3ヶ月もしたら、東日本は雪が降る。その時にもう1回。核ミサイルを撃ち込もう。今度は宮城県女川原子力発電所だ。雪に閉ざされた日本は、避難路もないし、体育館に避難しても多くの人が死ぬはずだ。そうだ。クリスマスイブなんてどうだ。やっと復興してきて、希望の光が見えたその時に、ミサイルを撃ち込む。『メリークリスマス』だ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
京が吐き出すように言った。
「2発目は撃たないが、クリスマスイブに女川原発に核ミサイルを撃ち込むそうだ」
美規が鼻を鳴らした。
「12月24日ね。そういうわけだったの」
12月24日は、真子学園長の前世の命日だった。