楽天モバイルパークで遊ぼう
最近、野球場に行くと色々なことで楽しめるんですよね。競馬場も楽しいけれど・・・。新潟競馬場は長い直線距離が特徴です。でも、夏は暑い。
「先輩がまだ来ないんですが・・・」
楽天モバイルパークの入り口で、颯太が心配そうにバス乗り場を振り返った。
珊瑚美子がニコニコして言った。
「大丈夫よ。キャプテンの代わりは、いっぱいいるから」
「篤、出る時、雄太先輩起こした?」
「9時に起きてきたから間に合うと思ったけれど、お手々つないでバス停まで連れてきた方が良かった?」
一雄が深いため息をついた。
(雄太は、キャプテンの仕事は、監督の言ったことを伝えることだと思っていたから、いい薬かもな)
賀来人もニコニコして、一雄に言った。
「修学旅行なんで、いっぱい失敗して貰いましょう」
前のバスから遅れること15分、次のバスが着いた時には、入場ゲートには誰も知った顔はいなかった。
「雄太」
肩を叩かれ、嬉しそうな顔で雄太が振り返ると、そこには大柄な女性達が並んでいた。
「雄太、覚えている?米納津雲雀だよ。今日は三津が始球式で投げるんだって?」
雄太は全員を見回して、いやーな気持ちになった。岐阜分校の野球部の面々だった。それでも、迷子になっていることは隠して、笑顔を作った。
「岐阜分校の皆さんが、昨日は始球式をしたのですか?」
「いや、昨日は2軍の皆さんとエキシビションマッチをさせて貰った」
「どうでしたか?」
「6回までやって、ドローだったね。うちの投手3人は誰も打たれなかったけれど、向こうの投手も打ち切れなかった」
「投手3人?」
「みんな出産が終わったから、エースも出せたんだ。今日も子連れで野球見学だ」
「これから球場に入るんですか?」
「そうだよ。一緒に入ろう。迷子さん」
バレていた。
「うちらは今日は、子連れなんで、パーティーデッキなんだ。後で遊びにおいでよ。君たちは多分、うちらが昨日いた場所だから・・・。連れて行こうと思ったら、まだ、みんなパークでうろうろしていたね。おーい」
(恥ずかしいから止めてくれ)
「先ぱ~い。あれ?雲雀さん。お久しぶりです。マリーネさん?お子さんですか。可愛いな。今日はご主人も一緒ですか?」
「勿論、今日は荷物持ちだから。昨日はうちら仕事している時に、子守させていたから、今日は野球を楽しむんだって」
マリーネ水野より、一回り小さいが、がっしりした優しそうな男が笑顔で手を出してきた。
「初めまして、妻と仲良くしてくれてありがとう」
「初めまして、俺、甲子園の時お世話になった、桔梗高校の佐藤雄太です」
岐阜分校の女子野球部のメンバーと離れてから、颯太は雄太に話しかけた。
「先輩、やらかしましたね」
「お前は賀来人に起こして貰ったのか?」
「いや、寝坊したんで朝御飯抜いて、賀来人にくっついて来ましたよ。猪熊は玲に起こして貰ったらしいです」
「朝練なんて、聞いてねえよ。お前ら、ジャージ持ってきたか?」
実際は、夕べ、しゃぶしゃぶ店で、賀来人が話していたのだが、彼らはスルーしてだけだった。
「まあ、寝間着はジャージなんで、明日の朝は走れます」
「俺たち、岐阜分校で最終日にやらかして、今度やったら3回目だよな。兎に角、桔梗学園の連中の動きに注意して、行動しようぜ」
「他の連中は何しているの?」
「観覧車が見えるあそこで、遊んでいます」
颯太に連れられて、スマイルグリコパークに向かった雄太は、万里と笑万が手を振っているのを見つけた。
「雄太君、観覧車に乗ろう」
万里達は、雄太の失敗に対して何も言及しなかった。その優しさに万里達の希望も叶えることにした。
「笑万達も一緒に乗るの?」
「だって、みんな並んでいて、グループ一緒に乗ってくださいって言われたんだもん」
万里は男子と二人っきりで、観覧車に乗るというシチュエーションに憧れていたが、諦めたようだ。雄太にすれば、颯太が一緒で有り難かった。
「雄太先輩、一番上から野球場が見えますよ」
「うわー。すごいな。甲子園と違って新しい球場だね」
「甲子園球場も津波に遭ったんだろう?再建されるかな?」
笑万が、はしゃぐ颯太を嬉しそうな目で見ながら答えた。
「大阪や名古屋は割と早く再建されるんじゃないかな?」
万里も頷いている。関東圏の再建は噴煙の影響がなくならないと始まらないようだ。
「野球場もサッカー場も、温暖化の影響も考慮して、立て直す場合は津波避難機能も加えたドームを作るみたいだよ」
雄太が疑わしいと眉をひそめて聞いた。
「誰に聞いたの?」
「う~んとね。食堂で聞いたんだっけ?
研究員の人が、全国に散らばっていろんな話を持ってきてくれるからね」
「そうだね。さっき、オリックスの人が、美子さんのところで挨拶していたから、京セラドームが先に再建されるかも知れないね」
「美子さんって何者?」
「真子学園長の妹で、美規さんのお母さん」
「そうではなくて・・・」
「ねえ。そんなことはどうでもいいから、観覧車で話すのに相応しい話をしようよ」
観覧車が下り始めたことに焦って、笑万が本題を持ち出した。
「雄太君と颯太君は、付き合っている人とか好きな人っている?」
雄太は構えてしまったが、颯太は即答した。
「いませ~ん。今、フリーです」
笑万は早速、万里よりも早く颯太にアタックを始めた。
「そっか、じゃあ、颯太君、笑万と付き合ってくれる?」
「別に、いいよ」
颯太の反応を見て、万里も期待を込めた目で雄太を見た。
しかし、雄太は今そんな気分になれなくて、胸の前で小さく手をクロスさせた。
「えー。万里が嫌いってこと?」
「そうではなく、今、誰かと付き合う気になれないだけだよ」
「雄太先輩はいつも、そうやって女の子の告白を断るんだよ。気にしなくていいよ、万里さんが嫌いって訳じゃないんだ。失敗するのが怖いタイプなんだ」
笑万が颯太に尋ねる。
「颯太君は、失敗を恐れないタイプなの?」
「失敗したらなんか勉強したことになるじゃん。だから、チャンスには一応チャレンジしようかなって、思っている」
「ありがとう、颯太君、私と付き合うことを『チャンス』なんて言ってくれて」
雄太はイチャイチャし始めたカップルの声を聞きながら、深いため息をついた。
そんな雄太の顔を万里が覗き込んだ。
「雄太君知っている?結婚って、結婚したい時に手近な人とするものなんだよ。世界中探して、自分の理想の人を捜していたら、一生結婚できないからね」
「結婚って・・・そんな先のこと」
顔を赤らめる雄太に、笑万も話し出した。
「桔梗学園では、結婚より妊娠が先の人が多いから、そこは『妊娠』じゃない?」
雄太と颯太は、早く観覧車から逃げ出したくなった。
さて、11時を過ぎると、いよいよ売店が賑やかになる。碧羽を隊長とする女子組は、少しでも三津の緊張を和らげようと、選手の名前を冠したスイーツを食べたり、応援グッズを眺めたりして過ごした。
売店ではオリックスユニホームを着た大町が、無理矢理、玲にオリックスの帽子を被せようとしていた。
「止めてくださいよ。僕たちは楽天の厚意でここに入っているんですよ。いくらオリックスのファンだからって、招待席で相手チームのユニホームを着るのは良くないですよ」
「違うな。京セラドームがなくなったオリックスは、今ここがホームなんだ。だから、グッズも売っているし、関西のファンは来られなくても、関東以北のファンはオリックスの応援に来ている。彼らに勇気を与えるためにも、このユニホームは脱げない」
昨晩の夕飯で、大町とオリックス話で盛り上がったのか、猪熊も首からオリックスの選手名が入ったタオルを下げ、加勢をしている。
「玲君、乾選手の応援が出来るなんて、感激じゃないのか?本当なら京セラドームで華々しく引退したのに・・・」
「猪熊君、ここは今はオリックスの球場でもあるんだ。恥じることはない。精一杯、彼の応援をしよう!」
この震災で、オリックスを長年引っ張っていた乾選手も、今年限りで選手を辞める。そんなスポーツ選手がたくさんいるようだ。
騒いでいる男子から、人混みをかき分け、こそこそ離れようとしていた三津は、誰かに腕を掴まれた。
「あー。びっくりした。篤君、何か用?」
「三津さん、何か買えましたか?桔梗高校の卒業生の選手って、楽天の東海林選手でいいんですか?」
篤が、東海林と書かれたMy HEROタオルを掲げていた。
「篤君、それでいいんだ。みんなで先輩の応援しよう」
昼食も食べ、応援グッズも買った修学旅行メンバーは、集合場所につくと、もうそこには賀来人と雄太達がついていた。賀来人は見知らぬ少年と親しげに話していた。
篤が賀来人の近くに行くと、賀来人が少年を紹介してくれた。
「篤、この人、仙台ドローンチームの「楽天」君なんだ。篤と同じ年なんだよ」
「初めまして、『楽天』こと、三木天音です。篤君はドローンはしないの?」
「三木って、球団の社長の?」
「まあ、親戚筋って感じかな?他のドローンメンバーは来てないの?」
賀来人は、玲君を指した。
「あの子がドバイに行った琉君の弟。Ebonyはオーストラリアに行っちゃったし、KとForestは今他のことで忙しくて・・」
「ああ、地震があったり、富士山が噴火したり大人は大変だよな」
賀来人はかすかな皮肉を無視して答えた。
「うちのモットーは『日常を止めるな』だから、俺たちは普通の高校生らしく修学旅行を楽しんでいるよ」
「僕も、野球場に来ているんだから人のことは言えないね。一緒にボックスで観戦していい?」
「いいも何も、君はもっといい席に入れるんじゃないの?」
「野球はみんなで見るもんだよ」
仙台ドローンチーム「梵天」の天才中学生は、同じ年の友達が欲しかったようだ。
全員が集合したところで、今日の招待席に案内された。20人が楽に入れるボックス席で、正面の窓はオープンになっていて、球場の音もよく聞こえるようになっている。テーブルには、なんと牛タンオードブルが並んでいて、飲み物も壁際の自動販売機から、自由に飲めるようになっていた。
「あの、今日始球式に出られる方はどの方ですか?」
案内の球団関係者に尋ねられ、三津が立ち上がった。
「私です」
藍深も、短いスカートで歩き回りたくなかったので、三津と一緒に桔梗高校の体育ジャージを着ていたので、担当はどちらが選手か迷ったのだ。
「では、お友達も一緒に行かれますか?」
三津はこれ幸いと「藍深も来て」と囁いた。
藍深も三津の訴えるような目を見て、しょうがなくついて行った。
エレベーターを降りるとそこには投球練習場があった。
「少しキャッチボールをしますか?あちらが、今日のキャッチャーの東海林選手です」
「あー。先輩、お久しぶりです」
「一雄の妹の、三津ちゃんだね。小さいまんまだね」
「先輩そこは、大きくなったねって言うところです」
少し緊張がほぐれた三津は、キャッチボールの後、東海林を座らせて投げ込んでみた。
なかなか球が安定しなかった。
少し考えた三津は、東海林に提案した。
「先輩、私がするみたいに受けてもらえますか?藍深ちゃん私に投げてくれる?」
三津は自前のキャッチャーミットをつけると、藍深に球種を指定した。
「先ずは内角低め、次に外角から内側へのカーブ」
藍深はしなやかなホームで、三津の言う通りの球を投げ始めた。
東海林と今日のバッター乾は、話し合いを始めた。
「三津ちゃん、この子はお友達?」
「去年のキャプテン、五十沢健太さんの妹で、美術部の藍深ちゃんです」
「嘘、美術部?」
「ねえ、三津ちゃん。提案なんだけれど、藍深ちゃんがピッチャーで三津ちゃんがキャッチャーで、始球式しない?」
「え?いいんですか?藍深ちゃんは?」
この数日間悩んでいた三津を見続けた藍深も、簡単に断ることは出来なかった。
「藍深ちゃんは美術部だし、緊張して球が明後日の方に行っても、誰も何も言わないよ」
藍深はじっと考えた。
「ユニホームは着ないで、このまま学校ジャージで投げていいですか?」
「帽子はどうする?」
「帽子も邪魔なんで・・・」
「じゃあ、ユニホームを着てグランドに出て、投げる前に楽天のマスコット『クラッチーナ』に渡してくれる?投げ終わったらまた着てくれればいいから」
「三津ちゃん、藍深ちゃん、ゴメンね。始球式のお約束なんだ。着たユニホームには後で、希望の選手のサインを入れるから・・・」
「ありがとうございます」
2人は花のような笑顔で御礼を言った。
その頃、ボックス席では一雄と雄太が、フェンスに齧り付いてグランドを見つめていた。
「やっぱり俺が出て行った方が良かったかな?」
「女装して出るんですか?」
颯太の突っ込みに、みんなが笑ったが、山田兄弟だけが、妹の晴れ舞台に緊張しまくって笑うことすら出来なかった。
「あー、始球式が始まる。あれ?女の子が二人出てきた。藍深ちゃんもいる」
2人が、昨年甲子園に出た桔梗高校選手の妹で、今日は2人でバッテリーを組んで、3人の選手と対戦するとの説明が、会場に流れた。
「兄ちゃん、ワイドビジョンに2人の顔が・・・。可愛すぎる」
篤も、藍深に関しては心の中で同意した。
「藍深、行くよ。最初のバッターは東海林先輩。先輩へはスラーダーで行くよ」
東海林の得意な球で勝負をかける。
直球とカーブしか見せられていなかった東海林は、優しく空振りしようとしていたのに、うっかり球に当ててしまった。それもピッチャーの正面に返ってしまった。
藍深は涼しい顔で、それを片手で取り、ファーストに軽々と送球した。
始球式だと言うことをすっかり忘れていて照れる藍深の姿に、観客のハートは鷲掴みだった。
「かわいいじゃん」と三木天音がつぶやいたのを、篤がすごい顔で睨んだ。
2球目の相手は乾選手。選球眼のいい選手だ。
オリックスファンが彼の登場に湧き上がった。
「格好よく空振りしないと始球式じゃないぜ」と東海林の肩を叩いて、乾はニヤニヤしてバッターボックスに入ったが、笑顔はすぐ消えた。懐深くに来た直球を避けようと、仰け反った手に持っていたバットに当たって、大きくフライが上がってしまった。
その球も藍深は、素早く前進してキャッチしてしまった。
ボックス席では春佳が「出た俊足!」と我が事のように喜んだ。
最後のバッターはなんと楽天の則武監督だった。会場中が湧き上がった。昨年、引退して監督についた則武自らが、バッターボックスに立ったのだ。
三津のサインを2回拒否した藍深は、則武監督に全力の直球を投げた。130キロを超える球を則武監督も向きになって振った。球は大きく伸び、外野選手のミットに収まった。
会場中が大きな拍手に包まれた。三津もマスクを跳ね上げて、藍深に駆け寄った。
「ゴメンね。三津のミットにボールが入らなかったね」
「何言ってるの、3アウトだよ。ほら、振り返ってご覧。すごい拍手」
クラッチーナが運んできた、ブカブカのユニホームを身にまとい、帽子を目深に被って、藍深は則武監督の元に挨拶に行った。
「君すごいね。夏の大会楽しみにしているよ。キャッチャーのリードも良かったね」
2人は嬉しそうに、帽子を脱いで、監督や選手に頭を下げながら、会場を後にした。
始球式が終わって、三津と藍深は、制服に着替えてボックスに帰ってきた。彼女たちは、温かい拍手で迎えられた。
17:00
プレイボール
My HEROタオルを持って、野球の応援が始まった。野球観戦初心者は、楽天は颯太、オリックスは猪熊のリードに従って応援を楽しんだ。
今日の試合は接戦で、応援にも熱が入った。特にオリックスの攻撃の時は、大町が立ち上がり、ひたすら大声を上げていた。玲が隅っこに座り込んだ。隅っこには、藍深と篤が並んで座っていた。
「恥ずかしいのかな?」
篤の言葉に、玲は頷いた。
「親だと思うとなおさら恥ずかしいよね」
「大町信之さんは、母さんの彼氏なんだけれど、多分、親認定しているから、もっと恥ずかしいんだろうね」
大町が聞いたら涙を流しそうな言葉だが、興奮している彼の耳には入らなかった。
スケッチに熱中していた藍深が顔を上げた。
「三津ちゃんの活躍を待っていた一雄さんや雄太さんに、悪いことしたかな?」
篤が首を横に振った。
「三津ちゃんが、ピッチャーマウンドに立っていたら、あの兄弟2人は、今頃心臓が止まっていたかも知れないよ」
天音もなにげなく、篤の隣に座り込んだ。
「三津ちゃん?君もかなり目立っていたよ。学校ジャージなんてダサい格好しないで、今みたいな制服でキャッチャーすればよかったのに」
篤が天音に食い付いた。
「ここには、女性の身体を商品と考える人はいないんだよ」
「綺麗なものは見せればいいのに」
篤は今日買った楽天のバスタオルを、藍深の膝に掛けてやった。
藍深はスケッチに夢中で、下に穿いていたスパッツが見えていることに気づいた。
5回裏
「さあ、グランド整備タイムです。6回表から販売開始のスイーツがありますが、皆さんご希望はありますか」
部屋つきの球団関係者から、嬉しい提案があった。メニューまで提示してあって至れり尽くせりだった。
「山田さんと五十沢さんにはサイン入りのユニホームが届いています」
なんと、乾選手の厚意で、オリックスのユニホームまで届いた。両方とも、今日出場する選手全員のサイン入りだった。
大町と猪熊は熱い視線を送ってきたが、後ろで玲がバツを作っているので、三津と藍深は人の目に触れないように、バックの中にしまい込んだ。
6回の表に入ると、球団関係者は部屋の後ろでジェット風船をポンプで膨らませ始めた。
「天音。あれはどうするんだ?」
篤の質問に天音が、肩をすくめて答えた。
「7回表に球団歌に合わせて飛ばすんだ。最終的に勝つと、白いジェット風船も飛ばすけれど、試合が一進一退だからな」
「へえー。観客も色々忙しいんだな。さっきから手拍子を強制されて、手が痛いよ」
「まあ、試合観戦も一種の祭りだからな。試合後は京セラドーム恒例の、グランドに降りられるツアーもこの球場でやることになっているんだ」
雄太と颯太が話に混ざってきた。
「えー。それって、どーいうの俺たちも、グランドに降りられるの?」
「どうって、グランドに降りて、野球のまねごとしたり、インタビューボードの前に立ったり出来るんだ。40分くらい遊べるよ」
「まじかよ。美子さん。いいでしょ?」
「いいわよ。今日はみんなお腹いっぱいでしょうから、走って帰って貰うから、希望者は最後までいてもいいわよ」
「美子さんも走るんですか?」
「走りたいけれど、球団関係者と夕飯食べないといけないから・・・。飯酒盃医師も一緒にいいでしょ?」
「お供つかまつります」
飯酒盃医師は、舌なめずりをした。
天音が同情して尋ねた。
「どこに泊まっているの?」
「仙台駅前のビジネスホテル」
「なんだ。歩いて30分もかからないじゃないか」
「ここにある食べ物を持って帰るといいよ。帰ったらまた食べたくなるだろう?」
試合は夜8時頃終わった。大町達には悪いが、1点差で楽天イーグルスの勝利に終わった。
大町はそこにいるみんなに提案した。
『みんなでグランドに降りて、30分後に全員で歩いて一緒に帰ろう』と。
グランドに降りると、岐阜分校のメンバーも集まってきた。
「颯太もいたんだ。三津も久し振り。いいピッチャーが女子チームに入ったね」
雲雀が藍深を見ると、藍深は貰った帽子を目深に被って、後ずさりして大人の人にぶつかった。
「おっとゴメン」
後ろを見ると則武監督が、ファンサービスに降りてきていた。
「制服姿も可愛いね。一緒に写真撮ろう」
狼狽える藍深を助けたのはまたしても篤だった。
「みんなー。則武監督が一緒に写真撮ってくださるって。集まって」
「ああ、昨日の岐阜分校の人もいたね。赤ちゃん連れか。カメラマンさん。集合写真撮ってくれる?」
後ろから、どんどん人が集まってきて、藍深は抱えていたスケッチブックを落としてしまった。
則武監督はそれを拾って、スケッチをじっと見つめた。
「君が描いたの?美術部は本当だったんだね」
そういって、スケッチブックを大切に藍深に返した。
「君が進みたい道を選ぶといいよ」
そう言って、藍深の頭を叩いた。
写真撮影が終わってみんなが捌けた後、藍深は則武監督のユニホームの裾を引いて引き止め、1枚のスケッチを渡した。
そこには、外野フライを打った則武監督の姿のスケッチがあった。
藍深は応援席に戻って、思い出しながら描いたものだ。
それはピッチャーマウンドの上からしか見られない景色だった。
修学旅行は、もう1日ありますが、みんな疲れてしまったようです。