震災遺構 荒浜小学校
今回は短いので、2話連続でアップします。
2機のドローンは、いったん仙台市から離れ、海岸に向かって飛んだ。上空から見る津波の爪痕は大きく、高い防潮堤といくつかの震災遺構となった小学校が見える。
新潟市も桔梗村も津波で跡形もなくさらわれたことは同じだが、ここでは長い海岸線をずっと波がさらっていったことが見て取れる。その海岸沿いに、多くの人命が失われた慰霊碑が点在する。
一雄が雄太とジャイアントスワンでの津波体験を思い出し、言葉を交わしていた。
「人が死ぬってこういうことなんだな」
「小学校が震災遺構になっているのは、親も辛いだろうね」
「そうだね。俺たちだって足元の後1段ってところまで、津波が来た時はもう終わりだと思ったよ。一雄兄ちゃん達のドローンの光が見えた時は、天国のお迎えかと一瞬思ったくらいだもん」
雄太は、そこで言葉を切って、今まで口に出せなかったことを思い切って尋ねた。
「一雄兄ちゃんは、どうして三津にしか地震の情報を流さなかったの?いや、それよりもどうして体育祭自体を止めてくれなかったの?最初から桔梗高校にいたら、あんな怖い目を見なかったのに」
一雄は、避難を助けても、更に批判されるという一般の感覚に心が痛んだ。
そして、静かに聞いた。
「俺を非難する前に、もしあの日小学校と高校で体育祭が開催されていなかったら、どうなったか考えてみろ」
もし高校で体育祭が開催されていたら、保護者の何割かは自宅にいたろう。
もし小学校で運動会が開催されて、卒業生の中学生や近所の高齢者を招待していなかったら、桔梗村の多くの高齢者は自宅にいて津波にのみ込まれていたろう。
賀来人も篤も答えは分かっている。玲も少しは分かったようだ。だが、雄太、颯太、猪熊にはよく分からなかったろう。こういう不満が重なって、桔梗学園が非難される日が来るのだろうか。
「三津は、何も聞かずに指示に従ってくれた」
大町の操縦するドローンは、ゆっくりと高度を下げ、とある小学校のグランドに降りた。
飯酒盃号もすぐ横にドローンをつけた。ここが震災遺構荒浜小学校だ。
高校生達は、1階から無人の小学校に入っていった。希望すれば、ガイドの人を頼むことが出来たが、桔梗高校生にとっては、それほど長い時間いられる場所ではなかった。
階を上がるごとに、津波に追い立てられるように、観客席を駆け上がった当時を思い出した。
4階の展示施設では、14時46分の地震発生から、27時間後となる避難者全員の救出までの映像が流れていたが、涙なしでは見られなかった。
藍深は例のごとく、4階から見える海を描いていた。どんよりした雲の下の海は、多くの命を飲み込んだ海であり、藍深自身も、自分が泣きながら描いているのに気づかなかった。
「ここは全員が助かった小学校なんだよね」
「ヘリで救出されたそうだ」
「でも、あそこに見えるたくさんの住宅基礎を見る限り、多くの家が流され、たくさんの人が亡くなったんだろう」
そう言った雄太は、ドローンの中で兄が発した質問の答えが分かった。
雄太は広い兄の背に額をつけた。
「兄ちゃんゴメン。体育祭があったから、桔梗村の人はみんな命が助かったんだね」
実際に津波に遭わなかった桔梗学園の生徒も、感じるところが多かったようだ。
「みんな高台に住むようになったんだね」
万里が海から大分離れたところに並ぶ新しい住宅を見てつぶやくと、賀来人が答えた。
「喉元過ぎれば、また海岸沿いに済むんだよ。記憶は薄れる」
「法律で海の側に住めなくしちゃえばいいのに」
「それか、うちらみたいにまとまって住んでバリアに守られるようにすればいいのに」
今まで海を見ていた玲がやってきて、賀来人に質問した。
「すべての日本人がバリアの中に住めるようにするって、出来るの?」
「今の技術じゃ無理だね。膨大な電力がいる」
「桔梗学園の電力って、排泄物、太陽光、地熱の融合だよね。
今みたいに、噴煙で太陽光が使えない時はどうしているの」
「うちは潮力発電も研究しているけれど、まあ、火山灰の影響がなくなれば、新潟島全域くらい使えば、太陽熱発電も出来そうだね」
「太陽熱発電をするには、新潟市全域を更地にして、発電しないといけないって話なの?」
賀来人が、玲の首を抱えて耳元に囁いた。
「玲、九十九農園で何を学んだのかな?」
玲ははっとして、口を閉じた。幸いなことに、側にいた誰にも聞こえていないようだった。
「沈黙は金」
ドローンに乗っても、津波体験派と未体験派に大きな温度差が出来た。
未体験派は、津波体験をした者の深い傷を目の当たりにした。これも今回の旅行の大きな収穫であった。
喉元過ぎれば熱さを忘れる
人間の性ですね。