恋バナ
区切りがいいので、これでひとまとめにしましたが、もう1話アップします。
9月6日土曜日、生憎の小雨模様だった。グランドに待機していた2機のドローンに、男子は大町号、女子は飯酒盃号に分かれて乗って、修学旅行に出発した。
いつも遅れることがない藍深と三津、春佳の3人が、最後に息せき切って乗り込んで、ドローンは定刻通り出発した。
「どうしたの?寝坊でもしたの?」
碧羽が優しく聞いたが、藍深は真っ赤な顔をして下を向いていた。
「顔が赤いよ。熱でもあるの?」
額に手を当てられそうになって、藍深は慌てて仰け反った。今まで押さえていた、やたらと大きいカーディガンの前がはだけた。
藍深の隣に座っていた明日華が隠していたものを見つけてしまった。
「どうしたの?そのスカート」
顔を隠したまま、何も言えない藍深に代わって、三津がことの顛末を話した。
「明日華、そんな大きな声で聞かないでよ。卓子先輩のスカート、めっちゃ短かったんだよ。でも、最初借りた時、ズボンの上から穿いて、ウエストが大丈夫だったから、そのままにしていて・・・」
碧羽がその後を引き継いだ。
「スカートだけ穿いたら、膝上15cmくらいだったわけ?」
「そう、藍深ちゃん、背は卓子さんと同じくらいなのに、足がかなり長かったんだ」
万里と笑万が突然笑い転げ、空気を一変させた。
「わかるー。見て、万里は紅羽先輩のスカートで、先輩との身長差10cm近くて、10cm直して貰ったのに、足はもっと長くて、ほら膝下スカートになった」
「うるさい。笑万だって、須山先輩のスカート身長が同じだからって直さないで穿いたら、やっぱり膝下。うちら姉妹って、胴長だって、今朝気づいたんだよね」
碧羽は足をばたつかせる双子を見て、彼女たちなりの優しさを感じた。
「まあ、最近は長い方が恥ずかしいかもね。ベルトでウエスト上げて、上からポロシャツブラウジングさせて被せたら?」
「先輩、ベルト持っていますか?」
「無いな。でも、大判のハンカチ2枚つなげればいけるかも」
明日華が藍深に聞いた。
「藍深ちゃん、そのカーディガン誰の?」
「見送りに来ていた柊さんが、貸してくれたの」
「それさー。腰に巻いたら?まだ外は暑いよ」
「でも、袖が伸びちゃうよ」
「洗えば大丈夫だよ。汚したって伸びたって、多分怒らないから」
明日華ちゃん、よくご存知で。
そんなこんなで制服で盛り上がる女子ドローンと違って、男子ドローンは昨年のような盛り上げ役がいないので、大変静かだった。猪熊も以前のようにはしゃぎすぎて途中で帰されてはいけないと、今は自重している。
雄太と颯太は2人だけで、他を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
「花火の日、雄太達はどこに行ったんだ?」
颯太の質問に、雄太はつまらなそうに答えた。
「浜に花火を見に行っただけ。他に選択肢がないから、万里といたけれど、別にタイプじゃないからね」
「雄太はぐいぐい来るマネージャーとか、嫌いだもんな」
「あー。昔、近清那とかいう変なマネージャーいたよね。あれは異常だから」
「じゃあ、大人しいところで藍深は?」
「あいつ?あいつは男を駄目にするタイプだよ」
「へ?魔性の女?」
「違う。なんでも出来すぎなんだよ。運動が出来て、頭が良くて、絵も上手で、美人でスタイルも良い。一緒にいると、努力している自分がどんどんつまらない人間に見えてくる」
「まあ、三角ベースの時はびっくりしたけれど、成績も良かったっけ?」
「あいつは本を見るだけで覚えられるんだ。教科書の中身を映像でインプットしているみたいだ」
「いいなぁ。じゃあ、テスト前に教科書をパラパラ見るだけでいいの?」
「さあ、『授業中先生の話を聞いているだけで、覚えられる』って言っていた」
「もしそんな女が妹だったら、お前どう?」
「えー?自慢したい?かな」
「そうか?俺は三津が俺を頼ってくると嬉しいけれど、三角ベースの時みたいに、俺より優れているのを見せつけてくると、カーッとなってコントロールが利かなくなる」
雄太は,自分の考えを確認するように話し続けた。
「健太先輩も、藍深を見ていてイライラすることなかったかな?」
「健太先輩って、勉強も運動も出来たからそんなことないと思うよ」
「でもさ、健太先輩って藍深に冷たかったの覚えている?」
「えー?まあ、俺たちが野球していても、必ず『お前は球拾いだ』って言ってボールを打たせたことなかったよな?俺は運動神経が鈍いから、怪我しないように打席に入れなかったのかと思っていたよ」
「三角ベース見ていると、三津と同じくらい野球が出来るよね。見ていただけで、あんなに出来たら嫌な気がしないか?」
「俺さ、藍深が『親はお兄ちゃんの野球を優先して、私をおいて行った』って思っているけれど、事実は逆だと思っている。健太先輩が潰れないように、藍深から離したんじゃないか」
「まさか?」
男が集まると女の話ばかりになるのか、もう一つのグループでも恋バナが展開していた。
「で、賀来人は中学2年生の越生五月ちゃん、玲は中学1年生の深海由梨ちゃんと付き合っているわけだよね」
猪熊はやっぱりお調子者だった。彼の自重は30分も持たなかったようだ。
「賀来人君はそうだと思いますが、僕は深海医師に頼まれて、外出の付き添いをしているだけで・・・」
例ははにかみながら訂正した。
「クリスマスマーケットって、カップルで行くところだぞ。外出じゃない」
篤も参戦した。
「賀来人も、五月ちゃんをドバイまで連れて行って、彼女じゃないって言えないよね」
賀来人は照れてはいたが、全否定はしなかった。
「あれは、五月がお母さんと最後の別れで、それに赤ちゃんが3人いたら、ベビーシッターもそれなりに必要なんだよ」
「はいはい、でも好きなんだよね」
「勿論、誰にも譲りませんよ。玲だって浴衣デートしていたもんね」
「それは、いつもパソコンの授業をしてもらっているので、御礼を兼ねて・・・」
猪熊がそれに突っ込んだ。
「へー。じゃあ、俺が由梨ちゃんに告白してもいいかな?可愛いし、守ってあげたいな」
賀来人と篤が揃って、手を振った。
「止めたほうがいい、由梨の話は、俺たちでもついていけないところがある。由梨と四十物李都は、学園の中でも超ギフテッドと言われているからね」
「ギフテッドって?」
「先天的に高度な知能を持つ子のことで、まあ、一般にIQ130以上の子を指すけれど・・・」
「それって、俺の頭が悪いから駄目って言っていませんか?玲はそんなに頭がいいんですか?」
「悪い。そういう意味じゃない。桔梗学園には『守って欲しい』ってタイプの女性がいないんだ。
舞子さんと涼さんだってそうだろう?舞子さんが自由にやっているのを、涼さんが見守るって言うか・・・」
「それって『尻に敷かれる』って言わないか?」
猪熊には、まだ賀来人や篤の話が、よく理解が出来ないらしい。
一雄はぼんやりドローン内の話を聞きながら、物思いにふけっていた。
男の力を削がないように、女の力を押さえつける外の世界にいた者は、自由奔放に生きる桔梗学園の女性の考え方は理解できないだろう。そして、それを普通に見ていた桔梗学園の男子の考え方は、外の世界の「常識」と大きく違うのだろう。
自分は京と一緒にいると、絶えずリーダーシップを取らなければならないという強迫観念から自由になれる。ただ、最近は京と話すことが少なくなっている。祭りの日以来、一緒にいられない。悩みや困ったことがあれば、話して欲しいのだが・・・。
次は動物園に行きます。