制服と三角ベース
三が日の後は、土日です。ゆっくり正月を過ごせて有り難いのですが、皆さんはどうでしょうか?
山田雄太が話し合いの最後に手を挙げた。
「じゃあ、修学旅行隊長の珊瑚美子さんと、ここにいる全員に、監督と運転手も兼ねた医者、もう一人の運転手大町技術員さんの合計17人で行くってことで、決定ですか?」
野球部キャプテンの雄太には、このまったりした話し合いが我慢ならなかったのだろう、ここは自分がリーダーシップを取らなければならないと、話し合いの前面に出てきた。
賀来人は眉をしかめたが、万里は「格好いい」と、そのまま彼に話し合いを任せるモードに入ってしまった。
「万里さん、計画ありがとうございます。自分たちも高校で一度も修学旅行に行けないかも知れないと思っていたので、有り難い申し出です。
では、旅行前にいくつか話し合いをしたいのですが、このまま続けていいですか?」
「何か、話し合うことありますか?」
「学習のための旅行なので、『目的』とか『役割』、『服装』『決まり』『班決め』『事前学習』などが必要かと」
一雄が頭を抱えた。
(こいつはこういうところ、融通が利かないんだった)
万里も想定外のリーダーシップなので、そのまま任せるわけにはいかなくなってしまった。美子や大町は、何か面白いことが始まると楽しそうにしていた。
笑万がまず反撃の狼煙を上げた。
「『目的』は『親睦を深める』『震災学習』『地域やスポーツを盛り上げる』で、いいでしょ?
『役割』は臨機応変、『服装』は自由、高校生が『決まり』がなければ動けないわけないし、『班』はその場に応じた組を作ればいい。『事前学習』なんてネットで興味あることを各自調べておけばいいと思うんだけれど・・・」
佐藤颯太が口を挟んだ。
「俺らは、甲子園に行ったチームとして紹介されるから制服で行くけれど、なあ?」
桔梗高校出身の者達は、曖昧な同意を示した。
しかし、三津はそこにある問題点を顕わにした。
「桔梗高校だった人は制服があるけれど、元々桔梗学園の人はないよ」
「私も、体育祭の時、制服が入っていた鞄が流されてしまって、制服はありません」
藍深がはっきりとした声で発言した。
今までの話し合いで沈黙を通していた碧羽が、そこでやっと口を開いた。
「2校の合同修学旅行なんだから、制服に拘らなくていいんじゃない?それに、『なんちゃって制服』って方法もあるし?」
桔梗学園出身の者は全員きょとんとした。碧羽がそれに対して説明した。
「制服のある学校では、制服を着崩しては学校のルール違反だという先生と対立するんだ。
それなのに、制服っぽい服をみんなでお揃いできるのも高校生は好きなんだよ。
それを『なんちゃって制服』って言って、敢えて着ることもある。短いチェックのスカートとか、ルーズなネクタイとか・・・
『制服ディズニー』とか言って、わざわざ制服着てディズニーランドに友達と行くこともあるらしい」
大町が制服話に入ってきた。
「俺の姉さんって、東京のT高校だったんだけれど、なんか行事がある時だけ、T高結びって、胸のリボンを結ぶっていうのだけが決まりだったんだ。なーんとなく統一感があるだけでもいいんじゃないかな?」
猪熊がおそるおそる発言を求めた。
「俺の姉ちゃん背が高いから、久保埜さんにもスカート貸せると思います」
万里がまとめた。
「じゃあ、須山さん、紅羽さん、あと、栗田さんのスカートを借りれば、制服揃いますね。ソーイング部の人にウエスト詰めて貰いましょう」
雄太がまだ気持ちが収まらなかった。
「ドローンに乗る時も分かれるんだろう?出発する前から揉めるの嫌だよ」
賀来人が涼しい顔で答えた。
「大町さんのドローンに男子が乗ればいいじゃないですか?」
万里と笑万が目を剥いたが、琉の発言でそれも決定事項になった。
「いいと思います、桔梗学園は女子が多すぎて、男同士の話し合いが出来ないって、去年もバスは男女別にしました」
雄太はまだ話し合いがしたかったらしい。
「『役割』はどうするんだ?」
柊が静かな声で答えた。
「桔梗学園は『役割』がないから回るんだよ。ここにいる子は、絶えず、今自分がすべきことはなにか考え、そして、どの子もこれがすべてこなせるような訓練を受けている。だから『役割』って概念がないのかも」
琉も付け加えた。
「あと、『決まり』についてもそうだね。『決まり』が無くても、全体の不利益になることはしない。そのために、絶えず周囲を見て、教えられずとも、今の状況がどうなっているか判断できる」
碧羽と猪熊は、琉の言うことが身にしみた。
万里と笑万ももう少し回りのことは考えろと、自分たちが注意されていることに気がついた。
最後に賀来人がにっこり笑って、会を締めくくった。
「と、言うわけで今回の旅行の会計は、美子さんの指示を受けながら、俺がやる。ホテルも俺が取るから、万里、笑万はまず制服調達してきてね。俺と篤は、普通に黒いパンツに白いポロシャツで行くから」
話し合いが終わった高校生が、三々五々散る中で、藍深は、食堂にいた槙田組の人に呼び止められた。
「君が卓子の制服借りる人?」
祭りの時に卓子と一緒に歩いていた人だが、藍深が知るよしもなかった。
藍深は見知らぬガテン系の人に、萎縮して口もきけなかった。
「ゴメン。卓子はさ、今、俺のうちに一緒に住んでいるんだ。俺から制服の件頼んでおくよ。でもな、あいつの制服は、結構丈を詰めていたから、旅行に行く前に、裾丈直したほうがいいぞ」
藍深は、翌日、卓子からスカートを渡されたが、残念なことにこのアドバイスについて、すっかり忘れてしまっていた。
ここに一人、旅行に気乗りがしない男がいた。
「兄ちゃん、俺は別に、修学旅行に行きたいって思っていないんだけれど」
「玲も、一度も修学旅行に行ったことないだろう?」
「俺は兄ちゃんと違って、友達と一緒に風呂に入りたいとか思っていないんだよね」
「まあ、風呂に入らなくても、年の近い友達とワイワイ騒ぐ体験があってもいいんじゃ無いかな?」
「正直言うと、運動部ばっかりで、あの乗りについて行けないんだよ」
「九十九農園を継ぐっていうことは、桔梗学園や桔梗村の人ともっと交流していかないといけないんじゃないかな。いざって言う時、助け合わないと行けないんだよ」
玲は渋々、自分を納得させた。
ここにもう一人、旅行に行くのが憂鬱になってしまった女がいた。
「さあ、肩慣らしから行こう」
そう言って明日華とキャッチボールをしても、三津は上の空だった。
明日華から、三津の現状を聞いた一雄は、修学旅行参加者の親睦を深めるという名目で、急遽、三角ベース大会を開くことにした。
「三角ベース」は、三塁ベースをなくして、三角形の内野を作って、人数が少なくても出来る野球だった。野球と言っても、普通は子供が空き地で行ったりするので、ボールは柔らかいボールを使って、バットやグローブも使わない。球はアンダーハンドで投げるのが普通である。三津に野球の楽しみを思い出して貰いたくて企画したというのが、一雄の本音だった。
外は雨なので、体育館内のグランドで開催された。見学は自由なので、多くのギャラリーが集まっていた。
じゃんけんでチームは男女混合の2チームに分かれた。チームは監督の名前を取って、一雄チームと、大町チーム。
勝ったチームは、球場での小遣いを2,000円のところ、4,000円に増額される。美子の提案だった。
全くの素人もいるので、ボールはカラーボール。バットは使わず手でボールを打つこと。
先攻は一雄チーム。守りの大町チームは明日華がピッチャー、キャッチャーは雄太。ファースト猪熊、セカンド篤。陸上部だった春佳は足が速いので外野だった。キャッチャーが野球部なので、ピッチャーはオーバーハンドで球を投げるというルールで始めた。旅行の準備で忙しい者以外は、全員強制参加だ。
一雄チーム 佐藤颯太、山田三津、高木碧羽、大神玲、五十沢藍深
大町チーム 山田雄太、袴田明日華、須山猪熊、生駒篤、榎田春佳
監督は相手チームの審判をすることになったが、大町のジャッジはかなり辛かった。
一番手にバッターボックスに入ったのは、碧羽だった。運動神経が良い碧羽でも、柔らかいボールのふわふわした軌跡を捉えきれず、空振り三振で終わってしまった。
「ドンマイです。先輩が大きなバッターボックスを作ってくれることが目的ですから、これでいいんです」
三津の小さなバッターボックに、明日華は苦心して、なかなかストライクが取れなかった。無理して真ん中に投げてしまったボールを運ばれ、二塁打を許してしまった。
3人目は藍深だった。目のいい藍深は上手くボールを捉え、セカンドの篤の方向に球を飛ばしたが、篤と明日華が目を見合わせてうろうろしているうちに、あっという間に一塁まで到達してしまった。そして、颯太の走者一掃の強打で、一雄チームは3点を取られてしまった。
頭にきた雄太が、明日華とピッチャーを代わり、玲、碧羽を簡単に討ち取り、攻守が交代した。
守備に回った一雄チームは、ピッチャー三津、キャッチャー藍深、ファースト颯太、セカンド玲、外野に碧羽を置いてスタートした。
1番バッターは明日華。三津はなるべく明日華の胸元に投げようとしたが、身体に当たって、デッドボールになってしまった。
颯太が文句を言うより早く藍深が声を掛けた。
「狙いはいいよ。もう少し辛抱して投げ続けよう」
颯太は自分の言葉を飲み込んだ。一雄の指示だと思った。次のバッターは篤だった。
篤は慎重に球を見て、フォアボールを選んだ。
「相手ピッチャー、球が荒れている・・・」
ベンチで怒鳴りかけた雄太の頭に手が乗った。
「雄太君。この三角ベースは、三津ちゃんのためにやっているんじゃ無かったっけ?」
「すいません」
勝負が掛かると肝心なことを忘れるようだった。
「三津ぅ。内角が定まってきたよ。惜しい。次は的が大きくなるから、ゆったり行こう」
その声の通り、猪熊を三振に打ち取った。続く雄太には外野に運ばれ、球が戻る前に、三津と篤が生還し、雄太は二塁まで進んだ。春佳は雄太の指示通り、バントをしたが、藍深に上手くさばかれ、雄太がホームに戻ることは出来なかった。
戻ってきた雄太は、藍深に気軽に声を掛けた。
「お前、野球できるんじゃないか?」
藍深は素っ気なく答えた。
「健太達の野球を見ていたから、ルールが分かるだけ」
1回が終わって、一雄チームは3点、大町チームは2点と勝負は拮抗していた。
2回戦は、一雄チームは三津の打順からだった。大町チームのピッチャーは雄太のまま。
打つ気十分の三津に、雄太はかなり強い球を投げてしまった。明日華はそれを捕りきれず後逸。三津は難なく一塁まで到達してしまった。続く、藍深も1、2塁間のちょうど真ん中辺りに軽くボールを落とし、猪熊と篤がもたもたしている間に、一雄チームは1、2塁を埋めてしまった。
そして、バッター颯太を迎えて、明日華が必死に身体の全面で雄太の玉を止めようとしてくれたお陰で、颯太を一塁打で抑えることが出来た。点数は1点入ってしまったが、走者一掃にはならなかった。そこで雄太は再び明日華とポジションを代え、藍深をさすことに全力を注いだ。
ピッチャーを明日華に代えたことは、次のバッター玲にとっては幸運だった。玲は雄太の球を1回戦で見たお陰で、次に、明日華の球を余裕を持って打つことが出来たのだ。
「玲~。走れー」
チーム全員の声を受けながら、玲は全力で2塁を回った。
玲は走者一掃のホームランを打ち、ホームベース脇に来たチームみんなと、ハイタッチをした。三津には抱きつかれて、目を白黒した。
しかし、その後、明日華は落ち着いていた。大きく深呼吸をすると、「ゴメン。次、頑張る」と後ろに守る仲間に手を広げた。続く、碧羽を低い球で三振に倒し、三津からも緩急をつけた球で、三振を奪った。
「さあ、雄太キャプテン。どうしますか?こちらは女子の数が少ないんですよ。まず、みんなを鼓舞しませんか?」
大町監督に言われて、雄太は深呼吸を繰り返した。
(メンバーでもポジションでもなく、チームが同じ目的に進むことが大切なのだ」
「みんな集まってくれ、次の打席は1番からだ。みんな目が慣れただろう。思い切って振っていこう」
そういって円陣を組んで声を上げた。
颯太もチームを集め、ポジション交代を告げた。
「相手は三津の球に目が慣れて来たので、次は藍深をピッチャーにする。三津がキャッチャーでリードしてくれ。玲はファースト、碧羽さんはセカンドに動いてくれ。でも、二人ともベースから動かなくていい。ファーストの前の球は藍深がさばく。セカンドの前の球は俺がさばくから。ただし、1塁も2塁も自分の正面に来た球は、はたいてもいいから、後ろに飛ばさないで欲しい」
三津は颯太の作戦を理解した。
「藍深ちゃんって、変化球投げられたっけ」
「まあ、兄ちゃんの真似して練習はしたことがあるけれど」
「じゃあ、私の指示で投げてくれる?簡単だよ。私の人差し指が指す方向に曲げるようにしてくれればいい。それから、スローボールでもいい。必ず取るから」
本業のキャッチャーに戻った三津は生き生きとしていた。明日華は、ほんの少し揺れるボールにつられて手を出し、打ち上げたボールを正面にいた藍深に取られた。
篤には直球の球速の緩急だけで打ち取り、打つ気十分の猪熊には、外に逃げる球と内側をえぐるような内角でせめて三振を取った。
試合を見ていた2人の監督は、藍深のポテンシャルに舌を巻いた。
「始球式は藍深でも良さそうだね」
「いや、藍深は野球部員じゃない。これは三津が背負うべき任務だから、逃げちゃ行けない」
「まあ、それもそうだね。それより、雄太と颯太は大丈夫かい?」
「そうだね。野球部の仲間が次々と、親と一緒に避難したからね。今までは、『女子となんか野球しても上手くならない』って、ふてくされていたから、いい薬になるといいですね」
「玲も子供らしいいい笑顔になりましたよ。気を使わせちゃったね」
試合は5回まで続き、一雄チームの一方的な勝利で終わった。
「やったー。4,000円ゲットだぜー。プラス分は明日華や春佳ちゃんにもシェアするね」
三津の声を聞いて、篤と猪熊が玲の腕を取った。
「玲君、僕たちも野球場で一緒に行動しようね」
玲は、困ったような嬉しそうな顔をしていた。
雄太と颯太は、一雄のところで反省会を開いた。
「妹たちにやられたな。何が足りなかったか、自分たちでよく、女子の行動を観察して考えてみろ」
卓子のスカートが、次回、何かを引き起こしそうです。