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チキン作戦

大晦日ですね。みなさん、今年1年良い年だったでしょうか?昨年の元旦は、地震に見舞われ、苦痛の1年をお過ごしになった方もいらっしゃると思います。新しい1年は少しでも良い年になるようお祈り申し上げます。

「ブラックでいいですね」

今日の晴崇は、前髪をワックスで上げ、柔らかい素材で出来たジャケットを羽織っていた。スマートな仕草で珈琲を机に置くと、すっと後方に下がった。そこにいる京と並んだ。


牛島防衛大臣と加須総理代行の前に、ウエッジウッドの白いジオマグで、コーヒーが並べられた。


今日の窓の外の風景は、真っ赤に色づいた紅葉だった。


「お忙しいところ、再び、桔梗学園まで来ていただき、どうもありがとうございます」


客の前のソファーに座っているのは、美規(みのり)と舞子だった。舞子は薄いピンクのしっかりした生地のオーバーシャツに、紺色の仕立ての良いパンツを穿いていた。

美規は珍しく、緑色のワンピースを身につけていた。

舞子と美規は、3人掛けのソファーに座り、牛島と加須に相対した。


「ここは、桔梗学園なのですか?」

牛島と加須は、ドローンを降りて、地下の道を通ってきたので、ここが薫風庵の地下だとは気づいていなかった。

「ここは、誰にも盗聴されていない部屋です」

美規は無表情に答えた。

「それは、総理代行や防衛省では、秘密が守れないと言うことですね」

「そうですね。長尾財務大臣も家族には口が軽いようなので、ここにはお呼びしていません」


「あいつ、娘に話したな」

牛島防衛大臣が、忌々(いまいま)しそうにぼやいた。


「今日お呼びしたのは、私達が知っている最後の出来事についてお話しするためです」

美規が機械のように話し始めた。

「K国の事件について、調べは終わりましたか?」


加須総理代行は深いため息をついた。

「警視庁からも福岡県警からも報告は上がっていません」

「相変わらず、警察は隠蔽(いんぺい)体質ですね」


「我々も、あなた達から、情報を直前に言われるので困っています」

牛島防衛大臣はむっとして答えた。

「まあ、情報は、早く伝えても対策が上手くいくかは分かりませんからね」

美規は、空になったコーヒーカップを晴崇に差し出した。


「我々の調査では、今回の事件の概要は分かっています。

K国の人間が、桔梗学園のドローンを奪って、それに核爆弾を乗せ、富士山の噴火に合わせて、核爆弾を火口に落とそうとした・・・と、、・・・」

加須総理代行は、珈琲にむせた。

「嘘」


牛島防衛大臣は少し情報が入っていたらしく、目をすがめて言った。

「で。どうやって、それを阻止したんですか?」


「その話は後でしましょう。9月13日から1週間台風の接近がなく、いい天気が続くという予報が出ていますね」

「は?まあ、そのようですね。2週間続いた大雨は、九州地方に甚大な被害をもたらしましたので、自衛隊は災害派遣に向かっています。この1週間の晴れ間に、人命救助も進むといいのですが・・・」


「雲もほとんどない秋晴れは、飛行日和です」

加須総理代行は、ハンカチで口を拭きながら尋ねた。

「何がおっしゃりたいのですか?」

「K国が、核搭載ミサイルを日本に打ち込むのにちょうどいいと申し上げているのです」


牛島防衛大臣は、武者震いをした。

「K国の攻撃の前に、先日の事件をネタに、先制攻撃をしろと言うのですね」

舞子が、不安そうに牛島の興奮振りに目をやった。


美規にとっては、想定内の反応だったようで、すぐそれに反応した。

「いいえ、攻撃に対して、反撃をしないで欲しいのです」

「なっ。そんな世界中から『臆病者』呼ばわりされます。攻撃に対して、我々自衛隊は反撃できるんですよ」

「核戦争でもするんですか?」

「いや、迎撃ミサイルを撃ち込みます」

「日本に2つの国と戦うほどの軍事力はありません。U国に応援を頼めば、第3次世界戦争が勃発します」

加須総理代行は、美規の言葉に反応した。

「もう一つの国とは、R国も北海道から上陸すると言うことですか?」


 美規は、晴崇から受け取った珈琲を飲みながら、大きな窓一面を世界地図の表示に変えた。

「見てください。K国はここの発射基地から、1発の核搭載ミサイルを我が国に発射します。訓練のため打ち上げたが『誤って』落ちてしまったと言う口実を用います。

当然、自衛隊がこの情報を事前に知っていたら、迎撃ミサイルを撃ち込みますよね。

K国はそれを待っています。『訓練なのに国内にミサイルを撃ち込んだ』と言って、ウクライナで共闘をしているR国に救援を頼みます。

R国はもう打つ前から潜水艦で北海道周辺に軍備を配置していますので、上陸はあっという間です。北海道部隊だけで対応できる数ではありません。東北の部隊は今、九州に向かっていますよね」


牛島防衛大臣は悔しそうに唇を噛んだ。

「そして、北海道全域を実効支配します。北方四島なんて本当は目的ではなく、第2次世界大戦の時、手に入れるはずだった北海道を手に入れられるんです。そして、弱体化した日本をK国と分け合って、U国に対峙します」


窓一面の世界地図の日本の北半分は、あっという間に、R国色に塗りつぶされていく。


「U国は、日本本土でR国と戦う気十分です。日本は今まで、大陸からU国を守る形になっていましたが、R国とK国に奪われれば、一転して、U国は太平洋を挟んで、敵国と向かい合う形になるのですから・・・」


口を両手で押さえて美規の話を聞いていた牛島防衛大臣は、絞り出すように言った。

「もし、仮に、その想定が真実だとしたら、桔梗学園にその対策はあるんですか?」


美規はゆっくり2杯目の珈琲を飲み干した。

「『Back to the Future』という映画を知っていますか?主人公マーティがいつも人生の選択を間違える場面がありましたよね」

「ライバルのビフに『chicken(臆病者)』と言われると、マーティはいつも人生の選択を間違えるんですよね」

「加須総理代行は、『Back to the Future』がお好きですか?」

「もしかして、あなた達は『スポーツ年鑑』を持っていたんですか?」


美規は肩をすくめた。

「いや、『chicken(臆病者)』の話に戻しましょう。男性は『臆病者』という言葉がお嫌いで、すぐ戦争に突入しますが、女性の私達なら『臆病者』と言われても大丈夫ですよね。何も失うものはない」

「いや、防衛省幹部は男性ばかりなので」


「逆らうものは首にすればいい」

京が小さい声で言った。


「では、桔梗学園の『チキン作戦』についてお話しします。

9月15日7時、K国は日本の秋田県に核弾頭をつけたミサイルを発射します。照準は桔梗学園秋田分校。彼らは私達がお嫌いなようで。

それに先だって、東北電力一帯の送電をすべて止めていただきたい。

当然、Jアラートも鳴らさない。

青森、秋田、岩手、山形、宮城すべてを覆うバリアに、東北電力すべての電気を使います」


「『ヤシマ作戦』だね」

牛島防衛大臣がつぶやく。

「エヴァンゲリオンですか?まあ、こちらは撃つわけじゃなくて、来たものを吸収して、地下に流すだけですので、撃ち損じはないです」

「バリアに当たった爆弾やミサイルの残骸はどうなります?」

「その辺は企業秘密です。残骸はK国にも東北の人にも分からないように処理します」

「その後は?」

「それで終わりです。停電のお詫びでもしたらどうですか?」


「北海道近辺のR国の潜水艦は?」

「そのまま帰るでしょ?」


「もし、上陸したら?」

「通信網は遮断しておきます。原子力潜水艦なので、海に沈めたくないので・・・」


「防衛省はどうすればいいのですか?」

「今までのK国から発射されたミサイルのように、『日本の排他的水域のどこかに落下し模様』という報道で、済ませればいいじゃないですか」


「もう1回撃ち込んできたら?」

「『DEATH NOTE』でも使いますか?」

牛島防衛大臣はその回答に怒りを感じたが、加須総理代行はなんというか、肩の力が抜けてしまった。

「美規さんって冗談言う人なんですか?」


「私達の話は終わりです。もし、この作戦を実行せず、自衛隊が反撃に出た場合は、全国に展開しているバリアを解除し、桔梗学園の全員が国外脱出をします。勿論、今皆さんにお貸ししているすべての機器は、ドローンやLadybugも含めて、その後使用できなくなります。皆さんが大好きなプレハブ住宅もすべて使用できなくなります」

「今まで、全国に桔梗学園から援助の品を貸し出していたのは、この日のためなんですね」


加須総理代行に向かって、今まで黙っていた舞子が口を開いた。

「今年起こったすべての天災を乗り越えられていたのは、その貸出品と我々の作戦があったからではないですか?」

加須総理代行は目を覆った。

「それについては、『今まで行った準備が足りなかった』という一言しか申し上げられません。我々には、『スポーツ年鑑』がなかったもので・・・」


 晴崇が加須総理代行達を促した。

「では、お時間もありませんので、お送りします」

「あなたは、この後の話を知っているの?」

「今回の話は、『スポーツ年鑑』の最終ページの情報で、これ以降のページはありません。

ですから、これ以降、我々から皆さんに流せる情報はありません」



 来客がいなくなった『もっと秘密の部屋』で、舞子はソファーからずり落ちそうな疲労感を感じた。

「美規さん、今の話本当ですか?」

「どの話?」

「うーんと、K国のミサイルやR国の潜水艦の話」

「本当だね。『Back to the Future』で金儲けに使った『スポーツ年鑑』はないけれど、真子ちゃんが取っておいた新聞の縮刷版が2029年9月分まであるんだ。それに地震学会が発行している広報誌「なゐふる」と、火山学会の学会誌「火山」のバックナンバーも揃っている。我々はこの情報を元に、今までの行動を起こしてきたんだ。

前世の真子ちゃんが、地下倉庫に保管していた古い資料が、今私達を救っているんだ」


「9月以降の情報は分からないのですか?」

「真子ちゃん達はK国とR国との戦争に巻き込まれて、亡くなっているからね。資料はそこで途切れている」


「え?真子学園長と珊瑚村長は、本当に生まれ変わりなの?」

美規は珈琲に飽きて、京に豆乳のパックを持ってきて貰っていた。そのストローを加えながら、とぼけた顔で答えた。

「そうだよ。でもね。天災は前回と同じように進行しているけれど、人間が起こすことはよく分からない。

若しかしたら、天災に対する日本の対応が変わったら、K国はミサイルを発射しないかな?と思っていたけれど、富士山には核爆弾を持ち込もうとしたからね」

「ちょっと待って?前世にはドローンはなかったでしょ?」

「うん。K国が小型ヘリで富士山上空を飛んだという事実はある。そして、運悪く、水蒸気爆発に巻き込まれて、ヘリは墜落したよ」

「爆弾は?」

「幸い、その時は不発だった」


「DEATH NOTEの話は?」

京が舞子の頭を撫でていった。

「そこまでは知らないほうがいいよ」

頭の上の京の手を取って、舞子は振り返った。

「ねえ、晴崇と京はすべて知っているの?」

「さあ、マーは嘘つきだからね。すべて教えて貰っているかは知らない。でも、マーが、自分の家族より、私達を選んでくれたから、私達も彼女の信頼に応えたいと思っている」


舞子は「信頼」の意味を考えた。

「ああ、そう言うことね。血を分けた(あきら)さんと志野(しの)さんよりも、晴崇と京を手元に置いているってことは、2人を信頼しているのね」


美規が京をちらっと見て、答えた。

「真子伯母さんは、この二人のために夫の俊次さんを、この学園から追い出したんだ」

京は顔を曇らせた。

「美規ちゃん、その話はいいよ。もう一回、バリアの強度の計算をし直してくる。新潟は大丈夫か、少し不安だから」

「あの、K国から奪った核爆弾は、原子力発電所の地下にまだあるんだよね」


京が振り返って答えた。

「ないよ。バリアの内側で、爆破したよ。何も振動も音もなかったでしょ。事前に、実際の核爆弾を使って、実験できたから良かったよ」


美規はおもむろに立ち上がり、コーヒーカップが並んでいる食器棚から、カップを持ってきた。

「舞子には、晴崇や京をカモフラージュする役をしてもらっている。実行部隊のあの2人を表に出したくないんだ。舞子にはお詫びに、これを」


ウエッジウッドのコーヒーカップ「東京マグ」を、美規はにっこり笑ってテーブルに置いた。

「花見をしたいんだよね」

「カップはどこから取り寄せたんですか?」

「いや、もともとあるんだよ。普通はコレクションから選んで貰うんだけれど、舞子が希望したのはここにあったから、コレクションを見せなかっただけさ」


「なんでそんなにコレクションがあるんですか?」

「みんな海外に行くと、真子ちゃんのために買ってきてくれるんだ。のみの市なんかでも掘り出し物があるからね」


「ところで、真子学園長の病状はどうなんですか?」

「さあ、まだ入院するほどじゃないみたい」


 舞子は、元気そうに動き回っている珊瑚美子についても聞きたかったが、美規にとって実の母であるので、言い出せなかった。

 過去において、2人は同じ日にシベリアで凍死している。真子の余命はあと3ヶ月だと聞いているが、美子はそのまま生き延びることは出来るのだろうか。

明日は、新年なので明るい話をお送りする予定です。

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