男子の「朝飯前」の仕事
朝6時、3時まで泣き続けていた妹たちのそばで、柊と琉が眠りこけていた。
残念ながら、朝はやってきて、涼がドアを遠慮がちに開けて入ってきた。
「柊、起きて。朝6時だよ。梢ちゃん預けてから、集合場所に行くんだろ」
「朝?やっと寝られたのに。『ママはどこ?』って3時まで泣いてたんだぜ。今まで、こんなことなかったのに」
「大変だったな。ベッドが変わったからね。琉も起こしてくる」
「琉?あ、起きてたんだ」
「夜泣きなんて、日常だからね。瑠璃、今日は何着るの?」
「瑠璃、昨日のクマさんがいい」
「クマさん、洗ったよ」と言って、洗濯乾燥機を開けると、ホカホカの服が出てきた。
「神かよ。毎日同じ服が着られるんだ。最高」と言って、寝間着を代わりに洗濯乾燥機に投げ込んで、琉は着替え始めた。今日は予報通り雨なので、部屋に用意してある2人分の雨具と長靴を身につけ、防水軍手をポケットにねじ込んだ。
部屋を出ると、着替えはしたが、まだ寝たままの梢を抱いた柊もちょうど出てきたところだった。
3人は足早に保育施設まで向かった。昨夜泊まりだった越生施設長が、「うめ組」の戸を開けて待っていてくれた。
「おはようございます。こいつ、昨夜3時まで泣いていました。よろしくお願いします」
「こっちも、3時まで泣いていました」
挨拶もそこそこに3人は薫風庵の坂の上まで、全力でダッシュした。
「おはよう。昨夜は、なかなか寝られなかったみたいだね。寝不足の時は事故が起こりやすいから、今日は足場の比較的いい場所で作業するよ」
朝から元気な蹴斗が、薫風庵の玄関口脇の作業小屋から道具を持ってきて、それぞれに渡した。
勿論、竹製の籠も担がせられた。
薫風庵の庭先のから、竹林の中に進む曲がりくねった小道があった。
(クロスカントリーでもできそうな道だな)涼は思った。
山の中腹の少し開けたところで、蹴斗が止まった。
「今日は筍掘りだ。今まで君たちが来る前は、高校生と掘ってたんだが、今日からは君たちの仕事だ。この先っぽが少し見えるやつを、今日は集中的に掘る」
そう言って蹴斗が、竹林の中程まで歩いて行って、斜面に斜めに立った。立った位置の斜め前のちょこんと先が見えている筍のまわりを鍬で掘り始めた。
20センチくらいの筍の根が見えると、蹴斗は鍬の先をその根元に軽く落とした。
取った筍のまわりをむいて、ポキッと折って蹴斗が食べてみせる。
「このくらい若い筍は取り立てなら、生で食べられるんだ。醤油を付けて刺身として、食卓に出すこともある」
3人はそれぞれ蹴斗ものまねをして、筍を掘り出すと食べてみた。
「やべ。えぐみなんか全くない。柔らかい。子供でも食えそうだ」
「それは駄目だな。山菜のえぐみは、小さい子供には食べさせられない。筍は火を通せば大丈夫だけど、あんまりたくさんは食べさせない方がいいな」
柊は親として知らなければならない知識が、たくさんあることに驚いた。
「さあ、今日の昼食用の食材だ。籠いっぱい取ってくれよ。後、掘る時は斜面の下側を掘っちゃ駄目だ。下の足でしっかり踏ん張って、自分の斜め上の筍を掘るようにしろ。特に今日は雨が降って斜面が滑りやすいからな」
注意されても寝不足の兄たちは、何回か失敗して、斜面でこけていた。
倒れたすぐ脇に尖った竹の切り株があった時も、蹴斗は大きな怪我をしていないことを確認すると「死ぬこと以外はかすり傷」と言って作業を続けさせた。
背中の籠は意外と大きく、なかなか籠はいっぱいにならなかった。
「しょうがないな。地上に出ている30センチくらいのも、今日は取っていいことにする」
1時間近く作業して、籠が筍でいっぱいになった。
籠いっぱいの筍はかなりの重量で山から下りて、山の麓に「食料庫行き」エレベーターがあるのを見た時は、琉は半泣きになっていた。
「俺も乗っていきたい」
エレベーターを下りると、厨房直通のトロッコがそこに待っていた。4つの籠をそこに乗せると、「|Go to kitchen《厨房へ行け》」のボタンを押すと、トロッコは静かに厨房に進んでいった。
「じゃあ、俺たちは温泉に行くか」
3人は蹴斗の思いがけない言葉に、狂喜乱舞した。1時間雨に濡れた体も服もぐしょぐしょだった。
「この先、地下3階に温泉があるんだ。タオルも着替えもあるから行こうぜ」
4人は温泉を堪能して、そこに用意してあった厚手の白いTシャツに、紺色のワークパンツに身を包み、朝食会場に向かった。