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もっと秘密の部屋

時間は、鞠斗達が福岡に出発した時間に戻ります。

 鞠斗と鮎里が、涼の操縦で博多に行くのを見送った後、舞子は晴崇から耳打ちされた。


「この後、時間はある?」

「え?あるけれど」

「じゃあ、薫風庵に来てくれる?」

まだ、見送りの余韻に浸っているみんなを横目に、舞子は晴崇の後について薫風庵に向かった。薫風庵に入ると、美規(みのり)がいたが、舞子に視線を寄越すことなく、ディスプレイを凝視していた。


 晴崇は振り返りもせず、広縁(ひろえん)を歩いて突き当たりの階段を地下に下りていった。

いつも地下室では、晴崇や京、圭、そして最近では圭の祖母、啓子や一部の中高生が、学園の安全を守っている。

舞子は晴崇の後に黙ってついて行った。地下室は想像通り、たくさんのディスプレイに囲まれ、そこには、桔梗バンドのGPS情報や、桔梗学園、九十九カンパニー、各分校などの映像が映っている。そこには、今日は京が1人で座っていて、チョコレートバーを囓っていた。京はここではいつも楽なスエットに身を包み、ウエーブが掛かった髪を無造作に1本に結わいていて、まるでTVゲームでもしているような気楽さで、くつろいでいた。


 晴崇は京に指を一本立てた。

京は黙って頷いた。

「今日は1人か?」と聞いたようだった。


晴崇は奥の「使用禁止」と表示がある男子用トイレに入って行って、舞子を呼んだ。舞子は素直に後についていった。

2人が入ると、晴崇はドアを閉め、男子小用の便器の水を流すボタンを押した。

すると小便器が静かに下がり、その奥に続く通路が現れた。2人が通路に入ると、小便器は静かに上がった。

 一瞬真っ暗になった通路は、晴崇が数歩歩くとほのかに灯りがついた。行き止まりの壁に晴崇が手をつけると、掌の指紋を認証したのだろうか、奥のドアが開いた。


「うわー。何この部屋、凄い」

一面ガラス張りの高級ホテルのような部屋がそこにはあった。椅子は、ル・コルビュジエのLC2の1人掛けと3人掛けが2脚ずつあり、センターには同じくLC10のセンターテーブルがある。壁面は一面曲面ガラスで覆われており、その外には、箱庭がしつらえてあり、苔むした日本庭園が見える。

「まあ、座って」

そう言われて、舞子はLC2の一人がけに座った。


「もう、珈琲は飲めるんでしょ?砂糖はいる?」

「あー。ブラックで」

晴崇は入り口脇にあるペンディングマシンで珈琲を入れてくれた。カップはウエッジウッドのハニカム模様が印象的な白いジオマグ。晴崇はターコイズ色の大人っぽい柄のカップにコーヒーを入れて、舞子の前の3人掛けのソファーに座った。


「ここは、秘密の来客を入れる部屋なの?」

「いや、『もっと秘密の部屋』かな?」

そう言うと、晴崇は自分が座っている椅子の下を探って、ボタンを押した。すると、今まで庭が見えていた窓ガラスが一面スクリーンに変わった。そして、ガラスだと思っていたテーブルにも、地図の映像が映った。


「舞子は桔梗学園の代表になったので、この部屋に入る権利を有した。涼は入れないよ。俺達も圭や一雄を入れない」

「俺たちってことは、京は入れるのね」

「そう、マー、美子(よしこ)ちゃんと俺と京、美規ちゃんと、今日から舞子も入れることになった。6人だけだ」

舞子は、少し背筋がゾクッとした。今まで、見たことがない晴崇がそこにいたから。

「圭には話していいんじゃないの?」

「どうして?」

「夫婦じゃない」

「愛しているから、話さない」

「圭はこの部屋のことを、うすうす感じているんじゃないの」

「さあ?俺が話さないことを聞き出すような女じゃない」


「じゃあ、つまらない話はここまでにして、現在起こっていることを話そう」

(つまらない?)

舞子は少しむっとしたが、富士山噴火まであと少しだという緊急事態を考えると、ふてくされている時間はないということは分かったので、静かに話を聞くことにした。


 晴崇はまず、この部屋で見えるデジタル情報について話をした。

「一つ目は桔梗バンドによるGPS情報。例えば、博多を見てみよう。鞠斗と鮎里、それに涼と美子さんの情報が、一ヶ所に集まっている」

「美子さん?島根分校にいるんじゃないの?」

「うん。美規が『博多に運んだドローンが狙われるかも知れない』って行ったら、『じゃあ、2台目を福岡に運んでおく』って言って、一人で勝手に博多に向かったらしい」

「どういうこと?あれ?4つしかないGPSの光が、5つに増えたよ。え?涼のデータが2つに分かれた?」

「涼は手首に内蔵している桔梗バンドのシステムの他に、朝、桔梗バンドを新たにもう一本着けていって貰ったから・・・・」


晴崇の手首の桔梗バンドに着信が入った。


「うん、こちらも見ている。桔梗バンドのほうが切断されて、それを使って誰かがドローンに乗り込んだみたいだね」

「切断って?」

「鋭利な刃物で、誰かが涼の桔梗バンドを切ったみたいだ」

「バンドを切ると爆破するんじゃないの?」

「まさか?それは切らないようにする脅しだよ。普通はバンドを何かで切ると、機能が止まるようにはしてあるけれど、今日涼に渡したのは、新しいドローンを操縦できる機能しか搭載していないものだから」

「ちょっと、涼の体内に入っているチップのほうのGPSが動いていない。鞠斗達が気づいていないかも、連絡して」


「もし、鞠斗今どこにいる?」

落ち着いて連絡する晴崇の後ろから舞子がのしかかって、叫んだ。

「鞠斗!涼が分裂した。涼が動かない。涼を探しに行って、死んじゃう」


京もあまりの騒ぎに、「もっと秘密の部屋」にやってきた。

「どうしたんだ?」

「涼の手首から桔梗バンドが奪われた」

京はその話を聞くと、ドローンの中の映像を画面に映し出した。

「これは?女だな。手に持っているのは、涼から切り取ったバンドだ。血まみれだな」


「涼は?生きているの?」

「舞子、落ち着け。鮎里達が今料を発見した。すぐ、救急病院に運ぶだろう。今はドローンのほうが大切だ」

「ドローンより人の命のほうが大切でしょ?」


バシン!!


京が舞子の頬を叩いた。驚く舞子の肩を掴んで、ドローンの映像に向けさせた。

「落ち着け。このドローンが何を運んでいるか見てみろ」

舞子は、四角の箱がドローンに運び込まれていることに気がついた。


「何?この箱」

「美規の予想だと、可能性があるのは核爆弾だ」

「核爆弾ってこんなに小さいの?これをどうするの?」

「今は、手で持ち運べる小型核爆弾が製造されている。釜山―福岡間のフェリーは荷物検査も(ゆる)いので、K国から運び込んだんじゃないか?」

「まさか?」

「普通では運び込めないものも、今は国外に移動する人でごった返しているので、入国審査が緩いから運び込めたんじゃないか」

「それをどこに運ぶの?」


「舞子、今どこで爆発させれば日本に一番被害を与えられると思う?」


舞子は晴崇の言うことが分かった。


「富士山に投げ込んだら、日本海側にも被害が広まる。日本全土に人が住めなくなる可能性がある」


「K国の奴ら、馬鹿だよな。今回の噴火も、宝永噴火より大規模なプリニー式の噴火なので、放射能は大陸に向かうんだよ。朝鮮半島からC国にも被害は広がる」


京は晴崇より冷静だった。

「それが分かっていて、準備をしていたら?私達もバリアや地下都市を造っているように、K国が自分たちだけを守る準備をしているかも知れない」

「勘弁してくれよ。普通に噴火しても、降灰だけじゃなく、日照不足で多くの国が飢饉に苦しむって言うのに」


舞子が、不思議そうな顔をした。

「気候温暖化が収まるってこと?」

「一時期は冷夏になるかも知れないが、オゾン層も破戒するので、灰が過ぎた後は、今よりひどい温暖化が起こるはずだ」

「じゃあ、富士山が噴火したら、人類の多くの人が死ぬってこと?」

「そうだね。発展途上国では多くの人が多分死ぬ。日本もそうなる可能性があるので、人を分散させて、バリアで覆われたコンパクトシティに住んでもらう計画を進めている」


京もそれに付け加えた。

「首都圏の地下都市計画も進んでいるしね。

あっ、晴崇、やはり盗まれたドローンはまっすぐ富士山に向かっているね」

「じゃあ、方向転換して、こっちに来て貰うか」


そう言って晴崇がパネルを操作すると、画面の中の女が胸を掻きむしって倒れた。

「何したの?」

「ドローンの中の酸素を抜いた」

「窒息させたの?」

「どうせ、原子爆弾と一緒に火口に突っ込もうとしたんだから、少し早く死んだだけだよ」

そう言って、ドローンの下の床を少しずらして、女を火口に落とした。


舞子は目を覆って、深呼吸した。

「核爆弾はどこに運ぶの?」

「流石、舞子。鞠斗とは違うね。人が死んでも大騒ぎしない」

「核爆弾は、藤が浜原発の敷地の地下に安置しておくさ。木を隠すのは森。

この核爆弾というカードは、後日使うから、バリアの中で静かに眠っていて貰おう」


「ほら、舞子。GPSを見てご覧。鞠斗と鮎里はフェリーに乗ったし、美子さんは涼と一緒に、2台目のドローンで戻ってきたよ。涼が帰ってきても力一杯抱きつくなよ」


(こんな時に何の冗談を言っているの?)

「何故、そういうこと言うの?」

プンプンしている舞子に、晴崇は肩をすくめて言った。

「あの涼が、簡単に桔梗バンドを奪われると思う?男数人がかりでボコボコにされたんじゃない?よくて全身打撲、悪いと数カ所骨折しているか、もしかしたら内臓に傷がついているかもしれないからさ。優しく抱きしめてやれよ」


「晴崇、今それを言ったら舞子が動揺するよ。舞子、大丈夫だ。涼は生きているよ」

珍しく京に抱きしめられた舞子は、京の胸で散々泣いた。


深夜、真っ青な顔で気を失っている涼が、桔梗学園に到着した。


 久保埜(くぼの)医師と飯酒盃(いさはい)医師が、待ち構えていて、涼を診察した。幸いなことに内臓の損傷はなかったし、脳波に異常もなかったが、左の眼底骨折と数本の肋骨骨折があった。全治1ヶ月だった。

また左手首の腱はつなげられていたが、柔道が今までのように出来るかは分からなかった。


涼がベッドに身体を起こせるようになったのは、8月30日の朝だった。



 涼がベッドから起き上がれない間、舞子には重要な仕事が待っていた。


「舞子、これからLadybugについて説明する」

舞子は、涼が戻った翌日から「もっと秘密の部屋」で晴崇と美子と打合せを始めた。


「Ladybugから、リアルタイムで送られる映像は、多分これからの火山地震学の大切な資料になるはずだ。ただし、1ヶ所のHPで映像を公開すると、世界中からアクセスが殺到してサーバーがダウンする。そこで、映像を複数の大学のHPにシェアして、流して貰う。

世界中でAIで加工された噴火映像も流れるはずだから、世界中をパニックに陥れないためにも、政府のお墨付きでNHKに大学のHPのアドレスを公開して貰って流す」



 その話し合いのために、現在ZOOM会議が桔梗学園で行われている。

招待客は、加須総理代行、牛島防衛大臣、NHKプロデューサー久住龍九。それに次の大学から若手研究者を招待した。北海道大学、東北大学、山形大学、東京大学、東京科学大学、名古屋大学、京都大学、九州大学から、若手、それに女性がいればそれの人に優先して参加してもらっている。


最初の挨拶は舞子が行った。

「初めまして、桔梗学園代表の東城寺舞子です。皆様には多忙な中ご参加いただきありがとうございます。本日は、8月30日から始まる富士山のプリニー式噴火の映像を、各大学のHPを使って配信することをお願いをするために、お集まりいただきました」


早速画面の中から騒ぎの声が上がった。

「今回も宝永地震と同じプリニー式噴火なのですか?」


「はい。現在形成されつつある溶岩ドームが、8月30日16:45噴火を開始します。

時間差で2か所の火口から噴火します。最初の噴火は、北西の噴火口から起こり、噴煙は30mまであがり、火山灰の摩擦で火山雷も観測されます。火砕流や火砕サージも40㎞にわたり流出します。

南の火口からは水蒸気噴火が起こり、空振により近隣の窓ガラスが割れ、噴石は3km以上先まで飛ぶと思われます。

噴煙はその後4ヶ月続き、火山灰は首都圏にも10cm以上の厚さで積もります。

また、9月半ばまで大型台風が続けて日本を襲いますので、大規模な火災泥流を引き起こします」


「ちょっと待ってください。早口で・・・」

「ZOOM会議後、予想される地震の被害についてのデータは送ります。話を進めさせてください。

本社はこれらの映像を8台の機械を使って、富士山のすぐ側で撮影しています。

まずは、この映像をご覧ください」


晴崇は、8台の映像を同時に流した。

「凄い、こんな近くで4台。遠方から全体像を映す4台。これはヘリで撮っているのですか?」

「いいえ、小型ドローンです」

そう言って、晴崇はLadybugの映像を流した。勿論、この機械を噴煙や噴石から守るシステムもあるのだが、その映像は映さない。顕現教に見られたLadybugは、もうオープンにするが、それ以外の機械は極秘扱いだ。


「さて、これらの映像をリアルタイムで流したいのですが、世界中からアクセスが殺到すると本社のサーバーがダウンします。でもできれば、噴煙や噴火の映像を長い期間、映しておきたいので、今回ご参集いただいた大学のHPをお借りしたいのです。

具体的には、1校1台の映像を4ヶ月間流していただきたい。大学のHPのアドレスは、NHKに全国TV放送で流して貰います。そして、各大学にはHPの管理をしっかりしていただきたい。AIを使ったフェイク動画を世界に流されるより、『本物が見たければ大学のHPを見て欲しい』と、噴火が起こる前に世界に知らせます」


「どのカメラの映像を流すかは選べるのですか?」

「こちらで、AIに選んで貰ってありますが、もし、明日朝8時までに許可が降りない大学があれば、次の大学に映像をお譲りします」

「次の大学とは?」


舞子はニコッと笑って、回答しなかった。晴崇はそんな舞子の態度を見て、舞子を代表に選んだ真子の見立ては正しかったと納得した。


「では、最後に質問がある方はいらっしゃいますか?」

牛島防衛大臣が挙手をした。

「こちらには映像はくれるのでしょうか?」

「勿論、すべての映像を防衛省にはリアルタイムで送ります。日本国の防衛に役立ててください。

また、先日、富士山の上空を飛ぼうとした他国の飛行物体がありました。衛星からの撮影も含めて、防衛の強化を進めてください」


「では本日のZOOM会議は終わります。明日8時までに良いご返事をいただきたいと思います。はい、北海道大学さんと名古屋大学さんは、本日もうご協力を申し出てくださいました。ありがとうございます」


すべての大学とNHKが、退出した後、加須総理代行と牛島防衛大臣だけが会議に残った。

「ちょっとぉ。どこの国よ。そんな情報は聞いていないよ」


舞子から晴崇にバトンは渡された。

「K国だと思われます」

「どうしてそれが分かるの?」

「福岡県警にそれを企てた一味がつかまったんですが、K国の人間だったらしいですよ」

「ああ、それで釜山―福岡便のフェリーの運行が現在制限されているのね。福岡県警は早く報告しろよ」

「まあ、犯人がつかまって、まだ1日経っていませんので」


「K国は富士山の上空を飛んで、何をしようとしていたの?」

「さあ、火口に突っ込んで自爆していたので分かりませんが」

「Ladybugの映像で見たの?」

「はい。見ますか?」


晴崇は国籍不明の小型ヘリが、火口辺りに落下している映像を見せた。

「落ちているわね」

「操縦ミスですかね。Ladybugを設置したのは最近なんで、その時には落下していました」

「いまから、回収できない?」

「勘弁してくださいよ。うちのドローンだって台数に限りがありますし、パイロットはみんな若い子なんですから」


「でも、機体の中に爆弾なんかが仕込まれていたら?」

「核爆弾とかじゃない限り、火山の噴火ですっ飛びますから大丈夫ですよ」

「核爆弾の可能性は?」

「ないですね。一応、核反応のスキャンはしましたが、大丈夫でしたから」


「そう?なんか怪しいけれど。今日はこれで引き下がりましょう。あなた達が日本を破滅に導くことはしないと信じているから」

「本日は、ありがとうございます」


ディスプレイの映像がすべて切れた後、舞子が晴崇に疑問をぶつけた。

「あの映像は何?」

「ファイクさ。うちらのドローンが利用されたとか、核爆弾を持っているとか言えるわけがないじゃん」


「本当に、圭には言えないような悪いことばかりしているのね」

「舞子、君ももう同罪だからね。そうだ、この部屋の住人は好きなカップをここに置いていいんだよ。何にする?」

「ウエッジウッドの東京マグ、桜 ボーダーホワイト」

「いいね。冬が過ぎたら、みんなで花見に行こう」


今から4ヶ月噴煙が続き、冬が来て・・・。

1年前に、柔道の試合をしていたなんて、遠い昔の話のような気がする。

次回は遂に、富士山噴火です。

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