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涼の左手

今回は、残酷な場面が出てきます。苦手な方はご注意ください。

 翌日、涼の操縦で、鞠斗と鮎里は福岡に向かった。明日は、クイーンビートル号というフェリーに4時間弱乗って釜山(ぷさん)に向かう。出発する港は、博多港国際ターミナルだが、その周辺に、ドローンが停まれる場所があるのかと思ったが、とある会社の駐車場にドローンは停まった。涼も自動運転なので、ここがどこなのか、よく分からなかった。

そこは、「白田(しろた)産業」という古めかしい3階建てのビルの駐車場だった。駐車車両はエンジンのかかったワゴン車が1台あるだけで、ビルは廃屋(はいおく)のようなたたずまいだった。

 ワゴン車の運転席から珊瑚美子(さんごよしこ)がにっこり顔を出した。


「久し振り」

「美子さん。どこから来たんですか?」

鞠斗が尋ねると、美子はいたずらが見つかったような顔をして答えた。

「島根から走ってきたのよ」

「どれだけ時間がかかったんですか?海岸線を走ってきたんでしょ?」

「まあ、島根からは海岸線しか、九州に(つな)がっていないから、毎日渋滞がひどいのよね。

1日かかったかな」

「見送りに来てくれたんですか?」

「まあ、ドローンで港に乗り付けると目立つんで、ここから車で博多港まで送ろうと思って」

「それは、美規(みのり)さんに頼まれたんですか?」

「いや、自主的に来たんだ」


鞠斗は「自主的」という言葉に引っかかったが、そのまま会話を続けた。

「じゃあ、今日はホテルに泊まるんですか?」

「そうだね。朝一番のフェリーらしいからね」

ドローンは目立たぬように、敷地の塀際(へいぎわ)に停めて、鞠斗と鮎里はドローンから降りた。

ワゴン車に乗った二人は、車の中から涼に手招きした。



「涼も博多ラーメン食べてから帰りなよ。キャナルシティ博多の『ラーメンスタジアム』に行くんだって」

「帰りも送るよ。昼をまだ食べてないんだろ?」


 博多では毎年夏、金鷲旗(きんしゅうき)という高校生の柔道大会があって、舞子も涼も桔梗高校の柔道部時代に参加したことがあった。フリー参加で、勝ち抜き戦という特殊な大会で、高校三大柔道大会の1つだ。涼も軽量ながら団体戦のメンバーだったので、博多に来て、そして、1日目はみんなで博多ラーメンを食べるのが楽しみだった。


「帰りに、舞子に『博多通りもん』でも買っていってやろうかな?悠太郎先輩は明太子(めんたいこ)が好きだったな」


 ラーメンの替え玉までして、土産も買って、涼は気持ちよく、帰りもドローンのところまで送って貰った。実は、一見廃屋のような作りの「白田産業」は、「九十九カンパニーの九州支社」だったのだ。最近購入したビルなので、外装は古めかしいが、中はしっかりリニューアルしてあって、横浜にあった神奈川支社と同様の作りになっていた。


 鮎里が「白田産業」という名前に難癖をつけた。

「白田産業ってなんか古くさい名前ね」

「俺、名前の由来が分かったよ、鮎里さん」

涼は唇の端を上げて笑った。

「99歳のお祝いを『白寿』って言うじゃないですか」

鮎里が暫く考えていたが、両手を挙げた。

「わからない。99=白ということ?」

鞠斗も鮎里の頭を叩いて、珍しく構うネタが出来て嬉しそうにしていた。


「『百』から頭の『一』を引いたら、99だろう?」

「あー。そんなクイズ。漢字の国の人しか分からないわ」

「鮎里さんも、日本生まれでしょ?」



 ふてくされる鮎里と鞠斗、そして美子が、白田産業の建物に入るのを見届けて、涼はドローンに乗って、桔梗学園に帰ろうとした。もう、富士山がかすかに鳴動始めているので、急いで帰らなくてはならない。


ドローンのドアを開け、乗り込もうとした涼の耳に、小さく女性の悲鳴が聞こえた。


「きゃー。誰か助けて」


 涼が、塀を飛び出て左右を確認しようとしたところ、突然、何かを(かぶ)せられた。何か荒い素材で出来た大きな袋状のものだ。

涼は咄嗟(とっさ)に、日本からK国に拉致された人の話を思い出した。

新潟は海岸線が長く、一時期多くの人がK国に拉致(らち)される事件が起こった。涼も小学校や中学校で、帰国を果たした人の体験談を聞く機会があった。


柔道の有段者の涼であっても、袋を被せられ、男数人に力尽くで抑えられると身動きが出来なかった。

それでも足元に見える男の膝に蹴りを入れた。少し押さえられる力が(ゆる)んだ。


「誰かー。おぉー!」


精一杯叫んだが、口元を袋の上から押さえられた。口の中に袋の粗い繊維が入って、何度も唾を吐き出した。それでも涼は暴れるのを止めなかった。

体勢を一気に低くして、正面の男に体当たりをかました。しかし、涼の体制も崩れ、土の上にうつ伏せに押さえつけられた。


 突然、涼は左腕に激痛を感じた。手首につけていたバンドが切り取られたようだ。バンドは細い女の指で、取り上げられ、遠くでK国の言葉が聞こえた。その後、腹といわず頭といわず足蹴(あしげ)にされ、涼の意識は朦朧(もうろう)とした。



涼が意識を取り戻した時は、外は暗くなっていた。


「涼?分かる?私、鮎里だよ」

「鞠斗、美子さん、涼が意識を取り戻しました」

涼の顔をのぞき込む顔が増えた。涼は身体を起こそうとするが、鮎里に胸を押さえられた。

「起きちゃ駄目。さっき、脳波とCT撮って、一応、血腫なんかはなかったけれど、1日は安静にして」


「あいつら誰だった?」

「ドローンごと消えちゃったから、正体はまだ分からない」

「ここはどこ?」

「博多市内の救急病院」


「舞子ちゃんに感謝しなさい。涼が倒れて、10分もしないうちに、私達に連絡くれたんだから。そうじゃなきゃ、あんた、出血多量で死んでいたよ」

「この手は?」

涼は包帯をぐるぐる巻きにされた左腕を眺めた。

「多分、刃物かなんかで、桔梗バンドを切り取る時に、腕も切られたんだね。親指の腱が切れていて、一応つないだけれど、柔道できるようになるまでは時間がかかるかも」


 涼は手を持ち上げようとしたが、上がらなかった。

「舞子はなんで俺が倒れていることが分かったんですか?」

鞠斗が、涼の腕に布団を掛けながら答えた。

「涼の手首には、マイクロチップが入っているよな。それなのに、今回は新しいドローンに乗るっていうので、晴崇から新しい桔梗バンドをはめられただろう?」

「ああ、マイクロチップのアップデートが間に合わないからって、手首にはめる桔梗バンドも腕に付けた」

「舞子が、お前が心配でずっとGPSを追っていたらしいんだ。

そうしたら、突然2つのGPSが離れたので、舞子が『涼の身体が分裂した』って、電話を寄越したんだ」


「じゃあ、桔梗バンドを取った奴らはそれを使って、ドローンを盗んだ?おかしいじゃないか。

1人はバンドがあればドローンに乗れても、他の連中は乗れないんじゃないか?」

「そうだ。1人しか乗れていない。後の連中は今福岡県警に暴行と窃盗の容疑でつかまっている」


「ドローンを奪った奴はどこに向かっているんだ?」


「富士山だ」

ドローンを盗んだ者は、富士山で何をしようとしているのでしょうか?

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