西瓜パンと花火
久し振りの七福神の皆さんの登場です。
「疲れましたね。C大学の校舎棟で少し休みませんか?」
伊藤教授も炎天下歩いて疲れたのだろう。全員で、急ごしらえのC大学校舎棟に入った。
「奥に見えるのが女子寮なんですが、九十九カンパニーからレンタルしたコンテナハウスなんです。何より素晴らしいのが、洗濯乾燥機がついていることで、夜、服を掛けておくと、翌日には綺麗に汚れが取れて、翌日着られるんです。
それからトイレも凄いんです。トイレの排泄物を使って、発電し、水も浄化して手が洗えます。なんと生理用品も再生されるんです。ですから、外部から持ち込まない限り、ゴミがほとんど出ないんです」
翼が顔をゆがめた。
「え?おしっこで手を洗うって言うことですか?」
「本当は飲める状態にまで浄化されているんですけれど、学生は飲みませんね」
「教授は飲むんですか?」
「はい。九十九カンパニーの水浄化の技術は凄いです。
大学脇に流れている藤川の水も、海水を浄化したものを流してあるんですが、まさしく清流です」
「川の水も飲めるんですか?」
「それは無理ですね。今は、土地の塩分を含んだ水が流れ込んでいますから。
でも、塩分がなくなれば、飲料水にもなるし、野菜や果物に与えられる水にもなります」
長尾景子が珍しく口を挟んだ。
「何を使って浄化しているんですか?バクテリアですか?」
「詳しくは教えて貰っていません。研究途中らしいので。
バクテリアや微生物を使った、高機能な濾過器・・・なんですかね」
大学の研究者は、専門以外にはあまり興味を持たないように見える。
海水には現在大量のマイクロプラスチックが含まれている。プラスチックを分解して、飲み水を作る技術が出来たら、ノーベル賞ものだ。龍九は、KKGの技術の奥深さに驚嘆した。
話しているうちに花火が始まる時間が近づいてきた。浜で撮影ポイントを確認しなければならない。
この後、ドローン関係者との打合せがある。
「美味しいジュースですね。ご馳走様でした」
「いいえ、これは九十九農園さんから仕入れたジュースなんです。これから浜までご案内しますが、その途中に九十九農園さんがあるので、そこもご案内します。最近は自家製パンも販売始めたらしくて、学生は朝早く「西瓜パン」を買うために行列を作っています」
「西瓜味なんですか?」
「いや、西瓜は青臭いじゃないですか。見た目が西瓜なんです。緑の皮に赤い果肉を表した中身、そこにブルーベリーが種のように散らばっているパンなんですが、それを考えて売っている男の子もかわいいらしくて、限定100個が毎日完売らしいです」
「じゃあ、今日は買えないじゃん」
かわいい男の子に反応した翼ががっくり首を落とした。
「パンはないですが、西瓜ジュースもメロンジュースも美味しいですよ」
花火が始まる1時間前にドローン部との打合せがあるので、久住達は浜に向かったが、「こちらも取材しないと」と言って、山口翼と大滝青子は九十九農園に向かった。
青子が一番ドローンに興味があったはずだが、食べ物には勝てなかったようだ。
伊藤教授が、二人を九十九農園に案内してくれた。
「いらっしゃいませ」
古民家風農家レストラン九十九に入ると、爽やかなが聞こえた。
胸に99の数字がついたエプロンを着けた、高校生と思われる少年が挨拶してくれた。細身だが、農作業で日に焼けたのだろうか、ハーフブロックに刈り上げた首筋までよく日に焼けていた。
「玲、西瓜持ってきたぞ。もう足りないだろう」
奥からがっしりした坊主頭の爽やか青年が顔を出した。
「玲、頼まれた西瓜持ってきたぞ」
「ありがとうございます。すいません。折角、京さんとお祭り楽しんでいたのに呼び出してすいませんでした。西瓜は、奥にいる珠子さんに渡してください」
「玲は、お祭り広場に行かないのか?」
「由梨はお祭り広場の運営が忙しいんで、花火が始まったらこっちに来るそうです」
「ちょっと、どっちがかわいい店員?」
「玲ってほうじゃない。こっち来たよ」
伊藤教授は露骨な二人に苦笑していた。
「すいません。C大学の・・・」
「ああ、伊藤教授様ですね。久住様からお電話入っていました。予約席にどうぞ」
「流石、久住の兄ちゃん。気が利く。あのー。お薦めのジュースってありますか?」
「はい、あります。久住様から西瓜パンがあったら、それもお出しするように言われているんですが」
「え?西瓜パンがあるんですか?」
「今日はお祭りなんで、ロールパンタイプの西瓜パンをたくさん作ってあるんです」
「それって、いくつ残っていますか?」
「5個入りが、20袋くらいあるはずですが、お一人様1袋なんです」
「じゃあ、3袋お願いします」
「青子、食い意地張っているね」
「何言っているの。1袋は伊藤教授の分で、後2袋はみんなで食べる分よ」
玲は二人のやりとりをニコニコしながら見ていた。
「今日お薦めのジュースは、西瓜のスムージーとメロンのスムージー、それから甘さ抑えめのトマトのスムージーがあります」
レストランのドアが開いて、客席にいたすべての人の目を引くような美少女が入ってきた。
「いら・・、あっ京さん」
「玲君、手伝いに来たよ。それから、お昼まだだろ?柊の焼きそば3人分買ってきたよ」
「ありがとうございます。こちらのお客さん、ロールパン3袋と、今スムージーをお勧めしていました」
かわいい男の子はあっという間に、焼きそばを持って、奥に入ってしまった。
代わりに天使のように美しい少女が、ウエイトレスとして入った。
「すいません。彼、朝から出ずっぱりなので、休憩取らせてください。スムージーのご注文は?」
天使のような笑顔を向けられた3人は、顔を赤くして、3種類のスムージーをそれぞれ頼んだ。
いつも仏頂面の京が、珍しくかわいい笑顔を振りまいているのは、一雄との話し合いで、今まで悩んでいたことが吹っ切れたからであった。
一方、取材陣はドローンの責任者、大神琉との面会を果たしていた。
「琉、元気?」
「毘沙門天さん、お久しぶりです」
「ここでは長尾景子です。久住寿美恵も来ている。後、大滝青子と山口翼は、西瓜パンを買いたくて、九十九農園に行ったの。後で来るよ」
「嬉しいです、それを作ったのは俺の弟なんです」
「弟って、可愛い?」
「可愛いってタイプじゃないな。どちらかと言うと落ち着いた感じで、どこにでもいる高校1年生ですよ。でも、なんかもう彼女もいるし、あの店の跡取りとして、修行始めているし、自慢の弟です」
「残念ね。他にあの店にイケメンはいない?」
「がっちりしたのはいますけれど、イケメンじゃないですね」
久住龍九が、話の腰を折った。
「じゃあ、今日のドローンの花火について教えてくれる?」
「はい、最初はナイアガラです。本来は2kmを越える橋の上に設置して、流れる瀧のように花火を落とすのがナイアガラという花火なのですが、会場に橋がないので、ドローンを一列に50台並べて、そこから一斉に花火の火の粉を落とします。落としながら、隊列を回転させたり、波打たせたりします」
塩澤綾香が尋ねた。
「技術的に難しいところはどこですか?」
「50台のドローンを一糸乱れず動かすところです。また、花火という危険物の搭載は初めてなので、その熱や火の粉の影響で、不測の事態が起こらないとも限りません。
安全を考慮してすべて海上で行います」
「ナイアガラの後にもう一回ドローンの見せ場がありますよね」
龍九は花火の進行表を見ながら聞いた。
「はい。花火の最後にフェニックスがあるのですが、花火の間をすり抜けるように、螺旋を描いて上空に50台のドローンを上昇させます」
「花火の間をすり抜けると、火の粉を被りませんか?」
「花火の間をすり抜けて見えるように、実際は花火の手前を飛ぶので大丈夫だと思いますが、海上なので、風で火の粉が飛ぶ可能性はあります」
「藤が浜は意外と狭い海岸ですよね」
「花火を上げるのは、沖の人口島から上げます。我々は、浜の両サイドに上げた小型のドローンから、50台をコントロールします」
「安全対策はありますか?」
「浜の後方に藤が山という山があるのですが、そこの上空で消防用ドローンを待機させます。花火については毎年海上花火を上げてくださる業者さんと、長岡花火を上げる業者さんなので、信頼しています」
ドローンについての話が終わってから、大滝青子達は会場に到着した。話が聞けなかったが、取材クルーに、スムージーと西瓜パンの差し入れをして、喜んで貰ったので良しとした。
花火が終わってから、青子は琉に会ってドローンの話を聞こうと思ったが、それは叶わなかった。
長岡の花火も、隅田川の花火も見たことがある取材陣だったが、小さな浜の目の前で上がる臨場感は田の花火と遜色がなかった。浜には浴衣を着たカップルもいたし、スマホを構える女子大生のグループもたくさんいた。
最後のフェニックスは感動的だった。ホルストの「火星」の流れる中、ドラマチックな花火のオーケストラが奏でられた。花火の最後に、不死鳥のように空へ空へと登る50台のドローンは、役目を終わると花火の上げる煙の中、沖の人口島に戻っていった。1台のドローンを除いて。
観客は三々五々、今晩の花火の余韻を楽しみながら家路についた。九十九カンパニーにいた子供達も、生駒篤に連れられて、寮に帰っていった。
取材陣は、涼が人口島から帰って来るまで、浜で西瓜パンを食べながら待っていた。
そこに消えゆく煙の中、ふらふらと火を噴きながら1台のドローンが戻ってきたのだ。ドローンは浜茶屋に向かって飛んでいき、「危ない」という声が聞こえ、同時に一人の少女が飛び降りるのが見えた。
その後、1人の青年がドローンに自分から飛び込むのが見えた。火だるまの青年は、2m下の砂地で転げ周りながら火を消そうとした。先に飛び降りた少女も、手で砂をすくい上げながら懸命に、青年に砂を掛けていた。その直後待機していた消防ドローンから2人に大量の水が掛けられた。
久住龍九は、寿美恵に映像を撮るように指示したが、寿美恵は動かなかった。
「私は、火災の映像を取りに来たんじゃない」
残って琉と話したかった青子も同意した。
「琉は今晩は忙しそうだから、後日話を聞くさ」
「そう言うことです。伊藤教授、今日はどうもありがとうございました」
龍九の強い言い方に、伊藤教授も、今日の火災のことは話さないと心に決めた。
ほとんどの観客が浜から帰った後だったので、一般客の目撃者もほとんどいなかった。
後日警察からの要請にも、「火災の前に帰って映像はない」と龍九は返答した。
取材ヘリに乗った彼らは、深い疲労感に包まれた。それは炎天下に1日歩いたからではなかった。
「ドローンって、落ちるんだね」
翼がヘリを操縦しながら、ため息をついた。
「ヘリだって、何度も落ちたことあるよ」
寿美恵が答えた。
「琉君、落ち込んでいるかな?」
「うちの母さんが、あそこの学園長と話したことあるんだけれど、『いいんじゃない』が口癖なんだって。だから、失敗しても何度もチャレンジさせてくれると思う」
龍九も夜空を見ながら、話し始めた。
「日本人は、失敗するとすぐ『謝れ』とか、『反省しろ』とかいうから、科学が進歩しないんだよな」
「そうですね。NHKなんか正しくそうですよね」
綾香がしみじみ言った。
「生駒篤だっけ?あんな子供に学校の説明を任せるんだよ。
琉だって19歳。若い頃からどんどんチャレンジ出来るんだね。
爺ぃや婆ぁの出番はないね」
長尾景子は、硬直した大学や政界を暗に批判した。
「それに、昼食のあの価格を見た?九十九農園も格安だったよ。九十九カンパニーって、地震や津波でかなり儲けたんだよね。みんな着ている服は地味だし、高い時計はめている人もいない。高級車とも縁がない。儲けは、子供の教育と、社員の生活と、研究費に使っているんじゃないか」
景子の発言に、龍九は心の中で反論した。
(いや、もっと金がかかることに使っているんじゃないか?)
龍九は、深入りすればするほど、九十九カンパニーの目的が分からなくなることに苛ついた。そして、珊瑚美規が自分を名指しして、祭りの情報を流したことも気になってしょうがなかった。
(しょうがない。暫く、お釈迦様の掌で踊ってみるか)
「桔梗村の再生とC大学のチャレンジ」というドキュメンタリーTV番組は、そこそこ好意的に受け止められた。
寿美恵が、同じ素材をアレンジしたYouTubeには、もっと好意的な反応が返ってきた。仲間のYouTuberもその後、競って同様の番組製作を始めた。
地震の被害に遭った人達は、過疎で苦しむ地域に多くの刺激を与え、様々な活動が芽生え始めていた。
「#ReBornJapan」というハッシュタグは、世界に広がり始め、県民が移動していった地域の新しい試みで行うクラウドファンディングには、世界から多くの支援が寄せられるようになった。
花火業界も、「#ReBornFirework」のハッシュタグで、多くの資金が集まり、関西や関東で行っていた花火大会の代わりの花火大会を、別の地域で行うことに成功した。
毘沙門天(長尾景子)、恵比寿(久住寿美恵)、布袋(大滝青子)、弁財天(山口翼)の四人がドローンチームのレギュラーだったのですか、いつかあと3人も出したいものです。因みに上杉謙信が「毘沙門天の生まれ変わり」と称していたので、新潟が舞台の話では、毘沙門天をリーダーにしました。