花火の夜
花火の夜には、何故か事件が起こります。
お祭り広場が終わった後、子供達は遊び疲れて家路についた。若者達は夕方からの花火に向けて、体育館の中の撤収に拍車を掛けた。そして、女性は再度、おめかしをして海岸に繰り出した。柊は焼きそばの撤収をして、シャワーで身体についた焼きそばの匂いを落としてから、藍深と浜に出かけた。
藍深は県道中道が浜につながる所でスケッチを描きたがった。そこは以前、コンビニがあって煌々と明るかったところだが、津波の影響で店内全て水没した店は、取り壊されて跡形もなかった。
しかし、ここは人通りも多く、前に人が立つと、浜全体が見えない。
「藍深さん。浜茶屋に上がらないか?これじゃ、人のお尻を描いているようなもんだ」
「そうですね。瓦礫撤去の時も、上がったんですけれど、あそこは涼しいですね」
「普段、海のスケッチの時は浜茶屋を使わないのか?」
「はい、仕事以外では上がっちゃいけないのかと思って」
「遠慮深いね。その手首のバンドがあれば上がれるのに。逆にバンドがない人は入れないので、安全だよ」
2人は浜茶屋に上がった。それを見て浜茶屋に上がろうとした女子大生はみんな、入口で弾かれてしまった。
「ここは風が来て涼しいな。じゃあ、俺は入り口の近くにいるから、藍深さんは花火がよく見える場所で好きなだけ、描いていていいよ。ただし、花火が終わったら帰るからね」
去年は、山の上から見た長岡の花火が、藤ヶ浜で、貸切で見られるのは、贅沢だった。NHKの久住はどんな伝手を使ったのか、花火はかなり大掛かりなものだった。花火と花火の間隔は少し間遠だったが、それが返ってカップルの会話を生んだ。静かな時間にお互いを見つめて、語り合う。それを彩るように次の花火が上がる。
花火の前半のクライマックスは、ドローンを使ったナイアガラだった。本来のナイアガラという花火は、長生橋のような巨大な橋に仕掛けられ、滝のように花火の火の粉が落ちる。しかし、KKGの研究員達は、50台の小型ドローンで、それを再現してみせた。ドローンの特性を活かし、流れる火の粉を動かしても見せた。そしてそこに七色の光を当てることで、夏の滝がゆっくり紅葉のように色づいていくのは、圧巻だった。
藍深はその美しさに吸い込まれるように、色鉛筆を使って一心不乱にスケッチをした。
次に上がるのはスターマインだ。何種類の花火がこれでもかと上がる。色取り取りの花火は、夜空をキャンバスに次々と美しい景色を描いていく。
藍深はふと石鹸の匂いに気がついて、振り返ると、浜茶屋の入り口付近で座っていたはずの柊が、後ろに立っていた。
「あ、ごめん。スケッチブックを見るつもりで来たんじゃないよ」
藍深は柊に気がついて、咄嗟にスケッチブックを胸に抱え込んでいた。
柊は頭をかきながら言い訳をした。
「あんなに綺麗なスターマインなのに、五十沢さんが下を見ているから、何かあったのかなと思って・・・」
「あー。花火もいいんですが、浜辺の人達を描きたくなって」
「へー。カップル多いよね」
柊が下をのぞき込むように近寄ってきたので、藍深が少し後ずさる。
「あっ、ゴメン。焼きそば臭いよね。僕は離れるから、スケッチ続けてください」
「臭くなんかありません。石鹸の・・・」
藍深が言い訳をするより早く、柊が入り口付近に戻ったので、藍深の言葉は宙に浮いてしまった。
気がついた時にはスターマインが終わり、辺りには火薬の匂いと、静けさが戻った。
カップルや家族の会話の時間だ。一息ついた後、個人の寄付による花火が数発上がった。
「1番 杏介君の誕生と三川杏さんの健康を祈って、陸洋海さんから」
浜に広がる放送を聞いて、柊が戻ってきた。藍深に気を使って、反対の端から、洋海が杏に捧げた花火を見に来た。
「うわー。ハートの型物。ダサーイ」
空には、風の影響を受けて、少しゆがんだ赤と青のハート型の花火が上がった。
浜からは失笑が起きたが、柊は眼鏡の下の目を片手で押さえながら、上を向いていた。
「2番 桔梗村の復興を祈って 東城寺」
東城寺は毎年海上花火の時代から、花火を上げている。
「3番 桔梗村と桔梗学園の地震からの復興を祈って 西願神社」
西願神社は、今日の盆踊りの御礼を込めて、東城寺の花火と対になるような華やかな花火を上げた。女子大生は双方の花火に大喜びだったが、最初の花火の意味はよく分からなかったようだ。
そして、煙の余韻が消え、潮の香りがするくらい間が開いて、次は鎮魂の祈りを捧げる『白菊』が上がる予定だった。しかし、上がったのは桔梗村オリジナルの花火だった。
1つめは、緑がかった黄色からピンクに変わる2尺玉。
2つめは、真っ白な2尺玉。
3つめは、白から次第に紫に変わる3尺玉。
鮎里は柊に声を掛けた。
「色に何か意味があるんですか?」
柊は少し考え、つぶやいた。
「村の色かな?女郎花、浜昼顔、白萩、そして藤や桔梗の紫」
「そう言われればそうですね」
桔梗学園村オリジナルの花火を上げたのは、美規の指示だろうか?
「3尺玉が上がるなんて、どこから上げたんでしょう」
「藤が浜の沖に、要塞のような島があるんだ」
「知らなかった」
「かなり沖にあるからね」
柊もこの祭り準備の期間に、琉に聞いて始めて知った。KKGの研究用の人口島であるらしい。
そして、ついにフェニックス打ち上げの時間が来た。音楽はホルストの「火星」を編曲した曲がドラマチックに流された。これが今日の花火のフィナーレだ。
各所で、恋の告白が行われていることだろう。
本来なら数社の煙火工業が共同して、2kmに渡って上げるフェニックスだが、今回はその3分の1のサイズだ。しかし、小さな藤が浜の空いっぱいに上がるフェニックスは、浜辺に寝転がっても視界から溢れるようだった。
オーケストラの演奏のようにドラマチックで、最後には誰もが涙していることに気づく、心に響く花火だ。今回は新潟を襲った地震と津波からの復活を祈る花火だ。
今回は、花火の最後に「不死鳥」が上がる演出に、再度ドローンが螺旋を描くように上空に上がって行く演出と組み合わさる、桔梗村スペシャルバージョンだ。
藍深もスケッチブックに描くことを諦め、両手を後ろに突いて仰け反るように空を眺めていた。すべて終わると、自分がずっと口を開けていたことに気づき、柊に見られていなかったか確認するように、ちらっと柊を見た。
柊は「火星」について考えていた。
「本来、『フェニックス』のBGMは平原綾香の歌う『Jupiter(木星)』が流れるはず、著作権の関係で、それが使えないにしても、ホルストの原曲の『木星』を流せばいいに、何故『火星』なのだろうか。『木星』は『快楽の神』、しかし『火星』には『戦争をもたらす者』という副題がついている。
美規さんのメッセージなのかな。考えすぎか。
なあ、藍深さんはそう思う?」
顔を上げた柊の視界に、浜茶屋に向かってくる一陣の光が映った。
(花火の火の粉か?)
「危ない」と柊が駆け寄るのと、藍深が浜茶屋から飛び降りるのが、同時だった。
藍深がいなくなった空間に、まっすぐ火の粉が飛んできて、止まれなかった柊が光球に飛び込んでしまった。
柊は目を守るように身体をねじったので、火は柊の背中にぶつかって激しく燃え上がった。柊はそのまま、高さ2mの浜茶屋から落下した。落下した場所にいた藍深は、必死に柊の背中に砂を掛けて消火しようとした。
「どいて!」
叫び声と共に大量の水が、柊と藍深に降りかかった。
花火が終わって帰ろうとする人混みをかき分けて、鮎里と鞠斗が二人に駆け寄ってきた。
(鮎里さん。浴衣なんだから、そんな走り方したら太腿が丸見えです)
そう思った後、柊の意識はなくなった。
火だるまになった柊は、どうなるのでしょうか。