お祭り広場
祭りとくれば、色恋の話です。
体育館内のグランドに入った子供と若い親たちは、歓声を上げた。
体育館の中はまさしく夕闇迫る盆踊り会場だった。
天井のプロジェクションマッピングは、賀来人渾身の作品だった。
久し振りに桔梗学園に帰って来た舞子と涼は、しばし、天井を見上げた。
「よう。久し振りだな」
柊が後ろから追い抜きざまに声を掛けてきた。
「どうだ、俺の後輩も凄いだろう。僕の焼きそばもうまいから後で来てくれよ」
柊は我がことのように自慢した後、すぐ自分の持ち場に戻っていた。
人工の夕闇の空は次第に暗くなり、踊り櫓の提灯が一斉に着いた。
天井には星が煌めいていた。時折流れ星が見える。たまに天の川を織姫や彦星が渡ったり、星座が実際の神に変わったり、見ているだけでも時が流れるのを忘れそうだった。プロジェクションマッピングとプラネタリウムの融合は、研究員をも驚かせた。
しかし、小さい子供たちの視線は、踊り櫓の周りの屋台にすぐ移って行った。
鞠斗の好きなポッポ焼き、柊の焼く焼きそば、卓子は虹色の綿飴を子供達に作らせていた。
涼と舞子、それに晴崇と圭が子供達と風船釣りに興じていた。
射的の運営を任された四十物李都は、大分子供の扱いが上手くなって、射的コーナーは長蛇の列が出来ていた。
藍深は夜に輝く怪しい提灯に魅入られ、祭り屋台に集まる人々を描くのに夢中だった。
屋台の食べ物が一通りはけた後、盆踊りが始まった。新潟お決まりの新潟甚句に佐渡おけさが流れる。浴衣に身を包んだ若者たちが次々に輪に入っていく。
抜け目のない万里は、山田雄太の前にスッと割り込み、振り返って、「花火を一緒に見に行く人いる?」と誘った。「特にいない」というと「私もいないんだ。一緒に行かない?」と誘って、OKを貰った。
笑万も雄太が一緒に踊っていた佐藤颯太の後ろに割り込み、袖を引いて、花火に誘った。
そんな恋の駆け引きの姿を、藍深は一心不乱に描いている。
「あの絵を描いている子知っている?」
鞠斗が、焼きそばの片付けをしている柊に声をかけた。
柊は、銀縁の眼鏡を少し上げて、額にしていた手ぬぐいを取って、汗を拭きながら答えた。
「あー。五十沢の妹かな?俺と入れ違いに高校に入ったから知らないんだけれど、中学校の体育祭では、中学生離れした団旗を描いたって、弟が持ってきたPTA通信かなんかで見たことがあるな」
「見たかったな」
「それで、なんで五十沢の話をしているの?鮎里さんから乗り換えるのか?」
「残念ながら、そういうのじゃないんだ。あの子の絵に興味があるんだ」
「画商になるのか?」
「鮎里には『パトロンになりたいのか?』って聞かれた」
「焼き餅焼かせるなよ。今日だって、鮎里さん、朝から張り切って下駄履いて、多分足に豆作って、今頃保健室で休んでいるんじゃないか?」
「そうなのか?花火でまた会おうって言われたから、仕事でもあるのかと思っていた」
柊はイケメンは余裕があると呆れた。
「柊、俺はあの子の絵を、桔梗学園のHPのイメージ画像に使いたいと思っている。少し陰がある絵がいいと思うんだ。変に明るいと、胡散臭いだろう?
本当は桔梗村に美大が来てくれたら嬉しかったんだが、その関係からは柊のところにはオファーがなかったんだろう?」
「いや、あるにはあったが、やっぱり建築や工学系を優先したら、予定人員が埋まってしま
ったんだ」
「そうか。まあ、彼女の絵も学校に飾りたいし、当分五十沢カラー、一色でもいいんだよ。彼女が桔梗学園で受ける待遇を見て、他の芸術家も来てくれるといいな」
「絵がいいのか?」
「芸術の中で、絵が一番金がかからないだろう?音楽は楽器に金がかかるし、彫刻や現代芸術も場所を取る。まずは金がかからないところから手をつけないと。桔梗学園では芸術の授業ができないじゃないか?
人はゆとりが出来たら、芸術文化の欲求が湧くんだ。生きること一色じゃ駄目だと思う」
「そういうことね。で?彼女がいなくて、今晩暇な僕に何をさせたいの?」
「良かった。柊は今晩誰とも約束がないんだな」
「琉は、家族と一緒に過ごすらしいよ。大町さんが実家から浴衣や法被を用意して来て、張り切っていたからね」
「では、柊に頼む。今晩、花火を描いている五十沢藍深さんのボディーガードをしてくれないか。彼女は、浜辺で花火を描きたいそうだが、NHKのクルーや外部の人も一緒いるから、危ないじゃないか」
「そういうことですか。でも九十九カンパニーのビルで描かせればいいんじゃない?」
「へー。京の時は張り切ってついて行ったのに、薄情なやつだな。それに本人は浜で描きたいのだそうだ。潮風や花火の振動を感じながら、描きたいらしい」
「じゃあ、浜茶屋を使わせよう」
「それでいいよ。行き帰りも一緒に行動してやってくれ。そうと決まれば、早速紹介するよ」
柊の屋台の側で京と一雄が、最後の焼きそばを食べていた。
「柊は意外と料理も上手なんだね」
「あいつは、梢ちゃんの子守しながら、学年1番だったからね。家事も手際よくやっていたんだと思う」
「ふーん。一雄は料理は得意なの?」
「カレーとシチューは作れる」
「それって、料理か?」
和気藹々な二人の隣に、三川杏が座った。
「ここに座ってもいい?」
「杏、杏介君は?」
「疲れたみたいで、保育施設でお昼寝している」
「一人で子育て大変だね」
「あれ?さっき陸洋海を見かけたけれど。秋田分校から来ているの?」
「そうなの。今日も私を捜しているらしいの」
「会えばいいじゃないか」
「いやだぁ。私子供が欲しかっただけで、洋海のことはそんなに好きじゃないから」
京は、杏の言葉がよく理解できなかった。
「じゃあ、杏はどうして子供が欲しいの?」
「子供は自分の思うように育てられるじゃない?私のことだけが好きな男って、最高よ」
「え?一生、杏介と一緒に暮らすの?」
「そうよ。いけない?光源氏が幼い紫の上を、自分の思うように育てたように、私も杏介を自分の好きなように育てるの。夫がいたら、姑とか夫の意見も聞かなければならないじゃない。
あっ、洋海に見つかった。じゃあね。杏介連れて、女子寮に逃げるわ」
嵐のように杏は去っていた。
一雄は冷えた焼きそばを口に放り込んだ。
「杏って、あんな人だったんだ」
「俺が言うのも何だけれど、あいつはかなり変わっているよ。多分、お母さんの影響じゃないかな?」
杏の母親、三川百合はバリバリのキャリアウーマンで、KKGの責任者だ。子育ても仕事も能率重視で、自分の思うような子育てをしていた。
しかし、杏は他のファーストチルドレン程の能力がなく、母親の期待通りには育たなかった。
百合は次第に子育てに飽きたのか、杏を桔梗学園に預ける回数が増え、最後には全く会いにも来なくなった。
「子供が出来た時も、陸医師が挨拶に行ったらしいが、全く興味を示さなかったらしいよ」
「そうか。かわいそうだね」
杏の話を聞いて、かなりショックを覚えた一雄は深いため息をついた。
「一雄は子供欲しい?」
「どうしたんだよ。急に」
「俺はさ、子宮が未発達で妊娠は出来ないけれど、卵子は取れるかも知れないって、この間、陸医師に言われたんだ。そうしたら、体外受精出来るかも知れないよ」
「何言っているんだ。誰に代理母を頼むつもりなんだ」
「杏が、この間、『私が代理母してやってもいいよ。妊娠している期間が意外と幸せだったから、もう一回くらいしてもいいよ』って、俺に言ったんだ」
一雄は、京の言葉の裏を読み取ろうと必死になった。京が事の次第を説明し始めた。
「毎月の健康診断の日に、たまたま杏が次の順番で、俺と陸医師の話を聞いたらしいんだ」
「なあ、京は俺と二人で暮らすのは嫌いか?」
「そんなことはない。でも、一雄は子供が好きそうだから」
「子供は好きだよ。でも子供はすぐ大人になる。かわいい子犬がすぐ成犬になるように」
「犬より長い間、人間の子供は『子供』だよ」
「じゃあ、反対に京は子育てしたいか?」
「いや、あまり・・・」
「俺の気持ちを忖度して、京がやりたくないことをする必要はないよ。
桔梗学園に子供も赤ちゃんもいっぱいいるし、野球部の選手も俺の子供のようなものだ。
ステレオタイプの『家族』に縛られなくてもいいんじゃないか。
それに京の能力を生かすのは『子育て』じゃないと思う」
「そっか。気にしなくていいのか?」
「俺にとって、一番かわいいのは『京』でいいだろう?さあ、盆踊りしようか?
俺の自慢の『京』を見せびらかしに行こうか」
「馬鹿言ってんじゃねぇ」
京がどんなに、男言葉を使っても、その可愛さは人形のようだった。
一雄は、京がかわいくてかわいくて仕方がなかった。子供に、京を奪われたくなかった。
こういうカップルの形が許されるのも桔梗学園だった。
子持カップルだけが、幸せなわけではないようです。