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金魚台輪と祭り行列

今日は2本アップします。

 N女子大学の佐藤教授は、巨大地震の後の片付けにも一段落して、ルーティーンワークの散歩をしようと旧桔梗高校の裏手から海に向かおうとした。すると海の方から鈴の音がした。法被(はっぴ)や浴衣を来た小学生や幼児の集団が、金魚の形をした台輪(だいわ)銘々(めいめい)引いて、歩いてくるのが見えた。


 台輪には4つの車が着いていて、その上に紙で作った金魚が乗っている。それに紐がついていて、子犬を引くように子供が引っ張っていくのだ。本来は中に灯りがついているので、夜引っ張ると赤い金魚が暗闇に浮き出て幻想的なのだが、なにせ小学生と中学生が、急ごしらえの紙で作った張りぼてなので、灯りをつける機能がないのだ。それでも、引っ張ると鈴の音が聞こえて、子供達は大喜びで引いていく。


「佐藤教授、おはようございます」

C大学の伊藤教授がいつの間にか脇に立っていた。

「なんか平和な風景ですね」

「伊藤教授はあれが何か、ご存知ですか?」

「桔梗学園が、桔梗村と合同で夏祭りの一環らしいですよ。チラシ見ます?」

伊藤教授が、小学生が手書きしたようなチラシのカラーコピーを持っていた。


「夏祭り

10:00 金魚台輪の引き回し(桔梗学園のまわり)

13:00 盆踊り、お祭り(桔梗学園体育館のグランド)

17:00 海上花火(藤が浜、誰でも見に来ていいです)」


「へー。TV取材も来ていますね」

見ると、NHKのカメラを抱えたテレビクルーが数人。子供達の後ろ姿を映していた。


 (けい)と晴崇も子連れで参加している。(けい)は夏向きの薄手の結城紬(ゆうきつむぎ)の浴衣を着て、晴崇(はるたか)は蹴斗からのお下がりの着物を着ている。圭は出産後またパンクファッションに戻り、銀色のボブにしているが、それが渋い紬とよく似合っていた。晴崇は蹴斗の着物なので大分丈を大分詰めてもらっていたが、前髪を上げて浴衣を着ていると大変粋だった。そんな2人が、双子を乗せたベビーカーを押しているのは、新しい夫婦像だった。


 隣には急遽帰ってきた舞子と涼が、冬月を連れて歩いていた。この2人も去年参加できなかった祭りに、子連れで参加している。冬月は、歩くのがやっとだが、甚平を着て歩く姿を、涼の祖母の松子も、両親も沿道で拍手をしながら見ていた。東城寺からは祖父の悠山を初め、兄の悠太郎までが見物に着ていたので、最も沿道からの応援が多かったのは、冬月かも知れなかった。


 栗田卓子(たかこ)は、美鶴(みつる)を抱いた槙田棟梁の息子と歩いていた。どうも槙田緑(まきたみどり)棟梁は、次男に上手に卓子を引き合わせたようで、2人は結婚を前提にお付き合いをしているようだった。



 須山深雪(すやまみゆき)は、浴衣を着た美鹿(みか)と一緒に龍太郎と虎次郎を連れて歩いていた。息子2人はお揃いの腹掛けをして、沿道の女子大生に手を振っていた。美鹿は、大町から浴衣を1枚もらい、かわいい兵児帯を結んではにかみながら歩いていた。それはその後ろに、(こずえ)を連れた(しゅう)が歩いていたからだ。


一方、柊は早くこの仕事が終わってくれと祈っていた。

「ただでさえ、女性に縁遠いのに子連れで歩いていたら、ますます子持だと思われて、敬遠されてしまう」

それでも、梢は元気に歩きすぎて、引っ張っている台輪が壊れても気にならないようだった。

「柊さん、台輪が・・・」

「え?美鹿ちゃん、ありがとう。梢、台輪がボロボロになっているぞ」

「お兄ちゃんの馬鹿―」

いつもは泣かれると困ってしまう柊だったが、今日は『お兄ちゃん』と連呼してくれるので嬉しかった。


 蓮実水脈(はすみみお)は1人で、(そら)奈津(なつ)を連れて歩いていた。奈津は足に障害がある。水脈は奈津の傷害のために、ホバークラフトのように浮き上がる小さな乳母車を作った。それは空の力でも軽々と押していけるような軽さがあり、砂利道でも階段でも自由に動くことが出来る。

水脈は、奈津が大きくなった時乗れるように、「空飛ぶ乳母車」も製作中だ。

 今日の水脈の周辺には、「空飛ぶ乳母車」見たさに多くの観客だ集まって移動していた。空は自分に注目が集まっていると勘違いし、胸を張って乳母車を押している。それがまた、かわいくて、女子大生からも視線が集まった。C大学工学部の伊藤教授ですら、佐藤教授の存在も忘れ、空飛ぶ乳母車の後について行ってしまった。


 台輪の行進の一番後から、鞠斗(まりと)鮎里(あゆり)のカップルが歩いて行く。

鞠斗は仏頂面(ぶっちょうづら)をして腕組みをして歩いているが、それがまた渋くて人目を引く。


「子供もいないのに何故昼間から歩かなければならないの?」

鞠斗は腕につかまる鮎里の方を見下ろして言った。


「浴衣姿は昼間じゃなければ、よく見えないでしょ?」

「浴衣を見せたいなら、体育館でも良かったじゃないか」

「太陽の下で着たかったの」

鮎里は、沿道の女子大生に「鞠斗の恋人は私だ」と見せびらかしたかっただけだった。慣れない草履のせいで昼には絆創膏だらけになってしまったが、それでも当初の目的は達して満足した。



 沿道で見ているのは、女子大生ばかりではなかった。久保埜(くぼの)姉妹から逃げ出してきた五十沢藍深(いかざわあいみ)が、小さい椅子に座って、沿道の子供達をスケッチしていた。


「これ?俺たち?動いている行列を上手く描くね」

藍深が顔を上げると、鞠斗と鮎里がスケッチブックをのぞき込んでいた。

藍深は慌てて、スケッチブックを抱え込んだ。


「ごめん、びっくりさせちゃったね。君は桔梗高校の生徒だよね」

「はい、すいません。本当はお祭りの会場作りの、お手伝いしなければいけないのでしょうが」

「いや?この絵も十分、お手伝いになると思うけれど」

鞠斗は、藍深の隙を突いて、スケッチブックを取り上げて、パラパラ見始めた。

「あー、ごめん勝手に見ちゃって、前から君の絵を見たかったんだ。

君は五十沢藍深ちゃんだろ?

俺のことを覚えていないかな?甲子園に一緒に行ったじゃないか。お兄さんの応援で1回戦目に来たよね」


鮎里は「五十沢」の名前を聞いて、紅羽の子供の父親五十沢健太の妹だと理解した。


「あの。すいません。覚えていないです」

「俺は覚えているよ。球場でも絵を描いていたでしょ?」

「あの下手な絵を見たんですか?私、人物を書くのが苦手なので、野球をしている人を書いてみようかと思ったんですけれど、上手く掛けなくて、叔父さんにも(けな)されたんで、あれは捨てました」

「叔父さんは目がないね」

藍深は自分の絵を評価されたことがなかった。


「あの本当に上手くないんです。下手なんで、描いては自分の下手さが嫌になって、もじゃくって捨てるの繰り返しなんで・・」

「ちょっと、捨てるなら俺にこの絵をくれないか?あー。右下に君の名前を書いてくれる?」

「サインなんてないですよ」

「名前でいいよ。『藍深』って描いて」

鞠斗は長い指で絵の片隅を指して、「いいでしょ?」と有無を言わさない調子で、サインを頼んだ。


サインが描かれると、鞠斗は丁寧にその絵をスケッチブックから剥がすと、嬉しそうに絵を抱えた。

「今日の花火の絵も描くんでしょ?」

「はい」

「夜1人でいるのは危ないね。俺は都合が悪いけれど、君のボディーガードをつけるよ。

夕飯の時、また会いに行くね。花火の絵も、俺に1枚描いてくれないか。

上手く描けないからって破っちゃ駄目だよ。じゃあね。邪魔してごめんね」



 きょとんとした藍深を置いて、派手なカップルは祭りの列から大分離れて歩き出した。

「何を企んでいるの?」

「ひどいな。彼女の絵のファンだったんだよ。前に熱中症で彼女が保健室に来たことあるだろう?その時に彼女のスケッチブックを、見たことあるんだけれど。すごいよ。

見てごらん、この絵、青木繁の『海の幸』にも通じる高い群像表現だ。一人一人が今にも画面の外まで歩いて行きそうだ。

苦手な人物表現がそこのレベルなんだから、風景描写はどんなんものか、想像も出来ないよ」


 鮎里には、「海の幸」というより、「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)」のような得も言われぬ暗い影が絵から感じられた。鞠斗の絵もそうだが、絵の中に自分の不安や悲しみを忍ばせる描き手がいる。


「私にはいい絵かどうかは分からないけれど、見ていると不安な気持ちにさせられる絵だ」

「そうだね。天災が続いている中の祭りだ。多分、彼女の感じている不安感もにじみ出ていると思うよ。それが、この絵の良さだ」

「鞠斗の絵に似ているかも」

鞠斗は、藤が浜の方に目を移した。

「そうかな」

遠くで、鈴の音が聞こえる。


藍深の絵に引かれる鞠斗に、鮎里は焼き餅ではない何か、嫌な予感がした。

あっ。日付が変わりましたね。

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