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空飛ぶ絨毯作戦

桔梗学園での地震被害なので、今回はあまりむごたらしい表現はありません

 加須総理代行に流された情報は、国民全部に等しくTV放送で流された。その情報は、世界を巡り、世界の視線は8月13日の日本に集まった。


 8月6日の昼のNHKの放送は、北海道や東北に避難して、不満いっぱいの人達に、十分なインパクトを与えた。盗みを働いていた者達は、流石に都内からの脱出を考え始めた。

その上、火災を防ぐため、8月13日~14日の間、関東地方全域の電気を止めるという放送まであった。地震後すぐ都内に戻ろうと体育館などの一時避難所で待機していた者は、諦めて新しい生活をするため、HPを見て求人を真剣に探し始めた。


 桔梗村に来た大学生達も、TV放送を見て恐怖に怯えた。立て続けに都心を襲う地震が、桔梗村にも震度5以上のインパクトを与えるからだ。コンテナハウスの強度は十分あるが、飛んでくる本や機材が人を襲うので、大学関係者は、物品が動かないように固定する作業に追われた。

 TVニュースがあった午後、両校に8月13日桔梗学園から「避難に来ないか」という誘いがあった。南海トラフ地震の時は、桔梗学園の人間が体育館に避難し、観客席のシートベルトで地震をしのいだが、今回は使わないので、大学生達に提供しようと考えたのだ。



 そして、8月13日朝、2校の大学生が桔梗学園の体育館に一堂に集まった。1,000人を越える女子大生は圧巻だった。久保埜姉妹が、各校の事務職員に当日の手順を説明した。

シートベルトの装着の仕方、弁当のありか。

夜は芝のグランドか、体育館に風太が考案したマットを敷いておくので、そこで休むこと。

 弁当やパンなど食べ物と飲料が入っているコンテナは、地震にも崩れないようにしてあり、13日のブランチ、夕飯、14日のブランチ、夕食まで用意されていた。


「本当に何から何まですいません」

伊藤教授代表して、久保埜姉妹に礼を言った。

「2日間、桔梗学園の皆さんはどうなさっているのですか?」

2人は目を見合わせて、笑った。

「空飛ぶ絨毯に乗っています」



その絨毯の準備で琉や飯酒盃(いさはい)医師達、ドローンパイロットは大童(おおわらわ)だった。


「このケージなんか、匂いが取れないんですけれど」

「しょうがないじゃん。象の糞の匂いは、湿度の高い日本じゃ、なかなか取れないんだよ」

「モンゴルなら、燃料なんだけれどな」

「モンゴルと言えば、オユンちゃん赤ちゃん出来たって?」

「おーい。犬が興奮して吠えているよ」

「お前達、猟犬だからな。象やキリンと戦っちゃいけないよ。しょうがない。ココ達は大型ドローンに乗せよう」


忙しい中でも和やかな雰囲気が流れていた。


「ああ、母さん、食べ物のコンテナありがとう。大町さんもお疲れ様です」

大町技術員は、琉の実の父親であるが、他の子の手前、琉はまだ大町さんと呼ぶようにしている。

「琉君、もうドローン部隊のリーダーなんだって?すごいね」

「いやあ、部隊の下働きの方が向いていますよ。先日もぞ・・・おっと」

飯酒盃医師に背を叩かれて、琉は口をつぐんだ。

大町はにっこりして、

「頼むよ。パイロット!」


今回の飛行は、地上1mの高さにキープするだけなのだが、それは返って難しい。それでも今日は11:00~15:00、明日は14:00~15:30までのフライトだ。ギリギリ集中力が持つ限界だ。

大型ドローンは校舎上空でキープだが、ケージは落下すると困るので、運搬用ドローンは地上1mをキープする。4台の運搬用ドローンをコントロールしながらだ。

その上、ケージの中に入るのは好奇心旺盛な大人ばかりだ。特に心配なのは、夢中になると周りが見えなくなるタイプの研究員。それと、頑固な板垣啓子だった。

彼女は「高齢者は大型ドローンに乗れ」と言われても、「冥土の土産」に大地震が見たいとケージから離れなかったので、ケージに乗せた。圭が申し訳なさそうに謝った。



 一抹の不安を抱えながら、8月13日11時30分を迎えた。

「あっ、木が揺れ始めた」

誰かの声を皮切りに、ケージの中の者が一斉に外を注視した。薫風庵を囲む竹林が生き物のように葉を揺らせ、桔梗ヶ山肌の一部が崩れ落ちた。


「絨毯」の中の人にとってはその程度だったが、体育館の中は阿鼻叫喚だった。

誰かの叫び声が、女子大生の恐怖心を(あお)った。

「キャー」

「おかあさ~ん」

「長い。もう止めて~」

舌を噛んだのか、何人かは口から血を流していた。

大正の関東大震災は10分揺れたというが、今回は4分程度しか揺れていない。それでも大きな揺れに時間が止まったように感じられた。体育館は屋上のプールの水も抜いたので、耐震に懸念はないのだが、ギギーっと鉄筋が(きし)む音がすると、身の毛がよだつ。



 都心南部直下地震が揺れ続けているのに、次の相模トラフが動いた。そして、また都心南部直下地震の余震が繰り返しやってきた。その3回の地震は絶え間なくやって10分程度揺れ続けて感じられた。



 女子大生達が、叫び疲れ、泣き疲れた頃、揺れが止まった。シートベルトの握りしめていた指は痺れてなかなか手が離れなかった。しかし、その約20分後に再び、深谷断層帯が動き、北関東の日光周辺が40分後に動いた。


「今日はもう動かないんだよね」

女子大生達は、髪を振り乱して、ホラー映画「リング」の「貞子」のような姿で、一人また一人とシートベルトから自分の身体を引き剥がした。

何人かは失禁していて、トイレに下着の替えと尿取りパットがあるのに感謝した。



 飯酒盃医師と鮎里(あゆり)は、日が沈む前に小型ドローンに乗って、桔梗村と、バリア内ではあるが桔梗ヶ山の東城寺と、藤ヶ山の西願(さいがん)神社を見回った。東城寺の山の一部が崩れたのと、昨年整備した藤ヶ山の参道の一部が崩れていた。


「あーあ。盆踊り前にまた参道を直さなきゃ」

「飯酒盃医師?盆踊りって何ですか?」

「藤ヶ山にある西願神社で、子供の盆踊りがあるんだ。うちの子供達が浴衣を着て、盆踊りをしに行くんだ」

「大人に夏祭りはないんですか?」

「あるよ。海上花火を見に行くんだ。そして、その晩に告白したら、必ずカップルになれるというのが、桔梗村の言い伝えなので、若者はみんな浴衣に着替えて行くんだ」


鞠斗(まりと)も浴衣着たんですか?」

「鞠斗と蹴斗(しゅうと)の浴衣姿は、格好よかったよ。研究員みんなが『尊い』って拝んでいたからね」

「鞠斗の浴衣姿、見たいな。で?二人は誰といったんですか?」

紅羽(くれは)。3人並ぶとモデルみたいだった」


「それで、蹴斗と紅羽が結婚したんですね」

「まあ、紆余曲折会ったみたいだけれど、最後はね」


「飯酒盃さん、気にしないでいいですよ。鞠斗と碧羽(あおば)の話は、ちゃんと聞いていますから」

「なんだ、そっか。気を使っちゃった。他にも四之宮京(しのみやきょう)ちゃんが山田一雄君を捕まえたね。京ちゃんの『婿にしてやる』は名言だったね。五月ちゃんも賀来人君と盆踊り行ったし、1年前のこととは思えないね」

「今年もお祭りしたいですね」

「まずは、藤ヶ山の危険動物を排除しないとね。地震で大分凶暴になっているからね」



夏祭りの話をのんびりしている人達がいる一方、女子大生は不安な夜を迎えた。

大きな地震は、前もって知らされていたとおりだが、その間の小さい地震は何度も起こった。


女子大生は夕飯がサンドイッチとペットボトル入りのジュースであることに感謝した。

そして、友人と抱き合ったり手を握り合ったりして夜を過ごした。



8月14日朝


 桔梗学園の面々は、朝仕事のついでに学校の被害状況の確認をして回った。今回は、子供達も実際の揺れを感じていないので、元気に銘々の朝仕事に回った。

桔梗村のコンテナ住宅も、一部の家財が倒れていたが、概ね無事だった。

桔梗学園の面々は、桔梗村の人も含めて、朝ご飯を食堂で食べた。


 始めて、大神一家が、大町も含めた全員でテーブルを囲んだ。

須山深雪も猪熊(いくま)美鹿(みか)、それに龍太郎と虎次郎の双子の子も一緒に食堂に連れてきて、食事をした。猪熊と美鹿はそれぞれ甥にミルクを与えて、嬉しそうだった。

山田一雄も京と、悠太郎と三津の4人で食事をしていたが、悠太郎に注がれる久保埜(くぼの)姉妹の熱い視線には気がつかなかった。


 TV放送はあえて見せない配慮がされていた。


 体育館が使えないので、子供達はグランドでサッカーを始めた。バリアの中は暑さが少しセーブされているので、汗はかくが、気持ちの良い体育だった。


 体育館の中では、女子大生達がはしゃぐ子供の声を聞いて、窓に顔を押しつけた。

「あんな地震の後、あの子達、サッカーしているよ」

「私達、朝ご飯も喉を通らないのに」

確かに、小さな揺れが繰り返し起こるので、サンドイッチや調理パンを食べながらも、彼女たちは腰が落ち着かなかった。当然、風呂にも入っていないので、髪は乱れ、眉はなくなり、マスカラやアイラインが滲んで、顔がどす黒いが、そんなこと気にする者は誰もいなかった。


「今日の14:40が最後だよ。頑張ろう」

そうお互いに言い合った。



 そして、15時にシートベルトから解放されると、N女子大学の面々はぐったりして、夕飯をコンテナから出して、足を引きずりながら帰って行った。

C大学の女子学生の何人かが掃除を始めると、それを見た他の者も借りた体育館とグランドの片付けを始めた。工学部の生徒は、体育館にあるマットを興味深そうに監察しながら折りたたんでいた。最後に、各自弁当を持って、体育館に一礼をして帰っていった。


 鞠斗や琉、柊達男子学生は、それを体育館の観客席の上の階の、男子寮の手すりに寄りかかって、眺めていた。

次回は地震の対応に苦心している加須総理代行達の話です。地震の後には、何故かお祭りを企む人達が出てきそうです。

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