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首都直下地震まで後10日

地震が起きると、人々の心理状態はどう変化するのでしょうか?

 8月4日

東京は、公的交通機関が全て止まった。地下鉄は完全に水が入らないように全ての出入り口を密封した。

商店も無人となり、ガラスが破られているが、商品は既に撤収された後である。個人の住宅も金目のものは残されていなかったが、割られたガラスからカラスが侵入し、家中に糞が白く残っていた。

こんなに早く住民を動かさなければ、ここまで被害はなかったろうが、今も高速道路や北に向かう道路に渋滞が続いているのを見ると、2ヶ月という期間は足りなかったかもしれない。


時折、交通事故が起こり、渋滞が起こるが、すぐ無人ロボットドローンが飛んできて、道路から事故車を排除する。乗員が死亡していれば、そのまま放置され、怪我だけであれば、車の屋根を切り取って、中の人間だけ近場の医療機関に搬送する。


中には道路を逆走して、空いている反対車線を走る車もあるが、ロボットドローンにつまみ出され、田んぼに投げ込まれる。


車を持っていない人の徒歩の列も、北に向かって長く連なっている。1日に50kmしか歩けなかった者も、足の豆が硬くなる頃には、80kmくらいは歩けるようになる。


列車の運行が止まると、線路を歩く者が増えていく。線路は必ず目的地に人を導く。

中には新幹線の高架線路を歩く猛者(もさ)もいるが、灼熱の夏の太陽が彼らを容赦なく照らして、熱中症になった多くの人が、新幹線のホームで一時の休憩を取っている。畑の作物を食べる人も多く、畑は穴だらけだ。水はまだ出るので、無人の民家で煮炊きをしては腹を膨らませる。民家には残された米や、乾麺が見つかることもあるが、それをしっかり盗んでは歩く者に高額で売りつける者もいる。人々のモラルは、戦後に逆戻りだ。


関東から一番近い福島には多くの避難民が集まっている。そこからは、新幹線が動いているので、郡山駅はいつも人でいっぱいだ。バスも電車もどんどんと人を北に運ぶ。

ネットで求人情報を見て、山形新幹線や秋田新幹線に乗り換える者もいる。



大池都知事と加須(かぞ)総理代行は、郡山市の総理の部屋で、最後の指示について検討していた。


加須総理代行は、舞子のドローンに乗って、やっと都内を脱出できた大池都知事をねぎらった。犬猿の仲の二人も、利害が一致すれば「同士」になるのだ。

「ぎりぎりまで都内で粘りましたね。少しお痩せになったのでは?」

「いや、そうだったらいいのですけれど、ストレスでカップラーメン食べすぎました。

よその知事がさっさと逃げ出すので、意地になって都内に長居してしまいましたね。

本当は最後まで粘りたかったのですけれど、流通もごみ収集も止まると、都内はスラム化してしまったから、もう居られなくなったのよ。

悔しいけれど、桔梗学園のドローンじゃなかったら、徒歩でここまで歩かなければならなかったわ」


「実際、『北関東まで逃げれば大丈夫じゃないか』と思ったんだけれど」

足を揉みながら大池都知事は、ため息をついた。

「そうですよね。茨城は海沿いだから安心とは言えないけれど、栃木県と群馬県は内陸だし、首都直下地震の被害が大きく出るとは想定されていないな」

「あんた、総理代行のくせに『占い師』の言うとおり動いているの?何も考えていないんじゃない?平安貴族じゃあるまいし」

「まあ、そうだね。考えるのを放棄しているかも知れない。その方が精神的に楽だからね」

「確かに、誰かのせいにした方が後々楽だよね」

 

大池のこういう物言いが、敵を作る原因だ。ただ人目がないので、だんだん口調が砕けてきた。


「私は、今年の暮れは炬燵でゆっくり正月を過ごすのが夢なんだ」

「それは総理代行を辞めるってこと?」

「当たり前じゃない。辞める覚悟がなければこんな大胆なことはできないわよ。上手くいって当たり前、ちょっとでも失敗すれば、戦犯だよ」

「長尾財務大臣と牛島防衛大臣も、事態が収拾したら辞めるつもりなの?」

「いや、残念ながら辞めないな。長尾財務大臣はまだ大仕事が残っているし、牛島防衛大臣がいなければ、幕僚はすぐ海外に領土を求めに飛び出して行ってしまうよ」

「あんた一人をスケープゴートにするんだね」

「いや、私がもう持たないから、総理レースから降りるって宣言したんだ。あの2人も了承している」


大池都知事はふと立ち上がって、総理の部屋に不似合いなインスタントコーヒーを入れ始めた。

「これ何杯入れるの?」

「芦屋のお嬢様はこんなもん飲んだことないものね」

「あんただって、いいとこのお嬢様でしょ?地下室もある豪邸よね」


(あの放送を自宅の地下室で行ったって、何故、この女は知っているんだろう)

一見打ち解けた会話の中に罠があると、加須総理代行は気を引き締めて、話題を変えた。


「あなたの実家のある神戸から何か連絡はあった?」

「うちは、鹿児島に親戚がいるからそこに避難したわ。兵庫県は日本海まで続いているから、他県への移動の話はなかったけれど、ちょうど知事がスキャンダルを起こしてその収拾に忙しくて、県民の移動計画を立てる暇が無かったから、みんな思い思いに避難したのよ」

「そういう意味で、神戸がああいう状態になったのに、被害者が出なかったのは奇跡ね」

「神戸や姫路の市長は、出来る男だからね。ただ日本海側は、城崎温泉の周辺なんか見てもらうと分かるけれど、道路も狭くて、大都会の人間をすべて吸収するほどのキャパはないわね。企業は佐賀や熊本に行ったところも多いみたい」

「福岡はもう大阪の人や企業を吸い込んで、飽和状態だもんね」


「そうね。西日本に配分する国家予算は福岡の開発に使うんでしょ?国家予算も使う順番を決めないとねぇ」


皮肉まじりに大池都知事が話すと、少し言い訳混じりに加須総理代行も返す。


「いいえ、福岡だけを開発するわけではないわ。郡山、秋田、山形、札幌にも資金を集中して開発をして、拠点となる都市を造ろうと考えています。復興より開発を優先しないと!

都内は火山灰の影響が読めないので、手がつけられないのよ」



「本当に富士山は噴火するの?」

「ええ、8月30日に」

「桔梗学園の学長って、占い師なの?」

「でも、日にちがわかっているから対策が打てるのでしょ?

「あと他に知っていることは何?教えなさいよ」

「なんか、国防に絡むことらしいけれど、その件は牛島防衛大臣にも話していないらしいわ」


話が一段落すると、加須総理代行は福島銘菓「ままどおる」の包みをゆっくりむいて、その甘い菓子をゆっくり楽しんだ。


「ただね。来年以降の『予言』はできないらしいよ」

「どうして?」

「知らないらしいの」


加須は肩をすくめた。大池都知事も肩を落として「ままどおる」に手を伸ばした。


「これだけ、ひどいことが起こると、それ以降はどんな天災が来ても、もう怖くないね」

「というわけで、我々は目の前の仕事を一つ一つ片付けましょう」



大池都知事は、確認するように言った。

「最後は、8月13日都内の電源を全てストップするのでしょ?」

加須総理代行は、びっしり書き込まれた手帳を開いて答えた。

「そう、電気系統が起こす火災だけは避けたいの。京浜臨海地区の石油コンビナートの火災は完全には防げないと思うけれど、それでも石油はかなり抜いて、他の地区やタンカーで運び出したんだけれど。いかんせん量が多すぎる」


「コンビナートでの火災の消火方法は、東日本大震災の時と同じようにするの?鎮火まで10日もかかったのよね。それとも、また、KKG頼み?」

「そう、KKGでは、コンビナート自体を真空バリアで包んで、酸素を断つんだそうだ」

「そんな手があるなら、石油を抜かなくてもよかったのでは?」

「いいえ、『実験段階なので、下手したら石油に火がついて大爆発するかもしれないからできるだけ抜いて欲しい』って言われたの」

「KKGにはマッドサイエンティストがいるみたいね」



「次に8月13日は、南海トラフ地震の時のように、関東上空に自衛隊機を待機させるんでしょ?」

「それね。ところで本当に全都民にスタンプは押した?」

「それはわからない。区長任せだからね。スタンプを押していない人は、生存確認が出来ないよね」

「しょうがない。いつものように少なめに報道発表するしかないね」

「自衛隊機の他に、桔梗学園の大型ドローンもまた待機させるの?」

「いや、桔梗学園は島根、岐阜、富山、新潟の地震被害を懸念しているんで、その時間にドローンで空中避難をしたいらしい」



ドローンによる空中避難について提案したのは、珊瑚美規(さんごみのり)だった。大型ドローンだけで無く、あるだけのドローンを使って、幼児や小学生、妊婦や高齢者を地震の揺れにさらさないようにしようと考えたのだ。

それは、晴崇(はるたか)と京が、真子学園長の体調を心配して、島根分校から秋田分校に移動させようと、美規に直訴したことが事の発端だった。


晴崇は、南海トラフ地震の時、雅子が体調を崩したと聞いて、薫風庵に駆け込んだ。

「美規さん。マーを秋田に運んじゃいけませんか?秋田には、息子の(あきら)さんもいるし・・・」

「京からも、そんな話が来たね」

「島根も、富山も、新潟だって、首都直下地震でかなり揺れるんですよね。大正関東大震災では10分も揺れ続けたんですよね。過呼吸や心臓発作が起きても、すぐ対処できないでしょ?」

「真子ちゃんが、そんな理由で動くとは思えないな。あの人頑固ですよね。

それより、どこにいても揺れなければいいんでしょ?」


「何言っているんですか。新潟だって震度5~6はあるはずです」

「晴崇、地上1mだったら揺れないんじゃない?」

「え?」


美規は、お()つの西瓜(すいか)が入っていたガラスの器をふわふわ浮かせて見せた。


「ほら、こんな風に、ドローンで浮かせればいいんじゃない?」

「あー。そうか。気がつかなかった。今からすべての分校に連絡して手配します。北海道と秋田のドローンは、ここへ寄越しましょう。高齢者だけではなく、妊婦や幼児も乗せられますね」

「大きな揺れが2日間で6回来るけれど、今回は時間が分かっているのが有り難いね」

「この情報は、国に流すのですか?」

「そろそろ流しましょうか」


「富士山噴火も、もう詳細情報を流しても良いのではないですか?」

「どこまで?」

「時間だけでなく、溶岩と噴煙の流れる方向の情報も流しましょう」

「避難していれば、噴煙の流れる方向だけでいいんじゃない?」


「地震の後、半月あれば、人は元に戻りたがるし、避難生活にも嫌気が差す頃ですよね。気を抜いて、避難した咲きからまた戻って被害に遭うのが、困ります」


美規が(あご)を手で支えながら、小さく笑った。

「何ですか?笑って」

「今まで、自分の周りの人のことしか考えなかったのに、変わったなって、思った」

晴崇は少し目を反らした。

「守りたい人が出来たら、『その周りも助けなければいけない』と思うようになったんですよ」

「私も、子供でも産んだら変われるかな?」

「え?変わりたいって思っていたんですか?」

「いや、変化した自分を見てみたいと思っただけ」


晴崇は、美規の皿から最後の西瓜を横取りして(かじ)り、指をしゃぶりながら、言った。

「変わっちゃいけないですよ。マーは情にほだされて、判断を間違えそうだから、美規さんに代替(だいが)わりしたんじゃないですか」


「判断が間違っていたかどうかって、すぐ分かるものでもないのに」

ガラスの器に残った西瓜の汁を、ぐいっと飲んで、美規は立ち上がった。


「もう、手と口の周りがベタベタ」


そう言って、台所に向かう美規の表情を、晴崇は見ることが出来なかった。

晴崇は、京に「ドローン空中避難」案を話すために地下室に向かっていたから。


ドローン空中避難については、数話後でお話しします。次回は「象」の話です。

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