女子大の引越し
計算していて、1つの学科でも凄い人数なのだと言うことに気がつきました。少し大規模な公立高校だと、1クラス40名✕8クラス✕3学年くらいの人数がい960名ですよね。先生も入れると1,000人くらいいるはずです。
旧桔梗高校の耐震工事は突貫工事で行われた。新潟地震に南海トラフ地震と立て続けに揺さぶられた校舎が、首都直下地震の衝撃に耐えられるかどうかは保証できないからだ。地盤を固め、筋交いを入れ、体育館の天井にも補強を入れた。30億の借地料にこの工事費用も含まれているのだ。農地にするとしていたグランドには、女子寮が増設された。
N女子大学家政学部建築学科は1学年100名の学科である。400名の女子大生に30名の教授が来るのだ。
桔梗高校は最大でも1,000人規模の学校だったのであるから、4階の普通教室8クラスに20名ずつ160名住んでもらうにしても、残り270名分のコンテナ住宅を用意しなければならない。グランドには15棟近い20名が住めるコンテナ住宅が用意された。
新幹線の燕三条駅にはその日、400名を超える女性が集結した。琉が操縦できることが本当に有り難かった。島根分校以外の4校の分校から大型ドローンを借りて、女性達を運ぶことにした。
柊はその日、女性の匂いに酔うという初めての体験をした。あらゆる香料、柔軟剤、化粧の匂いだけでなく、女性特有の匂いはすさまじいものがあった。それでも柊はその数の女性を運ぶことに全精力を傾けた。
最初の新幹線には4年生が乗っていた。荷物はスーツケース1つまでと言っておいたが、ほとんどが1週間海外旅行するような巨大なスーツケースを引きずってきた。
「桔梗学園行きのドローンはこちら」というプラカードを掲げ、柊は改札に立った。
ドローンの入り口には背の高い久保埜姉妹に立ってもらった。
新幹線の中で全員がスタンプを押したので、4年生から順番にドローンに乗ることができたが、当然遅刻するものは出てくる。
柊は心を鬼にしてそのような女性を無視し続けた。
(歩けばいいんだそんなヤツは)
勿論最後のドローンに教授と一緒に乗ればいいのであるが、それまでどんなに遅刻の言い訳をくどかれても、柊は無視続けた。来る前に、児島医師から「一度甘い顔を見せると、後で後悔するよ」ときつく言われてきたからだ。
そう言えば、琉が近澄子につきまとわれたのも、1回だけ宿題を見てやったのが原因だった。
1年生が最後に新幹線でやってきた。
「すいません。友達が乗り遅れたんですけれど、待って貰えませんか?」
髪をしっかり巻いて、いわゆるあざといファッションの女子大生が、柊の腕を掴んだ。
「最終ドローンが出ます」
「だから、待ってと言ったの」
柊は銀縁の眼鏡の奥から、冷たい目でその女子大生を見下ろした。そして隙を見て、腕を振りほどいて、ドローンに乗った。女子大生もそのままドローンに乗り込んできた。
「もう、友達に怒られちゃうじゃないのよ。運転手さん、少し待ってください」
残念ながら、どんなにしなを作っても、岐阜分校の米納津雲雀が聞くわけはなかった。
「シートベルトをお締めください」と注意があった後すぐ、ドローンはふわっと飛び立った。雲雀の横の席に座った柊が、げんなりした顔をしたので、雲雀がクックと笑った。
交通手段が遮断した地域での遅刻は命取りである。遅刻した学生は桔梗高校に行き着くことが出来ず、すごすごと自分の実家に帰っていた。
旧桔梗高校、改め「N女子大家政学部桔梗村臨時キャンパス」に着いた一行は、指定のコンテナ住宅乃至は、4階の教室に向かった。教授と事務職員は、柊からこれからの説明を聞くために玄関前に集まった。
「食事に関しては、家庭科室がありますので、大学の方でお作りください。材料の注文は先生方の部屋のタブレットで、2日前まで受け付けます。
今日の分は弁当を持ち込むようお話をしましたので、明日1日は、弁当の販売を行います。
入浴は、体育館の奥に風呂場があります。水は貴重ですので、使い方に注意ください」
以下、細々とした説明をして、柊が立ち去ろうとすると、教授の一人が手を挙げた。
「ここはスマホの『圏外』なのですか?」
「洪水で新潟市周辺の基地局はすべて倒壊しました。勿論、首都直下地震が起こると関東一円も『圏外』になります」
「あなた達はスマホやネットワークは使わないのですか?」
「我々は衛星電話を使っています。先生方の部屋にも1台ずつ衛星電話を用意しておきました」
「学生も自宅に連絡したいと思うのですが」
「NTTに公衆電話でも要請したらどうですか?我々は校舎の貸出をしただけですから」
柊が立ち去った後、事務職員が質問攻めにあった。
桔梗村との交渉において、N女子大学は、桔梗高校校舎の耐震工事と校舎借用料しか払っていないこと。明日一日の弁当はサービスで販売してくれるが、それ以上の食材などは桔梗村に店がないので、少しずつ桔梗学園から購入していかななければならないことを説明した。
また、これ以上の校舎の建築や改造は、N女子大学が自らの力で行わなければならないこと。
道具や材料は桔梗学園に発注しなければならないことを伝えた。
状況が分かった教授達は、学生の当番や必要な物品の購入について、当座必要な話合いを進めた。
他学部の教授からの連絡を聞くと、宿舎にベッドや布団が用意されていることを羨ましがられた。他学部の移転先には、シャワーしかないところが大半であった。
柊は久し振りに男子寮に戻って、大浴場で、今日の愚痴を琉に聞いてもらった。
「なんか、女子大生って憧れていたけれど、ただの我が儘お嬢さんばかりだよ」
「おいおい、明日も千葉県のC大学が来るんだろう?」
明日もドローンを出すので、今日はよその分校から来ている陸洋海、匠海兄弟や九十九剛太も寮に泊まっていた。久し振りに湯船でうわさ話に花が咲いた。
「剛太、オユンちゃんと結婚したんだって?」
「いや、式はまだだけれど、一緒に住んでいる」
「いいなあ、俺は三川杏ちゃんにコンタクト取ろうとしても、梨の礫だよ。赤ちゃんが生まれたって母さんから聞いたけれど、名前すら教えて貰えない」
洋海の愚痴に、兄弟の匠海は慰めともつかない言葉を掛けた。
「三川はさ、子供が欲しかっただけで、相手が誰でも構わないんだよ。責任取れって言われないだけましだから、次の女を見つけろ」
「自分の子供を産んだと言うだけで、三川が愛しく感じるんだ。子供にだって会いたいよ。俺に似ているかな?」
柊と琉には、洋海の言葉が腑に落ちなかった。
「好きじゃないけれど子供は作れる。子供が出来たら好きになる。
なんかおかしくないか?好きになったから、子供を作るんじゃないか?」
その質問に明確に答えられるほど、19歳は大人ではないようで、5人とも考え込んでしまった。
「明日は千葉県のC大学がくるんだろう?共学の女はあそこまで我が儘じゃないかも知れないぞ」
琉の言葉に、「期待しすぎないようにしよう」と柊は思った。
2日目は千葉県のC大学がやってきた。園芸学部1学年の定員は450人だが、女子はその約半分の230名。工学部も同じ定員だが女子はもっと少なく2割。1学年分で90名。ただ、教養課程の学生はリモートにするということで、実際に桔梗村に来るのは、3年と4年の640名+教授40名。合計680名だ。
また、C大学からは学校の備品をドロ-ン2台分千葉から運んで欲しいと言われている。朝早く、剛太と雲雀が千葉県に飛んでいった。残り3台の大型ドローンで680名を運ぶ。
燕三条駅に着くと、修学旅行生のように大学生が団体集合場所に座っていた。荷物は2泊3日くらいのスーツケースに全員が収めてきている。
柊が指示しなくても、整然と50名ずつドローンに乗り込んだ。
部屋割りを前もって送っていたので、降りたらそのままコンテナ住宅に入ってくれそうだった。
学生がスムーズに乗車してくれるので、昨日、桔梗村に着いてから行った説明を、駅で教授達に話す余裕まであった。
C大学にキャンパスとして桔梗村が用意したのは、旧駅前商店街の敷地だった。校舎として使う「箱」は2階建ての各階4部屋ずつ使える建物で、女子寮はN女子大に用意したのと同じタイプのコンテナ住宅だった。
また、桔梗ヶ山の麓にある旧桔梗北中学校のグランドには、塩水の浸入がなかったので園芸科の実習用に用意した。
旧新興住宅地はC大学の方で、塩分を土壌から抜く実験をすることになっている。その後、園芸家の実習農園となる。
旧桔梗村中心街は、工学部が自由に建物を建てて使えるように契約してある。今回、ドローンで運び込む機材や資財はここに用意してある巨大倉庫に積み込まれることになっていた。
C大学はここを大学のキャンパスとして将来的にも使うことになっているので、N女子大とは扱いが違うのである。
最後のドローンで桔梗村に着いた教授達は、思いも掛けない申し出をした。
「申し訳ないのですが、KKGの皆様とこれからも一緒に研究をしていきたいので、懇親会をしたいのですが、そのようにお伝え願えないでしょうか?」
急な申し出に、柊は一応、珊瑚美規に伺いを出した。すると、桔梗学園の体育館で行う許可が出た。食事の準備もいるので、美規からは「明日の昼に懇親会を開こう」と言われた。
「はい。こちらも食事の準備をしてきたのですが、日持ちのするものですので、その日程で結構です」
念のために柊は代表の教授に伝えた。
「一応、申し添えておきますが、桔梗学園は禁酒禁煙になっておりますので悪しからず」
「えー?大人が飲むんですけれど」
「身体に悪く、犯罪の温床にもなるものは、先代の学園長から禁止されています」
「いい酒なのになぁ。あなたも酒はたしなまないんですか?」
「僕は19歳ですので、飲んだことはありませんが、これからも飲むつもりはありません」
柊はアルカイックスマイルを浮かべて、本日の業務を終えた。
明日も恐ろしい懇親会があることは、忘れようと思った。
最近少子化が話題になりますが、物語の舞台となる4年後の世界では、地方の公立高校では、8クラスなんて学校はなくなっているんでしょうね。