夜の女子寮
桔梗学園に来てからの1日目が大分長くなりました。
「ご飯おいしかったね。風呂も快適だったし。9時まで女子会しますか」
口火を切ったのは紅羽だった。紅羽はこの後も2806室のリーダーシップを取ることになる。
「うちが持ってきたお菓子は『サラダホープ』です。自己紹介からするね。名前は高木紅羽。
お母さんは桔梗高校の先生なんで、私が退学した理由は『アメリカにバスケット修行に出た』ってことにしています。妹は一つ下で、本当は今年のオリンピック2人で『美人高校生姉妹』として出場する予定だったのですけれど、まあ、こんなことになっちゃいました。てへぺろ」
舞子が「なんか変なフレーズが聞こえたけど、聞き間違いかな?」と突っ込む。
「一緒に来た智恵子叔母さんは、お母さんの妹でコロンビア大学に勤めています。うちも何度か叔母さんのところに行って、本場のバスケットを見てきて、将来はアメリカでプレーしたいと思っていたので、あながち嘘では無いと思っています。そこで、桔梗学園では3ポイントシュートの精度をもっと上げようと思っています。以上、質問ありますか」
舞子が「質問しても答えられないこともあるでしょ?」と目を反らしながら行った。
「一発で当てたら教えます!」と紅羽が腕組みをして言った。
「お腹の子供の父親はずばり、五十沢健太君」
「なんで分かるの~ぉ」
「涼がそうじゃないかって言ってたんだ。私も早々と学校に行かなくなったから見ていないんだけど。私や紅羽の噂に、五十沢君だけは乗って来なかったんだって。それだけじゃなくて、昼休みも教室にもほとんどいなくて、1人でトレーニングしてたんだって」
「まあそういうことです。五十沢健太が子供の父親です」
といって妊娠に至る経緯を2人に話した。
2人は話を聞いた後、しばらくして目を見合わせた。
「それって、五十沢君が先輩に騙されたんじゃないの?そんな伝統なんてあるわけないよ」
圭が遠慮がちに言った。
「財布にゴム製品を入れたら、貨幣で傷つくこともあるし。穴の開いたゴム製品を渡したかも知れないぜ」
紅羽は目を大きく開けて、口を押さえた。「騙された?」
「その先輩、去年の県大会の最後に出たピッチャーでしょ?3年間マウンドに出られなくて、最後に出た試合で、逆転負けして、チームが負けたんでしょ?五十沢君を恨んでない?」
舞子の言葉にしばらく考えた後、紅羽がきっぱり言った。
「まあ、策略だとしたら、はまった健太のミスだね。嫌がらせなんてごまんとあるから。雰囲気に流されたうちも悪い。でも健太が甲子園に行ったら、先輩を見返すことになるし、うちもここで苦しんでいたら、先輩の罠に嵌まったことになるよね。大逆転して、ハッピーになってやるぞ」と言って力こぶを見せた。かなり楽天的な性格である。
「と言うわけで、次は舞子の番です」
「私が持ってきたのは『柿の種梅しそ味』。宇宙食にもなる悪阻中も食べられるお勧めの品です。私の名前は東城寺舞子。子供の父親は一緒に来た榎田涼です。本当は涼にも卒業まで黙っていて欲しかったんだけど、真面目でね」
「愛されていますね。ひゅーひゅー」
「紅羽!からかわないで。私の野望は、この4月全日本柔道選手権で優勝したので、来年の4月の大会で連覇をすることです。そのために、涼と2人で柔道着も持ってきたし、優勝者なので、予選免除されているから、出産後すぐ練習始めれば間に合うかなと思って」
「これこそ野望だね。桔梗学園のゼッケン付の柔道着作らなきゃならないね」
「おなかが大きくなったら、肉体接触する練習は出来ないぜ」圭が話に入ってくる。
「でもね、柔道って競技から離れて一番衰えるのが、握力なんだ。柔道着をつかむ力。だから、筋力と体力、体重をコントロールして、出産後は対人技能を回復させようと考えている」
「体重って、減らすの?」圭が聞いた。
「無差別級だから、軽いと駄目なんだ」
「子供が大きくなると後、10キロは増えるんだよ」紅羽も心配する。
「今の体重をここ2ヶ月くらいで、10キロ減らすって戦略はどうかな。私、無理して食べてこの体重なんだ。食べないとすぐ体重落ちるんだ」
「ドクターも含めて、相談してから取り組んだ方がいいね」
「そうだね。授業に運動生理学もあったから、多少期待はしている。大体、家の父さんは根性論で私たちをしごいてきたから、今までよりは絶対レベル上がると思う」
「最後に、板垣圭さん。お願いします」紅羽が水を向ける。
「菓子は持ってきてない。名前は板垣圭。子供の父親については別に話さなくてもいいんだろ。以上。質問なんかないよな」
今までの話し方は、対外的な話し方だったんだろう。言葉遣いは第一印象通りにもどっている。風呂上がりのすっぴんに、顔中のピアスをすべて外して、アルコール消毒しながら、顔を下に向けて一息に話した。
しかし、紅羽と舞子は、そんなことにめげるわけがなかった。
紅羽がまず、これからの学習計画を立てる上にも重要なことを質問する。
「得意な教科は何ですか」
「別に、教科で得意なものはないけれど、あたしが得意なのは、対戦ゲームかな。最近流行の既存のゲームに手を加えて自分好みにしたりするのは得意」
ここ2,3年、市販のゲームに、自分の好みのキャラを作って入れたりできるゲームが流行だしたのだ。自分の写真や動画を読み込ませて、それをゲーム内で自分のアバターとして使えるレベルが格段に上がったのだ。
舞子は兄がゲーム好きなので、それに興味を持って聞いた。
「あの『フィットスポーツ』とかに自分の動画を読み込ませて、スポーツをさせたりするのとか出来るんだ」
「それは誰でも出来る奴だろう?スポーツの種目を変えたり、ルールを変えたりも自由にできる裏コマンドがあるんだ。少しプログラムの知識は必要だけど。例えば、ボクシングを少し変えて『キックボクシング』にしたりするのは、したことがある。足首にもジョイコンを付けて、それに反応させるように設定を変えるんだ」
「ねえ、そのゲームは柔道にも対応できるように帰ることはできる?」
「柔道のルールや技が分からないから、できるとは言えないけれど・・・考えてみる。少し時間をくれ。面白そうだ」
圭は顔を上げて、唇を半分あげて言った。ゲームに関しては興味が動くらしい。
紅羽はここへ来るまでに気になっていたことを聞いた。
「うちも質問いい?ドローンが運転できるの?蹴斗君がそれを知っているのは何故」
「蹴斗が知っていると言うより、ここにいるスタッフはみんな、あたし達のデータを把握していただろう。あたしは『ドローンシミュレータ』というゲームの2年前の日本人ランキング1位なんだ。最近は『ドローンドッグファイト』ってゲームの方が面白くって、ランキングは落ちっぱなしだけど」
「なるほど、有名人なんだね。その業界では。
もう一個、質問していい。嫌なら応えなくていいんだけれど、桔梗高校じゃないのに、どうしてこの学校のことを知ったの?」
「ああ、それなら話しても構わないな。『ドローンシミュレータ』は対戦型ゲームで、最大4人までチームが組めるんだ。ゲームの中で仲間を募ってチームを組むんだけれど、その中にどうも桔梗学園の生徒がいたらしいんだ。
そこであたしが、「ゲームしすぎで退学しそうだ」ってぼやいたら。
「残念だ。桔梗学園は妊娠した高校3年生以上の女性しか入れない」って教えてくれた。
その後、あたしは図らずもこんな風になって、あれやこれやで今に至るわけだ」
「図らずも」と言ってはいるが、圭は桔梗学園に来るために、「意図的に」妊娠したことには口を閉ざしたのだ。その詳細は、3人の仲がもう少し深まってから、話すことにしよう。
「大分、詳細が、はしょられた気がするけど、分かった。
家の叔母の智恵子さんは、桔梗学園のスカウトの一人だって言ってんだけど、桔梗学園の内部の人と知り合いっていう入り方もあるんだね。謎は一部解けた」
相変わらず、楽天的な紅羽である。と言うよりは、紅羽にとって重要なのは、今何をすべきなのかなのだ。過ぎたことに、反省したり謝罪を待ったりすることに、時間を割くことは無駄だと思っている節がある。
「ここにいる間に、謎が少しでも解けるといいよね。もう少しで9時だよ」と舞子が言うと、
9時になると、ルームライト以外の灯がすべて消え、ガシャンと言う音がして、ドアがロックされた。
次回からは2日目です。新しい登場人物も出てきます。