大町技術員の正体
遂に大町技術員の正体が分かりました。
桔梗村の住民が、新たな自分たちの村の建設を始めて1ヶ月が経った。住民達は、食事をする場所で全国紙やニュースで情報が得られるようになっていた。
「怖いですね。首都圏から避難をしてくる人が増えると、犯罪や暴動が頻発しているみたいですね」
吉野教頭は、高木先生とTVを見ながら世間話をしていた。二人は大型機械の操作にも慣れ、着々と自分たちの住宅が出来ることで、仕事を楽しんでいた。
「新潟市の方も瓦礫の撤去が終わったみたいですね。今は区画整理をして、信濃川の川底をさらって、塩害対策の畑を作るみたいですね」
「私達が救出されたジャイアントスワンは取り壊されて、今回浸水しなかった山の麓に、大型ドームを作るそうですね」
「そうなんです。三つ子ドームを作るらしくて、1つは野球やサッカーが出来る芝のドーム、もう1つはアリーナがあって、バスケットやバレーボールなどが出来るドーム。最後のドームはプールがあるドームなんですって」
「凄い。今回のような災害の避難にも使えそうですね」
「まあ、当分、亭主と一緒に住むことは出来ないみたいですが、今度の日曜日に巡回ドローンが出るらしいので、会いに行こうかと思っています」
「いいわね。私は、亭主の実家に会いに行くのは、面倒だな」
「どうしてですか?」
「行けば、実家に戻って『同居しろ』って言われるでしょ?義父母も高齢なんで、私に介護させたいみたい」
「吉野教頭の実家はどこなんですか?」
「北海道なのよね。こっちはこっちで、今は移住者が多くて手が足りていて、私の居場所がないのよ」
TVでは昼の新潟ニュースが放送されていた。
今ではニュースの顔となっている塩澤アナウンサーが、真剣な顔でニュースを読んでいた。「関西に本拠地がある指定暴力団○○組と、関東の指定暴力団△△組の抗争が、上越で起こっている模様です。本日も顕現教施設に逃げ込んだ○○組の組員を狙って、銃撃戦が起こりました」
「嫌だ、怖いわね。新潟県にも暴力団がたくさん入り込んでくるのかしら」
「この事件で○○組の構成員1名の死亡が確認されました。また、宗教団体施設で大規模な爆発も起こり、顕現教教祖『犬神現』始め、教団のメンバーが多数死亡したとの報告が入っています」
「本当に、桔梗学園村に移住して良かったわよね。ここなら桔梗学園村認定のスタンプがない人は、入れないですもの」
児島医師と鮎里は、今日も保健室当番で一緒にTVを見ていた。
「顕現教の施設が爆破?」
「なんか、おかしいですよね。隠されていた宗教施設に暴力団員が逃げ込むなんて。まあ、真相が明らかになれば、鮎里も大神家のみんなも安心して外に出られるけれど」
「児島医師が怪しい人物として動向を追っていたいた大町は、今、上越にいるみたいですね」
「爆破に巻き込まれたのかな」
「戻ってきたら尋問ですね」
その大町技術員が戻ってきたのは、2日後の夕方だった。
夜7時、いつもなら桔梗村の住民が入浴したり夕飯を食べたりしている時間だ。大町の宿舎のドアが叩かれた。
「はい。夕飯は食べてきたんで・・・」
玄関の外には、飯酒盃医師と児島医師が立っていた。
「ちょっとお話があるのですが?その手の火傷はどうしましたか?治療しましょう。
一緒に来てください」
「何でもありませんよ」
ドアを閉めようとする大町の手首に激痛が走った。スタンプから電気ショックが与えられたのだ。
大町はその場で気を失ってしまった。
「うわ。始めて使ったよ、この機能。孫悟空の『緊箍呪』みたいだな」
「あの頭の輪?じゃあ、飯酒盃医師は三蔵法師か?」
「夏目雅子より綺麗か?」
「冗談言わずに、みんなが帰る前にこいつを連れて行こう」
飯酒盃は大町を肩に軽々と担ぐと、ドローンに乗せて、桔梗学園の地下にある秘密の部屋に連れて行った。
「目が覚めたかな?火傷の治療は終わったけれど、ちょっと話を聞かせて欲しいな」
秘密の部屋には、児島医師と飯酒盃医師がいたが、隣室にはマジックミラーで中が見られる機能が付いていた。そこには、珊瑚美規と大神理子がいた。
美規は理子に聞いた。
「あの男に面識はある?」
理子は突然泣き崩れてしまった。
「信ちゃん・・・」
「知り合いなの?」
「近所に住んでいた大町信之君です。なんでここに・・・」
部屋の中でも尋問が始まっていた。
「さて、大町信之さん。あなたはどこで火傷をしたのかな?」
大町技術員は黙秘を決め込もうとしたが、質問が続いた。
「では、質問を変えよう。上越であった顕現教施設の爆破現場にいたのかな?」
大町は強く目をつぶった。
「君は顕現教の信者かな?」
「まさか、あんな宗教。理子を殺したんだ。絶対に許さない」
「ほう?大神理子とはどういう関係かな?」
「俺は理子が好きだった。多分、理子も・・。なのに、理子が急にいなくなって。理子に好きな人が出来たのなら諦めるが、やっと見つけた理子はあんなに痩せ細って。最後には殺されてしまったんだ。許さない」
唇を血が出るほどかみしめた大町に、児島はまだ冷静に質問を続けた。
「何故、○○組の構成員が、顕現教の施設に逃げ込んだのかな?」
「あの中に△△組のお宝が隠されているって、飲み屋で話したら、本気にしたヤツがいただけさ。
あいつは顕現教の隠し財産を強盗するつもりで入ったから、顕現教の人間は中であいつに縛られていたはずだ。逃げることなんて出来ないはずだ」
「では、△△組の連中も同じように誘い込んだんだね」
「後で、情報提供者として追いかけ回されても困るからな。桔梗学園で津波で壊れた建物を爆破するのに使っていた小型爆弾を拝借した。よく出来ていて、爆破した後、小さな部品1つも残らないんだね。お前達も何かの犯罪に使うつもりだったんだろう?」
飯酒盃は肩をすくめた。
「困ったね。私達も犯罪の片棒を担がされたわけだ」
突然、ドンという音と共にドアが開き、理子が走り込んで大町の膝にとりついた。
大町は最初何が起こったか分からなかった。
「信ちゃん」
見上げる理子から、幼い頃と同じ名前で呼ばれたので、それが誰か分かった。
「理子ちゃん」
「信ちゃんは、悪くないです。許してください」
「理子ちゃん、生きていたんだね」
死んでいたと思っていた理子の身体のぬくもりを膝に感じて、大町張り子が生きていたことを実感した。
「良かった。これで俺は何時死んでもいいよ」
「何言っているの?琉はあなたとの子なの。妊娠が分かって、報告に行こうとしたら顕現教に拉致されたの。琉に合わないで死ぬなんて言わないで」
本当かという顔で、大町は飯酒盃達の顔を見回した。医師達は顔を見合わせた。
「そうだね。他の子と琉君は、父親が違うのは分かっていたけれどね」
部屋に入ってきた美規に、医師達は視線を向けた。
「どうします?」
「顕現教の動向を捜すという面倒くさい仕事を片付けてくれたんだから、うちで匿ってもいいんじゃない?これでやっと、鮎里や琉達に、外での仕事をさせられる」
「無罪放免だそうだ。大町君、これからどうしたい?」
せっかちな飯酒盃の肩を叩いて、児島が言った。
「ダサいな。飯酒盃医師は、先ずは二人で積もる話をして、それからでもいいじゃないか。
大町君の宿舎は一人部屋だしね」
その晩から、理子は末っ子の珠季を連れて、信之の部屋に住むようになった。
琳は最初は嫌がっていたが、「風太もこっちの施設にいる」と聞くと、新しいお父さんと住むことを了解した。
真実は琉にだけ話されたが、それ以下の子供達には、「危険がなくなった」という話だけが教えられた。
顕現教事件も解決したので、鮎里も大神兄弟も自由に出歩けるようになりました。あれ?飯酒盃医師もあの事故現場にいたと思う方。あの人を拉致しようなんて、誰も考えません。ランボー以上に危険な人ですから。