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桔梗村再生へ

ついに桔梗高校から避難していた人達が新天地へ移動します。

 須山深雪(すやまみゆき)は、震災対応食堂会議の後、鞠斗達に背中を押されて、7月生2人と一緒に珊瑚美規(さんごみのり)に談判をしに行った。


「桔梗村の人を住まわせる住宅街?いいんじゃない?どういう住宅街を計画するか話して」


須山は計画書を美規に提出した。

「場所は女郎花(おみなえし)高台の隣の平地です。住宅は取りあえず、最初は高台の小学校に住んでもらって、平地への住宅建設をしてもらいます。高校のグランドは農場にしてそこで農業をしてもらいます」

「小学校は老朽化が激しくて、南海トラフ地震で壊れる。小学校に住む案はそこで頓挫するがそこは変更すべきだ」


栗田卓子がすかさず提案した。

「では、高台にコンテナを並べて、住宅地を作ります。小学校は木造なので、解体して、使える木材を使って、新しい学校を作ります」

「学校は小学校から高校までの一貫校を作る予定なの?」

「はい」


美規は少し考えて提案をした。

「小学生は桔梗学園で学ばせる。交流会を見る限り、今いる子は学園の学びに耐えられる」

「中学生と高校生は、桔梗学園に編入は出来ませんか?」

「それについては、須山さんに意見があるはずだ」

「私の弟の猪熊(いくま)碧羽(あおば)さんは、以前、不合格になったんですよね。同じように、桔梗学園で学ぶのに適さない子がいるかも知れません。少なくとも1年間は、リモートでいいので、外部から桔梗学園の勉強を受けて、やはりついて来られない子は別の地区へ転校させるべきと思います」


美規は小首をかしげた。

「現在校内の教育計画を立てているのは久保埜(くぼの)姉妹や駒澤。外部の教育を担うほどの余裕はない。あなた達3人で吉野教頭先生や高木先生と教育内容を考えるべきだ。

桔梗学園の小学部程度の能力は、1年で身につけてもらわないと困るね。

スポーツに関する教育なら、岐阜や島根分校の協力も得られる。相談してみなさい」


体育会系の2人は急にしゅんとしてしまった。勉強について行くのがやっとの2人にとって、人の教育を考えるのはハードルが高すぎるので尻込みしてしまったのだ。


蓮実水脈(はすみみお)はそこで持ちこたえた。

「深雪、自分の弟妹の教育にも関わるんだからやってみよう。取りあえず、衣食住と仕事を確保したらそこから先は、もう少し話し合いをしながら進める時間があると思うの」


立ち直りの早い卓子もすぐ賛同した。

「みんな自分が働き出したら、現実が見えて、変な要望も出さなくなるよ」


美規が計画案を見ながら、次の質問を提示した。

「新しい住宅街を作っている間の、生活の計画は立ててあるよね」


深雪が気を取り直して答えた。

「3食入浴付きの仕事を斡旋します。洗濯乾燥機はコンテナ住宅につけます。小学生は、桔梗学園で食事と入浴をさせますし、中学生の仕事は半日で、午後から学習をさせます」


卓子が続けて、将来の住宅街の計画図も開いた。

「えーと、村の名前は『新桔梗村』、住宅は竹材や古材を使った新工法で造ります。中高生は寮で住む形、小学生までは家族と住む形が基本です。白萩地区のように、食堂と温泉は村の中に共同で使えるように、別棟を造ります」

自分の娘に障害がある水脈は次の説明も忘れなかった。

「将来的には小さな商店街や工房も造って、身体の不自由な人や高齢の方が、地区の中で働けるような施設を造ります」


美規が、人差し指を額に当てた。

「悪くない案だけれど、1つだけ問題がある。『新桔梗村』という名前に問題がある。敷地は桔梗学園村にあるし、早いうちに移った人達は『白萩地区』に住んでいるんで・・・」


飲み込みの早い卓子が間髪入れず、話し始めた。

「そうですね。『地区』ってつけたほうがいいですね。『白萩』と対になる花の名前はないかな」


卓子はふと五十沢藍深(いかざわあいみ)の描いた絵を思い出した。あの浜の絵に、瓦礫の中に朝顔が咲いていたはずだった。

「ねえ、藤が浜に津波後にも朝顔が咲いていたよね」

「朝顔?浜に咲いているのは、浜昼顔だよ」


美規が少し考えた。

「『浜昼顔』はいいですね。地下茎が絡み合っていることから花言葉は『絆』。非常に強い植物です」

 

現在桔梗高校に避難している住民が移動する地区の名前が決まった。

「浜昼顔地区」



そして、6月16日、桔梗高校の住民が移動する準備が出来た。


6月17日、桔梗高校に移住の知らせがもたらされた。

責任者は7月生の3名だった。自分の知り合いもいるが、ここは顔出しをして、責任の所在を明らかにしなければならない。


100名の避難者が体育館に集められた。

最初に挨拶をしたのは須山深雪だった。弟や妹の前で恥ずかしいと思ったが、両親や兄が先に移住しているのに、2人は姉を信じてここに残ってくれたのだ。期待に応えなくては。


「今日は大切なお話をするため、皆さんにこちらに集まっていただきました。今回のプロジェクトの責任者、須山深雪です。皆さんご存知の通り、6月15日の新聞で報道されたように、8月には首都直下地震が起こるとの情報が入り、新潟県も首都圏からの移住者を受け入れることになりました。

 全国で移住が進む中、被災者と言われる人への支援の予算が打ち切られることになりました」


被災住民からの不安の声がそこここに広がった。大声で不満を言うような人はみんな移住したので、小さな声だがやはり不安は隠しきれなかった。

「今まで、隣村と言うことで援助をしてきた桔梗学園村も、小さな村なので、県の財政支援に代わってすべての資金提供をして、桔梗村の方を支え続けることは出来ません。

そこで、今までもお誘いしていましたが、桔梗学園村への移住者を募ることにしました。

しかし、過去に移住してくださった方の住む地区は、もう定員いっぱいです」


卓子と水脈が「浜昼顔地区」と「女郎花高台」が含まれる地図を広げた。


「これが新移住地区の5年後の構想です。現在、女郎花高台の小学校は取り壊し、その跡地にコンテナ住宅を造りました。「浜昼顔地区」の建設に従事する人が住む住宅です。地区の完成後は、そこは、『(株)桔梗建設』の社員寮になります。建設は、機械も多く導入されますので、肉体労働が苦手な人も大丈夫です。食堂が完成するまでは、会社の方で3食提供しますし、温泉施設が出来るまでは、白萩地区の温泉の使用も可能です」


須山美佳が手を挙げて「小学生も働くんですか?」と叫んで、兄の猪熊に押さえ込まれた。


「小学生以下の人は、朝1時間ほど仕事をした後は、桔梗学園で、そこの小学生と一緒に勉強します。中高生は午前仕事をした後、リモートで学習してもらいます」


水脈が追加情報を話した。

「高齢者や身体の不自由な人は、桔梗高校のグランドに畑を作りますので、そこで農作業に従事してもらいます」


高木先生が手を挙げた。

「桔梗高校はどうなるのでしょうか」

「校舎を改築して、首都圏から移ってきた大学に貸し出します」


誰もが思っていても聞けない質問を大町技術員がした。

「ここに残るという選択肢はないのですね」

「そうですね。この施設を30億で借りたいという話が出ていますので、それを払っていただければ、大丈夫です。大学からのレンタル料は『浜昼顔地区』の建設費用になる予定でしたが」


これ以上は誰も質問が出来ない雰囲気が流れた。首都直下地震が近づいていることで、関東圏から多くの人が流れてくる。悩んでいる時間はないのだ。


「では、みなさん。用意したコンテナ住宅に行く前に、これをご覧ください」


画面には、どのコンテナに誰が住むのかが、もう既に記入されていた。AIが作った部屋割りが描かれていた。


大町技術員が小声で言った。

「家を選ぶ自由もないのか」

卓子が大町の脇腹に軽くグーパンチを入れた。

「大町さん、もう既にベッドも洗濯乾燥機も用意してあるんだよ。今から話し合いして準備していたら、明日から働けないでしょ?」


 小学生は親と一緒に、中高生は男女別に3人部屋に入れられた。

高校2年生の山田三津、榎田春佳、五十沢藍深は一緒だった。

山田雄太、佐藤颯太、須山猪熊が一緒だった。


3人の組み合わせは、同じ部活動だけにならないようになっていた。


親と離れてこちらの残っている小学生の須山美佳は、碧羽と袴田明日華と一緒の部屋になった。

三津の親友、袴田は、姉が桔梗学園で出産したので、こちらに残っていた。


高木先生は吉野教頭先生と一緒の部屋だった。

吉野教頭は、実家に疎開した夫のところにいるより桔梗学園村にいることを選んだのである。

榎田夫妻も夫婦同じ部屋だった。

前田風太は、疎開して特別支援学級に入ることを嫌がり、家族3人でこちらに残っていた。


大町技術員は、家族がいない成人男性が一人だったので一人で住むことになった。



6月18日


朝6時、小学生は嬉々として桔梗学園に向かった。

中高生は大人と一緒に「浜昼顔地区」に向かったが、三津、春佳、藍深の3人だけは、栗田卓子(くりたたかこ)に連れられて、KKGに向かった。そこで軽い食事をして作業服に着替えると、分別廃棄物撤去の作業をしに藤ヶ浜に向かった。藤が浜の危険物撤去はもう終わっており、今日はプラスチックの撤去に従事する。


「もう夏至も近いので、この作業は朝早くしか出来ないんだ。昼ご飯は豪勢にするから我慢してね」

そう言うと卓子は、3人の少女に作業手順を伝えた。

「プラスチックは、このままにして置くと、また海に戻ってマイクロプラスチックになってしまうので、作業は急を要するんだ。画面に赤く写るのがプラスチック、でも、たまに判断ミスするものもあるので、それ以外のものが取り込まれたら、弾いてね」


注意力が要求される作業なので、3人のうち2人が従事し、1人が休むという手順だ。


「あんまり首を突っ込まないで、届かなかったら、そのままでいいから、工場でまた弾くからいいよ」


プラスチックが入ったコンテナはどんどん山積みになり、それは道路脇に置いてある自動運転のトラックに乗せられ、また別の空コンテナを積み込むという作業を1時間続けたところで、作業時間1時間が過ぎた。波打ち際1mぐらいのところの撤去がすべて終わった。


「はあい。休憩。涼しい小屋に入ろう」

いつの間にか、浜には浜茶屋のような休憩所が数カ所出来ていた。密閉されていないのに、(すだれ)越しに涼しい風が吹き抜けて、海に遊びに来たような気分で寝転がった。


「春佳ぁ、懐かしいね。昔、この辺りに海の家があったよね」

「三津ちゃんも来た?うちもお兄ちゃんと一緒に、海水浴に来た時、海の家に来たよ。暑いのに、ラーメン食べてさ」

「藍深ちゃんも家族で海に来た?」

「うん、来たけど、私泳げないのでいつも荷物番」

「それで、海の絵描くようになったの?」

「まあ、それもあるかな」


「はーい。お嬢さん達、卓子特製かき氷だよー。手を洗って顔を洗ってから食べるんだよ」

「うそー。卓子さん最高」

「まじ、ふわふわ氷に小豆シロップ、白玉も入って、うそ、底にはつぶつぶ苺のシロップが入っている。苺大福かき氷バージョンって感じ」

「すごいっしょ?実は九十九(つくも)農園の新作だって、さっき珠子(たまこ)さんから差し入れてもらったんだ」

「いやだ。卓子特製じゃなくて、珠子特製じゃないですか」

「藍深ちゃん、口に小豆ついている」


藍深は小豆を取って口に入れながらつぶやいた。

「なんか、他のみんなに悪いね」

「そんなことないよ。小学生には桔梗学園で、苺かき氷が出ているんじゃないかな?自分たちでガリガリと氷を削って、好きなだけ苺シロップ掛けるんだ。夏の恒例行事だね」


「なんか、こんなにのんびりした生活送って、疎開した皆さんに悪いですね」

藍深がじっとかき氷を目に焼き付けながら話した。

「桔梗学園は『蟻とキリギリス』の蟻なんだよ。真子学園長達はこの災害に備えて、30年以上準備してきたんだ。被災した人に『申し訳ない』と考えて、自粛する必要はないよ。うちらはこの災害を『リセットチャンス』だと思っているんだから」

「リセットチャンス?」

3人はスプーンを口にくわえたまま、きょとんとした。


「まっ、色々話すより、ここで働きながら考えてごらん」

かき氷で身体の芯まで冷えた身体は、次の1時間の作業を乗り切るのに十分だった。


次の休憩には、クエン酸と乳酸を使った自家製カルピスが用意されていた。

そうして、11時までには、藤ヶ浜全域のプラスチックが撤去された。


「このプラスチックはどうするんですか?」

「KKGで石油に戻すんだって。新しい技術らしいけれど、最近は安価に、毒性を除去して石油に戻せるそうだ。でも、完全に毒性がないかというと、まだ研究段階だから慎重を期して、その作業は桔梗学園村以外のKKGで行っているそうだ。じゃあ、昼を食べてから、午後は勉強だね」


「リモートで勉強するんですよね。涼兄ちゃんも最初の1ヶ月はついていくのにやっとだったって」

「うふふ。うちらも最初の1ヶ月は死にそうだった。みんなはいいじゃない、半日しか勉強しないんだから」

藍深が不安そうな顔で聞いた。

「何を勉強するんですか?」

「高校3年までの数学と英語のマスタ-。終わったら、次の教科に進めるよ」

「もしかして、出来ない人は置いてきぼり?」

「まあ、みんなで力を合わせれば、どうにかなるんじゃない?涼君も、昼休みに研究員に英語会話挑んでいたからね」

「あのお兄ちゃんが?結構シャイなんですが」

「同期が学年1,2番だったから、苦しかったんじゃない?」


午後に学習の時間が始まると、中高生達は仕事をしていた方が良かったと思った。


次回は、怪しい大町技術員の正体が・・・わかるといいですね。

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