東日本知事会
東日本の大移動は、なかなか大変そうですね。久し振りに狼谷柊が登場です。彼は東京で仕事があるって言っていましたよね。
今回の知事会は、マスコミから多くの取材要請があったが、前回と同様、該当する都道県知事と加須総理代行、長尾財務大臣、牛島防衛大臣、平野復興庁大臣のみの参加で開催された。可愛そうな平野復興庁大臣は、ひな壇に座ってはいるが、この会で何が話されるか、全く分かっていない。
情報漏洩を避けるため、都内某ビル最上階の大会議場で東日本知事会は開催された。席次は南から順に被害が想定される地域から並ぶことになっていた。
資料、映像などの作成は桔梗学園と九十九カンパニーの力を借りた。舞子と珊瑚美規も桔梗学園、九十九カンパニーの代表として、別室で会議の様子を見ることが出来た。会議の様子はマジックミラーで見られるようになっていた。
会場の入り口では、例のごとく手首にスタンプが押され、机上にはヘッドセットが用意されていた。紙の資料は一切なかった。
会議は、開会の挨拶もなく、突然、巨大スクリーンに映像が映し出された。
「6月2日11時 新潟地震
6月11日9時・10時 東南海トラフ大地震
6月13日11時 西南海トラフ大地震」
既に起きた地震の日時と共に、その惨状の映像が流された。TVではヘリコプター上空からの映像が流されたが、今回この会議場で流された映像は違う。
九十九カンパニーの遠隔ドローンで、人の目線の高さの映像を多数撮ってあったものを編集したのだ。
つまり鳥瞰の映像ではない、自分がそこに立っていたら、目の当たりにするはずの映像だ。
次々と倒れる電信柱。ひびが割れ波打つ高速道路。山肌が滑り落ち飲み込まれる麓の民家。そして、30mの津波。
映像の最後に、大阪の被害が映し出された。
倒壊する丸ビルなど大阪中心街の高層ビル群。そのビルに押しつぶされるバイパス。津波が遡上する淀川。浸水により屋根の上まで水に浸かった市街地。
大阪万博の跡地や、カジノがあったはずの埋め立て地は、多くの瓦礫が渦巻く濁った海に飲み込まれていた。
そして映像は泥水の中にぽっかり浮かぶ大阪城で終わった。
ひな壇に座っている加須総理代行の顔にスポットライトが当たる。
「これだけの災害ですが、ある対策を立てたお陰で、被害者はほとんど出ませんでした」
また、映像が流れ始める。
「新潟地震
対策『新潟県広域交流会』実施。
新潟市内の死者1名、桔梗村の死者1名。
地震当日~翌日の救援者
桔梗高校生とその保護者1,000名。桔梗村で空き巣中の3名。
医療機関へ搬送2名。
東南海トラフ大地震・西南海トラフ大地震
対策『姉妹都市計画』実施
死者0名
地震当日~現在の救援者
高知県内5名 大阪市内30名」
映像の最後に「8月13日12時 首都圏直下地震」の文字と、被害想定地域の地図が大写しされた。
会場にいるすべての都道県知事が、身を乗り出した。自分の管轄の地域と、自分の自宅の位置が被害想定地域に含まれているかどうか確認するためだった。
再び、加須総理代行の顔が映し出された。
「新潟市も西日本も、知事が地震の日時についての情報を知ったのは災害の約1ヶ月前でした。当然、県民の皆さんの話し合いや、全員の同意が得られるわけはありません。このような災害には強力なリーダーシップが必要です。十分な準備は出来ませんので、先ずは、人命優先で政府としては『対策』を立てました」
正面の巨大スクリーンに「首都直下地震への対策と方針」と映し出された。
「震災まで2ヶ月 『人命救助』ではなく『安全な地域に疎開すること』」
「震災後2ヶ月 『災害地の復興』ではなく『政府機関の分散、DX化』」
「震災後2年間 『古くなったインフラ』は放棄し『コンパクトシティの創設』」
再び、加須総理代行の顔にスポットライトが当たった。会議が始まって1時間は経っている。
「お疲れ様でした。1時間経ちましたので休憩に入ります。この後は震災までの2ヶ月で何をすべきかのお話をしたいと思います」
席を立つ加須総理代行のもとに、いきり立った大池蘭子都知事が走り寄った。
「加須総理代行」
加須を「総理」だとは認めていない大池都知事は、「代行」に力を入れて加須を呼び止めた。
(キター)
加須もゆっくり笑顔で振り返った。会場にいる全員がこの二人の対決を心待ちにしていたのだ。
「少しお話いいですか?」
「何でしょう?」
「災害地の復興をするつもりはないのですか?」
「復興できない地域もあるんですが」
「どういうこと?」
「休憩後にお話しするのですが、東京都の中心地は、地震によって3m沈降するんです。西日本がそうですが、地震と洪水によって携帯電話の基地局もすべて倒壊します。
そして、8月30日には富士山が噴火し、東京都全域から千葉市やさいたま市まで2cmの火山灰が降ります。鉄道、首都高速は降灰によって、機能不全になります。もう『首都』としての機能は果たせなくなるでしょう」
「じゃあ、都民はどうすればいいの?」
「その詳しい話をこの後にします」
富士山噴火の話を聞いて、富士山周辺の知事達は凍り付いてしまった。
静岡、神奈川、山梨は50cm~10cmは降灰が予想される。灰は水を含むと固まり、簡単には剥がれない。田畑に降れば、農業は行えないし、人体にも大きな影響を与えるだけでなく、火力発電所のタービンにも入り込み、電力がとまる可能性も大きい。
「大池都知事のせいで、休憩時間が半分になったわよ」
これ以上会場にいると、質問攻めに遭うので、加須総理代行達、ひな壇にいたメンバーは、控え室に逃げ込んだ。平野復興大臣が一歩遅れて、神奈川県知事と静岡県知事に取り囲まれているのが見えたが、彼女たちは彼をスケープゴートにして避難に成功した。
マジックミラーの裏側に待機していた舞子から、珈琲を渡され、加須総理代行は、椅子に座り込んだ。
「ありがとう。舞子さん。映像を作ってくれたのは、同期の人なんですってね」
ジャケットにTシャツ姿の狼谷柊が、立ち上がって挨拶にやってきた。
「始めまして、狼谷柊と申します。T大学1年で国際経済学を学んでいます」
「なるほどね。プレゼンの能力もあるわけね」
「まあ、桔梗学園では学内の予算を勝ち取るためには、全構成員にプレゼンをして同意を得ないといけなかったので」
「高校生もプレゼンやドローン編集の練習をするの?」
「ドローン映像を編集したメンバーには小学生も混じっています」
「ドローンを操縦して映像を撮ったのは?」
「ドローンパイロットは、新潟地震の時にドバイに行っていたので、小学生から高校生の4人で分担しました。桔梗学園のドローン自体はAI搭載ですので、小学生でも操縦できます。
中型ドローンで被害現場の上空に待機して、小型無人ドローンを地面すれすれに飛ばしました」
新潟地震の時は、賀来人もいなかったので、実際に行ったのは、生駒篤や妹の千駿、それに深海由梨、小学低学年の四十物李都まで駆り出されたらしい。
「最先端の教育って、こういう子供達を産むのね」
加須総理代行は、コーヒーの残りを一気に飲み干すと立ち上がった。
「では、第2部に行きましょうか。狼谷柊君、映像、宜しくお願いします」
知事達が着席すると間もなく、会場は暗くなり、また大型スクリーンに文字が浮かんだ。
手元に資料がないので、全員が食い入るように画面を見ている。
「震災まで2ヶ月 『人命救助』ではなく『安全な地域に疎開すること』」
1番目の項目について、現在までに政府が行った施策の例が、画面を流れた。
大企業の移転、それに伴う従業員の移動
中小企業のマッチングアプリ作成、コーディネーターを介在してのマッチング
伝統技術の継承者、技術者などの工芸技術村建設、大学とのマッチング
美術品や楽器など運び出せる芸術品の疎開
海外からの技能労働者の「引き揚げ船」の運行
首都圏からの転職希望者用に無料新幹線の運行
「震災後2ヶ月 『災害地の復興』ではなく『政府機関の分散、DX化』」
続いて、2番目の項目についての施策
総務省、財務省、防衛省の移転
衛星電話による政府機関のリンク網の構築
皇居移転・・・・
流石に、これらの項目については、異議や質問が多数出て、正面に走り寄ってくる者もいた。
「勝手に皇居を移転するだとぉ、不敬だと思わないのか?」
加須総理代行の胸ぐらを掴もうとする知事もいたが、次の瞬間、全員の動きが止まった。
スクリーンに天皇一家の姿が映ったのだ。
天皇が口を開いて、知事達に話しかけた。
「みなさん、皇居移転については、防衛上の都合により、国民の皆様にお知らせせずに実施しました。移転先についても、今はお話しできないことを心苦しく思います。
私も皇后もどんなに危険が及んでも、皆さんと一緒に国内におります。
国民の皆さんには一時、不便を強いることになります。
住み慣れた場所から動かざるを得ないこともあるかもしれません。
加須総理代行には、多くの骨折りをお願いしていますが、皆さんの協力で新しい日本を作ってくれる方だと信じています。是非皆さんも力をお貸しください」
マジックミラーの後ろでは、舞子が柊に耳打ちした。
「あれはAI?」
「いや、リアル。真子学園長が、皇嗣一家をイギリスに輸送する時に、天皇に協力を依頼したらしい。僕もこの映像見てぶっ飛んだよ」
東日本知事会の前に行われた各大臣を集めた「首都直下地震対策会議」でも、この映像が効果を発揮した。
「震災後2年間 『古くなったインフラ』は放棄して、『コンパクトシティの創設』」
荒ぶる知事達が着席した後、3番目の説明が始まった。
これは文字より先に、震災後の桔梗村と桔梗学園村が映し出された。
「コンパクトシティの一例」
「桔梗学園村と桔梗村は合併し、研究学園都市になります。西日本と首都圏の大学より、いくつもお話をいただき、特に女子の高等教育を推進することをコンセプトとした内容の学部と女性の教授の方を招聘し、子育てしながら学べる学園都市を造ります」
次に新潟市が映し出され、広大な農場が映し出された。
「新潟市は、沈降と塩害の対策を第一に考え、1年目は玉蜀黍とソルガムの畑を作ります。日本最先端の機械式農業を行い、バイオエタノールの原料を生産します。その収入の一部は、新潟市から疎開された方に配分されます。
また、疎開先の開発にも配分され、新潟市にあった野球場やジャイアントスワンなどはドーム型のものに生まれ変わる予定です。
新潟市長は被害に遭った地域の「新潟区長」となり、県知事主導で5年後を見据えて、新プロジェクトを進める計画が進行しています」
大池都知事が顔を大きくゆがませた。このビデオは、都知事の権力は、国家が取り上げると言っているも同然だからだ。
加須総理代行に再びスポットライトが当たった。
「では、今見ていただいたように、現在日本は未曾有の大災害に見舞われています。
今までの対策では、数十万の人的被害、数百万の避難民が出ることは必至です。
そして、人口減で苦しむ我が国の存亡に関わる事態だと言うことは、皆さん承知していただけたと思います。
8月13日には国会議事堂も、都内のすべての交通網も、携帯電話網も、すべて水没します。
自衛隊が人命救助に奔走しても、これだけの規模の災害です。非難されたすべての人を救うことは不可能ですし、避難場所すらありません。
そこで、私総理代行の立場ではありますが、『国家緊急事態宣言』を発します。期限は2年間です」
会場が騒然となった。
会場が暗転してスクリーンに文字が浮かび上がった。
「8月12日までに、すべての都県民を避難させる
責任者 都道県知事」
「都道県知事並びに、国会議員は各自選出された地盤の避難に尽力すべし」
「参考 『市町村移住者マッチングサイト』『お仕事紹介サイト』提供 九十九カンパニー」
最後にサイトに繋がるQRコードが画面いっぱいに表示された。
加須総理代行が、最後に全員に釘を刺した。
「勿論、素晴らしい知事様のネットワークを使ってもいいです。誰一人、犠牲者を出さないでください。予算は現在国庫にある金のみで行います。国債は発行しません。
避難については、都、道、県独自に考え実行してください。国の考えを押しつけることはありません。
地方交付税は、最大限そちらに還元します。
国が行うことは、スタンプが押してあれば、無料で乗れる新幹線の運行。
海外から来た技能実習生を本国に送り返す「引き揚げ船」の運行。
海外から8月以降の入国禁止。
そして、避難先の住環境整備と、働く場所創設に関わる資金援助。
まずは、被害地域の復興は先送りし、避難先の住環境と食糧増産等に尽力します。
では、後2ヶ月です。質問事項は以下のHPにメールでお送りください」
大池都知事は再度、苦情を言いに加須のところに走って来るかと思われたが、「首都東京を無人にする」という無理難題をふっかけられても、めげないところは流石「女帝」といわれるだけある。
ハイヒールの音も高らかに大股で会場を後にした。
都庁に帰って、今日は寝ずに作戦会議をするのだろう。
加須総理代行は、最後に平野復興大臣を放っておく訳にもいかなかったので、話しかけに言った。
「平野君。事前に何の相談もしなくてごめんなさい。西日本の仕事で手一杯でしょ?
私が『首都直下地震復興庁』の方の仕事を兼務でやるわ」
平野大臣にとっても、願ったり叶ったりであった。大池都知事を筆頭に、北の知事達は大物が多くて一筋縄でいくわけがない。今でも各県の調整に四苦八苦しているのに、首都圏の調整など出来るわけがない。
まして、「国家緊急事態宣言」なんて発出したら、マスコミが黙っているわけがない。
「いやあ、加須総理代行のお手伝いが出来ればと思っていたのですが、西日本の仕事も始まったばかりなのでお願いできれば幸いです」
そう言いながら、少し足元がふらつく平野大臣を見送って、加須総理代行は、控え室に戻った。
「やったね。誤魔化しきったね。あれ?平野君は?」
「先に帰ったよ」
「今出て行ったら、マスコミの餌食なのに。我らはまずは、糖分を摂取しよう」
長尾財務大臣が、差し入れの箱から、紫陽花をかたどった和菓子を摘まんだ。
そこには狼谷柊が仕入れてきた名店のお菓子が差し入れられていた。
「すいませんね。6月30日になれば『水無月』が食べられたんですが」
「いや、和菓子の名店も疎開して欲しいよね。菓子屋のネットワークとかないのかな?」
「柊って、本当に東京のお菓子に詳しいね」
舞子が大きな口でシュークリームを食べながら、柊を褒めた。
「私は『舟和』の『芋羊羹』が好きなんだな」
麦茶を片手に、珊瑚美規は芋羊羹を物色している。
「美規さんは、今会見会見についてどう思いましたか?」
加須は、真子から全権を委任されている美規が気になっていた。
「いいんじゃない?先が不透明なんだから、走りながら手を打っていくしかないよ。
ただ、大臣達3人は自分の身の安全は考えないといけないね。かなり強引な手を打ったから、銃撃などには気をつけて」
「まずは、安全な避難先に移動して、そこに潜り込んで指示した方がいいかもね」
「それなんですよ。権力は分散しないといけませんよね。牛島は早々と、防衛庁を北海道に移転させたし・・・」
長尾が和菓子「沢辺の蛍」に手を伸ばしながら口を出した。
「財務省は秋田に動いたよ。造幣局の移転が第一だから、いの一番に場所と引越しの手配をして、バリアも桔梗学園に頼んだ」
「えー。内閣府はどうしよう」
「自分は後回しだったの?」
呆れた長尾の後ろから、もう一つの「沢辺の蛍」に手を伸ばしたのは美規だった。
「加須総理代行、福島県郡山市はどうですか?」
美規は口いっぱいに和菓子を詰め込みながら、軽くそう言った。
「そうだね。移動にも負担がないし、郡山は、仙台に次ぐ、東北第2の都市であり内陸部にある。
郡山市から北は、新幹線がまだ動いているしね」
牛島防衛大臣が口を挟んだ。
「色々不祥事が続いている、陸上自衛隊郡山駐屯地があるね。
内閣府が移動するに当たって、もう少し上品な部隊になってもらおうか」
加須が不安そうに牛島を見つめた。
「『ハイパー女子陸上自衛隊』なんてどう?」
胸を張る牛島に、加須がぼそっと言った。
「頼むから、海外に攻め入ることしかない男とは、頭の回路が違う女性を集めてくれよ」
美規が口に付いた粉を落としながら、軽い口調で言った。
「そうだね。海外からのミサイル1つに血の気が上って、報復攻撃されると、折角生き延びたのに、日本が戦場になるから、防衛省も『非戦』の考えが強い女子が多いといいね」
舞子が美規に詰め寄った。
「海外からミサイルが撃ち込まれるの?」
「大丈夫よ。その対策の『バリア』なんだから。
撃たせておけばいいのに、反撃するから、他国からの上陸を許しちゃったのよ」
柊も話題に割り込んできた。
「真子学園長が、ロシアに連行されて、シベリアで死んだって言うのは、そう言うことなの?」
美規は、菓子の箱を片付けながら、そこでフリーズしている全員に話しかけた。
「それについてはしかるべき時に話をします。今は、首都圏の人をすべて避難させ、何事もなかったように新しい国作りをすることです。それさえ上手くいけば、正月に温かいこたつで蜜柑食べてゴロゴロしていられますよ。加須総理代行」
最後に爆弾が落ちましたが、次回は桔梗村の避難民達の話をします。南海トラフ大地震が起こった後、桔梗村の人達の意識に変化がおこったようです。それに、怪しい人物の正体は・・・。